The princess who dreams



「うっく…てんぽぉ…っ」
嗚咽を噛んで膝を抱える捲簾の肩がそっと叩かれた。

パフパフ。

真っ赤に涙を滲ませた目で振り返れば、背後から真っ白なレースのハンカチが。

「…白ウサぁ」

捲簾の分身、フリフリエプロン姿の白ウサぬいぐるみが『泣いちゃダメだろ?』と溢れる涙を拭ってくれた。
そして天蓬の分身、白衣姿の黒ウサぬいぐるみは、心配そうに『大丈夫ですか?』と捲簾を覗き込む。
黒いフカフカの手で優しく捲簾の頭を撫でた。
「悪ぃ…俺哀しいとか辛いとか…そんなんじゃなくって…っ」
瞳を揺らしながら言葉を詰まらせる捲簾に、白ウサ黒ウサは分かってると頷く。

『不安なんだよな?』
『でも泣いていたら何も解決しないでしょう?』

諭すよう囁かれる声に、捲簾は緩く頭を振った。
「分かってるっ!分かってんだけど…でもどうしたいいか…天蓬に嫌われたくねぇけど…でもっ!」

『だから考えればいーじゃん』
『そうですよ。僕達一緒にどうしたらいいか考えましょう』
『絶対良い解決策見つかるって!』
『今までだってそうして闘ってきたじゃないですか』
『だって天蓬のこと大好きなんだろ?』
『だったら頑張れますよね?』
「お前達ぃ…」

白ウサと黒ウサはつぶらな瞳で捲簾を見上げる。
そう。
自分は今までどんなに苦しくて難しい任務も頑張って遂行してきたじゃないか。
戦況が変われば、作戦を変えればいい。
今度のターゲットは、愛する天蓬っていうだけ。
何が何でも捕縛しないと。
そのためだったらどんなことだってしてみせる。

光の閉ざされた脳内お花畑の夜が明けた。
陽射しが水平線を目映く照らす。

「うんっ!よーっし!そんじゃ作戦会議だっ!!」

ぐいっと涙を手の甲で拭った捲簾に、漸くいつもの笑みが浮かんだ。
白ウサと黒ウサも嬉しそうに頷く。
朝陽の眩しい脳内お花畑で、捲簾とウサちゃんズは顔をつきあわせて、天蓬攻略作戦会議を始めた。






天蓬がその日会議を終えて執務室へ戻ってきたのは昼過ぎ。
「はぁ〜戻りましたぁ〜」
首をコキコキ慣らしながら扉を開けると、天蓬はきょとんと目を丸くした。

何だか室内の雰囲気が妙だ。

仕事をしている部下達を一瞥すると、皆が慌てて視線を逸らす。
「???」
訳が分からず一瞬眉を顰めた天蓬は、近場の部下に声を掛けようとしたが、漸く室内の欠落した違和感に気付いた。

「捲簾は?この時間は訓練ありませんよね?」

天蓬の疑問に部下達が一斉に肩を揺らす。
全員がギクシャクと顔を強張らせながら誰も答えようとしなかった。
「ふーん…貴方達誰も答えられないんですか?」
禍々しい空気が天蓬から一気に噴出する。
「はっはははははいっ!大将はちょっと席を離れて自室へ戻ってますっ!」
「元帥がそろそろ戻ってらっしゃるので、おやつを持ってくるとっ!」
「僕のおやつを…ですか?」
立ち上がって挙手する部下達を、天蓬は腕を組んでじっと見据えたまま思案した。

明らかに部下達は態度がおかしい。

何かを企んでいるのか、それとも捲簾の身に何かが起こって口止めされているのか。
どちらにしても口を割らせて真意を確かめなければならない。
天蓬に睨まれている部下達は金縛りに遭って怯えていた。
いっそのこと此処から逃げ出したいが、天蓬元帥が見逃すはずもない。
ヘビに睨まれたカエル宜しく固まっていると、天蓬が深々と溜息を零した。
「そんな下手な言い訳はいりません。本当のところは何なんですか?さっさと言いなさい」
底冷えするような低い声音で穏やかに問われ、部下達はますます縮み上がる。
もういっそのことっ!と、視線を上げた途端。

ぴょこ〜ん☆

「………。」
天蓬の立っている扉の向こうから、白ウサが手を振ってきた。
『お前らファイト!』と言わんばかりにつぶらな瞳で睨んでいる。
呆気にとられている部下達に天蓬が気付いて、後を振り返った。

当然そこには何もない。
ただ扉が開け放したままだ。

天蓬は視線を戻して、咳払いをする。
「とにかく。捲簾はどこに行ってるんですか?」
再度問い詰めると。

ぴょこ〜ん☆

今度は黒ウサが顔を出して
『絶対バラさないで下さいね♪バラしたらどうなるか…分かってますよねぇ?』と、つぶらな瞳で部下達に凄んできた。
気分は前門の虎後門の狼状態で、天秤がグラグラ揺れ動く。
思わず部下達は顔を強張らせ、心の中で何度も深呼吸を繰り返した。
互いにコッソリ目だけで頷くと、殊更大げさに笑ってみせる。
「元帥にそんな風に言われたら困りますよ〜。大将から後で『お前らちゃんと言ったのかよ!』って怒られてしまうじゃないですか〜」
「そうですよっ!自分らはそれはも〜幸せそうな大将にさっきまで元帥とのお惚気聞かされてて…すっかり甘いモノ食べた気分でご馳走様でしたってところに『あっ!天蓬戻ってくるから昨夜作ったアップルパイ持って来よーっとvvv』ですよ?止めに砂糖に埋められた感じですよ〜」
努めて明るく状況を話せば、天蓬は満更でも無い様子で考え込んだ。
天蓬の背後で白ウサ黒ウサが『グッジョブ!お前ら!!』と手を振り上げる。

前門の虎を怒らせるのも死を覚悟するほど恐ろしいが、後門の狼が機嫌を損ねてしまうともれなく目の前の虎さんから想像を絶する仕打ちをされるだろう。
苦行が倍になるぐらいなら、捲簾大将の言うことを聞く方が遙かにマシだ。
部下達は皆決死の覚悟で、天蓬と対峙することを選ぶ。

「何でも今日のアップルパイは出来が物凄く良かったそうで、早く元帥に食べて欲しいって大将おっしゃってました!」
「何でもわざわざその為に蜜のいっぱい入ったリンゴを下界から取り寄せたそうです」
「いいですよね〜、元帥。大将からそんなに
愛されてっ!
「……………そうですかぁ。捲簾が僕のためにvvv」

よっしゃーっっ!!

部下達とウサちゃんズは共に心の中でガッツポーズ。
どうにかこの場を誤魔化せそうだ。

そして。
ここからが肝心だった。

何せ捲簾大将からの最重要任務だ。
後ろの席でドキドキ出番を待っていた別の部下が、恐る恐る立ち上がる。
「元帥。大将がお戻りになるまで、こちらの書類へご署名お願い出来ますでしょうか?」
「え?あぁ…そうですね」
漸く天蓬は歩き出して、自分の席へと着いた。
机の上は捲簾によって綺麗に片付けられ、ピンク色の薔薇の一輪挿しが飾られている。
隣の机には大きな袋がいくつも置かれ、天蓬がプレゼントした薔薇の花弁がパンパンに詰め込まれていた。
「…捲簾ってば。どうして薔薇の花弁こんなにしちゃったんでしょうか?」
気に入らなかったんですかねぇ?と首を傾げると、慌てて部下が手を振って否定する。
「いえいえ。何でも元帥から頂いた薔薇がいっぱいあるので、お部屋に飾りきらなかったそうで。勿体ないので花弁をお風呂へ入れるためにこうして千切ってたようです」
「あ〜なるほど。捲簾はお風呂大好きですもんね。バズグッズとかにも凝ってるって前言ってましたし」
少し安堵した天蓬は差し出されたお茶をずずっと啜った。
「捲簾…早く戻って来ませんかねぇ」
のんびり天蓬がお茶を飲んでいると、出番待ちしていた部下があっちこっちから同僚達に突っつかれる。
チラリと入口へ視線を向ければ、今か今かとウサちゃんズが固唾を飲んで見守っていた。
グッと拳へ力を入れるた部下は、意を決して天蓬へ近づく。
「あのー…元帥。少々お聞きしたいことがあるのですが?」
「はい?何でしょうか?」
「実はご相談と言うか…元帥の経験というかご意見を参考に出来たらと思いまして」
「僕の経験を参考に?一体何のことですか?」
「正確には元帥と大将の、と申しましょうか〜」
「僕と捲簾の?」
天蓬がお茶を飲みつつ話の先を即すと、部下達が一気に身を乗り出した。

「元帥は大将とお付き合いしてらっしゃるんですよねっ!?」
「それでもってこれでもかっ!というぐらいラブラブでらっしゃいますよねっ!?」
「と、言うことは。ゆくゆくは大将との将来もお考えになってるんですよねっ!?」
「ちょっ…ちょっと待ちなさいっ!落ち着いて!!」

部下達が興奮気味に捲し立てるのを天蓬が慌てて制する。
「何なんですか?僕と捲簾が真剣にお付き合いしてないとでも?」
「いえっ!そんなことは西方軍の我ら一同これっぽっちも疑っていません。普段からのお二方を見ていればそんな疑問も湧きませんから」
全員が大きく頷くのを見て、天蓬は小さく肩を竦めた。
何か余計なコトでも勘ぐって捲簾を傷つけるような言動をしようものなら、この場で速攻懲罰房へ送り込んで懇々と知らしめるつもりだったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「あのっ!コイツなんですけど…今付き合ってる女性がいまして。そろそろ結婚を意識しているらしいんですよ」
「へぇ…そうなんですか。それは良かったじゃないですか。相手の方も勿論そのつもりなんでしょう?」
「いえいえ、それがですね?まだつきあい始めて1年経ってないんですよ」
「自分としては最初っからコイツと結婚するっ!て運命を感じて付き合ってるんですけど…コイツらが1年付き合ったぐらいで決めるのは早すぎないかって」
「それでですね?今現在大将と熱烈ラブラブお付き合い真っ最中の元帥にご意見窺えたらなーとっ!」
「どうでしょう?元帥はどう思われます?もし元帥だったら…えーっと」

視界の隅で白ウサがゴーサインを出している。

「元帥なら…やっぱり大将とそういう…えーっと…
結婚とか?意識されたりしてますか?」
「僕が…ですか?」
しーん。と、天蓬の答えを待って、執務室が異様な緊張で包まれた。
暫し考え、天蓬が湯飲みを机へ置く。

「僕は初めから、捲簾を近い将来お嫁さんにしたいと思ってお付き合いしてますよ。この人だけだって決めたなら別に付き合う期間の長短は関係ないでしょう?」

近い将来お嫁さんに。
お嫁さんに
お嫁さんにお嫁さんにっ!!!

スターマイン100連発が上がる脳内お花畑で、お嫁さんになっちゃうぞーっっ!とマイクのボリューム最大で捲簾が大絶叫。
白ウサ黒ウサもお祝いのマイムマイムを踊っている。

天蓬が決めているなら、もう迷いは無かった。

「こっ…こーなったら…俺の大切な初めてを上げちゃっても…っ!」
捲簾はフリルのエプロンをギュッと握りしめ、ちょこっとだけ想像してみる。

………天蓬のエッチイイィィーーーッッ!!!

「あれ?捲簾っ!どうしたんですかっ!そんなところでっ!?」
ふと気配を感じて振り返った先で、捲簾がウサギのぬいぐるみを抱えたまま蹲って身悶えていた。




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