The princess who dreams



久しぶりの公休日。

捲簾は鉄壁の私室に閉じこもり、難しい顔で考え込んでいた。
それはもう必死の形相でかれこれ半日もあーでもない、これーでもない。と逡巡している。
そんな捲簾の目の前には、色とりどりの美しい布が積み上げられていた。
色も柄も素材も多種多様。
今まで密かに下界で買い集めたコレクションが部屋中一杯に広げられている。
「ううぅぅ〜ん…コッチかな?あっ!でもやっぱコレの方が清純さをアピール出来る気もするし…いや?目的が目的からどうせならアッチの方が色気はあるか…あぁっ!でもでもっっ!」
両手であれこれ布を手にとっては、頭を抱えてジタバタ悶える始末。
相棒白ウサ&黒ウサちゃんは、布地の海で溺死寸前。
膨大な布地の下敷きになって埋もれていた。
「ダメだ…ちょっと落ち着いて冷静に考えっか」
思考が飽和状態になった捲簾は、猫足のサイドテーブルに放ってあった愛用の煙草と灰皿を引き寄せ、火を点ける。
煙を一口大きく吸い込むと、セットしてないサラサラの髪を無造作に掻き上げた。
「はぁ…マジどうすっかなぁ。俺の一生が掛かってるんだからいい加減には出来ねぇっ!かと言って、天蓬の趣味は全然あてにならないしー」
捲簾はガックリ項垂れながら、手にしているオーガンジーの布地を見つめる。
パステルピンクの柔らかい布地は、繊細で手触りが良かった。
きっと着心地も抜群だろう。

ただし。
身体のラインが透けるどころか
丸見えになるけども。

布地を眺めている捲簾の頬がポッとバラ色に染まった。
「やっぱダメッ!そんな天蓬に
『俺の身体全て見てv』みてーなナイティなんか、恥ずかしいじゃねーかよっっ!!」

やっだぁ〜っ!そんなエッチじゃないもんっ!と捲簾は布地を抱き締め、ゴロゴロと部屋中を転がり回って激しく身悶える。
部屋を10周してからベッドにぶつかりピタッと止まって、またもや頭を抱えて捲簾が唸り声を上げた。
「やっぱ俺の初めてを天蓬にあげちゃうvんだから…俺にピッタリの可憐で清純な色香が漂うナイティじゃねーと」

そう。
捲簾がずっと悩んでいるのは
『天蓬との初めての夜v』計画に必要なドラマチックなナイティ作成だった。

捲簾は再確認して何度も頷くが、それが何だかよく分からない。
どうせなら天蓬がドキドキするようなナイティを作りたいと思い立ち、それとなく天蓬本人や近しい周囲へ探りを入れたが、ことごとく玉砕してしまった。

捲簾とお付き合いする以前、意中の女性もいなかったらしいが、そう派手に女遊びを繰り広げていた訳でもなかったらしい。
そこそこお誘いを受けては気紛れにお応えしていたそうだが、女性のタイプは捲簾と変わらないので参考にならなかった。
それよりも何だか知らないところで『兄弟』になっていそうで嫌な感じだ。

次に唯一友人らしい金蝉へ訊ねてみたが。

「アイツの摩訶不思議な性癖なんか知らねーし、知りたくもねーっっ!!」
「バッ…!バカッ!性癖なんか聞いてねーじゃんっ!趣向だろーがっ!趣味っっ!!」
「アイツの奇妙奇天烈四次元空間みてぇな趣向を俺が理解できると思ってんのかっ!?」
「何じゃソリャッ!?」
「知りたきゃ直接天蓬に訊けっ!」
「それが…色々諸事情で出来ねーから訊きに来たんだろっ!」
「とにかくテメェらバカップルのことに俺を巻き込むんじゃねーよっ!」

結局何も訊けないまま、真っ赤な顔で憤慨した金蝉に部屋を蹴り出されてしまった。

友人がダメなら今度は不特定多数の周辺で。

天蓬は清廉美貌と柔らかな印象があり、何と言っても『天才軍師』で仕官最高峰。
すっかり高嶺の花扱いで、女性達はそっと遠くから思慕を募らせているのが大多数。
怪しまれないようフレンドリーに近づけば、黄色い悲鳴を上げて、脱兎の如く逃げられてしまいことごとく失敗した。

周辺の女官や嘗て関係のあった女性達をリサーチしようにも該当者ゼロ。
そもそも捲簾が気軽に遊んで頂いていたのは、一貫して過剰な程色香匂い立つフェロモン系百戦錬磨の強者女性ばかり。
自他共にフェミニストを自負する捲簾は、清純派の女性などにも良くモテたが、応えられないのを分かっていて弄ぶ真似など出来るはずもない。
寧ろ同じ『繊細な乙女心』を密かに隠していたので、小さくて華奢な可愛らしい女性を見ると羨む気持ちの方が大きかった。
「しくじったなぁ…どうせなら色々観察して研究するんだった」
今更悔やんでも遅い。

自分の課題は、今この布地をどうするか。だ。

「とっ…とにかくっ!試しに作ってみて、イマイチなら作り直せばいいんだよなっ!うんっ!」
そう自分へ言い聞かせると、捲簾は膨大な美しい布地の中から何種類かを選び出した。
用意してあった型紙を手に取り、捲簾は僅かに頬を赤らめる。
「…ちょっと大胆過ぎかな?でもでもっ!やっぱコレぐらいじゃねーと天蓬ビックリしないよなっ!てへっvvv」
型紙は自分のサイズに合わせたベビードール。
そんな肌も露わな寝間着など着たことがないので、捲簾はドキドキと胸を高鳴らせた。
広げた布地の上に型紙をピンで留めてから、手際よく布地を次々切っていく。
全てのパーツを切り抜き終わると、いよいよ縫製だ。
愛用のミシンを台へ置いて、捲簾が気合十分に腕まくりする。
「ぃよーっし!スイッチオーン!と」

カタカタカタカタ…

「ん?何か思ったより透けるな…この布」

カタカタカタカタ…

「…やっぱいくら何でもちょっと露出し過ぎか?」

カタカタカタカタ…

「…袖付けた方がいっかな?」

カタカタカタカタ…

「コッチも違う布足して…胸元開き過ぎだよな?うん、襟付けよーっと」

カタカタカタカタ…

「うわっ!こんな短けーのかよっ!?も…もー少し裾長くして…」

カタカタカタカタ…

「コレじゃ身体の線バッチリ出ちゃうじゃんっ!身頃ちょこっとおっきめにしよっかな?うんうん♪」

カタカタカタカタ…






「それで?出来上がったのがコレですか…大将」
「…………………………うん」

翌日の執務室。
部下達は机に広げられた捲簾お手製のセクシーナイティ…になる予定だったなれの果てを眺め唖然とした。
確かに可愛らしい。
清純な女性が好きそうな真っ白な生地に、愛らしい花を思わせる淡いピンク色で出来たソレらは。
でも。

「コレって…
ただのパジャマ、ですよね?」
「色はともかくとして、俺らも普段着てますよ?こーいうの」
「パジャマのオーダーメイドっすか…」
「………。」

部下達のツッコミに捲簾はガックリと項垂れた。
確かに自分でも縫っていくうちに『あれ?あれれ?』とは思った。
出来上がりをつくづく眺めても『あっれー?』と何度も首を捻って何か違うとうすうす感じてはいたけども。
捲簾は大胆なベビードールの型が次第に恥ずかしくなって、どんどん布地を足していってしまう。
挙げ句に出来上がったのは普通の、何の変哲もないありふれたパジャマだった。
こんなんじゃないっ!と湧き上がる羞恥心と葛藤しながら、何度も何度も布を換えてはチャレンジを繰り返したが、やっぱり出来上がるのは普通のパジャマで。
それらを色違い布違いで5着も作ってしまった。
じんわり涙を浮かべて黙り込む捲簾に、部下達は顔色を変えて慌て出す。
「あ、でもっ!コレなんか可愛いですよね〜。ウサギさん模様のピンクのパジャマ。ウチの娘がこーいうの好きなんですよ」
「お前の娘いくつだっけ?」
「もうすぐ5才になるけど」
「5才…」
捲簾が低い声でポツリと呟くと、部下達はしまった!と口を塞いだが、時既に遅し。
ゆらりと、部下達にもおなじみになった(というより慣らされた)白衣姿の黒ウサ片手に捲簾が立ち上がった。

「どうせ…どうせ俺は幼児みてぇに色気なんかねーよっ!そんでもって天蓬にも呆れられて捨てられるんだあああぁぁああっっっ!!!」

とうとう逆ギレした捲簾が、黒ウサぬいぐるみをブンブン振り回して絶叫する。
「大将落ち着いて下さいっ!そんなこと絶対ありませんてっ!!」
「そうですよっ!元帥は大将にベタ惚れなんですからっ!きっと可愛いって思って下さいますよっ!!」
「元帥はどんな大将でも愛して下さいますってっっ!!」
「大将は何もしなくてもそのままで充分魅力的ですしっ!元帥も見た目で判断するような狭量な方じゃないでしょうっ!?」

暴れる天界最強の武神将を部下達は、何とかして落ち着かせようと必死の形相で宥めまくった。
此処で何としても食い止めなければ、被害がどれだけ拡大するか想像も出来ない。
部下達の切実な思いが伝わったのかどうか。
捲簾は唐突にピタリと動きを止めると、恐怖で涙目になっている部下達を一瞥した。

「…天蓬、可愛いって思ってくれるかな?」
「当たり前じゃないですかっ!」
「俺のこと呆れたりしねー?」
「むしろ元帥はそういう大将が可愛いと思いますねっ!絶対っっ!!」
「…そっか」

今度は打って変わって、捲簾は赤らむ頬へ手を当て、グリングリンと身を捩らせ恥ずかしがって喜んだ。
どうにか機嫌を直して貰えたと、部下達は大きく胸を撫で下ろす、が。
「でもよぉ…色気はねーよな?コレ」
捲簾は幼児が大好きなウサギさん模様のパジャマを手に取って、ちらりと部下達へ伺う。
「でも…そういうのは清純っぽくって逆にイイんじゃないですかね?」
「そうそう。こ〜気合入りまくりで誘われるのもそれはそれでそそられますけど、こういうパジャマで可愛く恥じらわれるっていうのも結構萌えますよ、うん」
「やっぱどうせなら好きな子が『あ…慣れてないんだなぁ』って方が返って愛しいというか。俺がこの清純な彼女を大胆に乱したい野望が湧き上がるっつーかっ!」
「おおっ!イイな、ソレ!」
「だろ?だろ?」
部下達が口々に清純派路線で盛り上がっていると。

「大胆…天蓬に淫らなこと…」

捲簾は真っ赤な顔で黒ウサを抱き締め、何やらブツブツと独り言ちる。
視線が遠くのお空にぽわわーんと飛んでいた。

『てんぽ…っ…そんなトコ…触んな…よぉ』
『ふふ…そんなこと言ってもダメですよ?捲簾のココはもっと、って可愛くお強請りしてるじゃないですか』
『違っ…違うモン!』
『嘘。ホラ…こんなに僕に触られて嬉しいって悦んでますよ?とーってもエッチな身体になって。こんなに捲簾は可愛いのに、でもココは本当に淫らで…いやらしいですねぇ』
『んなの…そんなこと…っ』

「ヤダッ!もうもうっっ!俺はそんなエッチなんかじゃねーってばっっっ!!!」

真っ赤な顔で大絶叫した捲簾はしゃがみ込んで、ギューギュー黒ウサを抱き締めながら股間を押さえて身悶え出す。

何を妄想したのかは部下達にも一目瞭然で。

部下達はそっと集まると、一様に首を竦めた。

「…元帥にそれとなく大将のこと進言した方が良くねーか?」
「だな。その方がさっさとまとまって落ち着くだろうし」
「こういう大将にもいい加減慣れたけど…やっぱ毎日だと疲労倍増だな」
「元帥焚きつけた方が一気に解決するだろ」

うんうん、と部下達は互いに頷き合う。
自分達の。敷いては西方軍の心の平穏のために、部下達は天蓬にどうにかして貰おうと決意した。




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