The princess who dreams



「あー…こりゃまたでっけぇな」
目の前で数十頭の巨獣が断末魔の咆吼を上げている。
「二班っ!残りの巨獣を後方から結界内に追い込みなさいっ!一班は誘導するっ!」
「了解しましたっ!」
捲簾の目の前で、次々と巨獣が倒されていった。
身軽に駆け抜ける黒衣が、瞬時に巨獣の額を打ち抜いていく。
軍服の裾が風に翻る様子は、舞を舞っているように優雅だ。
寸分の乱れも無い完璧な布陣と作戦。
麻酔銃に銃弾を補充しながら、捲簾は瞬きするのも忘れて天蓬に魅入った。

あーもうっ!元帥って…カッコイイ〜〜〜ッッvvv

ぽわ〜んと周囲にピンクのハートを撒き散らして、捲簾は熱い溜息を零す。
天蓬の華麗な身のこなしは、キラキラと輝いて見えた。
頬を染めてウットリと見惚れている捲簾に、悲鳴が浴びせられる。
「たっ…大将っ!後方っ…危な――――」
切羽詰まった部下達の声と巨獣の凶暴な咆吼。
真っ直ぐ天蓬を見据えたまま、捲簾は銃を上げた。

「んもぉ〜っ!邪魔すんなっvvv」

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

振り返りもせず捲簾は銃を後方へ構えると、立て続けに麻酔銃を撃ち込む。
捲簾の背後に迫っていた巨獣は見事に額と心臓を打ち抜かれ、その場に崩れ落ちた。
一部始終を見ていた部下達は、目を見開いて唖然とする。
「ほい、封印ヨロシク」
「は…はいっ!」
クルリと振り返った捲簾が、追いついた部下達へニッと笑いかけた。
すぐに前へ向き直ると、またしても頬を両手で包んで潤んだ瞳を天蓬へ向ける。

はぁ…やっぱ素敵ぃvvv
こんなことならカメラ持ってくればよかったなぁ。

周りの喧噪も無視してウットリ惚けている捲簾に、部下達が恐る恐る声を掛ける。
「あのー…捲簾大将?」
「あ?何だ?俺今チョット忙しいんだけど」
天蓬からは1ミリたりとも視線を逸らさず、声だけで部下に返事を即す。
新しい大将の不可解な挙動に困惑しながらも、部下は真面目に捲簾へ注進した。
「は?しかし…元帥の指示で、我々は結界内に巨獣を追い込むよう命令が…」
「あー、はいはい。追い込めばいーんだろ?」
等閑に返事をすると、捲簾は持っていた銃とは別に予備の銃を腰のホルダーから出した。
シリンダーを回して小気味良く装填すると、前方で暴れる巨獣に向かって両腕を伸ばす。

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

「オラオラ〜ッ!ちゃっちゃと結界内に入って、サクッとお寝んねしまショー」

左右の二丁拳銃で巨獣達の足許に撃ち込み、あっさり天蓬の待ち構える結界内へ追い立てた。
あまりの傍若無人さに、またしても部下達は呆気に取られる。
それでも天蓬の指示通り、巨獣達は結界内へ逃げ込んでいった。
待ち構えていた天蓬達が、次々に巨獣達に麻酔銃を連射して眠らせる。
「ホラ、何ボケッとしてんの?元帥閣下のお手伝いしねーとダメでしょ〜?」
「え…あっ!はいっ!」
「眠らせた巨獣から封印していけ」
「了解しましたっ!」
捲簾の指示を受け、部下達が慌てて巨獣を捕縛している天蓬達の元へ走っていった。
ポツンと一人取り残された捲簾は。

「元帥ってば凛々しい…さすが俺の王子様vvv」

夢見る瞳で悦に浸っていると、突然バチッと天蓬と目が合った。
ドキッ!と捲簾の胸が大きく鼓動する。
顔を真っ赤にして小鳩のように胸を高鳴らせていると、前方の天蓬が捲簾を手招きした。
「捲簾大将、何してんですか?封印作業手伝ってくださいよぉ〜」
「あ…あぁっ!悪ぃっ!!」

こんな状況でも元帥ってば俺のことを気に掛けてくれてるんだ…イヤンッ!嬉しいぃっvvv

モジモジと銃を弄くって恥ずかしげに身悶えている捲簾を眺め、天蓬は小さく首を傾げる。
近くにいた部下を呼ぶと、近くに手招いた。
この部下は捲簾と同じ班だったはず。
「捲簾大将は…どうでしたか?」
「はっ、大将は…まだ我が隊に慣れていらっしゃらないのでは、と」
「それは当然でしょう。今回が西方軍での初陣なんですから。そんなことではなく、あのヒトの手腕はどうだと聞いてるんです」
「自分の個人的な見解ですが…相当な力をお持ちかと」

東方軍のみならず、全軍に知れ渡っている捲簾大将の力。
闘神に匹敵するとまで言われたその実力は、実際目にするまでは眉唾物だと思っていたが。
状況判断の冷静さに、巨獣を確実に仕留めるその腕前。
…ちょっと行動が妙だったのは、まだ隊の統制に慣れていないだけだろう。
天蓬は興味深げに部下の話を聞いた。
「そうですか。あぁ、封印作業に戻って下さい」
「承知しました」
部下が持ち場へ戻っていくと、天蓬は腕を組んで考え込んだ。
合流した捲簾も、部下達に混じって手際よく封印作業をこなしている。
捲簾の姿を観察してると、何度も目が合った。
その度捲簾は慌てて視線を逸らして俯いてしまう。
しかし。
それでも捲簾が頻繁に天蓬の方をチラチラ窺っているのが分かる。

ふむ?自分の上官になるオトコを品定めでもしてるんでしょうかね?

捲簾大将程実力のある者なら、自分の上に立つ器に相応しいかどうか見極めるのが当然だろう。
仮に自分でもそうするに決まってる。
そういう小賢しい部分は、手に余りそうな感じがした。

かなり御するには難しそうなヒトですねぇ。

巨獣を追っている間にも、天蓬はしっかり捲簾のことを観察していた。
初めは慣れないせいで戸惑っているのか、ただ自分や部下達の動きを眺めているだけのように見えたが。

まぁ、初陣だから仕方ないか。

そう思っていた。
ところが。
立て続けに上がった銃声に、天蓬の杞憂は一気に吹き飛んだ。
打ち込まれる銃弾に一縷の迷いも狂いもない。
冷静に狙いを定める捲簾の表情を見遣って、天蓬は感心した。

どうやら噂に違わず、って所ですかね。

天蓬は楽しそうに笑みを浮かべる。
今まで聞き及んでいた情報によると、捲簾は相当厄介な人物だと何処でも聞いた。
上官にも平気で楯突くし、命令違反は日常茶飯事。
それが一般的な捲簾大将の人物像だ。
しかし、下士官の方まで話を追跡すると、今度は全く逆の印象が浮かび上がる。
お人好しの熱血漢で、自分が正しいと判断した作戦には驚く程忠実に任務を遂行する、と。
上級士官にありがちな自分大事で離れた本陣から指示を飛ばすだけということもなく、大将自らが前線に立って先陣を切って隊を導く。
その戦歴も数字を見れば納得がいく。
捲簾が率いていた隊は、明らかに死傷者が少ないのだ。
全軍を見ても、天蓬の隊と引けを取らない。
そんな武人が自分の隊へ配属されるなんて。

なかなかどうして。
随分と愉快な展開になってくれましたよね。

どうやら退屈しないで済みそうだと、天蓬は密かに喜んだ。
第一印象も悪くない。
一体どんなゴッツイ猛者が現れるのかと思っていたが。
実際捲簾に対面して、驚いたのは天蓬の方だった。
端正な容貌は一見近寄りがたい雰囲気があるが、人好きのする笑顔を浮かべると何だか愛嬌があって可愛いし。
スラリと引き締まった姿態と隙のない所作は、まるで野生の猛獣のようで綺麗だ。
捲簾はルックスも言動も、天蓬の中では好ましい部類に入る。

と、言うよりメチャクチャ物凄くタイプだ。

天蓬は本来恋愛事に関して、性別に禁忌が無い。
食指を引かれれば、もれなく誰でも美味しく頂いてきた。
そこら辺の節操の無さは、捲簾とイイ勝負かも知れない。
それも全ては『据え膳』だったからで。

う〜ん…欲しいなぁーvvv

自分から誰かが欲しいと欲求を持つことは初めてだった。
天蓬は無意識に捲簾の姿を欲情を隠そうともせず、舐めるように眺めてしまう。

ゾクゾクッ!

「なっ…なになにっ!?」
強烈な悪寒が背筋を駆け抜け、捲簾は作業を中断して視線を巡らせた。
何となく身の危険を感じて、捲簾は咄嗟に身構える。
すると。
封印作業を指示していた天蓬とバッチリ目が合った。
天蓬は腕を組んだまま、双眸を眇めてじっと捲簾を見つめている。
見据えられた視線に絡め取られて、捲簾は逸らすことも出来ずに硬直した。

元帥が…元帥が俺のこと見てるっ!?
キャーッ!イヤーッ!何で何でええぇぇ〜〜〜っvvv

捲簾の視界から周りが一切消え失せる。
ソコにいるのは自分と天蓬の二人だけ。
色取り取りの花々が咲き誇る綺麗なお花畑で。
捲簾は熱い視線を向けてくる天蓬に、うっすら頬を染めてはにかみながら見惚れた。

異変に気付いたのは近くにいた部下達だ。
動かない上司に不審を感じて顔を上げれば、今正に上官同士が睨み合っての一触即発状態。
ギョッと驚いて、天蓬と捲簾それぞれの近くに居た部下達が、慌てて双方に声を掛ける。
「たっ…大将っ!こちらの封印確認して頂けますかっ!?」
「元帥っ!こちらの封印完了しましたっ!」
切羽詰まった部下達の声に、一気に意識が現実に戻される。
捲簾は我に返ると、ぎこちなく天蓬から視線を引き剥がした。
「え?あぁ…終わった?」
「はいっ!確認お願いします」
「ほいほい〜っと」
適当に返事をして乗っていた眠っている巨獣の腹から下りると、部下達に呼ばれて封印の完了した巨獣を確認に向かう。
チラッと。
気になって捲簾は天蓬の方を上目遣いに様子を窺った。
「あ…っ」
またもや天蓬と視線が合ってしまう。

そんな…そんなに俺のこと見ないでっ!
イヤッ!恥ずかしいーーーっっvvv

プイッと焦って視線を逸らすが、見る見る捲簾の頬は紅潮した。
熱くなった顔を隠しても、耳まで真っ赤になっている。
捲簾へと熱烈な視線を確信犯で送っていた天蓬は。

「うーん…捲簾大将は結構奥ゆかしいんですねvvv」

自分に都合良く解釈するが、外れてはいなかった。
そこは天才軍師、瞬時に捲簾攻落作戦を脳内で展開する。

割と人懐っこくて人見知りしないように思えたんですけど。
僕の視線にあんなに恥ずかしがったりして、噂と違って意外と純真なんでしょうか?
駆け引きではぐらかされてるようには思えませんし。
そこがまた可愛らしいですねvvv

捲簾の新たな面を発見して、天蓬はニンマリとほくそ笑む。
今まで身体限定のお付き合いしかしてこなかったので、何だか捲簾の存在は新鮮だった。
ふと、思いついて天蓬は首を傾げる。

「あれ?もしかして僕ってば
初恋でしょうか?」

天蓬の呟きを耳にした部下達が一斉に転ける。
信じられない者を見るように振り返って、遠巻きに天蓬を窺った。

「また元帥が訳分かんないこと言い始めたぞ…」
「俺らは何も聞いてないっ!何も知りませんでしたっ!いいな?」
「あ…あぁ」

部下達は顔を付き合わせると、決意を固めて頷き合う。
今までどれだけ天蓬元帥の言動に振り回され鍛えられてきたか。
並みの精神では天蓬元帥幕下でやっていけない。
しかし。
新しく転任してきた大将は、西方軍を今までで最大級の嵐に巻き込むような予感がした。



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