The princess who dreams |
カツカツカツカツ☆ 軽快な軍靴の音が回廊を駆け抜ける。 「大変だっ!大変だーっ!もうもうっ!!」 捲簾は額に汗を浮かべて焦っていた。 とにかく早く天蓬の元へ! 階段を飛び降り回廊を疾走して、捲簾は天蓬の部屋へ向かう。 退屈な会議から漸く解放されて執務室へ戻れば、責任者の天蓬は居なかった。 時間はのどかな午後が始まって小一時間ばかり。 午前中で終了と予定になっていてもその通りに会議が終わった試しは無かったので、捲簾は手作りのお弁当を天蓬へ渡していた。 いつも一緒に二人でお昼を食べているのに、天蓬を一人にしてしまうのは申し訳無いと思う捲簾の親心…じゃなくって繊細な乙女心だ。 何せ天蓬はモテる。 本人は自覚があっても気にしてないが、恋人の捲簾は気が気でない。 一人でフラフラしていようものなら、チャンス!とばかりに色気過剰な女官やら天蓬の外面に目が眩んだどこぞの姫君達が目敏く誘いをかけてきた。 現場を目撃したのも一度や二度ではない。 その度に捲簾は『お菓子』に『アリンコ』が集る中へ慌てて突進し、速攻『お菓子』を担いで脱兎の如く逃げまくった。 捲簾の場合も似たり寄ったりだが、その辺り場数を踏んでいるのであしらい方も手慣れている。 当たり障り無く相手を傷つけず、さり気なくかわしていた、が。 天蓬の場合、普段から思考が飛んでいることがままあるので、ボンヤリしている間に寝所へ連れ込まれていた。なーんてことが過去にはあったらしい。 そんなウッカリさんなところが、捲簾は心配で仕方がないのだが。 またしても自分が居ない隙に、どこかの女官にお持ち帰りされたのかもっ!と一瞬血の気が退いた。 こんなこともあろうかと、予防線のつもりで捲簾はいかにも恋人の手作りお弁当vを天蓬へ手渡していたのに。 ピンクの愛らしいウサちゃん柄の風呂敷に包んだ、豪華三段重の見目麗しいオカズのぎっしり詰まったお弁当。 天蓬はいつもいつも幸せそうに微笑んで、一つ残さず平らげてくれた。 細身な外見と違って天蓬の胃袋は大きく強靱らしい。 そんな手の込んだ手作りお弁当を手渡される素敵で可愛らしい(決定)恋人がいると見せつけて知らしめることで、捲簾は密かにコッソリと『女性撃退草の根運動』をしていたというのに。 主の居ない机を信じられない思いで見つめながら、捲簾は側にいた部下の腕を掴んだ。 「天蓬は…何処に行った?」 「あ、えーっと…元帥ですか?」 何故だか執務室に居る部下達全員の視線が不自然に泳ぎ出す。 捲簾は双眸を眇めて、部下達を睨み付けた。 ヘタな嘘なんかぶっこいたらお前らわかってるよな?あぁ?と視線で脅しをかける。 不穏な捲簾の視線に数名はビシッ!と硬直し、数名はブルブル震えだし、残りの数名は手を取り合って後ずさり。 全員が怯えきって話にならない。 捲簾は部下達をグルリと一瞥すると、大きく息を吐いて肩から力を抜いた。 「別にお前らに怒ってる訳じゃねーから。仕事中だってのに、アイツはフラフラと何処に行ってるのかなーってだけ。敖潤にバレねーうちに連れ戻さないとだろ?」 尤もらしい理由を言うが、捲簾は焦っていた。 早く飢えたオオカミ女達に襲われる前に、天蓬を助けねーとっ! 危機感を募らせる乙女センサーはピッコンピッコン既にエマンジェンシーモード。 脳内お花畑では『大変っ!急がなくっちゃ!』と白ウサ黒ウサがグルグル駆け回っていた。 漸く金縛りから復活した部下達が視線を合わせて互いに頷き合う。 『上司ラブラブ既成事実でデキちゃったv』作戦はここからが肝心なのだ。 難しい顔で何やら思案している捲簾へ、スススと部下が歩み寄る。 「元帥でしたら、お昼前でしょうか…大きなお弁当の包みを抱えてご自分の部屋へ走って行かれました」 「へ?弁当持って…部屋に??」 「はい。そのまままだお戻りになっていないだけで」 「豪華なお弁当ですね〜って自分達が羨ましがったら、元帥は『捲簾のお弁当は恋人である僕だけが口にする権利があるんですっ!大事な部下の貴方達であっても、絶品だし巻き卵はお分けすることは出来ませんっ!』って叫ばれて逃げるように…多分方向からいってご自分の部屋へ戻られたんだと推測したんですが」 「………もぅ、天蓬のヤツvvv」 捲簾はほんのり頬を染めて恥ずかしそうにはにかんだ。 恋人が自分の為だけに愛情を込めたお弁当は、誰にも渡すことは出来ない、と。 天蓬は部下達からの箸の追撃を逃れて、自分の部屋へ逃走したらしい。 脳内お花畑では白ウサが黒ウサに…。 『ほら、あーんしてv』『あーん…んっ!さすが僕の可愛い捲簾。とっても美味しいです〜vvvもうもうすぐにでもお嫁さんになれますねvvv』白ウサは真っ赤になり『そ…そんなことねーもんvvv』フリルのエプロンの裾を弄ってモジモジ『いえいえ、こんな素敵なお弁当を作って貰える旦那様は幸せですよねぇ…』黒ウサが熱い視線を白ウサへビシビシ送ると『でも…俺の旦那様は…天蓬だけだもん』キャッ!言っちゃったvvvと両手で顔を覆い隠した白ウサを黒ウサはシッカリ抱き締め『捲簾…僕の可愛いお嫁さんになって頂けますか?』すかさず愛のプロポーズを!そして白ウサは愛されている喜びで瞳を潤ませ『嬉しい…っvvv』黒ウサの男らしいちからづよさに身を任せると、倒れ込んだお花畑に祝福の花弁が舞い踊りそして…。 「ヤッダーッッ!!もうもうっっ!!まだそんなプロポーズなんてされてねーしっっ!!」 一人物凄い妄想に耽っていた捲簾が、真っ赤な顔で身悶えた。 捲簾の様子で今更聞かなくてもナニを想像しているか一目瞭然。 部下達は心の中で拳を握って確信した。 やはり捲簾はタイミングが噛み合わないだけで、天蓬との行為を嫌悪している訳じゃない。 自信を付けた部下達は柱にしがみ付いて照れまくる上司へ近づき、そっと耳打ちした。 「元帥、お食事しに部屋へ戻られたと思うんですけど、その後を女官が…」 「何っ!?」 「元帥全力疾走で走っていかれましたから振り切ったとは思うんですが、万が一…ということも」 「ま…万が一…何よっ!?」 「元帥のお部屋へ奇襲するような剛胆な女官も過去にはいましたから、あるいは…いえいえ、今は大将がいらっしゃいますから何も無いとは思うんですが」 「元帥の方にソノ気はなくても…お茶に一服盛られたりしたら…もしかして」 「天蓬おおおぉぉおおおーーーっっ!!」 武神将の力を遺憾なく発揮した捲簾は、華麗なる早業であっという間に回廊を駆け抜けていった。 部下達は入口から上司を見送ると視線を交わし。 「おーっしっ!」 全員でハイタッチで盛り上がった。 これなら上司達はどうにかなるだろう…いや、なって貰わなくては困る。 これ以上のお膳立てなどもう思いつかなかった。 後は今頃風呂でピカピカに身体を磨いているだろう元帥の甲斐性に懸かっている。 「これで…明日から平和になるといーなぁ」 「ホントになぁ」 部下達はしみじみと呟いて、上司達の消えた執務室で職務を再開した。 「天蓬っ!無事かっっ!!」 バンッと勢いよく扉を開けば、捲簾の足下を小雪崩が襲ってきた。 昨日片付けたばかりだというのに、既に本が流れ出てくるとは。 僅かに眉根を顰めるが、内心ホッと胸を撫で下ろした。 室内に女性の気配は無い。 あの独特の白粉や香油の匂いは一切感じなかった。 替わりに漂うのは湿った空気。 「何だ?この湯気…風呂?」 床を埋め尽くす本を足で避けながら部屋を横切ると、風呂のドアが全開になっていた。 そこからモワモワと白い湯気が部屋へ流れ込んでいる。 「天蓬?風呂入ってるのか?こんな時間に??」 捲簾は腕を組んで不思議そうに首を傾げた。 平素は捲簾が追い立てて渋々風呂へ入るほどの面倒臭がりだ。 魔女の呪いは凄まじく、この部屋だけでなく天蓬自身へも汚染している。 その最たる呪いが天蓬の小汚さだった。 あんなに綺麗で男前な王子様が、フケを飛ばしまくりの悪臭放つ物臭なんて許せない。 魔女の呪いなんかに負けねぇっ!とばかりに、捲簾は涙ぐましい努力をしてきた。 不平を零す天蓬を宥め賺して時には投げ飛ばし、あるいは泣き落とし。 毎日とはいかないものの2日に1度は風呂へ入るよう、忠実に面倒を看ていた。 その天蓬が、自分から風呂に入るなんて。 天変地異か、魔女の呪いが解けたのか。 捲簾はきょとんと目を丸くして湯気の出ているドアを注視した。 耳を澄ませたが、風呂から水音は聞こえない。 湯船にでも浸かっているのだろうか、それにしても。 「ったく…風呂にはいるのはいいんだけどさ。ドアぐらいちゃんと閉めろよなぁ。湿気でお前の大事な本が傷んじまうぞ〜?」 やれやれと捲簾は肩を竦めて、風呂へと近づいた。 そこでハッと気付く。 「着替え…持ってってねーよな」 ソファには天蓬愛用の白衣が無造作に投げかけてあった。 風呂場のドア前には着ていたらしいシャツとネクタイが落ちている。 どうやら歩きながら脱いでいったらしい。 そんな状態でわざわざ着替えを用意しているとは到底思えなかった。 捲簾は寝室へ向かうと、クロゼットから着替えを取り出す。 後で洗濯しようと片手で白衣と落ちていたシャツとネクタイを拾い上げて湯気に煙る脱衣所へ入ると、そこに脱ぎ捨てられていたズボンと下着も拾い、脱衣カゴへまとめて放り込んだ。 カゴを端へ避けて、その隣へ持ってきた新しい着替えを置く。 「天蓬ぉ?ここに着替え置いたからな?」 「………。」 「天蓬?居るんだろ?」 「………。」 何故か天蓬からの返事はない。 風呂に入っているのは間違いないはずだが、どうしたんだろう?と捲簾が風呂場を覗き込んだ。 真っ白に湯気が漂う中、僅かに足が見える、が。 洗い場で上を向いた爪先。 それはまるで。 「天蓬っ!?」 捲簾は慌てて風呂場へ入った。 倒れている天蓬を助け起こそうと膝を着いた途端。 「いやあああああぁぁああああんんっっ!!!」 真っ赤な顔で悲鳴を上げた捲簾は、物凄い勢いで脱衣所へ逃げ込んだ。 扉へしがみ付いたまま、ドキドキと昂ぶる鼓動にまま小さく震える。 天蓬は湯あたりでもしたのか、風呂場で昏倒していた。 仰向けで、当然全裸で、なにもかも無防備に晒して。 湯気の中から垣間見た天蓬のすっごいモノに、捲簾は驚きのあまり助けることも忘れて飛び出してしまった。 しかも、何故か天蓬のナニは勃ち上がっている。 見てはいけないモノを見てしまった…でもちょっとラッキー♪はっ!ダメそんなっ!はしたないぞっ!捲簾ってばっっ!! 脳内お花畑、両手で白衣全開に黒ウサが『ほらほら〜』と腰を突き出すと、可憐な白ウサが『いやーんっ!』と顔を背けつつ横目でチラチラ確認してしまう。 ぽつっと身体の奥深くで点った欲情に瞳を潤ませ、捲簾は恥ずかしそうに倒れている天蓬を見つめた。 早く天蓬を助けなきゃ。 助けたいけど…でもっ! 身体に燻る情欲と葛藤している捲簾の視線に気付いたのか。 豪快にぶっ倒れていた天蓬の足が僅かに動いた。 「ん…いった…い?あ?何か頭が痛い…あれっ!?」 漸く意識がはっきりしたのか、天蓬が呻きながら身体を起こす。 天蓬の声で我に返った捲簾は、慌てて声をかけた。 「て…てんぽ?大丈夫か?ケガしてねー?」 「あれ…捲簾?来てたんですか?」 「うん…来たら…お前風呂で倒れて…ビックリしてさ」 「すみません。心配してくれたんですよね?何か湯あたりしちゃったみたいです」 「頭打ったんだろ?立てるか?」 「平気みたいです。ちょっとコブにはなってますけど」 「そっか…」 天蓬の声がどんどん近づいて来て、捲簾は僅かに身を強張らせた。 手に取った着替えを急いで天蓬へ押し付ける。 「身体冷えるだろ?早く着替えろよ」 真っ赤な顔を逸らせて手だけ差し出す捲簾に天蓬は目を丸くした。 指先が小さく震えている。 天蓬の双眸に淫靡な光が閃いた。 「あ…っ!?」 捲簾の腕を強引に引き寄せると、天蓬はしっかり抱き締める。 耳朶を擽る濡れた髪。 「捲簾…もう我慢できません」 甘い声音で囁かれながら柔らかな耳朶を啄まれた。 背筋をゾクリと淫猥な痺れが駆け抜ける。 「…僕だけのモノになって?いいでしょう?」 「やっ…てん…ぽぉ…っ!」 「愛してますよ…捲簾」 グイッと腰を強く押し付けられ、熱いカタマリに驚いて捲簾が目を見張った。 捲簾の全てを欲して、天蓬の雄が脈動している。 動揺で動けない捲簾に幸いとばかり、天蓬は確かめるように魅惑的な身体を撫で回した。 捲簾を抱き締めたまま片手で器用に背中から腰、引き締まった双丘、そして着崩した軍服の狭間へと手を差し込んで。 「ダメーーーっっっ!!!」 物凄い衝撃に天蓬の身体が弾き飛ばされた。 一瞬過ぎて何が何だか分からない。 思いっきり背中を壁へ打ち付けて、天蓬が困惑しながら視線をあげると。 捲簾が、大粒の涙を零して立ち尽くしていた。 開いた軍服の胸元を手で掻き寄せ、小刻みに震えている。 「捲簾…どうしたんです…」 「触るなっ!」 心配して差し出した掌を強い力で振り払われた。 捲簾は涙で頬を濡らして、天蓬を睨んでいる。 早まったか、と思ってももう遅い。 どう言いつくろうかと必死に考えるが、焦るばかりで頭が真っ白になる。 どうすることもできずに天蓬がただひたすら捲簾を見つめていると。 「俺…俺っ!こんなんで…ってヤ…なんだ…よっ!」 「ごめんなさい…でも僕は捲簾を愛してるから」 「言い訳なんか聞きたくねーっ!」 「捲簾…愛してるんです…本当に…心から」 天蓬が必死に想いを伝えても、捲簾は嗚咽を漏らして首を振るばかりで。 「捲簾貴方を怖がらせたかったんじゃないんです。貴方を心の底から愛しているから、僕は捲簾の全てが欲しくなって。決して浮ついた気持ちじゃないんです」 天蓬の気持ちは捲簾にも分かってる。 分かっているけど、どうしても捲簾は譲れない想いがあった。 小さな頃からずっとずっと憧れていた、あの瞬間。 「俺…俺は…っ!結婚して初めての夜に全部捧げるって決めてんのーっっ!!!」 「………は?」 捲簾の絶叫に天蓬はポカンと呆けた。 唖然とする天蓬へ、捲簾は更に喚き散らす。 「俺の純潔は愛するヒトと結婚した時に上げるんだよっ!だから天蓬に今はやれねぇっっ!」 恥ずかしそうに全身真っ赤に染めて宣言する恋人を、天蓬はマジマジと見つめた。 なるほど…そういうことだったんですか。 理由が分かれば即決即断。 涙目で牽制している捲簾を尻目に、天蓬はそそくさと身繕いし始めた。 突然のことに捲簾の警戒が逸れる。 さっさと着替え終わると、真剣な眼差しを捲簾へ向けた。 「…10日ほど留守にします。その間軍の方を捲簾に任せます」 「え…天蓬?」 「10日です。待っていて下さい。では」 「ちょっ!天蓬っ!何処行くんだよっ!?」 素早く身を翻して部屋を出て行く天蓬へ捲簾が驚いて声を掛けるが、振り返りもせずに去ってしまう。 一人、部屋に残された捲簾は。 「天蓬…呆れちゃったのかなぁ…俺のこと…鬱陶しいって…散々遊んできたクセに…今更何ブッてるんだ…って…っ…てんぽ…天蓬ぉっ!」 天蓬を、失ったかもしれない。 今まで感じたことのない凄まじい孤独な損失感に、捲簾はその場へ膝を崩して子供のように泣きじゃくった。 |
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