The princess who dreams



麗らかな陽射しが暖かい常春の天界。
今日もいつもと変わりない1日が始まる…はずだった。
定刻少し前に出勤してきた仕官が、普段通り執務室のドアを開ける。
「おはよーっす…」

ビュオオオオォォオオオ〜ッッ!!

「うわあぁーーーっっ!?」
突然襲ってきた猛吹雪に、部下は回廊の外まで吹っ飛ばされた。
勢いよく転がり出た庭先で尻餅をつき、呆然と豪雪が吹き出るドアを疑視する。
「………何で執務室がいきなり極寒地帯になってるんだ?」
ドアの壊れた入口へどんどん降り積もっていく雪塊を眺めながら、ふと部下は我に返った。

まさかこの中にみんながっ!?

吹雪渦巻く室内へ目を凝らせば、何やら雪の塊らしきモノが見える。
それは丁度ヒトの大きさ程にこんもり山を築いていて。

「おおぉぉーいっ!誰か中に居るのかっ!?」

室内へ懸命に声を張り上げると、微かに声が聞こえたような気がする。
間違いなく同僚達はこの中に居る。
そう確信した部下は、慌てて室内に飛び込もうとするが、暴風雪に阻まれなかなか踏み込めなかった。
「一体何だってこんな…どうなっちゃってるんだよぉ〜っ!あ?元帥と大将はっ!げんすいぃーっ!たいしょおぉーっ!ご無事ですかああぁ〜〜〜っっ!?」
入口の壁にしがみつきながら大声で叫ぶと、足許に積もっている雪が微かに蠢いた。
視線を落とせば、そこにはヒトの手が。
「だっ…大丈夫かっ!?」
とりあえず部下はその腕を掴んで、回廊までズルズル引きずり雪の中から助け出した。
真っ青を通り越して真っ白に凍り付いた同僚の身体から雪を払い、意識を失い掛けている頬を掌で叩く。
「おいっ!しっかりしろっ!」
「う…ううぅ…っ」
グッタリ動かなかった身体が身動いだ。
次第に頬へも血の気が戻ってくる。
「気が付いたかっ!?おおぉ〜〜〜いっ!」
「ふ…う…ん…んん?」
身体を支えられた同僚の意識が漸く戻ってきた。
「さっ…寒ぃっ!!!」
大きく身体を震わせて喚く同僚へ今更ながら呆れた視線を向ける。

「そりゃそうだろ。雪の中に埋もれてたんだから…じゃなくって!おい、コレって何なんだよ?一体何が中であったんだ??」
「中で…あっ!ヤバイ!まだ中にみんな居るんだよっ!早く助け出さねーと大将に殺されちまうっっ!!」
「は?大将に…って何でっ!?」

よりによって何で大将が部下を殺さなくてはならないのか。
さっぱり話の見えない部下は、思いっきり顔を顰めた。

「いーからっ!話は後だ!」
「ちょっと待てよ!何で大将が俺らを殺すんだよ?」
「殺すんじゃなくって殺されんのっ!このブリザード出してんの大将なんだよっ!!」
「……………はぁ??」

常春の天界で凄まじい悪天候の原因は捲簾らしい。
しかし何でそんなことになったのか。
捲簾の機嫌が急転直下で荒れる原因で考えられるのは。

「元帥っ!元帥は!?」
「その元帥が来てねーんだよぉー…」
「ってことは?もしかして…」
「十中八九間違いない」
「…何か失敗しちゃったんだ」
「…それしかねーよ」

色々覚えのある部下達は顔を見合わせ頭を抱え込んだ。
いつまで経っても進展する気配もなく煮え切らない上司達をどうにかして円満にくっつけようと、第一小隊全員で作戦を立て、昨日二人を焚きつけはしたが。
まさかこんな結末になろうとは予想もしていなかった。
天蓬とどんなやり取りがあったのか知りようもないが、傷心の捲簾は思わず一極集中でブリザードを呼んでしまうほどに嘆き悲しんでいるらしい。

しかし、このままにする訳にいかない。
何せ大事な仲間が豪雪の中で死にかけているのだ。

「コレの原因が大将なら、どうにか気を逸らせてこのブリザード止めないと。中へ助けにも入れねーし」
「でもどうやって?」
「今、元帥のこと出すと返って逆効果だから…色気じゃなくって食い気だっ!」
「あ?食い気ぇ〜??」
「とにかく!一瞬でも気を逸らせて、落ち着かせてから大将に事情を確かめよう。もしかしたら何か勘違いして空回りしてる可能性もあるし」
「なるほど。それに元帥も探し出して、話を伺った方がいいよな」
二人は顔を見合わせて、力強く頷いた。
部下はどこからか取り出した拡声器を片手に、室内へ向かって説得を試みる。

「大将おぉーっ!今日の10時のおやつは、大将がずっと前から食べたがっていた下界で有名な『女性が食べたい人気No.1スイーツのお店』パティスリーホワイトラビッツのケーキアラカルトですよ〜っ!」
「お茶はウェッジウッドのダージリンセカンドにお好みでラズベリージャムとカップはワイルドストロベリーシリーズですっ!!」

ヒュウウウウゥゥー………ピタッ☆

「吹雪が…」
「止んだ、な」

部下達はホッと胸を撫で下ろし、お互いの健闘を讃えてガッチリ抱き合った、が。
「あぁっ!落ち着いてる場合じゃねぇっ!おいっ!みんな無事がーっっ!?」
「生きてるかぁーっっ!?」
大急ぎで執務室へ駆け込んだ二人は、雪に埋もれる同僚を次々掘り起こす。
意識を取り戻した部下達は、一旦部屋の外へと避難した。
幸い死者は出なかったようだ。
「ま…マジで死ぬかと思った」
「下界の寒冷地でだって、ここまで酷い任務は無かったのに」
「何でこんなことに…でも助かったなぁ」
外の暖かい日射しを浴びて漸く凍り付いた身体が戻り、被害にあった部下は溜息混じりに大概の無事を喜び合う。

しかし。
この騒動の張本人である捲簾が出て来ない。

ゴクリと息を飲んで、シンと静まりかえった執務室へ視線が集中した。
とりあえず一人災難を逃れた部下が、意を決して部屋を覗き込む。
豪雪地帯に豹変したかつての執務室を見渡すと、天蓬の机が置いてある辺りに黒い軍服姿が見えた。
膝を抱え込んで項垂れる背中に哀愁が漂っている。
部下はそっと一歩一歩近づいて、戸惑いながらも声を掛けた。

「大将…どうされたんですか?」
「………。」

返事は返ってこないが、グスッと鼻を啜る音が聞こえてくる。
心なしか微かに肩も震えていた。

もしかしたら泣いているのかもしれない。
そう気付いたからと言って何と声を掛ければいいのか、部下は逡巡しながら視線を彷徨わせた。

元帥っ!一体何をしでかしちゃったんですかっ!?

何故だか膨大なミニ雪だるまが膝を抱える捲簾を囲っている。
それはもうビッシリと大量のミニ雪だるまが累々と積み上がり、まるで捲簾の心の壁のように思えてならない。
しかしこのままでは仕事が出来ないので、部下は諦めずに声を掛けた。

「あの…今日元帥はどちらにいらっしゃるんですか?」

ピクン☆

捲簾の身体が小さく跳ねる。
やはり天蓬が原因だと部下は確信した。
できるだけこれ以上捲簾を刺激しないよう、部下は穏やかな声音で問い掛ける。
「大将は昨日…元帥の所へ行かれましたよね?その時何かあったのですか?」
捲簾からの答えはない。
肩越しに振り返れば、同僚達が固唾を飲んで見守っていた。
部下はこれ以上は無理だと首を振って諦めかけた時。

「天蓬に…捨てられた」

微かな声が雪だるま城壁の向こうから聞こえてきた。
漸く話してくれた上司の言葉が信じられずに、部下達は一斉に瞠目する。
「え?元帥が大将を…そんなこと絶対あり得ませんよ」
「そうですよっ!あの大将ラブラブ至上主義の元帥に限ってそんなこと、天変地異が起きたってあり得ませんって!」
「ぜーったい何かの間違いですよっ!」
部下達が必死になって否定するが。

「でも天蓬は俺を置いてどっか行っちまったっ!」

悲痛な叫びに、部下達は息を飲んだ。
積み上がったミニ雪だるまが崩れ落ちる。
「俺っ…俺がっ!天蓬のこと…っ…拒絶した…から…アイツ…きっと怒って呆れたんだっ!こんなヤツにはもう付き合いきれないって…だから…だから居なくなったんだよ…おぉっ!」
うわーんっ!とミニ雪だるまへ突っ伏して号泣する上官を、部下達はポカーンと注視した。

「………拒絶?」
「大将?まさか元帥のプロポーズ断っちゃったんですかっ!?」
「嘘でしょうっ!?」
「何で断っちゃったんですかっ!?」
「バカッ!お前らっ!プロポーズなんかじゃねーっっ!!」

部下達の勘違いに、捲簾は真っ赤な顔で怒鳴り返す。
キョトンと目を丸くした部下達はあれー?と同時に首を傾げた。

昨日の天蓬の勢いなら、絶対プロポーズしてると思っていたのに。

「じゃぁ…何を元帥に拒絶したんですか?」
至極尤もな疑問を上官へぶつけてみれば。
「だっ…だから…っ!」
途端に見る見る捲簾の頬が紅潮し、ミニ雪だるま達がジュージュー溶け始めた。
首筋まで真っ赤になって言い淀む上官を眺めていた部下の一人が、ポンッと掌を叩く。
「あ、もしかして…元帥にいきなり押し倒されたとか?」

ジュワワワワ〜。

すっかりミニ雪だるまは溶けて無くなった。
どうやら予感的中らしい。
でもやっぱり分からなかった。
何せ捲簾は天界中の美姫を渡り歩いて食い散らかしてきた百戦錬磨の男前。
当然意中の恋人である天蓬に求められれば、喜んで応えるはずだと誰もが思っていた。
それなのに、何故?

「でも大将…そうまで元帥に求められて、何で拒絶しちゃったんですか?」
「当ったり前だっ!天蓬からぷっ…ぷぷぷぷぷぷろぽーず?だってされてねーのにっ!初めて…その…そーゆーコトすんのは、結婚初夜に決まってんじゃねーかっ!」

捲簾の主張に部下達は口を開けて唖然とした。
今時そんな希少種並な処女論を、この上官から聞かされる羽目になろうとは。
あまりに意外過ぎる展開に言葉も出ない部下達に気付かず、捲簾はまたしても膝を抱えてシュンと落ち込む。
「俺がそう言ったから…だから…天蓬…幻滅して…っ!いきなり10日も留守にするからって…出ていっちゃった」

いや?
あの天蓬のことだから劇的なプロポーズをする為に、寧ろ喜び勇んで何かを画策しているに違いない。
きっとその準備をするのに飛び出したのだろう。

部下達は互いに目配せして頷いた。
十中八九間違いなく、捲簾が勘違いをして空回りしているだけ。

「大将…多分考えすぎだと思いますよ?」
「そうですよ。元帥は本当に大将のことを心から愛しているんですよ?」
「大将が言う理由で捨てるなんて、それじゃまるで元帥が大将に対して身体目当てでお付き合いしていたことになってしまいます」
「愛する大将にそんな風に思われていたら…元帥が哀しんでしまわれます」
「大将は…元帥のこと信じられませんか?」

次々と告げられる部下達の言葉に、捲簾は大きく首を振る。
「俺だって天蓬を愛してるっ!愛してるけど…でも…」
「そうですよね?大将は元帥が理由を告げずに飛び出してしまわれたから不安になったんですよねぇ」
捲簾は双眸を揺らして、コクリと頷いた。
「でも元帥、10日だけっておっしゃってたんですよね?元帥が大将とのお約束を違えることなどありませんから、それまで信じてお待ちしてはどうですか?」
「天蓬を…信じる」
ニッコリと笑って力強く頷く部下達を一人一人眺め、捲簾は漸く笑顔を浮かべる。

さて。
一時はどうなることかと思ったが。

元帥っ!何してるか分かりませんけどっ!とっとと大将の元へ帰ってきてくださーいっっ!!

部下達一同の声なき絶叫が、果たして天蓬へ届くのだろうか。




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