The princess who dreams |
「捲簾…これは貴方へ」 「あー…うん。さんきゅ」 可憐なパステルピンクのバラを恭しく手渡され、捲簾は頬を歓喜で染めきゅんきゅん胸を高鳴らせる…はずだったが。 どうしたって視界に入るリヤカーが乙女チックなシチュエーションを台無しにしていた。 いや、リヤカーというか、その上に乗ってる巨大な唐草模様の風呂敷包みが気になって仕方ない。 一体今度は何を下界から持ち帰ってきたのか。 突然自分を置き去りにして居なくなったかと思えば、戻ってきたら戻ったでリヤカーだし。 王子様は白馬に乗ってお姫様を迎えに颯爽と現れるモンじゃねーのかっ!? なのに白馬どころかリヤカー。 捲簾は上目遣いに天蓬を睨んでプックリ頬を膨らませた。 確かに愛らしいバラの花を贈ってくれたのは嬉しいけど。 「捲簾?どうしましたか?」 天蓬が少しだけ小首を傾げてニッコリと清廉な笑みを浮かべた。 途端に捲簾は震えながら真っ赤になる。 ああっ!やっぱり天蓬ってばステキーッッvvv 脳内お花畑で捲簾はエプロンの端を咥えると、ゴロンゴロンと身悶えた。 相棒白ウサ黒ウサも『天蓬LOVE』のハチマキを巻いて、捲簾と一緒にキャキャーはしゃいでいる。 瞳を潤ませてじっと見つめるだけで返事をしない捲簾へ、天蓬は困ったようにそっと指を伸ばした。 「バラ…この色はお好きじゃありませんでした?まるで捲簾の様に可愛いらしいピンク色だったので、貴方へ贈りたくて手に入れたんですが」 ピンク色で可愛い俺っ!? そんなこと…恥ずかしいーってばっっ!!と腕を振り回してお花畑をグルグル駆け回る捲簾の後ろから、白ウサ黒ウサは籠いっぱいのお花を撒いて追いかける。 天蓬の掌が壊れ物を扱うように捲簾の頬へと触れた。 「捲簾…何だか元気がありませんね?顔色も良くないし」 「そ…そんなこと無ぇっ!」 「本当に?無理しないで下さい…僕がついてますからね?」 「天蓬ぉー…vvv」 キラキラと瞳を輝かせ熱く見つめ合う二人。 「…完っ全に忘れてねーか?」 「大将、惑わされてます」 「やっぱ俺らが突っ込まないとダメか」 「ダメだな…」 「話進まないし」 すっかり状況を忘れて自分達だけの世界に没頭しだした上官達の後ろで、部下達はガックリと肩を落とした。 「あのー…大変盛り上がってるところを申し訳ございませんが?」 「元帥ぃ〜大将ぉ〜?」 「チッ………何ですか?」 イイところを邪魔された天蓬が、射殺さんばかりの勢いで部下達に視線を向ける。 正面から吹き抜ける凄まじい冷気に部下達の大事なアレがキューっと竦み上がったが、互いに手を握り合って勇気を振り絞った。 「元帥はどうして下界へお出かけになっていたんですか?」 「それにその荷物ですが…何を持ち帰られたのです?」 じっと睨み付けている天蓬に恐怖で震えながらも、部下達は懸命に問い掛ける、と。 「あ、そっか。天蓬お前っ!今度は何買ったんだよっ!?あんなデカイ風呂敷に包んでっ!」 大将っ!根本的に間違ってます! 突っ込むところはソコじゃないでしょうっ!! 荷物じゃなくって元帥ですよっ! さっきまで元帥が居なくなってこの世の終わりみたいに哀しんでたのは何だったんですかっ!? 部下達は額を抑えて仕方なさそうに首を振った。 天蓬が帰ってきた喜びで、捲簾はすっかり本来の要因を忘れてしまっている。 捲簾から怒鳴られた天蓬は、背後を振り返って思い出した。 「そうでしたっ!久しぶりに逢えた捲簾の愛らしさに、すっかり肝心なモノを忘れていましたよ〜」 そうだったそうだった。と、天蓬は軽快にリヤカーへ飛び移ってガサガサ風呂敷包みを解き始める。 その後ろ姿を見つめる捲簾と言えば。 いっやああぁぁ〜んっっ!!天蓬に愛らしいって言われちゃったvvv 真っ赤な顔で脳内お花畑をバンバン叩きまくり、歓喜で身悶えていた。 ポヤーっと天蓬を見守る捲簾の前に、ヨッコラセッと大きな風呂敷を担いで天蓬が戻ってくる。 ドサッ☆ 床に置かれた風呂敷包みへ捲簾が視線を落とした。 側に控えている部下達も興味津々にコッソリ覗き込む。 一体天蓬は何を持ち帰ったのか。 まさかこの期に及んでガラクタなんか持ち帰らないだろう、多分。 天蓬元帥は捲簾大将へ一世一代のプロポーズをするための何かをしに下界へ降りていた、と部下達は考えていた。 捲簾から聞いた状況から判断すると誰もがそう思うはず。 思うが。 プロポーズするのに、何であんな荷物が? 当事者よりもドキドキハラハラしつつ、部下達は息を飲んで風呂敷包みに注目した。 そんな部下達の気遣いも知らない天蓬は、鼻歌交じりにゆっくり風呂敷の端を解く。 ハラリと包みが解かれ、中に詰まっていたモノは。 「………何コレ?」 中に入っていたモノを眺めて、捲簾が思いっきり眉を顰めた。 そっと後ろから覗いていた部下達もきょとんと目を丸くする。 風呂敷の中から現れたのは…よく知っているモノではあったが謎だらけ。 いや、何を思って天蓬がそんなモノを持ち帰ったのかが理解できないというのが正しい。 捲簾は解かれた風呂敷の前にしゃがみこんだ。 何やら木で作られた朱塗りの上品な丸三宝の台がゴロゴロいくつもあり、それと同じぐらい豪華な水引の付いた熨斗やら、何故かスルメにコンブに扇子など。 それと何故か鶴と亀の置物に松竹梅の盆栽まであった。 ガラクタ、と決めるにはどうにも豪華過ぎるし、かと言って何に使うのかもさっぱり分からない。 荷物の山に紛れ込んでいる金銀水引付きの冊子を捲簾が摘んだ。 「目録?」 捲簾は丁寧に水引を外して、紙の束を開く。 「あ〜?何じゃコリャ??長熨斗…御帯料?勝男節?寿留女…あぁ、カツオ節にスルメ?それと子生婦…コンブか?それと友白髪って何だぁ?末廣?家内喜多留??え〜っと…右之品幾久数芽出度御受納下さい、と。訳分かんね」 目録を読んでいた捲簾はさっぱり意味が分からず頻りに首を捻るばかり。 とりあえず目録に記載されているモノがこの風呂敷に入っているモノばかりだということは分かるが。 何でこんな格式ばってわざわざ目録まで作っているのか。 背後から見守る部下達もきょとんとしていた。 「何で元帥プロポーズすんのにスルメとかカツオ節なんか持って帰ってきたんだよ?」 「知らねーって!」 「でも何かさぁ…意味があるんじゃねーの?すっげ豪華じゃね?」 「だよなぁ。何か儀式に使う為の道具っぽくね?」 「あぁ…言われてみれば。そんな感じはするな」 でも何の為に? 根本的な疑問が全く解決しない。 しかし天蓬は何やら満足げに微笑んでいた。 どうやらみんながただ驚いていると勘違いしているらしい。 確かに驚いてはいるが。 フンフン鼻息荒くふんぞり返っている天蓬を、捲簾は顔を顰めながら見上げた。 「あのさー…天蓬?コレって何なの??」 「えっ!?」 「つーかさぁ…こんなモン買うために下界行ってた訳?1週間も?」 捲簾からの素朴な疑問に天蓬の顔色が見る見る変わる。 「あのー…ちょっと確認したいんですが」 「何だよ?」 「捲簾は…この品々の意味…知らないんですか?」 「はぁ?何か意味があんの?スルメやコンブに??」 あっさり返された言葉に天蓬はガクリと膝を付いた。 何だか頭を抱えて唸り始める。 「おかしいですねぇ…下界ではこれが由緒正しいって…いや…でもやっぱり…」 「天蓬?どーしたんだよ??」 しゃがみ込んでブツブツ独り言ちる天蓬の顔を捲簾が覗き込むと。 ギュッ! 唐突に捲簾の手を天蓬が両手で握り締めた。 至近距離で真っ直ぐ見つめられて、捲簾の胸が大きく高鳴る。 「あいにく僕は一人っ子で女姉妹がいませんから、天界のしきたりが分かりませんので下界の風習に倣おうと思ったんですが」 「俺も一人っ子だけど?」 「そうですか…それじゃ捲簾が知らないのは仕方ありませんよね。でもやはりこういうことは形だけでもキッチリ示すのが男の甲斐性だと思いますので」 「お…男の甲斐性??」 スルメとコンブが? 天蓬以外の全員が一斉に首を傾げるが、天蓬はいつになく真剣だ。 一度大きく深呼吸をすると、もう一度捲簾の手を握り返す。 「この品々はですね?結納に必要な道具なんです」 「………結納?」 「結納とは、双方が結婚を承諾しますと言うことです。成人に達するまで育てられた捲簾のご両親に対しての感謝の気持ちを現すもので、また僕と捲簾が「婚約者以外の方とは結婚しない」という誓いの大切な儀式なんです」 「けっ…けけけけけけけけっっこぉ〜んっっ!?」 カラ〜ンコロ〜ンカラ〜ン☆ 脳内お花畑に待望のウェディングベルが盛大に鳴り響く。 白ウサ黒ウサも大はしゃぎでライスシャワーを振りまいた。 背後でそっと成り行きを窺っていた部下達も全員ハイタッチでジャンプする。 「結婚…」 真っ赤な顔で硬直する捲簾へ天蓬が今までで最高に優美な笑顔を向けた。 「僕は捲簾、貴方を愛しています。どんな時でもずっとずーっと一緒に居て欲しい。僕と結婚して頂けますか?」 「天蓬おぉー…vvv」 捲簾は歓喜で瞳を潤ませながら、コクンと大きく頷く。 夢にまで見た天蓬からのプロポーズ。 漸く幼い頃から憧れ続けた幸せなお嫁さんになれる。 「捲簾、一緒に幸せな家庭を築きましょうね」 「うんっ!絶対天蓬のこと幸せにしてやるっ!」 「嬉しいです〜vvv」 紆余曲折しまくっていたが漸く気持ちが通じ合った上司達に、部下達は頷きあって互いの健闘を讃えた。 とりあえずは由とする。 …例えこの先今まで以上の気苦労が待ち構えていようとも、ひとまず今は考えない。 喜びで泣いてしまった捲簾の涙をレースのハンカチで拭ってあげながら、天蓬はゴソゴソ軍服のポケットを探っていた。 「順番が逆になってしまいましたが、捲簾へコレを」 目の前に差し出された天蓬の掌には…何故か小さな唐草模様の風呂敷包み。 「………コレ?」 「はい。捲簾に気に入っていただけると嬉しいんですけど〜vvv」 「………。」 ニコニコ上機嫌で手渡されるが、やっぱり風呂敷包み。 気に入るも気に入らないも、この辺の趣味は全く理解できない。 天蓬は期待満面な視線を向けていた。 とりあえず手渡されてしまったので、捲簾は小さく溜息を零すと、ちっちゃな風呂敷包みを指で解く。 中から現れたのは、可愛らしいハート型の小箱。 そっと蓋を開けてみれば。 「てっ…天蓬ぉvvv」 「気に入って貰えましたか?」 小さな箱に収まっていたのは1カラットはあるハート型にカットされたピンクダイヤの指輪。 天蓬が箱から指輪を外すと、捲簾の左手を取った。 その薬指に指輪を恭しく嵌める。 それは寸分の互いもなく捲簾の指で幸せそうに輝いた。 「サイズもちゃんと合ってますね」 「あ…ありがと…すっげ嬉し…っ!」 「いえいえ。コレは捲簾が僕のお嫁さんになるっていう証ですからね」 「うん…うん」 感極まってポロポロ涙を零す捲簾を、天蓬は満足そうに抱き締める。 が。 「さぁ、これからが忙しいですよっ!」 「……………あ?」 何やら気合を漲らせる天蓬に捲簾は不思議そうに瞳を瞬かせた。 「結婚の準備が色々ありますからねっ!とりあえず今日これから捲簾のご実家へコレを持って結納のご挨拶に行かないとっ!あ、ウチの両親は現地集合で呼び出してありますから大丈夫ですっ!それに結婚式の予約もありますし、関係各位へご挨拶もしなければ…あ、そうそう。僕達の新居ですけど既に工事が始まってますので、後で捲簾も見に行きましょうねっ!それから〜」 「ちょっ!?天蓬そんないきなり言われたって…っ!」 「僕は一分一秒でも早く捲簾と結婚したいんですよっっ!!」 鬼気迫る天蓬の気迫に、捲簾は顔を強張らせた。 熱烈に求められるのは嬉しい、確かに嬉しいが。 「さぁ、捲簾のご実家へレッツゴーですよっ!」 「ちょっと待てええぇぇーーーっっ!!」 天蓬は荷物と捲簾をリヤカーへ投げ込むと、物凄い勢いで回廊を走り去ってしまう。 ぽつーんと取り残された部下達は顔を見合わせ。 「元帥…相当テンぱってるなぁ」 「やっぱ限界なんじゃね?」 「何が?」 「ナニが」 「………そっちな」 天蓬の抜き差しならない切実な男の事情を察して、部下達は大きく溜息を零した。 |
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