The princess who dreams



元帥とデート…初めてのデートッvvv

胸を歓喜で高鳴らせ恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いていた捲簾だが、突然重大なコトに気付いて慌てて立ち上がった。
「元帥っ!ちょっと俺部屋に戻ってくるっ!」
「え?でもこれから出かけようと…」
天蓬が引き留めようとするが、捲簾は忙しなく部屋を出て行こうとする。
「捲簾っ!」
「5分!いや10分待ってっ!10分経ったら俺んトコ迎えに来てっ!!」
扉から顔だけ出してそう告げると、あっという間に回廊を走り去ってしまった。
ポツンと自室に取り残された天蓬は、捲簾の素早い行動に唖然とするばかり。
迎えに来いと言うぐらいだから、自分と出かけるのを厭がってる訳じゃなさそうだが。
天蓬は捲簾が走り去った回廊をぼんやり眺めながら思案する。

「あ…もしかして?」

ほっかむりにエプロン姿のお掃除装備だった捲簾。
指定した10分という時間を考えると、思いつくことはただ一つ。

「デートだから着替えをしに戻ったんですかねぇ?」

さすが腐ってガラクタに同化しようが軍師。
こういう時の状況分析には頭が回った。
しかも自分はキッパリハッキリと『デート』を申し込んだのだ。
戸惑いながらも捲簾はちゃんと理解して了承したはず。
デートと言うからにはオシャレをしたいのは乙女心。

…捲簾はどこから見ても乙女では無いが、大変可愛らしかった。

天蓬は思わずニヘラッと頬を弛ませる。
「そうですか〜僕とのデートのためにおめかしを…可愛らしですねぇvvv」
勝手に天蓬はそう決めつけて、嬉しそうに頷いた。
そうなると。

「捲簾が期待しているなら、僕もお応えしないといけませんねっ!」

天蓬は自分の姿を見回してみる。
煤けて埃まみれなヨレヨレのスラックス。
着ているシャツは皺だらけでネクタイも裾の方から解れていた。
着た切り雀になっているトレードマークの白衣はいつの間にか脱がされているが。
単純に自分の買い物に出かけるだけなら全く身形など気にしないが、今回ばかりはそうもいかないだろう。

何事も初めが肝心。

天蓬はブツブツ独り言ちながら、捲簾が掃除してくれた寝室へと入っていった。
備え付けのクローゼットを全開にして、天蓬が首を傾げる。
「デート…というと何を着ればいいんでしょうか?」
引き出しを開けると、これまた捲簾が洗濯してアイロンまで掛けてくれたシャツを引っ張り出しながら、天蓬が難しい顔で考え込む。
よくよく考えてみれば、天蓬もデートと自覚して出かけるのは初めてだった。
所謂『逢い引き』とか『夜這い』とかなら幾らでもあるが、誰かを誘って出かけたことなど一度もない。
服を持ったまま天蓬は気付いた事実に僅かばかり驚愕した。
「これはいけませんっ!」
天蓬は立ち上がると、執務室の本棚へと突進していく。
捲簾によって整理された本の背表紙を物凄い早さで確認し、何かを探しているらしい。
「ありましたっ!とりあえず『デートの作法』を頭に入れなくてはっ!捲簾に愛想尽かされちゃいますねっ!!」
天蓬はどっかり座り込んで、手にした本を驚異的なスピードで頭に叩き込む。

探し出した本のタイトルは『HOW TO 初めてのデート』。

美味しい酒や食べ物を買いに行くことが建前ではないが。
意外と天蓬も捲簾とのデートに浮かれて必死だった。






そのころ自室へ駆け込んだ捲簾と言えば。

「ど…どうすんだよぉっ!!」

独り泣きそうな顔で、クロゼットの前にへたり込んで悲嘆に暮れていた。
捲簾の周りには膨大な服の山が築かれている。
花柄ほっかむりもウサちゃんエプロンもつけたまま、ガックリと項垂れ床を殴りつけた。

「デートなのに…折角元帥からデートに誘われたのに…
可愛い服が1枚もねーっっ!!!」

扉を開けっ放しで哀愁帯びた絶叫を聞かされた通りすがりの部下達が、一斉に回廊でスッ転ぶ。
一瞬誰もがマジマジと捲簾の部屋を見つめるが、表情を引き締めると何事もなかったかのように早足で立ち去った。
そんなことも気付かずに、捲簾はグジグジと目を擦って泣き咽ぶ。
「もぅ…こんな大事な時に、何で俺ってば黒い服しか持ってねーの?バカッ!捲簾のバカバカあああぁぁっっ!!」
ぽふっと愛用のウサちゃん縫いぐるみを叩いて八つ当たりした。

捲簾の落胆も無理はない。

クローゼットから出した私服は、見事な程黒一色で統一されていた。
可愛らしいパステル調の色など其処には皆無だ。
捲簾は悲しそうに鼻を啜って涙を拭う。
「こんなことなら、
可愛い勝負服(?)買っておくんだった…」
しかし捲簾に後悔してる間はない。
デートはもうこれからなのだ。
とりあえず、と何枚かの服を選び出してみる。
どれもこれも捲簾には定番中の定番。
黒いTシャツやらジャケット、ニットなど。
どれも捲簾に似合って、洗練された男の色気はそこはかとなく醸し出される。
女性ならウットリと見惚れること間違いなし、だが。

可愛らしさとか清純さは微塵も感じられない。

「あーっ!もぉ…マジでどうしよ…」
捲簾は頭を抱えて煩悶した。
もうすぐ天蓬がお迎えに来てしまう。
早く用意しないと!と気持ちは焦るが、これでは選びようがない。
キョロキョロと服を眺めていた捲簾は、意を決して一枚を選び抜いた。
「とりあえず今日はコレにするっ!」
捲簾が手に取ったのは、黒のタートルニット。
生地がモヘアなので、フワフワした感じが可愛く見えないこともないと自分を納得させた。

丁度今下界は秋真っ盛り。
紅葉も綺麗で、デートにはなかなか風情があってロマンチックだ。

捲簾はニットにカーキ色のカーゴパンツを合わせることにした。
そうと決まれば急いで準備しなければならない。
積み上げた服をとりあえずベッドの上へ片付けると、慌てて着替えを始めた。
時間が無くても髪だってきちんとセットし直したい。
こんなことなら30分って言えばよかったと、捲簾は自分の失言に舌打ちした。
手早くエプロンとほっかむりを外して、上をニットに着替える。
掃除で埃まみれになったジーンズを履き替えようと、勢いよく足許までズリ下げ蹴るように脱ぎ捨てた。
カーゴパンツに両脚を通して、上げようとしたその時。

「けんれ〜ん。お迎えに上がりましたよ〜vvv」

ヒョッコリ扉から天蓬が顔を覗かせた。
捲簾は驚愕で目をまん丸く見開いたまま、その場で固まってしまう。

「………。」
「…あれ?お着替え中でしたか」

暢気に天蓬が声を掛けた途端。

「イヤアアアアアァァァッッ!!!」

絹を引き裂く物凄い悲鳴と共に、天蓬は勢いよく閉め出されてしまった。
ぶつけてしまった顔を痛そうに押さえると、慌てて鍵の閉まる音がする。
「元帥いきなり開けるんじゃねーよっ!まだ着替えてるんだから…もうちょっと待ってろってっ!」
扉越しに怒鳴りつけられ、天蓬はきょとんと目を丸くする。
何やら密室になった部屋からは慌ただしく動き回る気配がしていた。
ぶつけて赤くなった鼻を指で撫でながら、天蓬が双眸に笑みを浮かべる。
「捲簾ってば…ヒヨコさん柄でしたvvv」
天蓬はふふふふ、と含み笑いを漏らした。

ヒヨコさん柄。

天蓬は速攻閉め出されても、捲簾の可愛らしいパンツの柄はちゃっかり目に焼き付けていた。






それから5分。
ソファに座って一服しながら捲簾が現れるの、天蓬は心待ちにしていた。
捲簾にこうやって待たされるのは苦に感じない。
部屋付きの従者が持ってきたお茶を啜っていると、漸く目の前の扉が開いた。
「おっ…お待たせ…悪ぃっ!」
照れ臭そうに捲簾が笑いながら現れる。
軍服の捲簾も長身な姿態に似合っているが、こうした私服姿も普段とは違う色香がある。
何より身体のラインが絶妙に引き立っていて、思わず天蓬は満面の笑みを浮かべた。
「そういう服装も似合ってますね」
「そ…そっか?でも何か…地味じゃね?」
「いえいえ。捲簾自体が素敵ですから、そういう抑えめの色の方が貴方の良さが出てますよ?」

素敵ぃっ!?

キャーッ!キャーッ!!と捲簾は脳内お花畑で花を引きちぎって身悶える。
恥ずかしそうに頬を染めて首を傾げる姿も愛らしい。
天蓬は嬉しそうに微笑むと、立ち上がって捲簾に歩み寄った。
「それじゃ出かけましょうか?」
さり気なくエスコートするように肩を抱かれて、捲簾はぎこちなく頷く。

かっ…肩っ!
元帥が俺の肩だっだだだだだ
抱いてっ!?

脳内お花畑で捲簾は失神寸前。
バクバクと鼓動が昂ぶりすぎて、目眩までしてきた。
ついフラッと天蓬へ身体が寄り掛かると、力強い腕がしっかり引き寄せる。

いいいいぃぃ〜やあああぁぁぁ〜んっっvvv

大胆な天蓬の所作に、捲簾は顔を真っ赤にして俯いた。
それでもチャッカリ逃げようとはしない。
天蓬の服の裾をキュッと握り締めると、捲簾があれ?と小首を傾げた。
「どうしましたか?」
回廊を寄り添って歩いている上官達を、運悪く鉢合わせしてしまった部下達が慌てて壁に張り付く。
周囲にピンク色の幸せオーラを撒き散らしているはた迷惑な二人を、恐る恐る見送るしかない。

「…元帥と大将ってあんなに仲が良かったんだ」
「その方が西方軍は安泰間違いなしだ…そう思おう」
「う…うん」

遠巻きに見守る部下達も眼中に無い二人は、堂々と回廊を歩いている。
「元帥…いつもと違うんだ」
「え?そうですか?」
「ん…だって…服が」
「あぁ。折角のデートですから、ちょっとめかし込んでみました。似合いませんか?」
そういう天蓬の姿を捲簾はウットリ見惚れた。

今日の天蓬はいつものだらしなく小汚い格好ではない。
白のザックリと編まれたニットに、オフホワイトのズボンを履いていた。
柔和な印象の天蓬によく似合っている。

元帥ってば素敵ぃ…俺のためにオシャレしてくれたんだvvv

捲簾が小さく首を振ると、天蓬がニッコリ微笑んだ。
周囲に迷惑極まりないオーラを垂れ流しながら、二人は下界へのゲートを潜って出かけていった。



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