The princess who dreams



天界のゲートを潜って、目的の街の近くで天蓬と捲簾は降り立った。
すぐ目の前に賑やかそうな町並みが見える。
「捲簾。行きましょうか?」
「あ…うん」
振り返って天蓬がニッコリ微笑むのに、捲簾がコクリと頷いた。
先程から捲簾の表情は硬い。
ドキドキと激しい胸の高ぶりと、極度の緊張状態。
何せ初めてのデートだ。
ここで恥ずかしい失敗はしたくない。
ぎこちなく後を付いてくる捲簾を、天蓬が振り返った。
突然立ち止まる天蓬に、捲簾が驚いて顔を上げる。
「え…何?」
もしかして自分は早速何か失敗したんじゃないだろうか。
居たたまれない気持ちになって、捲簾の瞳がうるっと潤んだ。
どうやら緊張のし過ぎでナーバスになってるらしい。
まさか捲簾までもが生まれて初めてのデートとは、天蓬だって想像もしていなかった。
ただ所在なげに立ち竦んでいる捲簾を、不思議そうに眺める。

…もしかして僕がエスコートするのが不安なんでしょうか?

僅かに天蓬の顔にも緊張が走る。
しかし、そこは天蓬だって男。
想いを寄せる可愛いヒトに対して見栄だって張りたいし、自分の株を上げたかった。

何としてでもこのデートは失敗できませんねっ!

俄然天蓬にも気合いが入る。
落ち着かな気にもじもじとニットの裾を弄って俯く捲簾の腕を、天蓬は優しく自分の方へと引き寄せた。
「あ…っ」
不意打ちの力に、捲簾は逆らうことも出来ずに近寄ってしまう。
「そんなに離れて歩いてたらはぐれてしまいますよ?それに…僕が寂しいじゃないですか」
「え…あっ!」
キュッと掌を繋がれて、捲簾の頬が見る見る真っ赤に染まっていく。

元帥と…てっ…ててててて
手ぇ繋いでっ!?

キャーッ!イヤ〜ンッ!と大はしゃぎしながら、捲簾は脳内お花畑で悶えまくる。
「あのっ!あのさ…元帥…」
「あとソレ、です」
「は?」
ソレって何だろうと、捲簾はきょとんと天蓬を見つめ返した。
何だか天蓬は複雑な表情で苦笑いを浮かべている。
「…折角のデートなのに、元帥って呼ぶのは無粋じゃないですか?」
「えっ!?だって…」
一体何を言い出すのかと、捲簾は一人困惑した。
確かに今は職務中ではないが、天蓬が上官であることには変わりはない。
捲簾は官位に敬意を表するような感覚を、普段から持ち合わせていなかった。
天界の上層部では、官位など当てにならない。
ただ生まれた家系が良いだけで、高官についてふんぞり返っている馬鹿も多いからだ。
実力の伴わないただの官位など、捲簾にはただ侮蔑の対象でしかない。
しかし、天蓬は違う。
その類い希なる明晰な頭脳と、たおやかな痩身からは想像も付かない戦場での辣腕を認められて現在の地位まで上り詰めた、いわば捲簾と同じ叩き上げの元帥職だった。
生まれた家系もソコソコの名家らしいが、天蓬はそんなことに頓着するどころか口にすることもない。
実績の伴わない幻想の官位など虫ずが走るだけ。と、誰もが見惚れる清廉な笑顔を湛えながら、張本人の上級神の前でさえ遠慮もなく平然と言い放つ。
あまりの毒舌っぷりに捲簾でさえ呆気に取られる程だ。
そういう天蓬の男前さに捲簾は感嘆していた。
と、言うより。

元帥…カッコイイぃぃ〜んvvv

ショッキングピンクのハートを『もぉ〜っ!大サービスしちゃうぞvvv』と大量量産で天蓬に向かって飛ばしまくる。
脳内お花畑でポンポンを振りたくって、華麗なるチアリーディングを舞ってしまう程。
なので、世間的な元帥職に畏敬の念など皆無だったが、天蓬だけは別だった。
その天蓬に『元帥と呼ぶな』って言われても困惑するばかりで。
捲簾は情けない顔で途方に暮れてしまった。
「でもさ…元帥は元帥じゃん」
ニットの裾を弄くりながら捲簾がゴニョゴニョ言い淀むと、天蓬は仕方なさそうに肩を竦める。
「それはそうですけどね。でも今は仕事中じゃありませんし、ココにいる誰もが僕たちのことを知らないでしょう?例えば街中で捲簾が僕のことを『元帥』な〜んて呼んだりしたのを聞かれたら、みんなビックリすると思うんですよね〜。不必要な注目を浴びてしまうのは何だかイヤじゃありませんか?」
さも尤もな言い分に、捲簾はちょこんと首を傾げて考え込む。

確かにそうかも知れない。
でもそうしたら自分は一体何て呼べば?

悩んでいたのが顔に出たのか、天蓬がニッコリ微笑んだ。
「僕のことは『天蓬vvv』って呼んで下さいね」
「………は?」

いきなり呼び捨てっ!?
しかも馴れ馴れしくハート付きでーっ!!

捲簾が絶句していると、天蓬が寂しそうに瞳を伏せる。
「…イヤですか?」
はっ!と我に返った捲簾が、ブンブンと首を振って否定した。

厭な訳がない。
厭なはずがないけど。

そんな…
夫婦みたいに呼び捨てなんてっ!

イヤンッ!恥ずかしいいいいぃぃっっ!!と大絶叫しながら、捲簾は秘密の花園で悶絶した。
何もしていないのに真っ赤な顔でゼーゼー息を切らせている捲簾に、天蓬がじっと上目遣いで見つめる。
「じゃぁ…呼んでみて下さい」
「えっ!いっ…今ぁっ!?」
「はいvvv」
期待の眼差しを向けられ、捲簾はコクッと息を飲んだ。
何度か深呼吸を繰り返してから、意を決して口を開く。

「て…天蓬?」
「嬉しいですよ、捲簾vvv」

嬉しそうに即答で名前を呼ばれ、捲簾が歓喜のあまり倒れそうになった。
足許の覚束無い捲簾の身体を、天蓬が慌ててガッシリ支える。
「っと…大丈夫ですか?捲簾」
「だ…いじょーぶ〜」
未だクラクラする頭でどうにか体勢を立て直し、捲簾が笑顔を浮かべようとした。
そこで自分の今の状態を認識する。
どういう訳か捲簾は天蓬にすっぽり抱き竦められていた。

きゃああああああぁぁぁあああーーーっっ!?

ガクンッ。

「えっ!?ちょっと…捲簾?捲簾どうしたんですか!?けんれーんっ!!」
捲簾は羞恥で脳味噌の配線がショートして、そのまま気絶してしまった。






街に辿り着いた天蓬と捲簾は、賑やかな通りを歩いていた。
思ったよりも大きな街で、人通りも結構多い。
通り沿いには色々な店が軒を連ねて、見ているだけでも楽しかった。

「はぁ…さっきはビックリしましたよぉ」
「わ…悪ぃ」

先程の醜態を笑いながら蒸し返されると、捲簾は頬を染めて俯くしかない。
まさか抱き締められただけで失神してしまうとは。
しかも天蓬は体勢を崩した捲簾を支えるつもりだっただけなのに。
過剰な期待をしている自分に気付いて、捲簾は羞恥で逃げ出したいぐらいだ。

もぅ…俺のバカ。
げんす…じゃなくって、てっ…天蓬はっ!その…ただ俺を助けただけなのに。

恥ずかしそうにしゅんとなる捲簾を、天蓬は愛おしげにウットリ見つめた。

本当に…僕の捲簾は可愛らしいですねvvv

天蓬はすっかり捲簾を自分のモノにする気パンパンだ。
こうして歩いている間も、如何に口説き落とすかを算段している。
並んで颯爽と歩く超絶美形の男前二人組は、厭が応にも人目を引いた。
街に入ってからずっと、そこら中の女性達から熱い秋波を向けられる。
男性からは興味と羨望、たまに不気味な熱い眼差しなど。
誰も彼もが二人を眺めては溜息を零している。
ところが当の二人は全く気にしない。
そういうあからさまな視線には天界でも充分晒され、慣れきっていた。
場所が変わったところでいちいち過剰な反応はしない。
それよりも互いのことに夢中で、周りのことは一切見えてなかった。

「結構賑やかでイイ街ですねvvv」
「そうだなぁ〜俺ここまでデッケェ街来たのは初めてかも」
「そうなんですか?」
「あー…うん。俺が今まで出征した場所って、結構僻地というか…自然満載な文明とはほど遠い場所が多かったからさ。出征帰りに立ち寄るっていっても、せいぜいここの半分ぐらい発展してればイイ方って感じだったかなぁ」
「そうなんですか…じゃぁ、人型の妖怪というよりは、妖獣討伐が多かったんですね」
「そうかも〜。ほら、俺ってば上級神の偏屈ジジィ共に大人気だから。より過酷な場所に叩き出されることが多かったし?」
「まぁ…それも仕事ですからどうしようもないですけど。でも捲簾じゃないと、それだけ手に余るってことでしょう?」
「強い男前はコキ使われちゃうのよね〜」

って…何
男前度をアピールしてるんだ俺っ!
ちーがーうーだーろおおおぉぉっ!!!

調子に乗って今までの戦果を披露した捲簾は、我に返って顔面蒼白になった。

こんなんじゃ…こんなんじゃ…げん…じゃなくって天蓬…にっ!ゴツくて可愛くねーって自慢してるようなもんじゃんっ!
捲簾のバカバカあああぁぁっ!!

るるる〜と捲簾は暗闇立ちこめる脳内お花畑で、横座りに泣き崩れた。
グッスンと鼻を啜って黄昏れると、天蓬は戦っている捲簾の勇姿を回想している。
「そうですねぇ…戦っている貴方はそれはもう見惚れる程美しくて。僕は何度その華麗な姿に心を奪われたことか」

………え?

捲簾は涙目になった瞳をきょとんと瞬かせた。
「僕はね?戦っている貴方を初めて見た時、何て綺麗な人だって思ったんですよ」

きっ…綺麗ぇっ!?俺がっ!??

「そうしたら、普段の捲簾はとても面倒見が良くて家庭的で。とっても可愛らしいから、ビックリしたんです」

かっ…かかかかかか
可愛いっ!?

捲簾はキラキラと光輝くお花畑で、あははは〜と腕を広げてクルクル回る。
「か…可愛いって…俺は男前だっつーの」
真っ赤になりながら心にもなく否定して、チラッと天蓬の方を窺った。
天蓬はますます全開笑顔で捲簾を見つめる。
「捲簾は可愛いですよ〜家事も上手でこまめに気が利くし…きっと素敵なお嫁さんになれますよ?」

素敵なお嫁さん…vvv

それこそが捲簾究極の憧れ。
相思相愛の王子様と大恋愛の末、幸せな結婚をして家庭を築くこと。
俺は絶対可愛いお嫁さんになるっ!と子供の頃に固く誓ってから、密かに花嫁修業をしてきた。
これも自分を愛して幸せにしてくれる憧れの王子様が現れるのを、ずっとずっと信じて待っていたから。
ぽわわ〜んと薔薇色の結婚生活を想像してウットリしている捲簾を抱き寄せ、そっと小さく耳打ちした。
「僕…絶対結婚したら、捲簾のこと幸せにしますよ?」

ところが。
夢見るお姫様モードの捲簾は、肝心な告白を聞いていなかった。
反応のない捲簾に、天蓬は首を傾げる。
「…捲簾?けんれーん?」
「え…あっ!何?何か言った??」
現実に引き戻された捲簾が申し訳なさそうに、天蓬へ聞き返した。
「いえ…何でもないです」
輝かしい捲簾との生活を前に一世一代の告白をした天蓬は、出鼻を挫かれガックリ項垂れる。
思いっきり脱力して意気消沈している天蓬に、捲簾は焦りまくった。
「あの…マジで悪ぃっ!ちょっと考え事しちゃって…」
しどろもどろに言い訳する捲簾を、天蓬が鋭く睨み付ける。
乱暴に腕を掴まれ、捲簾がビックリして目を丸くした。
「僕と居る時は、僕だけのことを考えて下さいね」
「え?えっと…?」
「いいですねっ!?」
「は…い」

天蓬ってば…強引だけど男らしいぃ〜vvv

捲簾が頬を染めてコクリと頷くと、天蓬は満足そうに笑顔を浮かべる。
手を繋いだまま歩き出すと、抵抗することもなく捲簾も付いていく。
周囲からはどよめきが湧き上がるが、そんなこと二人には関係ない。
天蓬と手を繋いで歩いていた捲簾は、我に返って小さく首を捻った。

ん?そういやぁ、何で天蓬は怒ってたんだ?
自分のことだけ考えろなんて、普通に考えりゃ傲慢だよな〜。
そりゃ〜天蓬と居るのにちょっと考え事しちゃってた俺も悪いけどさ。
でもそれだって天蓬のこと考えてたんだぞ…てへvvv
じゃなくって…チョット待て。
天蓬と二人っきりの時は天蓬のことだけ考えろって…それって。

さっきのはヤキモチかっ!?

信じられない想いで、捲簾は天蓬を疑視する。
「どうしました?」
必死な表情で見つめてくる捲簾を、天蓬は優しく微笑み返す。

天蓬…俺のこと好き…なのかな?

問い返したいけど、違うって言われたら。
そんなはず無いって嘲笑されたりしたら。
哀しくて辛くて…きっと泣いてしまう。
確かめるのが恐くて、捲簾は確かめる言葉をそのまま飲み込んだ。
「…何でもない」
「捲簾?」
捲簾が繋いだ手をぎゅっと握り返す。

こうしている間は幸せだから。
今はそれだけでいい。

しゅんと俯く捲簾を、天蓬は心配そうに見つめた。
短い一瞬の間に、どんな葛藤が捲簾の中であったのか。
聞いたところで捲簾は教えてくれないだろう。
歯痒い想いで、天蓬は小さく溜息を漏らす。

このままじゃいけませんっ!
何としてでもこのデートで捲簾と更に
親密なお付き合いまで持ち込まなければっ!

天蓬は気合いを入れ直すと、落ち込んでいる捲簾をそっと引き寄せた。
「もしかして疲れちゃいましたか?少しお茶でも飲んで休みましょうか?」
「え?あぁ…俺は大丈夫」
「僕が本当はお茶したいんですけどね。昼食もまだだったし、捲簾だって食べてなかったでしょう?」
天蓬に言われてから、捲簾は何も食べていないことを思いだす。
午前中の訓練が終わってすぐに天蓬の部屋を掃除していたから、昼食を食べ損なっていた。
「そう言えば…腹減ってるかも?」
「結構イイお店がいっぱいありますし、そうですねぇ…カフェでブランチでもしましょう」
「天蓬には遅い朝食でも、俺には昼食だけど?」
「…意地悪言わないで下さいよぉ」
情けない顔で零す天蓬に、捲簾は漸く笑顔を浮かべる。
「あ、あのお店なんかどうですか?」
天蓬が指差したカフェは、重厚な木で作られたモダンな造りだった。
お洒落な雰囲気のせいか、女性客が目立つ。
女性が多くて繁盛していると言うことは、メニューが期待できる証。
それよりも捲簾は。

うわー…すっげ可愛い店vvv

お洒落なカフェで恋人とお茶をすることに、ずっと憧れていた。
捲簾はキラキラと瞳を輝かせて嬉しそうに頷く。
「じゃぁ、行きましょうか。まだ席も空いてますしね」
「あぁ」
ご機嫌の戻った捲簾に安心した天蓬は、寄り添ったままカフェへとエスコートしていった。




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