The princess who dreams



二人がカフェに現れると、一斉にどよめきが上がる。
お客の殆どは女性客で、男性客と言えばカップルぐらい。
店内全ての視線が二人へと注がれた。
「あ、捲簾ココにしましょうか」
歩道に面した席を選んで天蓬がニッコリ微笑む。
さり気なく捲簾の背後へ回って椅子を引いた。
上官である天蓬に席を勧められて座れるはずもなく、捲簾は落ち着かな気に戸惑ってしまう。
すぐに気付いた天蓬は、捲簾の肩へ手をやり苦笑した。
「…今は上官と部下じゃないでしょう?」
「いやっ…でも…」
「可愛いヒトをエスコートするのが僕の務めですから、気にすることはないんですよ」

可愛いって俺のことっ!?

捲簾は瞬間顔を真っ赤に染め、フラフラと椅子へ座る。
すっかり逆上せてしまい、頭がぽわ〜んと幸せピンク色で飽和状態。
嬉しくて弛んでしまう頬を恥ずかしそうにペチペチ叩いた。
天蓬も椅子を引いて捲簾の正面へ座る。
カフェの店員がメニューを持ってくるのを受け取って、捲簾の前に開いて渡した。
「好きな物注文していいですよ?」
「え?」
捲簾が目を丸くすると、天蓬が顔を近づける。
「今日は僕がデートへ誘ったんですから。当然奢ります」
「でもっ!それじゃマズイって。俺ちゃんと金持ってきてるから半分払う…」
「僕がそんな狭量に見えますか?」
「んなこと…ねーけど」
「せっかくのデートなんだから、格好付けさせて下さいよ」

そんなことしなくても天蓬はカッコイイってばっ!!!

脳内お花畑で拡声器片手に大絶叫するが、天蓬に伝わるはずもなく。
困って俯いていると、小さな溜息が聞こえた。

もしかして、呆れられちゃったっ!?

ガーンッ!と暗黒のお花畑で拡声器を放り出しショックで倒れていると、突然優しく手を握られる。

ざわざわざわ…

店内中のテンションが一気に上がった。
見目麗しい男が二人、見つめ合ったまま手を握ってる姿。
否が応でも人目を惹く。
そこら中の席が二人の様子を窺いながら、色んな憶測で盛り上がった。
勿論二人だけの世界に没頭している注目の二人は、周囲の喧噪など気にも留めない。
手を握られた捲簾は涙目になった顔を上げて、頬を紅潮させた。
「え?あのっ…えっと?」
「捲簾が納得できないのも分かります。それなら、今度のデートの時は捲簾がお茶をご馳走して下さい。それならいいでしょう?」
妥協案を出されて、捲簾は小首を傾げて思案する。
捲簾的には何の貸し借りもなく奢られる、というのが納得できなかっただけで。
それならいいかと、コックリ頷いた。
天蓬も漸く安堵の笑顔を浮かべる。
「じゃぁ、好きな物頼んで下さいね。ココはオープンサンドの専門店みたいですねぇ」
ざっとメニューに目を通した天蓬が捲簾に教えた。
色々な具材のオープンサンドがあるらしい。
天蓬に言われて捲簾もメニューに見入るが、はた。と何かに気付いて顔を上げた。

…ちょっと待てよ?
俺、さり気なく話聞き流しちまったけど。
次のデートの約束しちゃってなかったかっ!?
と、言うことは。
またこうして天蓬とデートに…デート…。

おっ…お付き合いしてるみたいじゃねーかっ!?

イヤーッ!そんなのまだ天蓬に何も言われてねーしっ!早いってば捲簾っvvv
と悶えつつ、脳内お花畑で花占いなんかしちゃっている。
メニューで恥ずかしそうに顔を隠すが、うふふふーvvvとついつい含み笑いが零れてしまう。
「捲簾は何にしますか?」
「へ?あ…えっと…どーしよっかなぁ〜」
天蓬に即され我に返ると、捲簾が慌ててメニューへ視線を向ける。
記載されているメニューを眺めた捲簾は、あれ?と首を捻った。
どうもメニュー名だけだと、料理の想像が分かりづらい。

しかし。
それこそ、このカフェが女性客で人気のある所以でもあった。

「僕は
『食いしん坊リスさんのおもてなし』にしようかと思うんですけど」
ニコニコ微笑む天蓬に呆気に取られ、捲簾はメニューへ視線を落とす。

えーっと…リスさん…リスさん、と。
あ。チーズと野菜のオープンサンド…なのか。

いちおうメニューの下に注釈は記載されていた。
載ってるメニュー全ての名前がメルヘンチックだが、ネーミングと内容の関連性が捲簾には今ひとつ分からない。
あまりにも夢溢れる可愛らしい名前に、男性客は注文するのが恥ずかしいだろう。
どうりで女性客ばかりで、男性客はカップルだけなのかと納得した。
捲簾はさり気なく斜め前のテーブル席を観察する。
注文されているオープンサンドはそれなりにボリュームはあるが、可愛らしいバスケットに入っていた。
カップなどの食器も淡いパステルピンクで統一されている。
そういえばと自分の席へ視線を戻せば、テーブルクロスもパステルピンクの花柄だった。
店内の装飾は森の中をイメージしているのか、観葉植物とウサギやリスなど動物たちのオブジェが楽しそうに飾られている。

かっ…可愛いぃ〜vvv

捲簾の瞳がキラキラと輝いた。
童話の世界に迷い込んだような内装に、可愛いモノ好きな捲簾がウットリ見惚れる。
しかも自分の席の近くには小首を傾げたウサギのオブジェがお座りしていた。
「…ウサちゃんvvv」
「え?捲簾は『ふわふわウサギさんのプレゼント』がいいんですか?」
「へ?ウサちゃん…あっ!えーっと…そうっ!俺ウサギのでいいっ!」
ついついいつもの調子で『ウサちゃん』と呟いてしまい、捲簾は焦って口を塞ぐ。
ガタイのイイ男前が甘ったるい声で『ウサちゃんvvv』なんて、大抵の連中は退いてしまう。
その辺は捲簾も分かっているので、グッと言葉を飲み込んだ。

こんなことで天蓬に嫌われたくねーし…。

哀しいけど仕方がない。
超絶男前の宿命か。
捲簾は自分でほとほと嘆いてしまうぐらい、可愛いモノが似合わなかった。
ふわふわの縫いぐるみに、可愛らしいサテンのリボン。
繊細なレースに、色取り取りなビーズに刺繍。
色なら柔らかなピンクに清廉な純白。
乙女なら誰もが一度は憧れるアイテム達。
それら可愛らしいモノ全てが捲簾は大好きだった。

それでも。
客観的に自分で似合わないのは分かっていた。
だからコッソリ内緒で集めては、誰も入らない自室だけで飾っている。
自分一人の時ぐらいは、夢見る理想のお姫様になりたかった。

遠い眼差しで捲簾が黄昏れている間も、天蓬は真剣な顔でメニューを眺めている。
「う〜ん…僕も実は『ウサちゃん』が気になってたんですけど。どうせなら違うメニューの方がいいですよね?お互いの分けて食べられるし〜」
「は?ウサ…ちゃん??」
まさか天蓬の口から可愛らしく『ウサちゃん』なんて言葉が出ようとは。
捲簾は驚いて目をまん丸くする。
「え?だって捲簾はこの『ふわふわウサちゃん』のでいいんですよね?」
天蓬に念を押され、捲簾はコクコク頷いた。
「でもモッツァレラチーズを『ふわふわウサちゃん』に見立てるなんて、可愛らしい名前ですよね〜」

天蓬は…全然気にしねーのか?

「あのさ…天蓬?」
「はい?何ですか捲簾?」
「そのっ…いい歳した野郎が『ウサちゃん』っつーの…変じゃね?」
捲簾が恐る恐る天蓬へ尋ねる。
ところが天蓬はきょとんとして首を傾げた。
「え?何でですか?だって『ウサちゃん』の方が可愛くていいじゃないですか。可愛いモノは可愛くて僕はいいと思いますけど…変ですかね?」
気にしないどころか可愛いモノがいいとあっさり肯定されて、見る見る捲簾の瞳が嬉しさで輝く。
捲簾は慌てて首を振った。
「んなことねーよ。そうだよなっ!可愛いモンは可愛いんだし」
「それにこのお店も可愛くていいですよね〜♪」
「そうだよな〜♪」
二人はニコニコと微笑みあう。
何より捲簾は天蓬に否定されなかったことが嬉しくて仕方がない。
「それにこういう可愛らしい雰囲気…捲簾がチャーミングだから凄く似合ってますvvv」

俺がチャーミングぅっ!?

ぽん。
ぽぽぽぽぽぽんっ☆

天蓬がおっ…俺のことチャーミングだってvvv
ヤダーッ!キャーッ!キャーッ!!と、捲簾は脳内お花畑で咲き誇る花の中、真っ赤な顔で腕を振り回して全力疾走。
そのまま空まで飛んでいきそうな勢いだ。
もじもじとテーブルクロスの裾を照れ臭そうに弄って恥じらう姿を、天蓬は蕩けそうな笑顔で見つめる。
「あ。デザートはどうしますか?僕は『ちっちゃなクマさんのハニープレート』にしようかなぁ」

…はちみつのワッフルとアイスクリーム寄せ、らしい。

「天蓬って…甘い物好きなんだ」
「ええ。甘いお菓子は何でも好きです。男でも甘い物好きな人って結構いますよ?ただ何となく恥ずかしいらしくって、コッソリ買って食べてるらしいですけど。西方軍の待機所にはお茶の時間にお菓子は欠かせません」
「へー…そうなんだぁ」
捲簾は天蓬の説明にそっと安堵の溜息を零す。

そういう捲簾も実は甘いお菓子が大好物だった。

酒好きな捲簾が甘党なんてイメージが無いらしく、出先でお菓子を出されても『あ、お口に合いませんよね』と勝手に恐縮して下げられてしまう。
目の前の美味しそうなケーキがお預けに。
何度捲簾は寂しい想いをしたことか。
これもやっぱり豪胆な男前の宿命か。
何となく購買へお菓子を買いに行くのも躊躇してしまう。
そうなると、捲簾が甘くて幸せな気分になれる美味しいお菓子を口に出来る方法はただ一つ。

自分で作るしかない。

出征するついでに買っていったお菓子の本を参考に、ケーキやクッキーにプリン等々。
今ではレパートリーも洋菓子に限らず多岐に渡っている。
それでも出来るなら。
ショーケースで綺麗に飾られた美味しそうなケーキを食べてみたい。
捲簾にとって気兼ねなくケーキを食べることは、密かな憧れだった。

「捲簾は何にします?ココのケーキは美味しそうですよ?」
天蓬に勧められ、捲簾が嬉しそうに頬を染めてはにかむ。
この店はケーキも売りの一つらしい。
店舗の奥にあるショーケースには、色々な種類のケーキが見目鮮やかに並べられていた。
そうなると捲簾も真剣にメニューを吟味する。
「どうすっかなぁ…すっげ迷うぅ〜vvv」
「好きなだけ頼んでいいですよ?」
「バカ。いくら何でもそんなには食えねーよ」
「そうですか?じゃぁ、この『森の小さな音楽隊プレート』なんかどうでしょう?」
「んー?どういうの?」
「ミニサイズのケーキが3つとクルミのアイスが付いて来るみたいです」
「あ、それいいかも〜vvv」
「飲み物はどうしますか?僕はアッサムティーにしようと思いますけど」
「じゃぁ、俺はウバのミルクティーにするっ!」
「それじゃ注文しちゃいましょうね」
呼ばれた店員が笑顔を引き攣らせるのも気にせず、天蓬は次々とメルヘンチックなメニューを読み上げた。
厚顔無恥な天蓬は全く気にしない。
清廉な美貌で爽やかに微笑まれると、メルヘンの世界も似合ってしまうから恐ろしい。
「それじゃ、お願いします」
「かっ…畏まりました」
天蓬の美貌にうっすら頬を染めた店員は、すっかり違和感も吹き飛び愛想良く返事して厨房へ向かった。
カウンターでは誰が注文を持っていくかで、店員同士で言い争いが始まる。
諍いの原因になっている男前二人は、すっかり自分達の世界に浸って、幸せオーラーを撒き散らしていた。
「楽しみですね〜」
「ん…早く来ねーかなぁ」
どんな料理が来るか捲簾は期待で胸をドキドキさせる。
何せ憧れのカフェにデートでお食事。
幸せそうに笑う捲簾を眺めた天蓬は、突然小さく呻いた。
「天蓬?どうかした?」
「いえ…何でもないですぅ」
きょとんと瞬きする純粋な捲簾の視線がちょっと堪える。
天蓬はあまりにあどけない可愛らしさを振りまく捲簾に、つい色んなトコロを昂ぶらせてしまった。



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