The princess who dreams |
頼んだオープンサンドを2人で半分ずつ分け合って。 食べ終わって満足げにまったりしている捲簾が煙草を銜える。 「はぁ…結構旨かったなvvv」 「そうですねぇ。結構ボリュームもありましたよねぇ」 二人揃って煙草を吸いながら、ほわわ〜んと笑顔を浮かべた。 捲簾はチラッと周囲を盗み見て肩を竦める。 「それにしてもすげぇよな。結構俺らでも腹膨れて満足してんのに、オンナって平然としてデザート食えるんだもん」 はしゃいで楽しそうにケーキを食べる女性客を指して、捲簾がつくづく感心した。 「女性にとってデザートは別腹ですから」 「…どんな胃袋してんだか」 和やかに会話して食後の一服を堪能していると、トレーを持った女性店員がにこやかにやってくる。 捲簾が視線を上げたその先には。 「お待たせしました〜。『森の小さな音楽隊プレート』と『ちっちゃなクマさんのハニープレート』に、アッサムティーとウバのミルクティーになります」 待ち望んでいた憧れのデザートが、可愛らしいプレートにデコレーションされていた。 思わす捲簾の瞳が歓びで輝く。 目の前に置かれた美味しそうなケーキ。 捲簾の念願がついに叶えられる。 嬉しそうに頬を染めてケーキを眺める捲簾に、天蓬が小さく笑みを浮かべた。 捲簾はすぐにフォークをつけないで、じっとケーキを見つめる。 チョコレートのシフォンとベリーがふんだんに載ったプチタルト、それに艶やかな飴色の栗が載ったモンブランケーキ。 その横にはアイスが添えられ、ラズベリーとカスタードのソースがプレートを彩っていた。 まさに捲簾が夢見ていた憧れのデザートそのもの。 キラキラと瞳を輝かせて魅入って動かない捲簾の邪魔をせずに、天蓬がポットから紅茶を注いだ。 「ほらほら。あんまり眺めていてはアイスが溶けてしまいますよ?」 「あっ!そっか」 天蓬の声に我に返った捲簾が、照れ臭そうに笑った。 ドキドキと胸を高鳴らせて手前のタルトにフォークをそっと入れる。 潰されたベリーから甘酸っぱい香りが漂い、心地良く捲簾の鼻を擽った。 恐る恐るケーキを口に運ぶ捲簾に、天蓬はニコニコと上機嫌に微笑む。 何から何まで新鮮で可愛いですねぇ。 普段の飄々と強かな豪胆さは目の前の捲簾にはない。 周り全てに好奇心で瞳を輝かせ、素直に感動して素直に笑う愛らしさ。 こんな風に無邪気に喜んで貰えるなら、何度だって連れてきて上げたいと思ってしまう。 天蓬が誰かに対してホンワカと優しい気持ちになって笑えるのは初めてだった。 要するに。 捲簾みたいに可愛らしい人には今まで逢ったことがありませんねぇ。 天蓬にも俄然気合いが入る。 捲簾が物凄いモテるのは知っていた。 物凄いというかメチャクチャというか、とにかく凄い。 何気なく回廊を歩いているだけでも、そこら中から捲簾へあからさまな秋波が漂ってくる。 四六時中誰かしらに監視されてるような視線。 天蓬にも覚えはあるが、捲簾の場合は更に凄まじかった。 視線のどれもこれもが明らかに捲簾を誘惑しようとするセクシャルなものが殆ど。 さすが伊達に色恋沙汰で転任しただけのことはある。 しかしそんな周囲の期待に満ちた熱い視線も、捲簾にとっては慣れ親しんだ日常なのか。 無視しているのか気にしないのか、別段過敏に反応することはない。 自分が他者からどう見られているかを理解して、絶妙な所作ではぐらかしている。 相手に不快な気分を与えず、かといって過剰な期待も持たせない。 まぁ、捲簾も気分とノリと好みが合えば、それなりに楽しんでいるらしいが。 そういう恋愛術に長けている捲簾を観察して、天蓬はひそかに感嘆していた。 自分にはそう言う真似は出来ない。 天蓬も気分とノリと好みが合えば、それなりに楽しんでいた。 それでも視線だけで犯すような不躾さは、怒りを通り越して嫌悪しか湧かない。 そういう輩には二度とそんな気も起こさないように、キッチリ報復攻撃を与えていた。 適当にはぐらかすとか誤魔化すとか。 そんな器用さは天蓬にない。 柔和でいつも微笑みを絶やさない天界随一美貌の軍師は、実は相当頑固で白黒ハッキリしているキレやすい直情派だった。 初めは自分の周りには居ないタイプの捲簾に対しては純粋な興味だけだった。 ただつき合って一緒の時間を過ごしていくうちに、天蓬は意外な捲簾の本質に気付く。 捲簾は何だか物凄く可愛いのだ。 どこをどう見たら可愛いのかと問われたら、全部としか答えようがない程。 天蓬には捲簾の何もかもが可愛く思えて仕方がなかった。 あれだけ派手に浮き名を流しているはずの捲簾なのに、天蓬が近付くと真っ赤になって俯いてしまう。 天蓬の言動にいちいち実直に反応して、笑って怒って照れて喜んで。 デートに誘った時に見せた、捲簾の恥ずかしそうにはにかんだ笑顔。 天蓬は一目で撃沈した。 多分真剣に捲簾を口説き落とそうとしたのは、あの瞬間かも知れない。 天蓬にとって捲簾は唯一無二の存在になった。 きっと今までもこれから先も。 捲簾以上に天蓬の心を捉えてときめかせる可愛いヒトは現れない。 何が何でも絶対捲簾を僕のモノにしますから。 誰にも渡しませんっ! 幸せそうにケーキを口運ぶ捲簾を眺め、天蓬はひそかに熱い闘志を燃やした。 ウットリ可愛らしい捲簾に見惚れていると、ふいに視線が合う。 「…天蓬食わねーの?アイス溶けてきてるぞ?」 「あ…あぁ。そうでしたね」 心配そうに様子を窺う捲簾に、天蓬は満面の笑みを浮かべた。 ティーカップに視線を向けると、シュガーポットを開ける。 「捲簾はお砂糖いくつですか?」 「ん?1つ」 「1つですね」 天蓬はいそいそと捲簾のカップへハート型の角砂糖を落とした。 「あっ!やっぱり2つにして」 「え?大丈夫ですか?甘過ぎになりません?」 目を丸くして天蓬が問い返すと、捲簾は恥ずかしそうに頬を染める。 「それ…星型のも…欲しい」 捲簾がチラッと視線を向けたシュガーポットには、カラフルなハートと星の角砂糖が入っていた。 どうやらそれを2つカップに浮かべたかったらしい。 あーっ!もうっ!何でそんな可愛いこと言ってくれるんでしょうねっ!! 天蓬は笑顔の下でひたすら悶えまくった。 しかしココはぐっと堪える。 可愛らしくて純粋な捲簾にケダモノ臭く襲っていては、嫌われてしまうのが明白だ。 紳士…紳士になるんですよ〜天蓬っ! 込み上げる欲情を平常心で押さえ込んで、天蓬が笑顔で頷いた。 「星のも欲しいんですね?何色にしましょうか〜。ピンク?それとも星だからこっちの黄色のがいいですかね?」 ニコニコと答えてくれる天蓬に、捲簾はきゅんっと乙女心を震わせる。 天蓬…俺のこと気持ち悪いって馬鹿にしねぇんだ。 嬉しくて思わず瞳を潤ませながら天蓬を見つめる。 その可憐な表情に、これまた天蓬はとある一点を熱く滾らせてしまった。 平常心…平常心ですよっ! 渾身の忍耐で堪え抜き、開いてる右手で太腿を抓った。 「いーっ…」 「天蓬??」 突然顔を顰めた天蓬に、捲簾が驚いて目を見開く。 強く抓りすぎた太腿がジクジクと痛んだが理由を言える訳がない。 「何でもないですよ。ちょっと昔の古傷が痛んでしまって…」 「ええっ!大丈夫か?帰って医者に診せた方が…」 「大丈夫です。唐突に痛むんですけど、一瞬で直るんです。もう痛みはぜ〜んぜんこれっぽっちもありませんからね」 天界に帰ると言われたらマズイと、天蓬は必死に頭を回転させて適当に言い繕った。 心配そうに捲簾が首を傾げる。 「ホントに大丈夫か?」 「はいっ!あ、お砂糖どうします?」 さっさと話を逸らそうとして、天蓬がシュガーポットを振って見せた。 「えっと…黄色のがいい」 「黄色ですね。はいvvv」 天蓬は黄色い星を摘むと、捲簾のティーカップへ角砂糖を浮かべる。 しゅわっと砂糖は紅茶の中で溶けて、静かにカップの底へと沈んでいった。 その上からミルクをくるりと円を描いて流し入れる。 「冷めないうちに飲みましょうね」 「ん…さんきゅ」 照れながら礼を言うと、捲簾は嬉しそうにカップへ口を付けた。 天蓬もワッフルを口に運びつつ、じっくりと可愛い捲簾の表情を堪能する。 「これ食べたらこの辺りを散策しましょうか?結構色々なお店があって面白そうですしね」 「そうだな〜。酒は重たいから、下界の駐留所に送ってもらった方がいいよな?」 「そうですね。お酒は下界便で送って貰いましょう。折角来たんですから、他にも買って帰りましょう」 「でも俺…これといって欲しいモノねーんだけどさ」 ケーキの最後の一口を口に入れ、捲簾は小さく溜息吐いた。 本当は欲しいモノはある。 いっぱいあるけど…。 天蓬と一緒じゃ買うことが出来なかった。 捲簾の欲しいモノは、おおよそ成人男性は買うことがないモノばかり。 寝室に可愛いカーテンが付けたいから、似合うような生地を見つけたい、とか。 クッションカバーを新しくしたいから、飾り付ける刺繍糸が欲しい、とか。 天蓬が来てコーヒーを出す時に、可愛いお揃いのマグカップがあったらいいよな〜、とかとか。 考え出したら欲しいモノは数限りなくあるけど。 そんなモノが買いたいとはさすがに捲簾も言い出せない。 いつもは出征した際、一人でこっそり買い物していた。 その時だって自分用とは言わずに、贈り物とか頼まれ物だとか理由を付けて、必要もないのにプレゼント仕様に包んで貰ったりしている。 超絶男前の自分がそんなモノを買うなんて、周りから見れば異様に映ることぐらい捲簾にも分かっていた。 哀しいけどこればっかりは仕方がない。 捲簾がしゅんとなって俯いていると、天蓬は何やら考え込む。 天才軍師の明晰な頭脳がフル回転で稼働した。 捲簾の今までの言動を分析して本心を予測する。 ピコン☆ 天蓬の脳内コンピューターが答えを弾き出した。 「捲簾、僕お願いがあるんですけど?」 「んー?なぁに?」 「実は買いたいモノがあるんですよねぇ。お付き合いして貰えますか?」 「いいけど…」 「よかったぁ。ちょっとね?僕だけでは入り辛いお店なんですよね」 「はぁ??」 苦笑を浮かべる天蓬に、捲簾はちょこんと首を傾げる。 天蓬一人だと入り辛い店って…何だぁ? 不思議そうに首を捻ると、天蓬は照れ臭そうに頭を掻いた。 「実はね?可愛らしい雑貨のお店に行きたいんです」 「えっ!?」 意外な言葉に、捲簾は驚いて目を丸くする。 「ああいうお店って、女性客ばかりでしょう?あんまりファンシーで可愛らしいモノばかりのお店でオトコ一人の客だと、奇異の目で見られて居辛いじゃないですか?」 「それは…そうかも?」 捲簾にも覚えがある。 それはもう興味津々の視線が突き刺さって居心地悪い。 でも、それにしたって。 「そんな店で、天蓬何買うんだ?」 「えっとね?捲簾はいつも僕の部屋に遊びに来るでしょう?」 「…掃除しに行ってるんだけど」 「まぁ、細かいことはこの際置いといてっ!」 「…置くなよ」 「それでですね?いつも飲み物出す時、こー、何だか誰かから頂いた適当なカップしかないから申し訳ないなーって。前から捲簾用の可愛いマグカップ買おうって思ってたんですよ。どうせなら僕のも一緒にお揃いで欲しいな〜って」 おっ…お揃いのマグカップッ!? 「可愛いの買いましょうね。僕がブルーで捲簾はピンクがいいですかねぇvvv」 そんな…そんなラブラブ夫婦みたいにっ!? イヤーッ!恥ずかしいーっっ!!と捲簾は羞恥で顔を真っ赤にして、脳内お花畑に突っ伏し首を振った。 「あ、何でしたら食器も揃えましょうか?捲簾がご飯作ってくれることもあるから、お箸とかお茶碗とかも」 めっ…夫婦茶碗っっ!!! まるでラブラブ新婚カップルさんみてぇ…と、捲簾は脳内お花畑で腕を広げてクルクル回る。 ルルル〜ラララ〜ンと歌いながら宙を舞う勢いだ。 頬を染めてボンヤリ惚ける捲簾に、天蓬はニッコリ微笑む。 どうやら喜んでくれたらしい。 「捲簾?付き合って頂けますか?」 「つ…付き合うううぅぅっ!?」 突然の告白に、捲簾の声が思いっきり裏返った。 そんな唐突に言われても心の準備がっ! 驚きで慌て出すと、天蓬が小さく首を傾げる。 「ええ、お店に。それともファンシーショップなんてイヤですか?」 「あ…っ!」 自分の勘違いに気付いて、捲簾は可哀想な程真っ赤になった。 そうだ、そうだった。 天蓬とはファンシーショップに行く行かないって話をしてたんだ。 もぅっ!俺ってば何勘違いして…バカバカッ! 羞恥で顔を上げられず俯いていると、天蓬がそっと掌に触れてくる。 震える指先を捕らわれて、捲簾が視線だけ上げた。 「可愛い捲簾が案内して選んでくれるなら僕も安心ですvvv」 天蓬が愛おしげに見つめながら、恭しく捲簾の指先に口付ける。 それはまるで、王子様がお姫様に求愛するような。 子供の頃から夢見ていた憧れの瞬間。 捲簾の表情が感動で輝いた。 頬をほんのり薔薇色に染めて、瞳をウルウル潤ませ天蓬を見つめ返す。 「…天蓬ぉvvv」 「二人で可愛い食器を選びましょうね?」 「ん…選ぶ」 コクンと嬉しそうに頷く捲簾に、天蓬は鮮やかな笑顔を浮かべた。 |
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