◇◇◇MADE TO BE IN LOVE◇◇◇ |
「ねーねー、ケン兄ちゃんこれは?」 「ん?ああ、それも持ってっていーぞ」 クロゼットの前で何やらゴソゴソと、大きな子供と小さな子供が物を広げていた。 整理して詰め込んでおいた箱には、おもちゃや絵本がいっぱい入っている。 一つ一つ手に取って、悟空は楽しそうに眺めていた。 つい先日のこと。 捲簾が何の気無しに普段あまり使っていなかったクロゼットを開けると、奥の方に覚えのない箱が数箱押し込んであるのを見つけた。 確か、東方軍から部屋を移る際に持ち込んだ物だが、梱包を開けることなくそのままクロゼットへ放り込んでおいたような記憶がある。 しかし、箱の中身まではどうしても思い出せなかった。 首を捻りつつも、とりあえず開けてみることにする。 開封すると、箱の中には記憶も曖昧になっている子供の時に親から与えられた玩具が、いっぱい詰め込まれていたのだ。 何でそんなモノを今まで持っていたかは覚えていないが、今更必要のない捲簾は処分しようと考える。 そう思ったのだが、無意識とはいえ捨てずに保管していたぐらいだから、子供の頃はそれなりに気に入っていた物ばかりだったのかも知れない。 そうなると何となく勿体ないような気がしてきた。 捨てるぐらいなら悟空にあげた方が喜ぶかも知れないと思いつき、捲簾は部屋へと呼んだのだ。 思った通り、悟空は箱の中のオモチャを見た途端、大はしゃぎで喜ぶ。 それから1時間ほど、オモチャを選別していたのだが。 「ケン兄ちゃん、このカエルなぁに?」 「あー?それな。カエルが跳ねるんだぜ?」 「うそっ!どーやんの!?」 悟空は瞳を輝かせながら、捲簾を見上げる。 カエルのおもちゃに細いチューブが繋がっていて、その先には掌サイズのポンプが付いていた。 「いっか?見てろよ」 悟空の方へカエルを向けて、捲簾はポンプをギュッと握り締めた。 ピョコ☆ 「うわっ!?」 おもちゃのカエルが悟空に向かって跳ね上がる。 「すげぇ!これどーなってんの?ケン兄ちゃん」 捲簾からカエルを受け取ると、マネをしてポンプを握った。 「これか?そのポンプを握ると、この管を通ってカエルの脚に空気が入るんだよ。で、脚が膨らんで跳ね上がるってー仕組み」 「ふぅん…ケン兄ちゃんすげぇな。物知り〜♪」 「そうか?」 悟空にキラキラと尊敬の眼差しを向けられて、捲簾も満更ではない。 この場に天蓬が居たら間違いなく鼻で笑われてお終いだろうが。 「んじゃ、カエルもらってもいい?」 「いいぞ。金蝉にも見せてやれば?きっとこんなおもちゃで遊んだことなんかなさそうだしな」 カエルで楽しそうに遊ぶ無邪気な金蝉…。 あまりにもギャップがありすぎて、脳みそが想像することを拒絶した。 悟空はよほど気に入ったのか、何度もポンプを握ってカエルを跳ねさせている。 ひっくり返した箱の中身を、捲簾は改めてしげしげと眺めた。 こうして見ると結構な量があったんだな、と煙草を銜えながら感心する。 しかし、これだけオモチャがあるのに、捲簾にはこれらで遊んだ記憶があまりなかった。 ふと幼少の頃の自分を振り返ってみる。 「…殆ど外で暴れてたし、すぐ士官学校に放り込まれたからか」 捲簾はその類い希な身体能力と洞察力を請われ、まだ子供の頃に士官学校へと進んでいた。 確かその当時で捲簾は最年少記録での入学だったはず。 もっとも捲簾が卒業して正式に軍に配属された頃に、入れ違いで入学してきた天蓬にその記録を塗り替えられていたらしいが。 「ん?そう考えると…アイツってばメチャクチャ俺より年下じゃんっ!」 今更のように捲簾が気付いた。 自分が配属になった時は、まだ若造だったけど成人はしている。 で、その頃の天蓬は、まだまだ毛も生えてるのかどうかも怪しいお子様で。 「う〜ん…その頃に天蓬と遭ってたら、みすみすアイツの好い様に弄ばれるコトはなかったかもしれねぇよなぁ〜。俺の方が天蓬のコト振り回して懐柔しちゃったり。俺のテクを駆使して天蓬をヒーヒー言わせることも出来たかも…あ、面白そ〜♪」 色々とあり得もしないことを妄想して、捲簾は楽しげにククッと喉で笑った。 すると、 「…貴方、バカじゃないですか」 頭上から心底呆れ返った声が降ってくる。 慌てて見上げると、いつの間にか来ていた天蓬が不機嫌そうに捲簾を見下ろしていた。 「あら?イヤン、全部聞いてたの〜?」 「独り言は心の中だけで言うモノです。何くだらないことブツブツ言ってるんです」 「え〜、くだらなくなんかねーぞ!もしかしたら俺の今の現状が変わったかも知れない可能性をだなぁ…」 「だからバカだと言ってるんですよ」 そっけなく天蓬は捲簾の言葉を切り捨てた。 捲簾はムッと天蓬を睨み付ける。 「バカで悪かったなっ!」 「悪くはないですよ?貴方のそう言う部分は愛すべきパーソナリティですから。ものすごく可愛らしいです」 ニッコリと秀麗な笑顔で、天蓬は捲簾を見つめた。 嫌そうに顔を顰めながら捲簾がそっぽを向く。 「それによく考えて下さいよ。士官学校に入った頃の僕は、今の悟空ぐらいだったんですよ?捲簾…そんな僕に欲情なんかするんですか?」 言われて捲簾は腕を組みながら考え込んだ。 悟空の骨格に天蓬の顔をスライドさせてみる。 ………。 「…しねーな」 捲簾はガックリと項垂れた。 生憎捲簾には、子供を性愛の対象とする趣味は持ち合わせていない。 いくら天蓬だからって、子供の時にどうこうしようなどとは考えつきもしないはず。 せいぜい小生意気な後輩を可愛がって面倒を見るぐらいのことしか、捲簾だったらしなかっただろう。 「でしょう?まぁ、仮にその頃捲簾と出会ってたとしても、僕の現状は全然変わらないと思いますけどねぇ」 「はぁ?何ソレ!?」 「だって…僕その頃から捲簾のこと知ってましたもん」 「へ?何で??」 捲簾は困惑しながら天蓬をまじまじと見つめた。 「だって、貴方僕が学校へ入った年に、ブッちぎりで首席卒業したんでしょ?学校中で有名でしたからね」 「へぇ?俺ってばそ〜んなに有名人だった訳?」 フフンと得意げに捲簾が胸を張る。 「ええ、それはもう。講義の時どの教官からも『どれだけ優秀だからとはいえ、決して捲簾のことを見習わないように』って言われてましたから。一体貴方どんな素行だったんですか?教官達皆さん涙目で力説してましたよ?」 探るように天蓬が捲簾を覗き込むと、バツ悪そうに視線を泳がせた。 どうやら身に覚えがありまくるらしい。 天蓬は肩を竦めて苦笑した。 「ですから、貴方のことは話だけ聞いて知っていたんです。まぁ、僕も貴方とは違った意味ではみ出していましたから…かなり興味があったんですよ、捲簾のこと」 天蓬は煙草を銜えながら、捲簾の隣へと腰を下ろす。 「もしあの頃…捲簾と出会ってたとしても。きっと僕は同じように貴方に惹かれて、恋焦がれていたかもしれません」 真っ直ぐ真摯な瞳で見つめてくる天蓬に、捲簾は照れながら頭を掻く。 悪い気はしない。 ちょっと、いやかなり嬉しいとか思うけども。 「…だからって、俺のことナニしようなんざ出来ねぇだろ?」 いくらなんでも子供の天蓬に組み敷かれるなんて、モチロン捲簾はさせる気がない。 呆れながら視線を寄越す捲簾に、天蓬は小さく微笑んだ。 その笑顔に捲簾は眉を顰める。 獲物を追い込んで楽しむ、冷徹で不敵な微笑み。 捲簾の背筋がゾクッと震えた。 「捲簾…僕の性質は子供の頃から全く変わっていないんですよ。まぁ、積んできた経験値という差はありますけれども。僕は貴方の手の内に入りたいんではなくて、自分のこの手で貴方を僕だけのモノとして拘束したいんです」 「いや…でも…物理的にムリじゃん。だって…」 チラッと捲簾は天蓬の下肢へと視線を落とした。 天蓬の笑みがますます深くなる。 「今と同じ様なことを期待されても確かに無理でしょうけど?」 「ばっ…誰が期待なんかっ!」 捲簾の頬が羞恥で真っ赤に染まった。 期待しているようなコトを無意識に言ってしまったのが、恥ずかしくて仕方ない。 しかも天蓬本人に指摘されて気付いたから尚更だ。 スイッと天蓬の身体が捲簾へと寄せられる。 「でも僕、その頃にはもう経験ありましたから。それなりのことは出来たと思いますよ?」 「うえぇっ!?マジかよ!!」 捲簾は驚きでまん丸と眼を見開いた。 悟空と同じ様な子供の頃に? 既に経験済み?? 俺だって、んなガキの頃にはまだヤッてねーっての! と、いうことは…。 「なぁ…その相手ってオトコ?」 「…それは僕に殺して欲しいって言ってるんですか?」 天蓬がうっすらと冷笑を浮かべた。 あまりの禍々しさに、捲簾の身体が硬直する。 「うっ…スミマセン、失言でした」 「当然です」 フンと天蓬は鼻で笑い飛ばした。 捲簾が頬を引き攣らせながら、視線を逸らす。 「ん〜?いやっ!でも経験があったからって体格的にやっぱ…」 「要は貴方を満足させればイイ訳でしょう?」 「………。」 いくら天蓬だからって、ちっこいヤツに組み敷かれるのは納得がいかない。 複雑そうに眉間に皺を寄せ捲簾が唸っていると。 「なーなーっ!ケン兄ちゃん!このオモチャなぁに?」 相変わらすオモチャを漁っていた悟空が、捲簾の目の前に小さめの段ボールを差し出した。 どうやらクロゼットの中から別の箱を引っ張り出してきたらしい。 まだしっかりと封がされたままだ。 「んー?これは…何だっけ?オモチャが入ってるとは限らねーんだけどな」 捲簾は悟空から箱を受け取りながら苦笑する。 「それにしても…凄い数のオモチャですねぇ」 今気付いたように天蓬が部屋の中を見回した。 どのオモチャも形や色が面白い。 ヘンなモノ好きな天蓬も、手にとっては興味深げに眺めた。 「だろ?俺も何で持ってきてたんだか覚えてねーんだけどさ。学校入ったときに俺がホームシックにかからないようにって乳母が気ぃ遣って荷物に入れたのかもなぁ」 「へぇ…捲簾ってお坊っちゃまだったんですねぇ」 「そーよぉ〜、以外?」 捲簾は楽しそうに双眸を和らげる。 「うちは親が完全放任主義だからさ。俺なんか乳母に育てられたようなモンだし」 「じゃぁ、士官学校へ入ったのは…」 「ああ、オヤジが勝手に決めたの。本当は自分が若い頃天界軍に入りたかったんだとさ。ま、息子の俺が言うのも何だけど、凡庸なの…俺のオヤジ。で、産まれてきた子供がコレだから、自分の夢を叶えるんだとか何とか言っちゃって、バカらしいっての。まぁ、俺自身あのままボンヤリ天界で過ごすなんてイヤだったから。軍の仕事には興味があったし、言うことを聞いてあげた訳よ。親孝行だろ〜?」 捲簾は肩を竦めながら箱の梱包を解いていく。 「ケン兄ちゃん!早く開けてよ〜!!」 悟空が捲簾の袖口をクイクイ引っ張って急かした。 「わぁったって!さて?何が出てくるかな〜っと!」 捲簾が段ボールの蓋をパコッと開ける。 中に入っていたモノを一瞬目にした途端、もの凄い勢いで蓋を閉めた。 箱の上部をガッチリと手で押さえつけて硬直している。 『………マズイ』 捲簾の額からイヤな汗が伝い落ちた。 「ケン兄ちゃん?何でフタ締めちゃうんだよぉ〜っ!!」 プクッと頬を膨らませて悟空がむくれる。 そっと手を伸ばして、箱の蓋に触れようとすると、 「だ…ダメだああぁぁぁっっ!!」 捲簾は絶叫すると、ひったくるように箱を抱えて、全身で隠してしまった。 どういう訳か捲簾の肩が小刻みに震えている。 『うわっ…ど…どどどどどーしよぉ!』 動揺しながら捲簾は箱を抱き締めて、ひたすら煩悶した。 マズイ。 絶対マズイ。 こんなモノ隠してたなんて…いや忘れてただけだけど、天蓬にバレたりしたら。 「け〜んれ〜ん♪」 背後から悪魔の猫なで声が聞こえてきた。 ビクッと捲簾の身体が飛び上がる。 「けんれ〜ん?一体どうしたんですかぁ〜?」 爽やかな声音がすぐ真後ろから聞こえて、捲簾の身体が竦んだ。 スルリと背中越しに天蓬の腕が回り込む。 「この箱…一体何が入っているんです?」 耳元で囁かれて捲簾の背筋がゾゾゾッと怖気立った。 天蓬の指が箱に掛かるのを、必死に身体で抱え込んでガードする。 その間も捲簾は何でこんなモノを持っていたのか、頭をフル回転させながら記憶を辿っていた。 何時だったか…下界に出征してた時にだろう、ということは推測出来る。 自分から進んでこんなモノを購入する訳ないし。 うわっ!何で俺こんなモン持ってるんだよ〜〜〜っっ!! 頭を掻き毟りたくなる程考え込んでいる間も、天蓬のちょっかいは続いていた。 箱の隙間に指を捻じ込んで力任せに引っ張ろうとするのを、捲簾は肘に力を入れて押さえ込む。 自分で買う訳が無いのだから、きっと部下の誰かが。 「………あっ!」 唐突に思い出した。 確かあれはまだ自分が天蓬の下に付いてた頃で。 長期の遠征が漸く終わって、捲簾は部下の何人か引き連れて近くの街まで出かけた。 その頃、天蓬とはまだ今のような関係にはなくて。 漸くの開放感に一緒に騒ごうと思って誘ったけど、天蓬はそっけなく断ってきた。 何となくその天蓬の態度が面白くなくて。 ―――――寂しくて。 そんなことを思ってしまった自分自身が恥ずかしくて仕方なかった。 そう思う自分の気持ち自体忘れてしまおうと、捲簾は誘いに乗ってきた部下達を引き連れてひたすら酒を飲んで陽気に騒いだ。 その帰り道。 確か部下の一人が、野郎同士の遠慮もない性生活の話を振ってきたんだ。 酒も良い具合に回って下世話な話で妙に盛り上がり、いわゆる『オモチャ』を使うと刺激があるとか無いとかそんな話になって。 俺は別に興味ないし、自分も気持ち悦くならないのにつまらねぇって言ったんだけど。 そうしたら部下達が揃いも揃って、視覚的に興奮するんだ、とか。 無機質なモノに犯されて屈辱なのに感じてしまう姿を見るのが、征服感を満たされるんだ、とか興奮気味に力説しやがって。 で、そのままアダルトショップまで引き連れられて、俺も面白がって買うだけ買って。 天界に持ち帰ってクロゼットに突っ込んだまま忘れてたんだ…。 捲簾は全てを思い出して頭を抱え込みたくなる。 「へぇ?このオモチャ…捲簾が自分で買ったんですか」 考え込んでいる内容を、どうやら捲簾は口にしてしまったらしい。 天蓬のからかうような口調に、捲簾の頬がカッと紅潮した。 しかも、いつの間にか天蓬は捲簾の前へと回り込んで、シッカリと箱を開けて中身を覗き込んでいる。 「うわあああぁぁっっ!!」 慌てて捲簾は箱を背後へと隠そうとした。 天蓬はその腕を素早く掴んで、捲簾から箱だけを取り上げてしまう。 「ふぅん…興味ないって言う割りには定番はちゃんと押さえてるじゃないですか。ローターにバイブも…随分と種類買い込みましたねぇ。それにローションは催淫効果があるものですか…本当かどうか怪しいもんですけどね」 天蓬が感心しながら、一つ一つ手にとってはクスクスと笑いを漏らす。 「天ちゃん!このオモチャはなーに?」 無邪気に悟空はバイブを手にとって首を傾げた。 「うわっ!!」 捲簾は焦って悟空からひったくるように取り上げる。 「あー、何すんだよぉ〜ケン兄ちゃん!」 変な形で妙な動きをするオモチャを取り上げられ、悟空は思いっきり頬を膨らませて拗ねた。 『冗談じゃねーっての!金蝉にブッ殺される』 背筋にイヤな汗を滲ませながら、捲簾は口元を引き攣らせる。 天蓬の手が伸び、捲簾の手からバイブを横取りした。 「コレはですね?大人しか使っちゃいけないオモチャなんですよ〜」 天蓬がイボ付き真っ黒バイブを片手に、爽やか笑顔。 いや、だから楽しげにスイッチ入れるのはヤメロ。 「え〜、そうなんだぁ…」 残念そうに悟空が肩を落とす。 捲簾はホッと胸を撫で下ろすが、更なる爆弾を天蓬が投下した。 「ええ、そうなんです。でもね?悟空は使えませんけど、金蝉は大人だから使えるんですよ〜vvv」 おいバカ!!てめぇ何言ってんだよーーーっっ!? 驚愕のあまり、捲簾が眼を見開いて天蓬をまじまじと見つめる。 天蓬は双眸を細めて、チラッと捲簾に視線を寄越した。 ダメだ…コイツ完っ璧面白がってる。 ガックリと捲簾がその場で項垂れた。 コイツはいつもいつもいつもっ! とばっちり喰らうのは俺なんだよっ!! 苦情を言ったところで天蓬が聞き入れたことは一度もない。 「ですから、コレは金蝉にプレゼントしましょう!きっと喜んでくれると思いますよ〜?」 天蓬は邪気をタップリと含んだ笑顔で提案した。 「金蝉…喜ぶの?」 「もちろんですよっ!こういうモノは下界でしか手に入りませんしね…貴重なんです」 「へぇ〜、そうなんだぁ」 何も知らない悟空は、素直に天蓬からバイブの入った箱を受け取る。 「あ、コレは寝る前に遊ぶモノなので、その時に金蝉に渡しましょうね。そうすれば悟空も金蝉と一緒にコレで遊べますよvvv」 「え?天ちゃんホント!?」 金蝉が自分と一緒に遊んでくれると知って、悟空は嬉しそうに微笑んだ。 傍らにいた捲簾の心臓がシクシクと罪悪感で痛む。 悟空…阻止出来なかった俺の不甲斐なさを許せ…悪ぃっ!! 捲簾は心の中でひたすら悟空に謝った。 もっとも金蝉が本当に使うかどうかは分からない。 潔癖性な金蝉は、こういうあからさまなモノには嫌悪を示す性格だし。 出来るなら天蓬の悪巧みなんか無視してくれ、と捲簾は切に願った。 「ああ…そういえば」 今思い出したかのように天蓬がポンッと手を打つ。 「ここに来る前金蝉に会いましてね?悟空のこと探してましたよ。何か約束していたんじゃないんですか?」 「えと…ああっ!忘れてた!お姉ちゃんのところへ一緒に行くから、おやつまでに帰って来いって言われてたんだっ!!」 悟空は慌てて立ち上がる。 「あ、悟空オモチャ忘れてますよ〜」 ニッコリ微笑みながら、天蓬がオモチャの詰まった段ボール箱を手渡した。 悟空はそれを嬉しそうに抱え込む。 「ケン兄ちゃん、オモチャありがとー!天ちゃんまったね〜♪」 二人に挨拶すると、悟空は金蝉めがけて猛スピードで走り去っていった。 あっという間に部屋の中が静まり返る。 …何だか妙に疲れてしまった。 捲簾が小さく溜息を吐いて、煙草を銜えようすると。 「さてと、捲簾。さっきの続きなんですけど?」 ポロッと捲簾の手元から煙草が落ちる。 ギクシャクと身体を強ばらせながら、捲簾が振り向いた。 「続きって…何のことかなぁ〜?」 「コレのことです♪」 天蓬の手には先程とは違う、別のバイブがシッカリと握られている。 「で?貴方コレをどういうつもりで買ったんですか?」 正面から天蓬に見据えられ、捲簾の身体が金縛りに遭う。 うええええぇぇっっ!すっげコエ〜〜〜〜っっっ!!! オドオドと居心地悪そうに、捲簾の視線が彷徨った。 「んなの…酔ってたから覚えてねーよ」 「へぇ?こ〜んなにいっぱい買って。一体誰に使うつもりだったんでしょうねぇ…是非その時の捲簾にお伺いしたいもんです」 鋭い視線で詰問され、捲簾の精神が限界を超える。 あまりの恐怖で、張り詰めていた糸がプッツリとキレた。 「だーかーらーっ!いちいち覚えてなんかいねーって言ってんじゃねーかよ!しつけぇんだよお前!!」 息を荒げながら、捲簾が捲し立てる。 叫んでないと頭がどうにかなりそうだった。 そんな切羽詰まった心中を知ってか知らずか。 充分承知しているだろう天蓬は、スッと双眸を眇めた。 鋭く見据えられて捲簾の身体が小さく跳ねる。 「な…んだよ…」 無意識に捲簾の腰が後ろへと引けた。 「まさか…コレ使ったりしてないでしょうねぇ?」 「へ??」 捲簾は素っ頓狂な声を上げる。 コレ使うって…。 天蓬の言わんとしてることに気付き、捲簾はもの凄い勢いで首を振った。 「シテないっ!使ってねーって!お前だって見ただろ?俺さっき梱包されたままの箱開けたじゃねーかっ!!」 どうやら天蓬はコレをオンナに使ったんじゃないかと疑ってるらしい。 いや、どうせヤルならもったいなくてこんなモン使う訳ねーじゃん、とは口に出さず。 「…本当ですか?」 脛に傷がありまくるので、全然信用されていないようだ。 そうなるとその先の展開は…。 想像してしまい、捲簾の顔はみるみる蒼白になっていく。 「本当だってっ!マジ…信用しろよぉ〜!」 捲簾は必死になって天蓬へと縋り付いた。 涙目になって天蓬を上目遣いに見つめる。 ふと、天蓬の取り巻く空気が和らいだ。 しがみ付く捲簾を引き寄せて、天蓬は優しく頭を撫でる。 助かった。と安堵すると、捲簾は気持ちよさそうに天蓬へと擦り寄った。 「貴方が浮気していないのは分かりました…けど、買った時点でコレをご自分で使うつもりでない限り、僕の目を盗んで使おうとした意志があった、という訳ですよねぇ」 優しげな声音で物騒なことを耳元で囁かれ、天蓬の腕の中で捲簾の身体が緊張で縮こまる。 「あの…天蓬…さん?」 恐々と捲簾は天蓬を見上げた。 「折角ですからコレで遊びましょうか。ああ、それとさっきの仮説ですけど。僕と捲簾が仮に士官学校時代におつき合いするとしたら…きっと真っ先に使っていたでしょうね〜コレvvv」 捲簾の身体が掬い上げられ、そのままベッドへと放り投げられる。 スプリングで跳ね上がる身体を、天蓬は上から押さえつけた。 真上から覗き込む、見惚れるほど綺麗な笑顔。 余裕さえ見せる態度だが、抜け目なく急所を押さえ捲簾の動きを封じていた。 捲簾は真っ直ぐ見上げながら息を飲む。 形勢を返すには一瞬の隙を突かなければならない。 しかし天蓬から虚を突くなど至難の業で。 こうしている間も微塵の隙さえ見当たらなかった。 だからといってみすみす好き勝手にされるのは癪に障る。 「あーっ!もうっ!!関節押さえ込むなっつーの!離せよぉ〜〜〜っっ!!!」 無駄だと分かっていても、捲簾は身体を捻って闇雲に暴れるしかなかった。 それでも身体は少しもずらすことさえ出来ない。 「往生際悪いですよぉ〜。いつもよりちょこ〜っと刺激的なアイテムが増えるだけじゃないですか〜♪」 「そんなモンいらねーよっ!!」 捲簾はキツイ眼差しで天蓬を睨み付けた。 戦場で敵と対峙するような鋭い視線に、天蓬の背筋がゾクリと震えた。 口元に冷笑を刻んで、恍惚と捲簾を見下ろす。 天蓬のその表情に捲簾の頬が引き攣った。 『ヤッバ〜イ!もしかして俺ってば煽っちまった!?』 ゆっくりと近付き落ちてくる天蓬の身体にも、捲簾は顔を背けることしかできない。 「本当に…捲簾は僕を誘うのが上手ですよね」 天蓬が吐息ごと囁きながら、捲簾の耳朶へと舌を這わせた。 「んっ…誘ってなんか…っ」 弱い耳の付け根を舐め上げられながら甘噛みされると、身体中から力が抜けてしまう。 開いた襟元から天蓬の掌が滑り込み首筋から鎖骨へと撫で下ろされると、皮膚が敏感にざわめいた。 ゆっくりと伝い落ちる指先が胸元に届き、掠めるように乳首に触れる。 「っあ…」 物欲しげな甘い声を上げてしまい、捲簾の頬が羞恥で一気に紅潮した。 指先で押し潰しながら回わされると、その度に腰が跳ね上がる。 「あ…てんぽ…っ」 沸き上がる快感に潤んだ瞳で、捲簾は天蓬を不安げに見つめた。 「…心配しないで。ちゃんと痛くしないように充分慣らしてから、コレで可愛がってあげますからね」 天蓬が嬉しそうに悪魔の微笑みを浮かべる。 やっぱ止める気はないのかよぉ〜。 捲簾は情けなくって泣きたい気分だった。 「んっ…でもでもっ!」 「どうしました?」 拗ねて頬を膨らませている捲簾に、天蓬が不思議そうに首を傾げる。 「言っとくけど!アレ買った時、俺はまだお前とこんな…そのっ…つき合ったりしてなかったんだからなっ!それって浮気とか…お前に責められる謂われねーはずだけど」 そうだ、あの時は自分と天蓬はまだ『新しい風変わりな上官と左遷…いやいや移動してきたばかりの副官』という関係だけだった。 つき合う前の所業を責められるのは、全く以てお門違いだと思うんだが。 天蓬は考えるように動きを止めたが、それも一瞬だった。 「確かに買った時点ではそうでしょうけど、使う気がないなら直ぐに処分すればよかったはず。それをしなかったと言うことは、内心いずれ使うかも知れないって下心があったんですよね〜?で、僕とつき合うようになってからも、シッカリ箱に入れて保管していたと…いうことは?僕の目を盗んでどなたかに使う意志があったと取られても仕方ないですね〜あははは♪」 朗らかに笑いながら、天蓬は乱暴な手つきで捲簾の軍服を左右に割り開く。 「だから忘れてたんだってっ!!」 捲簾は必死に言い訳をするが、天蓬は聞く耳持たずにどんどんと軍服を剥いでいった。 あっという間に全裸に剥かれて、捲簾は身体を縮こませる。 天蓬は捲簾の脚の間に腰を入れ、大きく開かせたまま閉じられないようにした。 全てを天蓬の前に晒される体勢に、捲簾の身体が朱色に染まる。 「天蓬…っ…これヤダ」 「どうしてですか?とても淫らで可愛らしいですよ」 ウットリと舐めるような視線で身体を見られ、捲簾の腰が落ち着かな気に揺れた。 「ああ、そんなにお強請りしなくても、直ぐにシテあげますから」 「強請ってなんかっ…」 「捲簾もコレ…使ってみたかったんですねぇ。本当に照れ屋さんなんだからvvv」 「いらねーーーっっ!!!」 捲簾は嫌悪感で涙目になって睨み付ける…しかし。 「そんなに期待して瞳まで潤ませて…本当に貴方は可愛らしいですねぇ」 思いっきりクサッた勘違いをしている天蓬に、捲簾も二の句が継げずに撃沈した。 もうムダ。 何を言ってもムダなんだな…はぁ。 ガックリと肩を落として、捲簾は項垂れる。 「ああ、そんなに悲しくなるほど早く欲しいんですか?大丈夫、もう焦らしたりしませんからねvvv」 「………も、好きにしろよ」 いちいち天蓬の勘違いを訂正する気も失せ、捲簾は身体の力を抜いた。 「…何だコレは?」 その日の夜。 悟空は天蓬に言われたとおり、ベッドで休もうとしていた金蝉にオモチャを渡した。 「これね〜、ケン兄ちゃんからもらったの!天ちゃんがね?これは大人しか遊んじゃいけないオモチャなんだってゆってたの!きっと金蝉は喜ぶからって〜♪」 「大人が?何だそりゃ??」 金蝉は不審気に眉を顰める。 「んと、金蝉が一緒なら俺も遊んでいいんだって〜」 ますます意味が分からない。 とりあえず金蝉は箱を開けてみた。 「……………気色悪ぃ」 ボソッと金蝉が呟く。 箱の中には、妙な形でイボだらけの真っ黒い物体。 「コレすげーんだよっ!」 悟空が手に取って、スイッチを入れた。 ヘンなくねり方をして動き出したモノに、金蝉は嫌悪で顔を顰める。 「ドコがすげーんだよ…気持ち悪ぃだけだ。天蓬のヤツも何考えてるんだか」 金蝉は悟空からオモチャを取り上げると、さっさと箱に戻してサイドテーブルへと放り投げた。 「金蝉…遊ばないの?」 悟空は不思議そうに首を傾げる。 「あんな訳分かんねーモンいらねー。第一お前、アレの遊び方知ってんのか?」 「えっ?えっとぉ……………知らない」 悟空は金蝉が知っていると思っていたので、遊び方など聞いてこなかった。 小さく溜息を吐いて、金蝉が悟空を布団の中へ押し込む。 「こんぜん?」 「もう寝ろ。明日も早ぇんだよ」 布団をかけ直すと、金蝉もその横に滑り込んだ。 「ん…なぁ金蝉」 「…さっさと目ぇ閉じろ」 「寝るからさ…抱っこして?」 「………ほら」 金蝉が腕を回すと、悟空は嬉しそうに金蝉の身体にしがみ付く。 耳に届く金蝉の心音が、悟空の眠りを誘ってきた。 「おやすみぃ…こんぜ…ん」 金蝉の胸に甘えるように擦り寄ると、すぐに眠ってしまう。 悟空の寝顔を眺めながら、金蝉は淡く微笑んだ。 ふと視線をずらすと、視界の先に先程の箱が見える。 「…結局何だったんだ、アレは?」 ある意味、悟空と張るほど純真無垢な金蝉は、当然バイブなど知るはずがなかった。 そして数日経って。 今でもオモチャは金蝉のベッドルームに放置されていた。 ただし、それは箱から出されて、ベッド脇にあるサイドテーブルの引き出しに天蓬から渡されたローションと一緒にシッカリ保管されている。 しかしまだ未使用のままだった。 |