Petit Valentine Attraction



2月15日、はれ。
昨日はバレンタインデーっていう日で、保育園で女の子にチョコをいっぱいもらった。
好きなコにチョコを渡して「好き」って告白するんだって。
レンもいっぱいもらった。
おやつがいっぱい増えたのはうれしいけど。
でも、いいのかなぁ?

蛙の子は蛙。
捲簾の息子は無邪気な天然オンナ殺しだった。






「それにしてもスゴイ量のチョコですねぇ…これ全部簾クンが貰ったんですか?」
さすがに天蓬も段ボール箱一杯のチョコを目の当たりにして驚く。
色取り取りの可愛らしいラッピングが施されたチョコが、溢れそうな程入っていた。
「うわー!何かゴディバとかデメルとか凄いなぁ。今時の保育園児ってチョコまで高級志向なんですかねぇ」
「あー、それ違うだろ。娘より母親の方が気合い入ってるみてぇだし」
「は?お母さん達が何で??」
コーヒーを渡しながら捲簾が説明するのに、天蓬は目を丸くする。
捲簾はソファではなく、フロアに座っていた天蓬の横に腰を下ろした。
「そりゃぁ、俺が男前だから」
「確かに捲簾はチャーミングですが…それが簾クンの貰ったチョコに関係あるんですか?」
「…チャーミングはヤメロ」
「じゃぁ、マイラブリーエンジェルvvv」
「余計気色悪ぃわっ!うおっ!?鳥肌立ったじゃねーかよっ!!」
心底嫌そうに捲簾が顔を顰める。
天蓬はムキになって腕をさすっている捲簾に苦笑を零す。
「で?このチョコと捲簾の因果関係は何ですか?」
「ま〜アレだ。蝦で鯛を釣る?」
「と、言うことは…もしかしてっ!」
突然天蓬が顔面蒼白になった。
泣きそうな顔で唇を噛みしめると、捲簾を睨め付ける。

不意打ちで可愛い顔すんなーっっ!!

ドキドキと捲簾の心拍数が一気に上昇した。
「捲簾ヒドイですっ!僕っていう恋人がありながら、もう人妻と浮気なんかしたんですかーっっ!!」
ウルウルっと浮かんだ涙は今にも瞳から零れ落ちそうだ。
天蓬の勘違いに、さすがに捲簾も動揺する。
「なっ…急に何言ってんだよっ!んなことする訳ねーだろっ!」
「だって捲簾初体験も未亡人だしっ!人妻好きなんでしょうっ!!」
「どっちかって言えば結構…あっ!」
捲簾はつい勢いで本音を漏らしてしまった。
「ひっ…ひどいですぅっ!昨夜も今朝もあんなに愛し合ったのにぃ〜捲簾のバカーッ!!」
ぐずぐずとしゃくり上げて、とうとう天蓬は床へと突っ伏した。
これ見よがしに大声を上げて号泣する。
予想外の展開に、捲簾はおろおろと困り果てた。
宥めようにも声を掛ければわーわー大騒ぎして、全く聞く耳を持たない。
しかし自分には全く身に覚えのないことで、非難されるのも癪に障る。
あーっ!もう知らねーっ!勝手に勘違いしてびーびー泣いてろっ!と、怒鳴ろうと思ったその時。

「パパ…うわきしたの?」

息子の声に喉まで出かかった言葉をゴクンと飲み込んだ。
捲簾は恐る恐る息子の方へと首を向ける。
「れっ…簾?」
視線の先では、まな息子がじぃっと父親を睨んでいた。
額から冷たい汗が伝い落ちる。
「違うっ!浮気なんてしてねーぞ!?」
必死に弁解する父親に、息子は更に不審の眼差しを向けた。
「パパ…ほんと?」
コクコクと捲簾は何度も頷く。
「じゃぁ、何で天ちゃんセンセー泣いてるの?」
「だからっ!勘違いだってのっ!!そもそも保育園で見かける母親はストライクゾーンに入って無いどころか、最初っから手ぇ出す気もねーのっ!!」
「すとら…?」
「いや…簾にはまだ難しい大人の事情だ」
さすがに捲簾だって幼気な子供に説明する気は無い。
適当に誤魔化すと、息子は難しい顔をして腕を組んだ。
「じゃぁ、パパは浮気もしてないし、天ちゃんセンセーが大好きなの?」
「うっ…」
息子の鋭い突っ込みに、捲簾は言葉を詰まらせる。
さすがに簾に向かって堂々と告白するのは躊躇した。
つい羞恥で頬が紅潮してしまう。
チラッと視線を落とすと、微妙に天蓬の泣き声が小さくなっている。
聞き耳立てているのが丸分かりだ。
どうしようかと思案していると、息子が捲簾の顔を覗き込む。
「パパは天ちゃんセンセーが大好きなんでしょ?昨日の夜だってパパ達すっごく仲良しだったのに…今日は違うの?」
「そんなことねーぞっ!」
「じゃぁ、好き?」
「う…えっと…」
捲簾が口籠もっている間、天蓬の泣き声がピタリと止んだ。
天蓬は顔を少し上げて、上目遣いの瞳を涙で潤ませじっと捲簾の言葉を待っている。

…やべ。勃ちそー。

いかにも捲簾に従順で可憐な風情の天蓬に、ついつい欲情してしまった。
しかし。
息子の前でサカッてる場合じゃない。
とにかく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「もちろん、天蓬のことは大好きだぞ?」
捲簾は息子に向かってニッコリ頬笑んだ。
「…本当に?」
震える声で問い返してきたのは天蓬。
返事を待ってじっと捲簾を見上げてくる。
「今更何疑ってんだよ。バカ」
プイッと捲簾が怒ったような表情で顔を背けた。
その頬は見る見る真っ赤に染まっていく。
捲簾の様子に、天蓬の顔もパァッと笑顔で輝いた。
「捲簾っ!僕もですぅっ!メチャクチャ大好きですっ!捲簾だけ愛してますっ!ああっ!もうっ!言葉だけじゃ僕の熱い想いは表現できませんよっ!!」
「…だからって股間に顔擦り付けるんじゃねーよっ!!」
有無を言わさず、捲簾の拳が下肢にまとわりついている天蓬の頭にメリ込んだ。
「痛いですよぉ〜」
ガッチリ腰にしがみついたまま、天蓬は顔を股間に埋めてジタバタと悶える。
「コラッ!やめっ…ドサクサ紛れに噛みつくなああぁぁっ!!」
ビクビクと身体を波打たせて、捲簾が真っ赤な顔で喚いた。
「あ。捲簾のココ、硬くなってきちゃいましたね〜♪もぅっ!可愛過ぎですーっっ!」
「ああぁぁっ!バカバカッ!簾がっ…簾がっっ!!」
息子の目の前で恥ずかしそうに甘い嬌声を上げつつ、捲簾は悪戯をやめない天蓬の髪を掴んで引き離そうと躍起になる。
そうなるとムキになった天蓬が、調子に乗って捲簾の着ているカーゴパンツのファスナーを強引に降ろした。
下着の上からでもハッキリと形が分かるほど膨張している性器に天蓬はほくそ笑み、直に咥えようと張り詰めた布地を指先に引っ掛けて下ろそうとする。
「うわああぁぁっ!ざけんなバカヤローッ!」
慌てて下着を押さえようとした手を思いっきり叩かれて、つい怯んでしまった。
その隙にズルッと呆気なく下着を剥かれ、怒張したイチモツを天蓬の目の前にご披露するハメに陥る。
とんでもない醜態にパニックを起こした捲簾は、抵抗するのを忘れて硬直した。
それを天蓬が見逃すはずもなく。

ペロッ。

感じやすい性器の先端を、天蓬は濡れた舌で一舐めした。
「うぁ…っ」
捲簾は背筋をゾクリと駆け上がる快感に、震えながら甘い声を吐き出す。
すっかり勃起した肉芯の先端からは、トロリと先走りが滴を零した。
「ヤダ…ぁ…天蓬っ」
羞恥で真っ赤に頬を染めてしきりに首を振る捲簾を、天蓬が陶然と眺める。
「捲簾…すっごく可愛いvvv」
溜息混じりの甘い声音聴覚まで刺激され、捲簾は更に股間を疼かせてしまった。
抵抗しなくなった捲簾を天蓬は本格的に喘がせるため、口淫を再開しようと顔を伏せる。
ところが。

「…ねぇねぇ。何やってるの?」

無邪気な声に、汚れきった世界に逃避していた大人二人が固まった。
「うわああああぁぁっっ!!」
先に我に返った捲簾が、下肢に踞っていた天蓬の身体を渾身の力で蹴りつけ吹っ飛ばす。
驚愕で荒くなった呼吸を必死に宥めながら、摺り下げられた下着とズボンを慌てて穿いた。
不意打ちを喰らって飛ばされた天蓬が、顎を押さえて唸っている。
「あっ…あのなっ!?簾…コレはそのっ…えっとぉ…」
4歳児の子供にどう説明して誤魔化せば良いやら。
いくら何でも性教育は早すぎる。
捲簾は頭を抱え込んでグルグルと考え込む。
「パパぁ…また天ちゃんセンセーとケンカなの?」
「へっ!?」
ムッとしてご機嫌斜めの我が子に、捲簾は頬を引き攣らせた。
「だってぇ…」
簾はチラッと視線を天蓬に向ける。
「捲簾酷いですぅ〜いきなり蹴るなんてぇ〜やっぱり僕のこと邪魔なんですねっ!嫌いなんですねっ…ひっく」
床に転がったまま天蓬がしゃくり上げて拗ねまくっていた。
あまりのわざとらしさに、捲簾はこめかみを押さえて怒りを堪える。
「自業自得だ、バカ。よりによって純真無垢な子供の前でナニやらかす気だ」
「………。」
さすがにそれはバツが悪いのか、天蓬も反論してこなかった。
捲簾は大きく溜息を零す。
まぁ不幸中の幸いで、今のショックで滾りまくっていた股間はすっかり大人しくなった。
「ほら、天蓬…来い来い」
捲簾が呼ぶと、天蓬は拗ねて身体を丸めたままコロコロと床を転がってくる。
トンッと捲簾の膝頭に身体が当たると、天蓬は遠慮もなく頭を腿に乗せた。
捲簾も膝枕ぐらいでは怒ったりしない。
苦笑してヨシヨシと撫でてやると、天蓬が嬉しそうに微笑んだ。
「…もう仲直りしたの?」
先程とは違う穏やかな雰囲気に、簾は目を丸くする。
「別に最初っから喧嘩してねーぞ?」
「そうなの?」
「んー。アレはスキンシップみてぇなモンだしなぁ」
「すきんしっぷぅ?」
知らない言葉に簾は首をちょこんと傾げた。
「仲良しさんっていうことですよvvv」
機嫌を直した天蓬が、簾に向かって笑った。
その笑顔がもの凄く幸せそうで、綺麗で。
簾は何だか照れてしまった。
「それにしても…どーすっかなぁ、このチョコ。天蓬持って帰る?」
「え?でも折角簾クンが頂いた物でしょ?」
「簾のもそうだけど。俺が貰ったのも似たような量あるしさ」
「…親子揃ってモテモテですね」
「拗ねんなよ。いらねーって言ってたのに俺がいない間に置いていかれたんだから、不可抗力だっての。第一甘いチョコなんか食う気しねーよ」
「じゃぁ甘くなかったら食べるんですね?」
天蓬はブツブツと小声で不平を漏らしていじける。
捲簾がモテるのは分かるけど、自分という恋人が居るのだから。
そんなオンナの下心と情念の凝り固まっているようなチョコを受け取って欲しくなかった。
不機嫌そうに押し黙る天蓬に、捲簾は困ったような笑みを浮かべる。
「チョコは年1回食えば充分。今年の分は昨日で終わり」
「え?」
「天蓬のチョコ食ったろ?すっげぇ旨かったし」
「捲簾…」
「来年もくれよな」
捲簾の一言に、天蓬は瞳を見開いた。
そして。
驚きの表情がすぐに花が綻ぶような笑顔に変わる。
「はい…来年も僕、頑張って作りますね」
「パパ…天ちゃんセンセーの作ったチョコ貰ったの?いーなぁ〜。レンも食べたかった」
羨ましそうに呟く息子に、捲簾は複雑そうに笑った。
一瞬、簾に対して優越感を持ってしまったのだ。
単純にチョコを貰ったことに対して羨ましく思ってるだけだろうに。
子供と張り合おうなんて狭量すぎるというか。
ましてや実の息子に対して持つべき感情じゃない。

コレも恋は盲目ってヤツなのかねぇ。

捲簾は恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いた。
「それにしても簾クン凄いですね。こんなにいっぱいじゃお返しも大変そうだなぁ」
「あー…ソレだよソレ」
相手は簾だけにあげるのだから懐もさほど痛くもないだろうが、貰った方はえらい打撃だ。
今後の保育園生活を円滑にするためにも、無視する訳にはいかなかった。
「はぁ…後でちゃんと数えないと。保育園の女の子全員分って何人なんだよ」
「えっ?保育園の女の子全員分なんですか!?」
これにはさすがに天蓬も驚いたようだ。
「…らしいな。八戒が言ってたから。適当に見栄えのいいキャンディー詰め合わせでいいよなぁ?」
「いいんじゃないですか?全員平等に同じモノを返さないと、何か揉め事とか起こりそうだし」
「そうだよなぁ…あ、そうだっ!肝心なこと忘れてたっっ!!」
突然、何かに気付いた捲簾が大声を上げる。
「おい、簾!お前チョコ貰った女の子の中に好きな子居るのか?」
大量のチョコに惑わされて、捲簾は根本的なこと忘れてた。
子供とはいえ簾だってオトコだ。
保育園に可愛い女の子でもいれば、淡い恋心を募らせているかもしれない。
男の子の初恋と言えば、基本は先生だが。
捲簾ソックリの息子のことだ。
絶対面食いに決まっている。
そうなると。
生憎あの保育園で一番の美人は、捲簾の審美眼で言えば八戒だ。
そういう意味で基本は当てはまらないだろう。
「え?レンの好きな子??」
息子は天蓬に貰った特大『きのこの山』の箱を大事そうに抱えて、暢気にキノコ型のチョコを食べていた。
モグモグと口を動かしながら、簾はウ〜ンと考え込む。
「保育園にはいない〜」
「何だ…好きな子いねーのか?」
「ううん、好きな子はいる〜」
「へぇ〜誰だよっ…って、ん?ちょっと待て。保育園に居ないけど別の所に居る好きな子って…このマンションに住んでる子か?」
捲簾は近所の子供達の顔を思い浮かべた。
しかし簾と同年代の女の子はこのマンションには居ない。
「違うよぉ。レンね〜天ちゃんセンセーが好きーvvv」

「…………………………は?」

息子の爆弾発言に、捲簾は頭が真っ白になった。
「天ちゃんセンセー綺麗だし優しいから大好きっ!レンね?おっきくなったら天ちゃんセンセーのお嫁さんになるのー♪」
「おや?光栄ですね〜あははは」
「えへへへ〜♪」
遠くの世界にイッたまま動かない捲簾をよそに、天蓬と簾は和やかに笑い合う。

ちょっと待て。
天蓬のお嫁さんって…。
何言ってんだああああぁぁっっっ!!!

「テメェッ!天蓬っ!お前何簾に余計なこと吹き込んでんだっ!!」
「は?僕がですか?何も言ってませんけど??」
「お前以外に誰が居るってんだよっ!」
「捲簾、落ち着いて下さいよ。子供の言ってることをいちいち本気にしてどうするんですか」
「あぁ!?」
「子供って身近に優しくしてくれる人が居るとそう思うモンなんですよ。ほら、よく女の子が『おっきくなったらパパのお嫁さんになる』って言うでしょう?それと同じですって」
「…生憎と簾は男の子なんだが」
「簾クンの場合…まぁ、ちょっと変則的ですけどね」

諭されて冷静に考えてみればそうなのかもしれない。
これで母親でもいれば、対象が母親になっていただろう。
母親の代わりに優しくしてくれる天蓬に、簾は同じ様な思慕を抱いているに過ぎないと。

捲簾は強張っていた身体から力を抜いた。
だからといって安心は出来ない。
コレだけは釘を刺さないと。
「天蓬…簾に手ぇ出すんじゃねーぞ」
「おや?捲簾ってばヤキモチですかvvv」
「ちっがぁーうっ!!いや…そうか?あれ??」
「もーっ!そんな可愛い心配しなくっても、僕は身も心も捲簾だけのモンですよ〜vvv」
天蓬は上機嫌に捲簾の腿に顔を擦り付けた。
何となく恥ずかしくて、捲簾は頬を染める。
「いいなぁ…パパと天ちゃんセンセー、ラブラブで」
「パパと僕はものすっごぉ〜く世界一ラブラブなんですよ〜vvv」
「…簾。ラブラブって…意味分かってんのか?」
捲簾が額を押さえていると、突然電話が鳴った。
トコトコと走って、簾が受話器を上げる。
「もしもし〜」
『あ、簾か』
「ごじょちゃんっ♪」
電話の相手は悟浄だった。
『今な?俺の部屋に八戒センセーが居るんだけど、簾にチョコレートケーキ作ったんだってさ』
「ほんと?レンにくれるの??」
『あぁ。今から食いに来るか?』
「うんっ!行く〜♪」
『そっか。んじゃケン兄にちゃんと言ってから来るんだぞ?』
「分かったっ!」
『よし。じゃぁ、待ってるからな早く来いよな』
「はぁ〜い!ばいば〜い」
簾は元気に挨拶すると、背伸びをして受話器を置いた。
どうやら話の感じから、弟の悟浄が簾に何かくれるらしい。
「悟浄何だって?」
「んとね。八戒センセーがレンにケーキ作ってくれたから食べにこいって〜」
「そっか。ちゃんとセンセーにお礼言うんだぞ?」
「うんっ!ごじょちゃんち行ってくるね♪」
「おうっ!」
パタパタと走って簾が部屋を出て行く。
すぐに扉が閉まる音が玄関から聞こえた。
余程嬉しいらしい。

「…捲簾」
「あ?何だよ」
「二人っきりですねvvv」
「…だな」

二人は顔を見合わせて笑うと、そっと顔を近づけた。






「八戒センセー。これレンが食べていーの?」
「はい。簾クンのために作りましたからね」
「わぁ…」
簾は瞳をキラキラと輝かせ、目の前のケーキに見惚れた。
チョコレートのスポンジを、ふわふわのチョコクリームが覆っている。
美味しそうなチョコシフォンケーキだった。
「簾はミルクティーでいいよな」
甥っ子の嬉しそうな表情に、悟浄も自然と笑顔になる。
「まだ出来たてで暖かいですから…簾クンのお口に合えばいいんですけど」
八戒はシフォンケーキを切り分けると、簾の前に皿を勧めた。
その横へ悟浄が簾専用マグカップにミルクティーを入れて置く。
「いただきまぁーっす♪」
ちゃんと礼儀正しく手を合わせてから、簾はフォークを掴んだ。
ケーキにフォークを入れると、柔らかいスポンジを掬い上げる。
簾は大きく口を開けて、シフォンケーキを頬張った。
八戒は廉の様子を固唾を呑んで見守る。
「う…おいしいーっ!凄いよ?口の中でフワッて溶けちゃったっ!!」
感嘆の声を上げて、簾のフォークは勢いよく進む。
美味しそうに食べる簾を眺めて、八戒も嬉しそうだ。
「よかった。簾クン用に甘めにしたから悟浄に試食はお願い出来なかったし、どうかなーって思ったんですけど」
「だから心配ないって言ったじゃん」
緊張でソワソワしていた様子を思い出して、悟浄は苦笑を浮かべた。
悟浄も椅子に座って、簾の様子を眺めながらコーヒーに口を付ける。
モクモクと食べていた簾のフォークがふと止まった。
「ん?どした、簾??」
「あのね?ごじょちゃん…ごじょちゃんと八戒センセーも仲良しだよね?」
「あ?俺と八戒が?そりゃぁ〜もう当然でしょっ!めっちゃくちゃラブラブよ〜んvvv」
「………悟浄」
八戒は顔を真っ赤にして、悟浄の足を思いっきり踏みつける。
「いだーーーっっ!!」
「でも、簾クン突然どうしたんですか?僕と悟浄もっていうことは…えっと、パパと天ちゃんに何かあったんですか?」
足を抱えて悶える悟浄をキッパリ無視して、八戒は心配そうに簾の顔を覗き込んだ。
もしかしたら、また天ちゃんが昨夜何かやらかしたのかもしれない。
「んー…」
フォークを置くと、簾は俯いて何か考え込む。
「全く…こんな小さな子供にまで迷惑かけるなんて。あとでちゃんとお説教しなくっちゃ」
「はぁ〜っかいぃ…」
「何ですか?悟浄」
恨めしそうに睨んでくる悟浄に、八戒は美麗な笑顔を向けた。
思わず悟浄の頬がポッと赤くなる。
簡単に機嫌は直ったらしい。
「ん?どしたー?簾、昨夜何かあったんか?」
「ううん…さっきなの」
「は?さっき??」
今度は悟浄が首を傾げた。
一体自分が電話する前に何があったんだろうか。
「あのね?ごじょちゃんと八戒センセーってケンカする?」
「ケンカ…ですか?」
簾の意外な質問に八戒は目を丸くする。
「何だぁ?またケン兄と天蓬ケンカして揉めたのか?」
「うん…」
「はぁ。しょーがねぇなー、あの二人も」
「すみません…また天ちゃんがご迷惑掛けたんですね」
八戒が従兄の不始末を殊勝に謝った。
項垂れる八戒の肩を、悟浄はポンポンと宥める。
「別に八戒が謝るコトじゃねーじゃん。アレだよ、夫婦喧嘩は犬も食わぬだろ?あの二人の場合」
「それならいいんですけどぉ…」
「で?まだ怒ってんの?ケン兄」
悟浄はいちおう簾に訊いてみた。
かなり揉めているようなら、自分たちが仲裁に入った方がいいかもしれない。
自分だけでなく八戒もいれば、捲簾もそう頑なにならないと思ったからだ。
しかし、悟浄の危惧は当てが外れた。
「でも今はラブラブなの」
「あ、そ。やっぱただの痴話ゲンカじゃん」
「よかった…」
八戒もホッと胸を撫で下ろす。

ところが。
簾の爆弾発言によって状況は変わった。

「ねぇねぇ。ごじょちゃんも仲直りする時、八戒センセーのおチンチン舐めるの?」
「はぁっ!?」
「ぶーーーーっっっ!!!」
八戒は思いっきり口に含んだコーヒーを噴き出した。
簾の言葉に驚愕する間もなく、悟浄の顔面にコーヒーが直撃する。
その場の空気が凍り付いた。
全く身動ぎしない大人二人を、幼気な子供はキョロキョロと見比べる。
「あれ?違うの?パパと天ちゃんセンセーだけ??」
フラッと八戒が無言のまま立ち上がった。
全身からは禍々しい程ドス黒いオーラが渦を巻いている。
あまりの凶悪さに、悟浄の顔が怯えで引き攣った。
「は…はっかい…さん?」
恐る恐る声を掛けると、射殺す勢いで睨み付けられる。
「ふ…ふふふふ…よりによって子供の前で何てコトを。そう思いませんか?悟浄」
「はい。その通りでーす」
八戒の笑顔が恐ろしいと、この時悟浄は初めて感じた。
「行きますよ、悟浄」
「えっ?行くって…ケン兄ん所!?」
「こういうコトはキッチリ説教しておかないとダメですっ!」
「ちょっ…待てって八戒っ!!」
スタスタと部屋を出て行く八戒を、悟浄も慌てて追いかける。
玄関の扉がガチャンと閉まると、途端に静かになった。

「…ごじょちゃんと八戒センセーどうしたんだろ?」

無邪気な子供は、ただ不思議そうに小首を傾げるだけだった。
「落ち着けってっ!八戒ぃっ!!」
「全く…何度言ってもあの人はっ!今日という今日は簾クンの教育のためにも、最低限の節度を徹底して教え込みますっ!」
「だからさっ!何も今言わなくっても〜」
「今言わないで何時言うんですかっ!」
「何時って…えっとぉ…」
考えて口籠もってるうちに捲簾宅まで辿り着いてしまう。
八戒はドアノブを掴むと、インターフォンも鳴らさずドアを開けた。
怒り心頭の八戒は、いつもなら気に掛ける常識も吹っ飛んでいるらしい。
勝手に上がり込むと、リビングに向かって突進していった。
惨劇は勘弁と、悟浄も八戒を思い留まらせようと必死に付いていく。
キッチンに入ると、リビングに人の気配がした。
八戒の額にピキッと血管が浮かぶ。
「天ちゃんっ!貴方子供の前で何てコトしてるんですかっ!!!」
勢いよくリビングに乗り込んで、八戒が激昂して怒鳴り散らすと。

「あれ?八戒…と悟浄クン。どうしたんですかぁ?」

のほほんとした天蓬の声と裏腹に、八戒と悟浄はその場で立ち尽くして硬直した。
「え…?うわああああぁぁっっ!?」
二人に気付いた捲簾が真っ赤な顔で絶叫する。
「…だからやめようって言ったじゃん」
悟浄が額を押さえながら八戒の後でポツリと呟く。

八戒は。
天蓬と捲簾の濡れ場を直面して、衝撃のあまりそのままの状態で気絶していた。



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