White day Attraction



ウジウジ…ジメジメ…。

リビングの一角でどんよりした空気が鬱陶しく漂っている。
「ううっ…ひでぇよケン兄…あんな八戒煽るようなコト言ってさっ…俺があれからどんな目に…どんなっ…クソッ!」
リビングの端っこで膝を抱えた悟浄が、ブツブツ簾のくまさん縫いぐるみ相手に恨み言を呟いていた。
顔面蒼白でフラリと悟浄が訪ねてきてから小一時間。
ずっとこんな調子だ。
捲簾は呆れ返って相手にしてなかったが、さすがに見ていて気分が良くない。
煙草を吸いながらビール片手にテレビ番組をザッピングしていたが、溜息混じりに電源を切ると悟浄へ向かってクッションを投げつけた。

バフッ☆

「痛ぇ…」
「痛ぇ訳あっか!お前ねぇ…さっきから何なの?うざってぇ」
「ヒデッ!可愛い弟に向かって、んな言い方ねーだろぉっ!」
ギギギギっと油ぎれの人形宜しく首を向けると、悟浄は昏い表情で捲簾を睨んだ。
怨念の籠もった視線を物ともせず、捲簾は知らんぷりで暢気に缶ビールを傾ける。

先日の朝の騒動から暫く、捲簾はイチャイチャと気分良く天蓬を構って1日を過ごした。
翌日には簾も連れて3人で買い物をしに街へ出かけることにする。
これから春になってすぐ暖かくなるからと簾の洋服を買ったり、天蓬が焼きたてのパンが食べてみたいと強請るのでパン焼き器を買ったり。
そのまま夕方になったので久々に夕飯を外食をしてから部屋へと戻り、翌日早出出勤の天蓬は名残惜しげに帰る準備をした。
玄関先まで見送りに出ると、天蓬が手を伸ばして捲簾の頬を優しく撫でる。

「それじゃ捲簾…明日の昼に連絡しますね?」
「あぁ。気をつけて帰れよ?明日早いんだから、帰ったら本なんか読んでねーですぐ寝るんだぞ?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと寝ますから…昨夜の捲簾を思い出しながら、ね?」
「………ばぁか」

羽目を外しまくって晒した痴態の数々を思い出し、見る見る捲簾の頬が羞恥で染まった。
正直な反応に天蓬は機嫌良く微笑みながら、捲簾へと顔を寄せる。

唇に触れるだけの暖かな感触。

「おやすみなさい、捲簾。また明日」
「ん…おやすみ」
静かに音を立てて扉が閉まると、捲簾はガックリと力が抜けてその場へしゃがみ込んだ。
何故だか首まで真っ赤に染まっている。
「あーっ!もうっ!!参ったなぁ〜」
恥ずかしさを誤魔化すように、ガシガシと髪を掻き回した。

ダメだ…すっげーメロメロに愛しちゃってんの。

一人玄関先で踞り、頭を抱えて身悶えてしまった。
熱る身体を持て余して、捲簾は切ない溜息を零す。

触れるだけのキスをされて、物足りなさに引き寄せそうになって。
そのまま玄関先でしがみ付いて、もっと欲しいと強請りそうになる自分を必死に押さえ込ん
だ。

あれだけ求め合って、交じり合って、貪り合っても全然足りない。

自分の欲深さに我ながら苦笑してしまう。
こんなにも自分は愛情に飢えていたのか。と、今更ながらに驚いた。
でも、そんな自分は何だか悪くない。
欲しければ欲しがるだけ、天蓬は捲簾へ愛情を注ぎ込んで満たしてくれた。
そう考えると何だか幸せな気分になって、漸く立ち上がった捲簾はキッチンへ戻っていく。
冷蔵庫から缶ビールを取り出すとリビングへ行き、フローリングへ座り込んで天蓬の温もりを思い出していた。
簾も今日天蓬に買って貰った縫いぐるみを抱えて、良く寝入っている。

そんな時。
突然玄関チャイムを不躾に連打する音で、捲簾のほんわか幸せな気分は一気に霧散した。

「ったく…何なんだよアイツは」
確かめるまでもなく、連打する相手は分かっている。
今頃は自分達と同じようにラブラブイチャイチャで甘い一時を過ごして居るんじゃなかったのか。
未だ連打しているチャイムにムッと顔を顰めて、捲簾は勢いよく扉を開けた。
「うっせーぞっ!悟浄!お前何考えて…っ?」
扉を開けた途端、長身の身体がフラ〜ッと倒れ込んでくる。
捲簾は慌てて支えると、グッタリしている身体を揺さ振った。
「おい?悟浄?どーしたんだよ??」
肩口へ額を乗せて項垂れる弟の顔を、捲簾が心配そうに覗き込む。

一体八戒との間に何かあったのだろうか。

身体を預けて全く身動ぎもしない悟浄に根気よく声を掛けると、漸くのろのろと顔を上げた。
しかし上目遣いに自分を見つめる視線には、鋭い非難が籠もっている。
訳が分からず捲簾が眉を顰めると。

「ケン兄…の…ばかぁー…」
「………。」

捲簾は無言で弟の身体を玄関先へ放り出した。






それからずっと。
悟浄は上がり込んだリビングで、いつまでも鬱陶しい空気を撒き散らして拗ねまくっていた。
八戒も天蓬同様、明日の出勤に備えて帰ったようだ。
「ケン兄が…ケン兄が余計なコト八戒に言うからっ!」
「俺が?何か言ったっけ?」
きょとんと目を丸くする兄に、悟浄はわなわなと怒りで身体を震わせる。
「とぼけんじゃねーよっ!言っただろっ!」
「だから、俺が何言ったっつーの?」
本気で聞き返してくる捲簾に、悟浄の方が愕然としてしまった。
必死で助けを求めた自分へあんな仕打ちをしてくれたクセに、それを全然覚えてないなんて。
悟浄は力が抜けてその場へ項垂れた。
「何で覚えてねーのよ?八戒に余計なコト言ったじゃねーか…手枷の使い方が違うとかっ!足枷とセットで使うと良いとかっ!!」
「あー、そのことか!」
漸く思い出したらしい捲簾が、ポンッと手を叩く。
悟浄は恨みがましい上目遣いで、悪びれもせず飄々としている捲簾を睨んだ。
弟の怨念の籠もった視線にも、捲簾は軽く肩を竦めるだけ。
「大したことねーじゃん」
「大したことあるだろっ!俺はあれから八戒に後ろ手で拘束し直されて散々…っ!」
言い終わらぬうちに悟浄の言葉が震えて飲み込まれる。
思い返すだけで羞恥の極みだ。
嬉々としてキレた八戒にされちゃった、あーんなコトやこーんなコトがまざまざと脳裏に蘇る。
真っ赤な顔で震えている悟浄を、捲簾は不思議そうに見つめた。
「だって悦かったんだろ?」
ケロッと何でもないように言い返されて、悟浄は頭に血が上る。
「悦かねーよっ!んな訳あっかっ!!」
激昂してバンバン床を叩く悟浄を眺めて、捲簾が首を傾げた。
「マジで?全然悦くなかった?」
「あんな拘束されんのが悦いと思えっかよっ!!」
「ふーん…じゃぁ、お前達けなかったんだ?」
「………え?」
「だって拘束されて悦くなかったんだろ?」
「それは…まぁ…そう…だけど」
悟浄がゴニョゴニョ歯切れ悪く口籠もる。
捲簾はぷかーっと煙を吐き出し、双眸を眇めて悟浄を見つめた。
「じゃぁ、当然悦くねーなら達けなかったんだよな?だから怒ってんだろ?」
「いや…その…」
「…達けちゃったんだ。拘束されても」
「………。」
ニヤニヤ意味深に捲簾が笑うと、途端に悟浄が頬を染める。

確かに、達けた。
達っちゃったけどもっ!

「断じて拘束されたのが悦くって達ったんじゃねーっっ!!」
「往生際悪ぃよ」

喚く悟浄の頭へ遠慮無く鉄拳を落とすと、捲簾は心底呆れ返った。
殴られた頭を抱えて撃沈する悟浄を、グイグイと足蹴にしてからかう。
「散々達ったクセにブチブチ文句言うんじゃねーよ。八戒も悦んでたんだろ?だったらいーじゃねーか」
「よくねーよっ!八戒がクセになったらどうしてくれるっ!?」
「ん?そしたら天蓬がもっとイイ物貸してくれるんじゃね?」
「だ・か・らっ!それが余計なお世話っつーの!!」
あはは〜と朗らかに笑う兄を、悟浄は顔面蒼白で罵った。
「八戒は清廉なのっ!純情可憐なのっ!真っ白なのっ!天蓬みてぇな悪魔と一緒にすんなっ!」
「ほほぅ?清廉ねぇ?そんじゃそんな清廉な八戒は、いっつもお前にどんなコトしちゃってんのかなー?」
「どっ…どんなって…そのっ」
視線を泳がせて言い淀む悟浄の脇っ腹を、捲簾は面白そうに突っつく。
ダラダラと冷や汗を流して黙り込む悟浄を眺めて、捲簾が訳知り顔で溜息を零した。
「まぁ大体想像つくけど〜。やっぱ天蓬の従兄だしなぁ…」
「八戒は天蓬と違うぞーっっ!八戒は…八戒は…ちょっとキレると暴走すっけど、可愛いしっ!俺に抱き締められるとすっげ嬉しそうに照れちゃったりするんだぞっ!」
捲簾は握り拳を振り上げて力説する悟浄を眺めると、腕を組んで何やら思案する。
「天蓬だってそうだけど?アイツ基本的に甘えたがりだし〜俺が気持ち悦さそうにしてっとすっげ嬉しいらしくって、もー頑張って達くの我慢してんのなんか、可愛いぞこの野郎っ!!て思うし〜」
「…そんな具体例挙げなくていいって」
モヤモヤと色んな想像をしてしまい、悟浄が厭そうに顔を顰めた。
兄が悶えてる姿なんか想像したくない。
チラッと視線を上げれば、否が応でも昨夜の状況を見せつけられた。

昨夜の情交を残すように、捲簾の首と手首には真っ白な包帯が巻かれている。

それだけで昨夜どんなコトをしたのか、考えなくても分かってしまう。
「ケン兄は…悦いのかよ?ソレ」
「あ?ソレ…って?」
「だからっ!その首とか…手ぇとか…さ」
はっきり言うのを躊躇って言い淀む悟浄に、捲簾があぁ、と頷いて肩を竦めた。
「コレな?俺が暴れたからちょっと擦れて血ぃ滲んだけど、別に大したことねーし」
「やっぱ…天蓬に縛られちゃった訳?」
「そりゃ〜もうガッチガチに全身拘束された挙げ句、チンポをタマごと縛られちゃって散々啼かされたなぁ。でもすっげ我慢して吐き出したから、もう脳天痺れる程ガンガンに達っちまって、止まんねー止まんねーっ!アッハッハッ!」
「だからっ!詳しく言わなくていいってのっ!!」
悟浄は真っ赤な顔で腕を振り回し、浮かんでしまった兄の狂態を必死に打ち払う。
息を乱して睨んでくる弟を感慨深げに眺めたが。
すぐに兄は愉しそうにニンマリ口元を緩めた。
「悟浄…明日は我が身って分かってっか?」
「………は?」
「あーいうのは、1回やみつきになると、どんどんエスカレートすんだよ」
「え…えすかれーとぉ!?」
「八戒悦んでたんだろ?お前のこと拘束して好き放題ヤッちゃって」
悟浄の脳裏に、興奮で頬を染めた八戒の笑顔が浮かんでくる。

「血は争えねーのよ?天蓬も八戒も。俺も…勿論お前もな?」
「俺はっ!俺は違うんだあああぁぁあああっっ!!!」

あははは〜っと暢気に笑いながら無情な予言する兄に、悟浄は泣きながら殴りかかった。



END!

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