ピアノの識別 (Identify Piano Types) v0.6
(『CDで見るインハーモニシティ』改題)


記録された音から ピアノの機種を識別する方法を試してみます。

例えば サティの「ジムノペディ第1番」から Fis:58。

g-ciccolini (62KB) g-wave g-fft

Fis:46 D:42 C:39なども鳴っていますが JP(Java Pitch)

g-pitch
P#: Key#[count]:  [Hz]: c.equal: c.pure: I.const.
-------------------------------------------------
1: 58Fis[25]: 741.055: 2.493: 2.493: ---
2: 70Fis[25]: 1486.642: 7.779: 7.779: 1.705
3: 77Cis[12]: 2237.599: 15.651: 13.696: 1.415
4: 82Fis[7]: 2999.494: 22.973: 22.973: 1.376
5: 86B..[2]: 3777.577: 22.263: 35.949: 1.4
-------------------------------------------------
 [Pitch:1.537 Inharmo.:1.367 (0.999)]

何とか測定する事が出来ました。
その他に A:49 E:44の 2点から同様に倍音を測定して インハーモニシティ値を計算します。

Key No.: Inharmonicity
-----------------------
Fis 58:  1.367
  A 49:  0.6
  E 44:  0.377
--------------

そして インハーモニシティの傾きを最小2乗法で推測してみます。
参照> 「インハーモニシティから調律曲線を求める」

g-lsm

A49のインハーモニシティ値は 0.5982・傾きは 0.0919となりました。
そこで 同じ曲の 30枚の CDから同様にして測定してみます。

gymnopedie1

#1は バルビエで Bösendorferを使用しています。
#2は 柴野 さつきで Pleyelを使用しています。
他は Steinwayと思われます(機種の記載があったりなかったりします)。

次に リストの「愛の夢 第3番」の 39枚から Es:31 As:36 Es:43 D:54 の 4点です。

liebestraum

#1は ダグ・アシャツで Chickerringを使用しています。
#2は ボレットで Bechsteinを使用しています。
#3は 自動演奏ピアノの Weber(ウェーバー)です。

次は シューマンの「トロイメライ」の 49枚から C:40 F:45 B:50 A:61の 4点です。

traumerei

#1はノーマン・シェトラー #2はグルダで、 いずれもウィーンにゆかりのピアニストですので Bösendorferかと思われます。
#3はオピッツで Bösendorferを使用しています。

そして ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」の 63枚から Es:43 Gs:46 B:50 Cis:53 Cis:65の 5点です。

fille

#1は ギーゼキングです。
#2は ボレットで Bechsteinを使用しています。
#3は フィリップ・カッサールで 1900年製の Bechsteinを使用しています。
#4は アルド・チッコリーニ 1991年の録音からですが Fazioliを使用したと言われています。
#5は 柴野 さつきで Petrofを使用しています。
#7は コルトーで Pleyelと言われています。
#6は 機種は不明ながら 2つの録音がある サンソン・フランソワの 1968年で #8は 1961年の方です。

少し分かりずらくなって来ました。そこで今度は 機種毎に測ってみます。 ただ 曲は別々ですので、より精度を上げる為に 10箇所前後のデータを採ってみます。

例えば チッコリーニ 1991年の録音からは 14箇所のキーを測定しました。

ciccolini-lsm

A49のインハーモニシティ値 0.605・傾き 0.0853となりました。 (曲毎の値とは少し異なっています)

そうして 4台の Fazioliのデータです。

fazioli-list

同様にして 5台の Bechsteinのデータです。

bechstein-list

そして 11台の Bösendorferのデータです。

bosendorfer-list

そして 4台の Pleyelのデータです。

pleyel-list

そして 25台の Steinwayのデータです。

steinway-list

さらに、それ以外の機種 4台のデータです。 上から順に Steingraeber・Baldwin・Petrof・MarkAllenです。

etc-list

全てを合わせてみます。

probes1

次に ピアニスト毎に測ってみます。
ポリーニ(Maurizio Pollini)(1972〜'08年の録音)の 23台と、 フランソワ(Sanson François)(1954〜'68年)の 12台です。

probes1-pf

それを 機種毎と合わせてみます。

probes1-all

ポリーニ(Pollini)は 初期の録音は左下に膨らんでいますが、以後は殆ど Steinwayと重なります。
フランソワ(François)は Fazioliの左・Pleyelの上かやや右辺りと言えるでしょうか。

ホルヘ・ボレット(Jorge Bolet)の 15台(1972〜'88年)です。

bolet-list

左の塊は Bechsteinで、ほとんど同じピアノの様に見えます。 右は、上下は 2種類の Baldwinで、中央は不明です。

アラウ(Claudio Arrau)の 17台(1956/'74〜'91年)です。

arrau-list

こちらも 左側はまとまっています。

コルトー(Alfred Cortot)の 12台(1933〜'53年)です。

cortot-list

左側の Pleyelは 2〜3台でしょうか?


(v0.3)ホロヴィッツ(Vladimir Horowitz)のピアノです。

同じCDに異なる年月日の録音が入っていたりするので 1CD内で1曲毎に録音の年月日が異なっているのは そのまま1つとしたり 2つの年代に分けられるものは2種類としたり データがある程度採れた年代のみを1種類として採用したりで CDの数ではなく年代で分けた28種類を取り上げました。

フランツ・モアは,ホロヴィッツの仕事をしている間 5台のスタインウェイを使った...と語っています。
 「ピアノの巨匠たちとともに」フランツ・モア (1992年 改訂版1995年)より
  1. CD314 503: 結婚祝いにスタインウェイ社から贈られた 1940年代の初期のもので 最後の4年間のコンサートには海外でも使用されました。
     「ホロヴィッツの夕べ」デヴィッド・デュバル (1991年)には CD503として1986年モスクワに運ばれた...とあります。
  2. CD186: 1965年の復帰リサイタルの為に選ばれて 以後使用されました。
  3. CD223: コネチカット州ミルフォードの別荘で数年使用され そこでのレコーディングにも使用されたそうです。
  4. CD75: 1983年の日本初演時に持って行ったもので いくつかのコンサートでも使用されたそうです。
  5. CD443: ニューヨークの自宅で最後の4年間愛用して 「HOROWITZ AT HOME」と 最後の録音「THE LAST RECORDING」 に使用されたそうです。

1.1940年代から1965年以前のもので10種類です。

horowitz A
「ホロビッツ」グレン・プラスキン 音楽之友社(1983年)の ディスコグラフィー(ロバート・マクレアー編)には

...1950年代に磁気テープが使われるようになってから, 何度にも分けて録音したものを,テープを切り張りして編集し, ひとつの曲に仕立てる方法がとられるようになった。 ホロビッツに関していえば, こうした編集がどのようにおこなわれたか, いまひとつ判然としない。 RCAレッド・シール(RCAヴィクターの後身)にも, コロンビア・マスターワークにも, どの録音とどの録音をどうはぎ合わせたかという件についての 正確な記録が残っていないためである。 また,ホロビッツを担当したプロデューサーたちからも これに関する情報はえられなかった。...

例えば,ショパンの「ピアノ・ソナタNo.2」の 2nd recordingは April and May/62ですが、注として

...この盤が録音された正確な日付を特定することは不可能である。 コロンビアの記録によれば, 1962年の4月5日,18日,24日,5月9日,14日に行われた吹き込みのうち 1回ないしは数回がそれにあてられたことがわかっている。...

又,ショパンの「船歌 Op.60」の 2nd recordingは April and May/80ですが 注として

...この録音は,RCAが1980年4月13日(ボストンのシンフォニー・ホール) および,5月4日と11日 (共にニューヨークのアヴァリー・フィッシャー・ホール) に行われた演奏会のひとつ(あるいはそれ以上) の実況録音から採られたものである。...

となっています。又同書にはCD186のエピソードがあります。

...1972年のある別の機会に,ホロビッツは〈ヴァルトシュタイン〉 ソナタを録音していた。彼は1965年の舞台復帰以来, 同じスタインウェイ(186号)を使っていたのだが,その日は,スタジオ の湿気のためにアクションが遅くなり, ホロビッツはきわめて不機嫌だった。 ワンダは目を閉じて足を前に投げ出し,プレイ・バックをきいており, コロンビアの面々も防音された調整室にいた。 その時である。突然ホロビッツはすっくと立ち上がり, ピアノの蓋を支えている支柱にげんこつを振りあげ, それを叩いたのである。 ピアノの蓋は落ち,ひどい音響は技師たちの耳を聾した。 スタジオの中から,ホロビッツがヒステリックに喚く声がきこえた。 ワンダですら,中に入ってなだめる気になれなかった。 とうとう技師のひとりがスタジオに入り, 「ホロビッツさん,何か御用がおありでしたら」と静かにいった。 落ち着いた静かな声で返事がかえってきた 「あるよ。家に帰って寝たいんだ。」その後,録音のたびに彼は, 自分のピアノをニュー・ミルフォードの自室から運ばせたのである。 ...(p.337)

同ディスコグラフィーによれば 2nd recording 12/6 and 12/20/72 かも知れません。

P.S.「ホロヴィッツ未発表カーネギー・ホール・ライヴ」 (1945-1950)と云う ラッカー盤に直接刻まれた 正確な録音年月日の分かるCDもあります。

2.1965年(CD186)から1970年代の7種類です。

horowitz B

一番上の *(*)が 1965年のカーネギー・ホール・ヒストリック・リターン 「Historic Return」の録音です。

3.(v0.3.1)1980年代の(9->)10種類は 更に分割して 初めは 海外の演奏会で録音されたもの(5->)6種類です。

horowitz C0

上の青い+(+)は 1982年のロンドン, ロイヤル・フェスティヴァル・ホールで (v0.3.1)さらにその上は 1987年のミラノでのモーツアルトのピアノ・ソナタ第13番K333からで 下側は1986年から1987年の モスクワ・ウィーン・ベルリン・ハンブルグでの ライヴ録音です。

次は スタジオなどの録音4種類です。

horowitz C1

4.1986年の「HOROWITZ AT HOME」と 最後の録音となる1989年の 「THE LAST RECORDING」の2枚です。

horowitz D

2〜4を合わせてみます。

horowitz E

さらに録音日時が1日のもの 又は 同じピアノと分かるもののみを見てみます。

horowitz F

右側は1968年2月1日の 「ホロヴィッツ・オン・テレビジョン」を加えた CD443と思われる3種 左下側は1981年10月25日&11月1日の メトロポリタン歌劇場のライヴを加えた CD503と思われる5種 そして上側にはCD186と思われる(2->)3種です。
ただし 測定の誤差がありますので もしかしたら別のピアノもあるかも知れません。


(※v0.4)グレン・グールド(Glenn Gould)のピアノです。

彼のピアノの経歴はおおよそ 3期に分かれます。
初期は デビューした'55年からコロンビアのニューヨーク30丁目スタジオで、
中期は 演奏活動を引退した'70年から CD318を使用して トロントの イートン・オーディトリアムで、
後期は ニューヨークに戻ってヤマハを使用した'80年からです。

初め「HTML5 Wave Viewer(v0.4)」で 後期の測定を始めた所...

y-00-list

...同一のピアノとは見えず...

y-01-list

...改良を繰り返して...

y-l-list

これぐらいまでになりました。

サンプルデータ数は 30,56,72,92,51です。 72のデータの場合...

f-l-0

異常値が無いかどうかを確認した後 キー番号 30から 65ぐらいまでの...

f-l

...キー毎の平均値から LSM(最小2乗法)で 49(A)のインハーモニシティ値と傾き(Grade)を算出しています。

では 初期の「ゴルトベルク変奏曲」('55)などの 8枚です。 ただ '60年の「ブラームスの間奏曲集」は CD318を使っている様です。

ny-00

中期 '70年代の「J.S.バッハのフランス組曲」など 6枚です。

tr-00

後期 '80年代の「ハイドンのピアノ・ソナタ」などの 5枚です。

y-l-list

全てのデータを合わせて見ます。

l-all-list

参考文献:


(※v0.5)サンソン・フランソワ(Samson François) のピアノです。

この仕事に慣れて来たころ 先輩から「フランソワのピアノ知ってる?」 とか聞かれて「エラールかプレイエルではないですか?」と答えた所 "違うみたい"との事でした。
それから随分経ってしまいましたが どうなのでしょう。
まず フランソワの 12枚のCDからです。

francois

前回のグールドのピアノと比べてみます。

fra-gou

そして エラール
1837年製 アレクセイ・リュビモフ(Alexei Lubimov)
1874年製 小倉貴久子(浜松市楽器博物館コレクション)の 2枚のCDです。 (縦横のスケールが変わります。)

erard

次に プレイエル
1831年製 ヤヌシュ・オレイニチャク(Janusz Olejniczak)
1870年製 柴野さつき
1910年製 横山幸雄(CD 2枚)
1838年製と2004年製 イブ・アンリ(Yves Henry) Esquirs誌 日本版の 3月号付録
以上 5枚のCDから 6台です。

pleyel

では フランソワとエラールとプレイエルです。

f-p-e

如何がでしたでしょう。
エラールやプレイエルは様々に変化があり フランソワは繰り返し使っていたのもあれば その時々によって 代えていた様にも見えます。
フランソワと似たように聞こえるピアノに アントルモン(Philippe Entremont)があります。3枚のCDです。

entremont

フランソワとアントルモンを合わせて見ます。

fra-ent

録音場所は フランソワは「Salle Wagram」「Salle de Mutualite」など
アントルモンは「L ‘Église du Liban」 「ウイーン・アウストロフォン・スタジオ」などです。


(※v0.6)内田光子のピアノです。

あるCDの解説の中で "ピアノはミツコ自身のスタインウェイが用いられた..."とあり、 彼女の多くのCDで "1962年製の Steinway"と記されています。

1983年から2001年までのCD 12枚からです。

mitsuko

右側の二つは '91年の来日公演のライブCDからで (使用ピアノの記載はありません) 7台はまとまっていて 3台は少しずれています。
サンプルデータ数は 38,170,68,53,96,79,43,66,29,40,0,81,184で、 0とサンプルを検出出来なかった1枚を除いての 12枚です。
曲目は モーツァルトとシューベルトのみなので 比較の為 アンドラーシュ・シフ(András Schiff)の シューベルト・ピアノ・ソナタ全集 (ピアノは ベーゼンドルファー - Bösendorfer)と比べて見ました。

schiff

録音は 1992年から1993年のCD 7枚からです。
サンプルデータ数は 66,44,29,75,35,11,18と、 やはりサンプルの検出は難しいですが
それでも大きくは外れていない様に見受けられます。


以下は測定誤差の例です。
その1:オピッツ(Gerhard Oppitz)の 10台(1981〜'93年)で その内の 6台が Bösendorfer (*(*), x, o, Δ(△), ∇(▽), ■) と記載されています。

oppitz-list

録音年は、*(*)は 1989年2月、xは '90年12月で、oは '91年7月、 Δ(△)は'91年8月、∇(▽)と■は'89年3〜8月です。
場所は皆 Reitstadl,ノイマルクト(ドイツ)ですので、 全て同じピアノかと思われますが *(*)とx、oとΔ(△)、∇(▽)と■等の3台かと思われます。
試しに +は xと同じ CDで別の曲からデータを採ってみました。
同じピアノでも曲が違えば これぐらいの差が 有り得る範囲かも知れません。

その2:カツァリス(Cyprien Katsaris)の 20台(1980〜'04年)の場合です。
カツァリスはベヒシュタイン,シュタイングレーバー, スタインウェイ等の他にマーク・アレンも使用しています。

katsaris-list

下側の 5台は同じ MarkAllenのはずですが、ばらけています。 交響曲からの編曲などで 単音を拾うのがむずかしく これほどの差となってしまいました。

また 古い録音の中には 測定データに変動が多く

richter-70

正確な値が出ないので 採用しない場合もあります。

以上の様に測定誤差があるにしても 機種毎のデータは丸くまとまるかと思っていました。
しかし ピアノは まるで銀河の星々のように個性的で 広がりのある事を示しています。

変更履歴:

Last modified: 1月 04日 水 14:49:06 2023 JST