指揮者のつぶやき… 〜指揮者の寺子屋〜


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昨年の演奏会 その2
TAKAちゃん

2002/01/20 10:43

 昨年出演した演奏会、その2 〜日本人の合唱曲〜

 ボクは大学の合唱団では原則として邦人作品しか演奏しないことにしている。もっとも、数回バッハのカンタータやルネサンスの宗教曲を演奏したことがあるが、それはわずかな例外である。昨年ボクが振った邦人作品は、前回書いたように、『水のいのち』、企画ステージ『あかるい未来へ』『心の四季』『阪神大震災鎮魂組曲、1995年1月17日』であり、これらに加えてアンコールでは『落葉松』『大地讃頌』を演奏した。ボクの音楽のレパートリーは、ルネサンス・バロックだと思う人が多い。それは確かに事実であるが、一方で戦後の邦人作品も大好きである。もちろん、その中にも好き嫌いはあるのだが。

 企画ステージ『あかるい未来へ』(明日があるさ、などのポピュラーソングのを合唱に編曲したもの)は遊び心に満ちたもので別にすると、昨年の曲には共通する何かがある。それは人間の心の機微、魂の叫び、願い、といったものだと思う。そして、それらのものは普段の生活の中で表現されるものではないが、日本人なら誰でも心の奥底に持っているものであろう。

・・・・ だが わたしたちにも いのちはないか ・・・・
 ・・・・ ささやかな けれどもいちずないのちはないのか ・・・・ (水のいのち)
・・・・ 人だけが 過ぎた昔の 愛の疾風に いくたびとなく 吹かれざわめく ・・・・ (心の四季)
 ひかえめな 真昼の星は ・・・・ きらめいている 目立たぬように ・・・・(心の四季)
落葉松の 秋の雨に わたしの 手が濡れる
 落葉松の 夜の雨に わたしの 心が濡れる ・・・・ (落葉松)
(震災で1歳6ヶ月の息子、大志を亡くした母の歌)
  ・・・・ どうぞお願いです ほんのひととき思ってください  大志という命が この世にあったことを ・・・・  (阪神大震災鎮魂組曲)

 歌を歌うことによって表現できるものが、そこにある。それは、一言で言ってしまえば『こころ』『祈り』であると考えている。歌を歌うことによって『こころ』と『祈り』のメッセージを、聞く人に伝えることが出来る。いや、歌だからこそ伝えられるものがあると思う。そのようなメッセージを持つ曲がボクの好みである。邦人作品にはそのような曲が多いように思う。もちろん、外国の曲にはそれがないとは言わないが・・・・。

 最近の大学生を見ていると、今の若い者(これを言い出したら年寄りになった証拠でもあるが)の心は年ごとに乾いたものになって来ているような気がする。その若者の心に、一滴の潤いをもたらしてくれるものが合唱であるとボクは信じている。そして、ボクが指揮することで、彼らが何かをつかんでくれるなら、それに勝る幸せはないと思っている。(彼らにとっては勝手なお世話で、こんなことを考えるのは、教育の世界に身を置く者の性かも知れないが)

 『心の四季』『落葉松』は、記念演奏会のOB・OGとの合同ステージで毎回歌うことにしている曲である。5年に一度、全国から忙しい仕事のやりくりを付けて大勢が駆けつけてくる。今年卒業した社会人1年生から、子供が大学生になろうかという大先輩までもが、あたかも昨日まで現役の大学生だったかのように、気持ちを一つにして声を合わせて『こころ』を歌い、楽しい一時を過ごす。そして、打ち上げパーティーもそこそこに、それぞれの地に帰っていく。5年後の再会を夢見ながら。

 『大地讃頌』、この曲には特別な思い出がある。6年前の阪神大震災のあった年の「クリスタルコール」の定演で、種々の事情から部員が選んだこの曲をアンコールで振ることになった。素晴らしい曲ではあるが、震災のあとに歌うには若干の抵抗があった。そこで、単に大地を讃えるのではなく、豊かで平和な大地であることを願う祈りの歌にすることを提案した。演奏会の終了後、賛助出演していた「ちょらす」の部員の一人で、実家が震災に遭った女子学生がボクにこう言った。「あんな地震を起こした大地を讃えるなんて、こんな歌は歌いたくないと思っていた。でも、今日は祈りとして歌えた。是非「ちょらす」の定演でもアンコールで歌いたい」。ボクは「ちょらす」の定演のアンコールを歌うその女子学生の涙が、今でも忘れられない。今年『阪神大震災鎮魂組曲、1995年1月17日』を歌うにあたって、ボクが特にお願いしてアンコールにこの曲を歌ってもらったものである。同列にしては誠に不謹慎ながら、震災の犠牲者の魂と、ボクの一言を心に留めてくれたその卒業生に捧げるものとして。

 『こころ』『祈り』のメッセージ、それはボクの音楽表現のキーワードとなっている。そして、ボクはそれをバッハの曲にも強く感じるのである。 
(この項、まだ続く)


2002/01/20 10:43