事件簿 <ファイルNo.SS001−A>

 アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコに隣接する西海岸の街レストシティ。そこに【S・S私立探偵事務所】はある。お世辞にも大きな事務所とは言えないが、1階にガレージがある2階建ての十分な構えだ。
 その事務所名の【S・S】には、【Security・Service】や、立地場所による【Sea・Side】等の意味合いが含まれ、窓からは、既に時期はずれになったビーチが見える。
 20代という若さながらも所長であるライノリック・ウィルソンは窓際に座り、物思いに耽っていた。以前の事務所のメンバーがいなくなり、現在この事務所に来る依頼は既に何でも屋扱いである。収入も少ない。お金のために探偵稼業をやっている訳ではないとしても、三ヶ月前の事件はライの心に深い傷を残していた。
「ライ! コーヒーが入ったわよ。ミルクはいつもの量ね?」
「Thank You・・・」
 秘書をしてくれているカンナ・ローズである。幼なじみのよしみで、この稼業を手伝ってもらっていた。彼女の赤いショートヘアがライの視界に入る。
「ライ、また考えていたの?」
「う・・・ん・・・」
 ライは側のデスクの上に置かれた写真を見た。ライと二人の人物が写っている。前所長のジャック・フォードと、前秘書のサラ・マーシャルであった。
「カンナ! 俺にもコーヒー入れてくれ。どっかで暇してる奴みたいにミルク入りじゃなく、ブラックでな」
 ソファーに座っているボブが言う。S&W/M29Custom.44MAG【Devil】などという物騒な銃の手入れをしている。フルネームは、ボブ・アンダーソン。見た通りのガンマニアで、破壊力のある銃を愛用している。
「ボーブ! お前言ってはならん事を、二つも言ったな!」
「気にしない、気にしない!」
 ボブは、体格の良い体を揺らしながら笑った。
「まったく・・・」
 ライはボブの手にあるデヴィルを見つめる。銃を通してジャックの姿が見えるようだ。
「ライ・・・」
 それに気付いたカンナが、ライを見つめる。ライは、何か言いたそうなカンナに向き、にこっと微笑んだ。
「大丈夫だよ、カンナ。もう前みたいに探偵を辞めるなんて言わないから」
 カンナは微笑み、少し安心したらしく、事務室のコンピュータで今までの探偵事件簿の整理を始めた。
 ライはコーヒーを一口すすると、何か思いだしたようにカンナに確認する。
「そうだ。確か今日、探偵見習いとして新しい奴が来るんだったよな。何時からだっけ?」
「午前10時からよ。しっかりしてね所長さん」
 カンナは作業の手を止めずに、悪戯っぽくそう言った。
 ライは事務所の掛け時計でまだ十分に時間があることを確認すると、テーブルの上にあった雑誌を手にする。ゴシップ誌週刊ポスジムだ。タイトルの『スミソニアン博物館展示のホープ・ブリュー・ダイヤモンドは偽物だった!?』を一瞥すると、脇に無造作に置いた。
「ボ〜ブ、またこんな雑誌読んでたのか?」
「ん? あぁ。意外と面白いぜ!」
 ライはため息を一つすると、横に置いてあった新聞を手に取り、広げて読み始めた。探偵たるもの、世間の情報を知っておかなければならない。コーヒーを片手に、時間をかけて目を通し始めた。ふと、一つの記事が目に入る。
《 連続殺人事件、四人目の犠牲者が!! 》
「またか。この前、三人目が殺されたばかりだぜ・・・」
 ライはコーヒーをテーブルの上に置き、記事に集中する事にした。
 事件の始まりは一ヶ月前だが、内容は今までと同じく、被害者から何故か心臓が抜き取られ、殺害されるという猟奇殺人事件であった。その被害者は二十代前後の女性ばかりで警察は八方手を尽くしているらしいが、手掛かりはほとんど無いらしい。もっとも、そう簡単に警察が情報を流すはずもないが・・・。
 不意に、事務所に訪問者を知らせるチャイムが鳴り渡った。ボブが窓越しに玄関を覗く。
「例の見習いじゃないか? 早いな〜。関心関心」
 今まではボブが一番下っ端だったので、新人が入ることが嬉しいのだろう。嬉々として玄関へ向かって行った。扉を開けると、身なりを整えた温厚そうな若い青年が立っていた。
「お、俺! いや、私はブラウン・クライズラーと申します! た、探偵見習いとして、本日からよろしくお願いします!」
 寒さか、また緊張の為か、彼の顔は紅潮しているようだった。その勢いのある声に、ボブはニカッと笑うと「【俺】でいいさ。そう堅くなるな!」とその青年を招き入れた。ブラウンは緊張の為か、ぎこちない様子で事務所に入ってくる。
 その時、事務所の電話のベルが鳴り響いた。
『プルルルルッ・・・プルルルルッ・・・カチャッ』
「はい、お待たせしました。S・S私立探偵事務所でございます」
 カンナの明るい声が事務所に響く。ライとボブは、久しぶりの仕事の依頼に耳を澄ます。当然聞こえるはずもないが・・・。
「・・・はい、・・・はい」
 カンナが、電話に応対しながらメモを取る。ライとボブはそれを覗き込んだ。久しぶりの仕事に期待を込めてであった。

◆   ◆   ◆

「期待した割には、結局どぶさらいか! なあ、ボブ」
 ライはシャベルを置き、額の汗を拭った。
「むう・・・。世の中はこんな物よのう・・・」
 ボブは妙に悟ったような事を言う。そう言いながらも、二人は黙々と作業を進める。その横で見習いのブラウンは積み上げられた土砂を荷車で押し運んでいた。
 ライは顔を上げると、ブラウンに声を掛けた。
「そう言えば、いきなりの仕事で紹介がまだだったな。俺は所長のライノリックで、こっちがボブ。事務所にいた女性はカンナだ。受付事務をやってもらってる」
ブラウンは荷車を置いて、二人に駆け寄ってくる。
「わ、私、いや? お、俺はブラウン・クライズラーです。小さい頃は医者を目指してました。以前は飲食店で働いてましたが、不況で店が倒産してしまって・・・」
 ライはふと疑問を口にした。
「医者を目指してたのに、なんで探偵なんか選んだんだい?」
 ブラウンは慌ててライに答える。
「い、医者になれば、家計も助かって、両親を安心させられると思ったんです。でも学力的に無理でした。以前の仕事先も無くなって・・・。探偵は小さい頃からの夢でした!」
 ブラウンは一息付くと、話を続けた。
「両親から家計の心配なんてしなくていいと叱られました。ですから、思い切って夢だった探偵に挑戦したくなって・・・」
「そ、そうだったのか! ブラウン、おめえってやつは・・・ううっ・・・ええ話やー・・・」
 ボブは流れ出る涙を手で拭った。ボブはこの手の話には異常に脆く、ライ達をしばしば困らせた事があった。
 不意にライ達の横に、一台のパトカーが止まった。
「Hey!」
 一人の青年が、窓から手を振っている。名はジョンソン・カーリー。軟派そうな青年であるが、これでも警部である。切れすぎる彼の頭脳に畏怖の念を込めて、人は彼を【KNIFE・BLADE】と呼ぶ。その頭脳のため、この若さでここまで昇進できたのであった。
 二人は、ジョンソンに手を挙げて応えた。
「おっふたっりさん! 景気はどうだい・・・て言っても、その様子じゃ悪そうだな」
「まあな。久しぶりの依頼がこれだもんな」
 ライはシャベルにもたれ掛かり、苦笑する。ライの向こうにいるブラウンを見つけ、ジョンソンは声を掛ける。
「お、ブラウンじゃないか! しっかりやってるか!?」
「は、はい! カーリーさん、探偵事務所をわざわざ紹介していただいて、ありがとうございます!」
 ジョンソンはブラウンに手を振ると、ライによろしく頼むと目配せする。ライはうなずくと、今朝見た新聞記事を思い出した。
「ところで、例の事件もついに四人目じゃないか。【ナイフ・ブレード】の刃も錆び付き始めたのかな?」
 ライの嫌みに、ジョンソンはにやっと笑った。
「馬鹿言え。結構捜査は進んでるぜ! おっと、そんな顔されても教えるわけにはいかねえ。だが、俺達も簡単に踏み込むわけにはいかねえからな。もう少し、情報と証拠を集めてからが勝負だぜ!」
ひゅー! っとボブが口笛を吹く。
「やるもんだねぇ〜! まあ楽しみにしてるぜ、ジョーン」
「そのジョーンてのはやめてくれよ、ボーブ」
 ジョンソンは、ハンドルにもたれ掛かって言う。
「おっと、そろそろ行かないと。じゃあな!」
 そう言うと、ジョンソンはクラクションを鳴らし、軽やかに走り去って行った。
「さすがだなあ・・・」
 ライは、ジョンソンの運転するパトカーを眺めた。
『ぐうぅ〜っ』
 不意にライの腹がなる。ライが腕時計を見ると、針は正午を回っていた。
「なあ、ボブ。腹が減ったな?」
『ざっ、ざしゅっ』
「ボブ?」
『ざく、ざくっ』
「Hey! ボーブッ!」
「んっ?」
 ライがシャベルでボブの頭頂を狙ったとき、ボブが振り返った。
「ボブ、腹が減らないか?」
 ライは何気ない顔をして、シャベルを降ろす。
「まあな。だが昼飯なら、ちゃんと注文しておいたぜ」
 ボブは自慢げに胸を張る。
「ほう、お前にしちゃあ気が利くじゃないか」
「そ、そうか?」
 その時キッと音をさし、一台の自転車が彼らの横に止まった。
「Hi、My frends!」
 赤いチャイナドレスにポニーテイルが目立つ、十代後半の美しい少女である。
 自転車の荷台には、【雀軒】と書かれた【岡持】があった。
「メイ!」
 ボブはシャベルを放り出し、ドブから上がった。
 メイこと、本名【紅美妹(ホン・メイメイ)】は、中華飯店に住み込みで働く東洋系の少女である。なぜ、彼らと知り合いなのかは次の会話で解るであろう。
「ねぇボブぅ〜。あたしのお願いしていたCZの旧型、手に入れといてくれたぁ?」
「おう、もちろんだぜぇ。CZ75だったな。あれはコレクターの間ではプレミアがついてるから、本当は3000$のところなんだが、2700$に負けといてあげるからな」
「わーい。だからボブだーいすきぃ! ところでぇ、今使ってるスィグ(SIG) 、どうしたらいいと思う?」
「持っとけばいいと思うぜ? 精度はやや落ちるが、予備として使えるぜ!」
 話によると、CZは確か15発オートのマグナムのはずである。そんな物をいつ使う気かと考えると、ライは頭が痛くなってきた。ブラウンはその様子をただ呆然と眺めている。
「じゃあ、メイが持ってきたのが冷める前に昼飯にしよう!」
 ボブは【岡持】を取り、板をスライドさせた。その中には超特大のラーメンが一つ、ちょこんと入っていた。
『ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞおぅ〜っ』
 ボブは、一心不乱にラーメンを食べ始めた。メイはというと、そんなボブを熱い眼差しで見つめている。
 ライはそんな二人にため息をつき、不意にある事に気付いた。
「ボブ、俺達の分は?」
 ボブは顔を上げ、麺の端を口からぶら下げながらライにこう言った。
「なんだ、それ?」
 ライの鉄拳が、ボブの頭頂にヒットした。

◆   ◆   ◆

 仕事を終えた三人が事務所に帰ると、待ちかねた様にカンナが走り寄って来た。
「お帰り! お客様が待ってるわ。ライ、まかせたからね」
「O.K.!」
 ライは右手を挙げ、応接室へと向かった。
「お、俺も行くぜ」
 ボブがライの後に続こうとすると、それを止めるようにカンナがボブの肩に手を置いた。
「ボブ・・・」
「カ、カンナ! ダメだぜ、こんな所で・・・」
「ボ〜ブッ!」
 ボブを睨むカンナの手には、ヌンチャクがあった。
「O.K.! ジョークよ、ジョーク。あいつの事が聞きたかったんだろ。で、どこでそんな物騒な物を手に入れたんだ?」
「分かっていればいいのよ。彼、どうだった。元気? ちなみにメイメイちゃんが忘れてったのよ、これ・・・」
「おう、彼女のか。しかし彼女のチャイナドレスはいいよなあ〜」
「ボブ!」
 カンナは、再度ボブを睨みつける。
「はは、ライはいつもと変わらなかったぜ。そんなに心配しなくて大丈夫じゃないのか?」
 カンナは少し安心した表情を見せる。ライにあの悲劇の事件を早く忘れてほしいと願うのであった。
 ふと、ボブの後ろでそわそわしてるブラウンを見付けると、カンナは表情を明るく変えて紙を1枚手渡した。
「ブラウン君、仕事が終わったら報告書を提出するようにね! 頑張って!」
「はい! 頑張ります!」
 ブラウンは報告用紙を受け取ると、元気良く返事をした。

◆   ◆   ◆

 応接室に入ったライは、その客達に驚いた。一人は細身の男性だが、もう一人は小柄な日本人女性である。
 ライは驚きを顔には出さず、ソファーに腰を降ろした。
「初めまして。私がここ、S・S私立探偵事務所の所長、ライノリック・ウィルソンです」
 客は掛けていたサングラスを外し、透き通るような青い瞳でライを見つめた。その怪しい程の美しい瞳に、おもわずライはどきっとした。
「初めまして。あたしの名は永井さやかです。こちらはボディガード兼運転手のトニー・ビバリッジです」
 ライは再び驚いた。ボディガードを連れているということは、その若さでそれなりの収入または資産があるのだろう。
「英語がお上手ですね。それで、私共にどのようなご用件で?」
「生まれは日本ですが、こちらで育ちましたので、アメリカが母国と言っても過言ではありませんわ」
 さやかは、にこやかにそう言うと用件を話し始めた。彼女の話によると、最近誰かに狙われているようで、ボディガードを兼ねた不審者の解明と解決を依頼したいとのことであった。
「ボディガードをお願いしたいということですが、彼、ビバリッジさんがボディガードをしているのでは?」
 ライの疑問に、さやかが答える。
「トニーは、本来は父の運転手です。最近のことで、心配して父が私に付けてくれたもので・・・」
「自分は、実際のボディガードとしての経験がないもので、やはり専門の方にお願いした方が良いと考えまして」
 さやかの回答に付け加えるように、トニーが答えた。
 ライはメモを取りながら、うなずく。
「では、その不審者に対して、何か心当たりはありますか?」
「心当たりと言いますか、夜、一度物陰からこちらを覗いているのを見付けたことがあって、男性だと思いますが背は意外と低かったです。後で見たら、そこにこんな物が落ちてまして・・・」
 そう言いながらさやかは、バッグから古びた小さいボタンを取り出した。そのボタンには、何か星のような模様が描かれていた。ライはそのボタンを光に照らし、色々な角度から見るが、それ以上におかしなところは見あたらなかった。
「後、インターネットを使った仕事や、父の出版社でアルバイトをしているのですが、その関係で色んな人に会いますので、他には何とも・・・」
 出版社と聞いて、ライはあることが頭をよぎった。
「出版社と言いますと、もしかして貴方の父はアーネスト永井さん?」
「はい、そうです。よくご存じですね」
 さやかは、にこりと答えた。アーネスト永井は、真偽不明だが話題性のある数々のスクープ記事を出し、その名を世間に知らしめた記者である。ボブのよく買ってくるゴシップ誌で何度か読んだことがあった。
「では、不審者に関するものや、何か気付いたことがありましたら、こちらまでご連絡ください。明日にでもボディガードとなる者をよこします」
 人物像の見えない不審者に対して、不安はあったが、断る理由もなかった。新しい仕事に気を引き締め直すライであった。

◆   ◆   ◆

 契約が済み、さやか達が帰るのを見送った後、ライは仕事の内容を皆に説明した。
「・・・と言うことで、取り敢えずボディガード役はボブにお願いする。ブラウンと俺は情報収集だ。よろしく頼む」
 ライの指令に皆がハイと応える。ブラウンが目を輝かせて、ライに詰め寄った。
「情報収集と言うことは、情報屋とかに会うんですか!?」
 その言葉に、ライは近くの公園をねぐらにしている情報屋のことを思い出した。ボブが会話に割って入る。
「情報屋というのは、信頼関係が大事なんだ。初対面の奴が会っても何も教えてくれないぜ」
 ボブを押し戻して、ライが話を続ける。
「情報屋より他に行くところがある。それよりもまず、情報に対する認識が必要だ。これから仕事で知り得た全ての情報は、依頼主のプライバシーに関わるものに限らず、絶対他に漏らしてはいけないぞ。それは探偵にとって最も大事なことの一つだ」
 そのライの言葉に、ブラウンは元気良く応えた。
「分かりました! では、行きましょう!」
 元気なブラウンを連れ、ライは壁に掛けてあったコートを羽織ると、玄関に向かった。

◆   ◆   ◆

 十数分後、レストシティ市立図書館の駐車場に1台のジープが止まっていた。
 図書館の周囲は、ゴミ一つないように清掃され、樹木も規則正しく植えられている。マフラーをなびかせ参考書等を手にした若者や、寒さにかまわず外で熱く議論する研究グループも見られた。
「ジープのエアコン、壊れてるんですね」
「ああ、収入もそんなに無いから、壊れたままだ。明日からコートを持ってきた方がいい」
 苦笑しながらライは、寒さに震えているブラウンにそう言った。
 図書館に入ると、暖房が効いており、ブラウンは寒さでこわばっていた表情を解いた。
 受付には、髪を三つ編みにした一人の若い女性が座り、忙しそうに帳簿の整理をしている。
「Hello! リディ、今日も一人で帳簿整理かい?」
 ライの声に、リディと呼ばれたその女性はそばかす顔を上げると、ずれた眼鏡を掛け直した。
「あら、こんにちは。ラックなら裏で大工仕事してますよ」
「Oh! またかい? 常々思うんだが、彼は職を間違えてるんじゃないか?」
 ライの皮肉に、リディは苦笑する。
「そうね。でも結構大工仕事が役立ってますよ。作業が終わったら、受付に戻るように伝えていただけます?」
 リディはにこやかにそう言うと、また手元の帳簿に目線を戻した。
 彼女の言う通り、裏口に回ると、奥の方で何やら釘を打つ音が聞こえる。ライは『関係者以外立入禁止』と書かれたドアをノックした。
 間もなくして、30代中頃の強面の男がドアを開けて出てきた。その男のいかつい顔に、寒さから開放されていたブラウンの表情がまたこわばる。
「あ〜しんど。おぉ〜、ライじゃねぇか! 今日は何の用だい?」
「また本棚の修理でもしてたのか? 受付に彼女一人で、大丈夫なのか?」
 ライの心配を余所に、その男は大丈夫だと笑い飛ばした。ブラウンを見付けて、男はいかつい顔をさらにいかつくさせる。
「んん〜? そいつは見ない顔だな。あんたも探偵か?」
「は、はい。み、見習いですけど・・・」
 ブラウンは小さく答えた。
「ラ〜ック、うちの新人君を怯えさせないでくれよ。見習いで名はブラウン。よろしくな」
「よっしゃよっしゃ! わしゃ〜、この図書館の受付兼ガードマンをやってるラック・シューターってもんだ。気軽にラックって呼んでくれ! ツキが上がるからな!」
 ラックの奔放さにとまどい気味のブラウンであった。ラックはライに向き直ると、問いただした。
「で、今日は何の用だい? まさかギャンブルしにきた訳じゃあんめぇ?」
「あぁ、ちょっと調べたいことがあってな。また資料室使わせてもらってかまわないか?」
 ライの言葉に、ラックはまかせろと言わんばかりに自分の胸をどんと叩いた。ラックに案内され資料室に入ると、そこには、はち切れんばかりの資料が本棚に詰め込まれ、脇には棚に入りきらない資料が山積みにされていた。
 ブラウンはその資料の多さにひっくり返りそうになった。
「こ、この中から、何を調べるんですか?」
 ブラウンの問いに、ライはポケットから一つボタンを取り出した。さやかから借りた例のボタンである。
「このボタンに描かれている模様や、ボタン自体について何か分かることがないか調べるんだ」
「・・・気が遠くなりそうな作業ですね」
 ブラウンは気が重いという表情をすると、どこから手をつけていいのか本棚を見つめて、しばらく呆然としていた。
「まかさんかい! わしも手つどうたる!」
 不意に背後からのラックの大声に、ライとブラウンは心臓が飛び出しそうになった。
「脅かすなよラック! というか、居たのか」
「居たのかはねぇんじゃねぇの〜?」
 ラックは、ライの言葉にムッとして言った。
「あぁ、悪かったよ。でも受付に戻らなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫!」
 ラックのその自信がどこから沸いてくるのか、ライは不思議でならないというように肩をすくめた。
「じゃあ、手伝って貰えるか? しかし、仕事に関する情報は教えられないぞ」
 ライの念押しに、ラックはつまらなそうに口元を曲げた。
「じゃあブラウン、ラックに手伝ってもらって調べてくれ。俺は少し出掛けてくるがすぐ戻る」
 その言葉に、ブラウンは目でライに訴えた。強面のラックと二人きりになるのが不安なのだ。だがライは、頑張れ!と逆に目で訴えを退けたのだった。

◆   ◆   ◆

 数分後、ライは近くの公園を歩いていた。
 公園には、周りを囲むように大きな樹木たちが植えられていた。木漏れ日の中を、赤く色づいた葉が風に舞っている。中には人の姿はあまりなく、散歩をしている老人の姿や、数個の若いカップルの姿が見られるだけである。
 その中をしばらく歩くと、前方にスポーツ新聞を読んでいる白髪交じりで四十過ぎぐらいの男性が、ベンチに座っているのが見えた。ライは彼の横に腰を降ろす。彼の名はストーカー、無論通り名である。ライのよく使う情報屋の一人であった。
「旦那、今日は何の御用で?」
 ストーカーは、新聞を読むふりをしながらライに問いかけた。ライも、葉が赤く色づいた木々を眺めながら答える。
「この模様について何か分かることがあれば知りたい。ボタンに描かれてた模様だ」
 そう言って、模様を書き写した紙を隠すようにして渡した。
「ボタンの模様ですかぃ? そいつはまた難しいですな。洋服屋に頼んだ方がいいんじゃないですかぃ?」
 そう言ってストーカーは紙を受け取ると、新聞の影から模様を確認する。
「変わった模様ですねぇ。難しいが旦那の頼みじゃ断れねえや。まあ、調べてみやしょ」
 そう言いながら、ストーカーは新聞を折り畳む。欠伸を一つして立ち上がると、木漏れ日の中をヨタヨタと歩きだした。
 ストーカーが立ち去った後、ライは少しの間、何かを考えたいた。太陽が傾き、気温が更に下がり始めた空を不意に見上げると、白い息を吐きベンチから腰を上げる。
 そして何かを振り切るように、ライは踵を返すと、公園を後にした。

▼ 継続 ▼

Update:2003.07/08


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