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■ふぁみりー。(1)

 進藤ヒカルが女になったと聞いた時、皆と同じにオレも随分驚いたものだった。近頃こっそり流行っている病気のようなもので、ある日突然男が女に変化してしまい、元に戻る保障は無いと言う。一千万に一人の割合でなるそうだから珍しいと言えば珍しいのだが。
 普通ならカウンセリングを必要とするであろうその事態を進藤はあっさりと乗り切ってしまったそうだった。
 「アイツは女になった以上、最高の棋士を捕まえて最高の子をこしらえるんだそうだ。随分な腹のくくりようだと思わないか?芦原。」
 何故かうっかり酒を奢ってもらいながら、緒方さんからそんな話を聞かされたオレは体を竦めてしまったのだった。
 緒方さんの顔色、煙草をもてあそぶ仕草から、
あぁー、この人また見果てぬ夢のチャレンジャーになっちまったよ。
と、気付いてしまった為だった。
 現在、誰からも先生と敬われる緒方さんは、一見、誰もが羨む様な人生を送っているように見えるのだったが、オレ達同門の弟子達から見ればちょっとため息つきたいようなヘッポコ人生を送っていたのだ。
 緒方さん、傍目には女性に不自由しない人のように見えるのに、実はフラれてばかりいるのだった。むろん、ちゃんとお付き合いはしている。お付き合いはしているのに最後にはフラれてしまう。特に本命の女性とは食事を一緒にする以上の仲にはなったことが無いと言う、男として泣きたくなるような恋愛遍歴だった。
 そのくせ、日頃から
オレは誰もが羨むような女を妻にして誰もが羨むような息子を儲ける!
と豪語しているのだから、オレ達弟弟子達は目を逸らして聞き流すしかなかったのだった。
 多感な少年時代に塔矢先生を人生の手本、将来のなりたいオレ!と決めてしまった男の悲しさを緒方さんに見て以来、オレ達は、緒方さんのようになるまいぞっ、と自戒しあってきたのだったが。 まぁ、そんなことはどうでもいい。
 要するに緒方さんが今度は進藤との結婚を前提としたお付き合いを真剣に考えていることを知って、オレは来るべき未来を確実に予期してしまったのだった。 
 フラれるな、緒方さん。
 そして、それは正しかった。
それから3ヶ月も経たない内に、進藤はアキラとの交際を宣言、七ヶ月後には華燭の典を挙げてしまったのだった。
 その宴で兄弟子として出席した緒方さんがひどく酔ったのは言うまでもない。
 言わなくてもいいげど。
 この結婚式で特筆すべきことは、緒方さんの度を超した酔っぱらいぶりでも、進藤のダチからカレシに成り上がれなかった男達のカラ元気でもなかった。
 列席者が核心を巧みにぼかしながらヒソヒソと囁き合っていたのは、新郎新婦がまだ共に17歳という年齢で挙式に踏み切った理由だった。特にアキラは17になったばかりだったので皆の詮索はどうしても、
もしや塔矢先生、早や初孫!?
と言う、下世話な話に及んでしまうのだった。
 それがわかっているのか、新婦進藤の母の顔は心なし強張っていた。もちろん、塔矢先生夫婦は何の憂いもない明るい笑顔だった。何たって、まだ早いという進藤母を説得し、式を挙げさせたのは先生夫婦だったのだから。
 「お母さんが挙げられる時に挙げておけって言うんだ。進藤はこれから女流タイトル戦も入ってくるから、時間がとれなくなるだろうって。」
 うん、うん、アキラ。
 誰もが納得せざるをえない理由で他人を言いくるめるのが奥様のお得意だもんな。
 でもほんとのほんとの本音はオマエじゃまだわかんないだろ。
 奥様はお気に入りの進藤で遊びたいだけ。そして先生は早く2人の子どもに碁を教えたいだけ。
 巻き込まれた気の毒な進藤夫人は、
「まだ振り袖も一度しか袖を通してないのに。」
とため息をついてた。
 この女性の考え方もちょっとズレてると思うけど。
 とにかく進藤は元気よく塔矢家に嫁に来た。
 アキラが18歳になるまで籍は入れられないけど。
 先生夫婦が留守がちな、あの大きな古い家で2人は新婚生活を始めたのだった。



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