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■ふぁみりー。(2)

 「こんにちはーっ!」
 その日オレが塔矢邸を訪れると、先生も奥様もアキラも留守だった。
 「いらっしゃい、芦原さん。」
 居たのは進藤一人だった。さっぱりとしたTシャツとジーンズの上に真っ白な割烹着を被ってと、すっかり塔矢家の若奥様モードになっている。
 「塔矢はちょっと出てるんだ。そこで待っててよ、芦原さん。」
 言われてオレは気安く上がった。本当なら人妻一人の家にこんな風に上がり込むのは無礼なんだろうけど、相手は未だにオレたち塔矢門下一同がヒカルさんとも若奥様とも呼べずにいる進藤だったし、
(その人妻を旧姓で呼ぶっていうのもどうかって話も笹木さん辺りから出たけど、夫のアキラ自身がいつまでも妻を進藤と呼ぶので、オレたちは良いことにしたのだった。)
 ま、良いか。
とばかりにオレはそのまま台所にまでついて行ったのだった。世の奥様方は台所に他人が入るのを嫌がることも多いようだったが、弟子が始終出たり入ったりする塔矢家では珍しいことではなかった。実際、アキラがまだ小さな頃は、奥様がいなけりゃオレたち2人で茶を淹れて運んだものだったし、オレは奥様のために何度か腕を奮ったことすらあった。
 そのオレの料理の腕前を聞いていたのか、進藤はオレの前に鍋を一つ差し出した。
 「芦原さん、オレ肉じゃが作ったんだけどさ、味が何かヘンなんだよ。どーにかなんないかな?」
「ん?」
見れば、煮染めたかのような色合いの肉もジャガイモも人参も何気に硬そうだ、と言うか、煮えた感じの柔らかさがない。
 「進藤、これどのくらい煮た?」
「三十分。」
 うーん。三十分なら文句なく煮えているはずだけど。
 オレはジャガイモを一つ摘んで口に放り込んだ。
「ぶっ」
不味かった。
 多分、人参とじゃがいもが煮える前に醤油やみりんをいれちまったんだろう。固くてごりごりして、しかも肝心の味付けもヘンだ。
 感じたままに言うと進藤はあの大きな瞳を更に大きく見開きブンブンと勢いよく首を横に振った。
 「オレちゃんとお母さんに書いてもらった通りに作ったぜっ!ちゃんと茹だってから調味料も計って入れたし!」
 うーん。進藤がウソつく必要は全然無いし。
 オレが首を捻っていると、進藤は冷蔵庫から大鉢を一つ取りだした。
 「これはさ、ちゃんと柔らかかったんだけど、やっぱり味がヘンなんだ。」
 差し出されたのはポテトサラダだった。
 肉じゃがとポテトサラダ。
 進藤。オマエの献立は無理がある。
 思いながら、またひょいと摘んで口に入れた。
 味は、
確かに、
ヘンだった。
甘いような、酸っぱいような、妙な味。
 「これもお母さんのレシピ通り?」
「レシピって何?」
「あー、作り方通り?」
 進藤はこくこくと首を振って紙を突き出す。
 うん。どう見てもマズイものの出来るレシピじゃない。
 「なぁ、どうしたらうまくなるかな?」
 進藤のくりくりした瞳で上目がちに覗き込まれ、
 緒方さんならきっと理性を失うような可愛さだったろうけど、
オレはにっこり微笑ってあっさり言ってやったのだった。
 「うん。これはもうどうにもならないぜ。」
 「やっぱし。」
進藤はがくんと肩を落とした。
 気の毒だが、事実は変えられない。
 「オレ、まだ、食卓に載せられる料理、作ったこと無いんだ。魚を焼けば炭にしちまうし、肉を焼けば中は生焼けで外は真っ黒、満足に出来たのは洗った野菜を千切るだけのグリーンサラダだけなんだっ!」
俯いたまま、ぶるぶると震える進藤のその肩をオレはぽんぽんと軽く叩いてやり、
「うん。つまりオマエには料理の才はないって言うか、全く向いてないってことだな。」
慰めたつもりだったが、進藤はいきなり天井を振り仰いだかと思うと大泣きした。
 「な、なに泣いてるんだ!?進藤!」
オレは慌てて宥めようとしたが進藤は泣きやまない。一層、声を高くするばかりだ。
「何だよ、進藤。料理が出来ないくらいどうってことないじゃないか。」
「どうってことあるよっ!オレこのままじゃ塔矢にふさわしい女になれねぇっ!」
 アキラにふさわしい女?
 今頃、何言ってんだ、オマエ。
 ふさわしかろうがなかろうが、アキラをゲットしたがったのはオマエだろ。
 オレは忘れない。
 あの日、囲碁サロンにやってきたオマエの姿を。



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