| ■■ふぁみりー。(4) |
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あぁ、何気に長い回想モードに入っちまってたなぁ。 オレはかりかりと頭を掻いた。 「このままじゃ塔矢にふさわしい女になれねぇっ」 と、叫んで大泣きしていた進藤はまだ泣きじゃくっていた。 「進藤、何つまんないこと考えてるんだよ。オマエ位アキラにふさわしい奴はいないだろ。女性棋士で本因坊リーグ入りしてるのはオマエだけなんだぜ。」 「でも、オレはエレガントじゃねぇっ。」 「は?」 慰めようとしていたオレはあんぐり口を開けた。 エレガント? エレガントな進藤ヒカル? それはズボラな塔矢アキラと同じ位この世に存在しないものでは? 「なに?オマエ、エレガントになりたかった訳?」 「違うよっ。でも塔矢家の人って皆エレガントじゃないかっ!お義父さんもお義母さんも塔矢もっ!」 確かに明子奥様はエレガントだけどさ。 でも、行洋先生やアキラをエレガントって言うのはどうなんだろう?先生もアキラも行動様式の基本はワイルドだと思うけどな、オレ。いや、あの奥様だって実はそうなのかもしれないけど。 うん。塔矢家の人たちは皆思い切りが良いからな。 皆、自分の思う通りに行動するから、自然、塔矢家には説得といものが存在しない。 息子が中学の部活で囲碁大会に出ると言っても、それは大人が子どものキャンディを取り上げるような大人げない行為だったのに、先生は形だけ注意したようなものだったし。 夫が明日からプロ止めるからと言っても、奥様は止めもしなければ、理由を聞きもしなかった。 そして両親が家事もろくに出来ない自分を古くて大きくて広い家に一人置いて海外に行ってしまっても、息子はうろたえもしない。 三人が三人とも自分の行く道を決めてしまえばそれに誰も口出ししないという家にあっては、常識的な性格の女性では耐えられないだろう。 そう、進藤みたいに他人にお構いなしに自分の道をまっすぐ突き進む奴でなけりゃこの家に入るのは無理なのだ。 院生時代にはいつも身振り手振りつきでひとりごとをしゃべっていたという、その己を恥じることなく堂々としていたという進藤。単に他人の視線に気付かなかっただけだとしても、いや、その気付かなさぶりが塔矢家にふさわしい、と、オレは思うんだけどなぁ。 当の進藤は一番気にしていたことを言って気が済んだのか、少し落ち着いたようだった。まだ鼻をグスグスさせていたが涙は止まり、あの大きな愛らしい瞳を瞬かせていた。 進藤は言った。 「この間お義父さんの為のパーティがあっただろ。」 「あぁ、棋士生活うん十年の記念のな。」 オレは思い出す。 あれは実質進藤の塔矢アキラ夫人としての初仕事のようなものだった。 先生と奥様とアキラと一緒に並んでお歴々に頭を下げ挨拶する。清楚な純白のワンピースを着せた進藤を傍らに置いて、奥様はとても満足そうだったっけ。進藤だってつたない敬語を精一杯使って、とびきり愛らしい笑顔で微笑みながら挨拶をして、頬の緩まない人はいなかった。 進藤の塔矢家の嫁としてのデビューは大成功だったのだ。 「オレ、あのパーティに出る前に緒方さんから特訓を受けたんだ。」 「へっ?」 思いもよらなかった。 「オレ、結婚前から緒方さんに言われてたんだ。オマエみたいなガサツな女に塔矢家の嫁が務まるものかって。考え直せって。」 オレは目眩を覚えた。 緒方さん、進藤がアキラとつきあい始めた後もあきらめずに頑張っていたのも、その割に特別な行為に気付いてもらえなかったのも知っていたけど、そこまで言っていたとは。 「他にもっと似合いな相手がいるだろうとまで言われてさ。」 そうか、そこまで言ったか。 「その時オレはきっぱり言ったんだ、絶対エレガントな女になってみせるって。緒方さん、余計な心配しないでよって。」 うんうん。その様子だと緒方さんのオマエにふさわしいのはこのオレだって心の声は聞こえなかったんだな。オレは緒方さんにちょびっとだけ同情する。 「そりゃぁ、塔矢はきれいで格好良くて凛々しくて、緒方さんが好きになるのも無理ないさ。でも塔矢が選んだのはこのオレなんだっ。塔矢はオレに一生側にいてくれって言ったんだっ!」 「ええっ!?」 「なんだよっ、芦原さんっ、疑うのかよっ。」 「いや、そーじゃなくて、何で緒方さんがアキラ?」 「だってオレにオマエは塔矢にふさわしくないって言ったんだぜっ。自分の方がアイツにふさわしいって思ってるからに決まってるじゃないかっ!」 き、決まってる、かな? 「緒方さんは自分が塔矢の嫁になりたいんだっ。自分より塔矢にふさわしい相手は他にないって思ってるんだっ。負けるもんかっ。塔矢はオレのもんなんだっ。」 「じゃ、何で緒方さんの特訓なんて受けたんだ?」 「緒方さんを納得させなきゃって思ったからさ。それになんだかんだってもあの人塔矢門下の一番弟子だから、間違ったことは教えないと思ったんだよ。」 「あーなるほど。」 そりゃ緒方さんは体裁を気にする人だからそりゃーよく教えてくれただろう。 「でも、無理だった。オレはあのパーティでエレガントな振る舞いなんて出来なかったっ。」 進藤はフルフルと震えていた。よほど悔しかったのだろう。確かに思い出しても、可愛いらしくてもエレガントではなかったもんな。 「特訓の時にはちゃんと優雅に微笑えたのにっ。敬語だって使えたのにっ。会場に行ったら全部頭からふっとんじまったっっ。」 オレはかける言葉もなく、ぽりぽりと頭を掻く。 でも、幸い進藤はすっかり独白モードに入っちまったので、オレのことはまるで気にしていなかった。っていうか、忘れていた。 「塔矢門下の一番弟子として立派に振る舞っていた緒方さんのすぐ側でっ。オレは塔矢家の嫁としてふさわしい女になれなかったんだっ。このままじゃ塔矢を緒方さんにとられちまうっ!」 「いや。進藤。それだけはないって。」 アキラの横で白無垢着てる緒方さんなんて想像しただけで吹いちまう代物なのに進藤は自分の考えに浸りきり全く聞き耳持たない。 「畜生っ。負けるもんかっ。塔矢はオレのだっ。オレだけのもんだっ。他の奴に渡したりするもんかっ。絶対、オレは塔矢にふさわしい女になってやるっ。だから、芦原さんっ、料理を教えてくれっ!」 一人で興奮し、一人で叫んで、一人で完結した進藤にいきなり話を振られたオレは目を空に泳がす。 この先天的な料理オンチにどうやってその決意をあきらめさせようかと考えつつ。 でも、それも杞憂だった。 それからまもなく塔矢家に、塔矢門下に一大ニュースが巻き起こった。 なんと、あの緒方さんが進藤と同じ奇病、突然女の子になっちゃったにかかっちゃったのだった。 緒方さんはしばらく呆然としていたが、ある日突然立ち直り、 「女になったからには最高の遺伝子を手に入れて最高の子どもを作ってやるっ」 と宣言し、塔矢先生に猛烈なアタックを開始した。 おかげで塔矢家には嵐が吹き荒れた。 先生の貞操を守る為、明子奥様が戦闘モードに入ってしまい、塔矢邸は戦場と化したのだった。最早、塔矢家の新妻に求められるのはエレガンスでもなく料理の腕でもなく、突撃してくる緒方さんを追い払う根性と体力だった。 進藤は良い嫁だった。 |
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─ fin. ─ |
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