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■ふぁみりー。(3)

 白いブラウスに赤いタータンチェックのジャケットとミニ丈のプリーツスカート、それに可愛いらしくぼこっとベレー帽まで被っちゃって。
 だから、オレたち、市河さんと常連さん達は、一目でわかっちゃったのだった。
 進藤。
 オマエ、アキラとお付き合いする気だな。
冴木くんからは、オマエが普段も男だった時と同じようにズボラなシャツとズボン姿で過ごしていると聞いている。対局に来る時は酒巻さんから注意されて上は上品なニットかカットソーにしているけど下はパンツばかりだ。
 そりゃ全部見てる訳じゃないけどさ、進藤がスカート履いてきた日には大騒ぎでオレの耳に入らないはずないもんな。
 その進藤がスカート。
 それもミニスカートっ!
 しかもまるでアキラの好み、事実かどうかはともかく皆が思いこんでいるのはそうなのだ、に合わせたトラッドなミニスカートっ!とくれば意図するところは明白だ。
 オレたちは固唾を呑んで見守ったね。
 あのやんちゃ坊主だった進藤の、清楚で愛らしいお嬢様への大変身に果たしてアキラはどう反応するのか。
 みとれるのか、頬を染めるのか、はたまた手にした碁笥を生まれて初めて取り落とすか。
フッフッフッ
 しかしオレたちの楽しい予想は見事に裏切られた。
 アキラはちらと目を上げ、
「遅いぞ。さぁ、早く打とう。」
眉一つ動かさず平然と碁笥を開いたのだった。
 一瞬、進藤の目が険しくなったのをオレたちは見逃さなかった。けれど進藤はそれ以上何も言わず碁石を取った。
 検討をした以外はこれと言った言葉もかけず進藤がさっさと帰ってしまった後。その後ろ姿にオレたちは新たな闘志が燃えたぎったているのを見たのだが。市河さんは何気なさそにアキラに聞いた。
 「今日の進藤君、可愛かったわねぇー。」
「え?」
盤上から顔を上げ市河さんを見た、そのまっすぐなまなざしのストレートなまでの曇りの無さに、へっと、呆けてしまったのはオレたちだった。
 あれを見て、ほんとに全く何も感じなかったなんて。
 思わず顔を見合わせてしまったオレたちの頭にとっさに過ぎったのは同じことだった。
 若先生。
 アキラくん。
 アキラ。
 頭が良くて、綺麗で、礼儀正しくて、凛々しくて。
 育ちが良くて、格好良くて、優しくて。
 碁の才は言うまでもなく、
天から溢れんばかりの才能を授けられた、あの塔矢大先生の一人息子は、もしかして、唯一つ、美的感覚だけは授けられなかったんじゃあ?
 考えれば、思い当たる節も無いではなかった。
 いつもあまり似合っているとは思えないトラジマのネクタイを締めてるし、おかっぱに似合うと思えないVネックのセーターやシャツを着ているし。
 今までそれはあまりにも資質に恵まれたアキラが他人から妬まれないよう、明子奥様が気を遣ってわざわざちょっと不似合いなように着させているのだと思っていたけど。
 案外、単にアキラ本人が適当に選んだだけだったりして。
 思いも掛けぬ侘びしい気持ちをオレたちが噛みしめているのも知らず、アキラは悠々と先程進藤と打った棋譜を並べていた。その顔はとても幸福な様子で、だから余計オレたちは侘びしくなってしまったのだった。
 アキラ、オマエ、進藤に求めるものがそれだけでいいのか?
 良かったんだろう。
 その後、進藤は囲碁サロンに棋院にと、アキラと出会う全ての場所にとびきり可愛いらしい格好で現れたが、
 誰がバックに居るんだか、進藤の愛らしさを引き出すためだけにわざわざ作られたと思われるその服は、流行とはかなり趣を異ならせていた。早い話、レースとリボンで飾られたコスプレ系だったのだ。
アキラを振り向かせるどころか、顔色を変えさせることさえ出来なかった。出来ないから進藤は一層ムキになり、より一層かわいいらしくなって出直してくるのだが、天から美意識を与えられなかったアキラには何のイミも無かった。
 進藤もいい加減気付けばいいのに、アイツも思いこみが激しいのか、どうも一旦思い込んだら修正は効かないらしい。
 必ずやオレの魅力でアイツをゲットする!
と、乙女心に誓ったんだかどうかは知らないが、迷惑なのは周囲の人たちだった。
 進藤が可愛いくなればなる程棋院ではソワソワする男子が増え、ついには告白に走る奴等も現れたが、無論ムダに終わった。
 そんな彼らを、
「最高の美少女は最高の男が手に入れるものだからな。」
身の程知らずな奴等めと、緒方さんは鼻先で笑っていたが、その自分が一番の被害者だった。自覚はなかったけど。
 進藤をゲットする為に車で送り迎えをしてやり、メシを奢ってやり、何気にプレゼントを贈っていたりしたが、
進藤本人には、
「機嫌のいい時って、緒方さんってほんと親切なんだぜ。」
只の気前の良さとしか受け取られていなかったことを知らなかった。 
 本当に気の毒だった。
 これ以上犠牲者が広がらない内に、緒方さんの傷が深くならない内に、進藤とアキラを何とかしなければっ!
 オレと市河さんはとりあえず誓い合ったが、はて、何をどうしたものかと思案している内にそれは起こった。
 その日、囲碁サロンに現れた進藤は何と振り袖を着てきてのだった。髪の先を結った風な感じでまとめ、古風な銀の簪まで挿して。
 そしてアキラの前に座り、珍しく直球勝負で言ったのだった。
 「なぁ、これ、似合うか?」
 真剣なその瞳を覗いたアキラは少し目を瞬いた。初めての反応だった。
 言ってみるもんだな、進藤。
 オレたちはかすかな希望を胸に息を詰め成り行きを見守っていた。
 アキラは言った。
「そういうのは女の人に聞いた方が良いんじゃないか?」
 本人は真剣に思ったまま答えたのだ。兄弟子のオレには分かる。
 でもっ。でもなっ。アキラっ!
 目の前で頬を強張らせていく進藤の様子にも気付かずアキラはカウンターの方を振り返り、
「市河さぁんっ!」
と呼んだ。
 途端、進藤は椅子を蹴って立ち上がり、
「バカヤローっ !!」
振り袖の両袖を蝶のようにひらめかせ、ダッシュでサロンを飛び出した。
 「進藤!?打たないのかっ!?」
 ここに至ってまで碁バカ丸出しのアキラにブチっとキレたのはオレたちだった。
「アキラ!」
「アキラくん!」
「若先生!」
 皆に囲まれ、詰め寄られ、アキラはさすがにびっくりしたようだった。
 「どうしたんです?皆さん。」
「どうしたもこうしたもないわよっ。アキラくんっ。見損なったわよっ!」
「市河さん?」
「進藤くんはねっ。アキラくんに見て欲しい一心でわざわざ面倒な振り袖を着てきたのよっ。それを褒めてもあげないなんてっ!」
「え?」
 心底戸惑うアキラに市河さんは更にたたみかけた。
 「今日だけじゃないわ。これまでだってずっとアキラくんの為だけに一生懸命おしゃれしてきてたのに、アキラくんったらちっとも気付いてあげなくて!もうっ。あれじゃ進藤くんが可哀想だわっ!」
 「そうですぜ、若先生。ちったぁ女心って奴も判ってやらんと、アイツが可哀想ですぜ。」
 「えーと、でも進藤はこの前まで男でしたから。」
「時間の問題じゃありませんよ。恋をした時から女の子の時間は始まるんですよ。」
 それはちょっと違うと思うんだけど、広瀬さん。
 でも皆はうんうんと頷いてうっとりと天井を仰いでいた。
 おじさんは少しだけリリカルな生き物なのだ。
 けど、リリカルでアキラは説得出来ない。
 オレはため息を一つついてみせ、おもむろに言い放ったのだった。
 「アキラ、進藤の奴もうここには来ないかもしれないぜ。」
 途端にぼーっとしていたアキラの顔色が変わった。
 「何故です!?芦原さん!」
 「オマエのニブさに傷ついた進藤が他の男の胸に飛びこんじまったら、そりゃここにはもう来ないだろうよ。」
「何故ですっ!?」
 アキラは本気で判らなかった。真剣な眼差しでひしっとオレを見詰め説明を求めていた。
 オレはふーっヤレヤレと言った感じで肩を竦めて首を振り言ってやった。
 「だからさ。進藤が他の男とお付き合いを始めちまったら進藤はそいつの彼女だろ?」
 顎に手を添え首を捻り想像してみてからアキラはうんと頷いた。それ位は判るんだな、嬉しいぞ、オレは。
 「自分の彼女が他の男としょっちゅう会ってて嬉しい奴がいるか?」
 アキラは考えてる。頷かない。ここからは判らないんだな。オレも皆もちょっとそのニブさに哀しくなる。
 「そんな奴いないだろ。誰だって絶対嫌がるぜ。“アイツとはもう会うな”って進藤に言って終わりだよ。」
「何故です!?大体何故進藤がその人の言う事を聞くんです!?」
「おつきあいしてる男の言う事を聞きたくなるのがお付き合いってことだからさ。」
「そんなのボクには納得できません!進藤がその人に禁じられた位でボクと碁を打ち合うのを止めるなんてっ!」
 アキラの叫びには確信がこもっていた。
 実はオレだってそう思うのだ。
 もし仮に進藤がアキラをゲットしようとか考えず、フツーに他の男にコクられ付き合っていたら、それでソイツにアキラと打つのを非常に嫌がられたりしたら、速攻、ソイツを振っちまうだろうなぁーと思うのだった。
 “オレと塔矢とどっちが大事なんだっ!?”
必死の形相で迫る男と、
“あぁっ!?何言ってんだ?バカかオマエ。塔矢の方に決まってるじゃんかっ。”
当たり前のように答える進藤の姿が目に浮かぶようだぜ。
 でも今はアキラの前でそれを気付かせてはいかんのだ。
 オレはさも自信たっぷりに、人生の全てを判りきったようにまた一つため息をついてみせた。
 「アキラ。オマエと進藤が碁を打ち合ってオマエとアイツ2人だけの世界を築いているところを見せつけられてみろよ。オトコにしたら耐えられないぜ。オトコに泣かれたらアイツだってオマエよりソイツを取るぜ。そしてオマエが進藤と打つ機会は対局場以外では無くなるんだ。」
 それはさながら死刑宣告のようだった。
 アキラは真っ青になりガタガタと震えていた。椅子が揺れる。机が揺れる。碁笥もつられてカタカタと鳴っている。
 さすがに横では市河さんや常連さんが、
芦原さんっ言い過ぎっ
って顔をしていたが、皆は判ってない。
 アキラはここからがアキラなのだ。
 そう。
 突然、震えが止んだかと思うとアキラはくわっと両眼を燃え上がらせ駆けだした。サロンの自動扉が開く間もなく、体を半分ぶつけるようにして飛び出し、凄い勢いの足音だけをサロンに残した。
 階段、降りてったな、アイツ。
 途中、ガタタッって踏み外して滑ったらしい音がした。
 でもそんなことアキラは気にも留めないだろう。
 オレたちは程なく人波を掻き分けるように道を走るアキラを廊下の避難窓からみとめた。
 進藤の家まで追ってく気かな、アイツ。
 後を追って成り行きを見守りたい気持ちもあったが、オレたちは追わなかった。
 ここからは2人だけの世界。
 がんばれ、進藤。
 がんばれ、アキラ。
 これ以上、不幸な犠牲者を増やさないでくれ。
 翌日。
 アキラと進藤は仲良く揃って現れた。
 「塔矢がオレに一生側にいてくれって言ってくれたんだ。」
 報告する進藤の瞳は幸福で煌めいていた。
「キミのいない人生なんて耐えられないっ!てそこまで言ってくれたんだっ!。」
 輝いている進藤の様子にオレたちはちょっと不安になった。  
 それはフツープロポーズの言葉だが、アキラ、そのつもりで言ったのか?
 でもオレ達の不安を拭うようにアキラの瞳も輝いていた。
 「進藤が一生ボクの側にいてくれるって約束してくれたんです。ずっとボクと打ち続けるって!」
 幸福なアキラの様子と裏腹にオレたちの不安はぶり返し深まってしまった。
 この2人。
 お互いにお互いの言葉を誤解してるんじゃあ?
 オレたちの心配を余所にアキラと進藤はその後も仲良くケンカしながら打っていた。
 互いの誤解がいつか明らかになるのでは?
 それは今日か明日か明後日か?
と、オレたちは恐る恐る見守ったが案ずるより産むがやすしというか、気付けばアキラと進藤はいつの間にかいちゃいちゃと手をつなぐ仲にまで発展していた。
 どこで何がどうなったのか。
 どんな悪手が好手に化けたのか、どんな勝負手が放たれたのか、想像も出来なかったが。
 とにかく2人は盤外でも2人だけの世界を造り上げるようになったのだった。



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