21st Cherry Boy






 どたどたと階段を下りる音、ガタンと一部激しい音がしたのは、一段段差を踏み間違えたからかもしれない。ヒカルは唖然とアキラが消えたドアを見送って、取り残された自分に気づき、どうしようもない羞恥に足を閉じて膝を抱える。
「何やってんだよ……こんなカッコで取り残すなっつうの」
 恥ずかし紛れにぶつぶつ悪態をついていると、再びどたどたと階段を上がってくる音がする。あれが塔矢アキラから発せられる音だと思うと、煽られていたヒカルの情欲もなんとなく冷めていきそうになる。
 開けっ放しだったドアにアキラのシルエットが戻り、真っ直ぐ近づいてくるその勢いに圧倒されるまま、ヒカルはアキラに圧し掛かられていた。
「お、おい、塔矢」
「力抜いて」
 ヒカルが何か言う間もなく、再度身体の奥に当てられた指の感触がヒカルを強張らせる。
 力を抜け、と言われてもそう簡単に抜けるものではない。ましてや先ほど感じた痛みは相当だった。恐怖が身体に力を入れてしまう。
 ところが、当てられた指先がぬる、と滑り込むように奥に吸い込まれた。
「う――」
 痛みはあった。異物が押し入ってくる違和感と圧迫感。けれど先ほどのような無茶な入り方ではなく、何かが指を滑らせる手伝いをしているようだった。
「おま、何……塗った?」
 絶え絶えの呼吸の中からヒカルが必死で言葉を繋ぐ。
 アキラは指をゆるゆると動かして、時折ぐっと深く差し入れてくる。ヒカルはその慣れない動きの気味悪さにひっと引き攣ったような声をあげた。
「大丈夫、身体に悪いものじゃないから」
 アキラはそう囁くと、差し入れた指に中指を追加する。ヒカルが呻き声を漏らす。
「進藤、……きつい?」
「あ……たり前、だろ……っ!」
 それでも嫌だと言わず、歯を食いしばって痛みやら何やらを堪えているヒカルがいじらしくて、かろうじて繋ぎとめていた理性から優しさが手を離していく。
 指を動かすたびに漏れるヒカルの声は、喘ぎ声なんて色っぽいものではなかった。相当辛かったのだろう、恐らくヒカルは自分が涙を零していることにも気づいていない。
 そんなヒカルの頬に口唇を寄せて、アキラは指を引き抜いた。ヒカルがほっと力を抜いたのも束の間、アキラが腰を抱えようと手を添えたことに気づき、充分痛みを味わった身体が怖気づく。
 ぎゅうっと力の入ったヒカルの両脚をぐっと押し広げ、アキラは先ほどからはちきれそうになっている自分の分身をヒカルの最奥に添える。
 ヒカルはこれ以上ないほどきつく目を瞑った。
 ぐ、と頭を潜らせるその大きさは指の比ではない――ヒカルの目尻に再びじわりと涙が浮かんできたが、身体を割られるような痛みはそこで止まる。
「……?」
 動く気配がないアキラを不審に思って恐々目を開けると、先端だけをヒカルの中に押し当てたまま、アキラは硬直していた。
「塔矢……?」
 俯きがちのアキラの顔を長い髪が隠し、表情が見えない。こんな格好のまま制止されて、ヒカルはどうしたら良いのかともじもじ視線を巡らせる。
 アキラはいっぱいいっぱいだった。
(――ごめんなさい。もう無理です)
 誰に謝るべきなのかは分からないが、今のアキラなら万物に頭を下げるだろう。
 先端を入れたはいいものの、そこから前にも後ろにも動かせなくなってしまった。すでに爆発寸前なのである。
 今なら針の先ほどの刺激でさえアキラを放出させるのに充分だろう。あまりに興奮しすぎたそこは、頭を突っ込んだだけで完全に満足してしまっているようだ。
(こ……これじゃあまりにも……)
 早すぎる。
 早いなんてもんじゃない。三擦り半という言葉だって、少なくとも三回半は擦っているわけだ。ところが今は擦るどころかちょっと入れただけである、しかもほんの先っちょ。
 腹の下で苦痛を忘れて不思議そうに自分を見上げるヒカルの視線が痛い。ヒカルだっていつまでもこんな格好で固まられていたら困るだろう。しかし動けない。
「塔矢……、大丈夫か……?」
 心配そうなヒカルの声が身体のあちこちに突き刺さる。
 ああ、頼むからこの間に萎えて欲しい。せめて三回くらい擦らせて欲しい。
「お、俺……平気だから、入れて、いいよ」
 ヒカルの優しさは心臓を抉らんばかりだ。
 アキラは答えられない。何か返そうと言葉を発するために腹に力を入れただけで、下半身は制御を失って一気に放出してしまいそうになる。
 そんなアキラに焦れたのか、ヒカルがもぞもぞと動き始めた。
「ま、待って、進藤、動かな――」
 仕切り直ししようとでも思ったのか、ぐっとヒカルが腰を捻り、すぽんと抜けたその先端は――その僅かな刺激に耐え切れず、ヒカルの内股にぼたっと熱い液体を零してしまった。

「……」
「……」

 闇に消えてしまいたい。
 ヒカルは脚を開いたまま、自分の内股を伝う液体の行方を凝視していた。
 アキラは最早顔を上げる元気もなく、項垂れたままそろそろとヒカルに背を向ける。
 これまで生きてきて感じた絶望の中で、あっという間に今夜がナンバーワンに躍り出てしまった。この場に日本刀があったら迷わず腹を掻っ捌いただろう。いや寧ろ、ヒカルに斬ってもらいたい。
「……塔矢」
 背中にかけられる声が優しくて、アキラは泣きたくなった。
 ヒカルの手がそっとアキラの肩に触れる。
「その……、き、気にすんな」
 その優しさは今は辛すぎる。ぐっと強張って山鳴りになったアキラの肩を、ヒカルは後ろから静かに抱き締めてきた。
 ヒカルの頬が肩甲骨に当たる。柔らかい感触に、アキラはまた少し惨めになる。
「ホントに……気にすんなよ……。俺、……、……シアワセ」
 アキラの胸がぎゅっと切なく締め付けられる。
 思わず振り返って、背中にしがみついているヒカルを見下ろした。
 上目遣いのヒカルと目が合う。
「……ホントだよ」
「進藤……ホントに?」
「ホントだって。……シアワセ」
 口唇を少しだけ尖らせる仕草は、照れ隠しの証拠だとすでにアキラは分かっていた。
 どうしようもなく息苦しくなって、アキラはヒカルの腕を振り解くように振り向き、ヒカルの身体をきつく抱き締める。
 はあ、とヒカルの苦しげな吐息が耳にかかった。
「ごめん、進藤……ボクが不甲斐なくて」
「も、いいって……。こやってくっついてるだけで、俺マジでシアワセだから」
 顔を合わせていないからこそだろうか、普段なら言ってくれそうもない言葉を惜しみなくくれるヒカルが愛しくて仕方ない。アキラは腕の中の最愛の人を力の限り抱き締めた。
「おい、苦しい、馬鹿力……」
「進藤……好きだよ」
「……俺もお前が好き」
 恐らく今夜の出来事は初エッチには満たないものかもしれない。
 それでも初めて重ねたお互いの肌の熱さが、二人の胸を酷く高鳴らせるものだと知った。結果としては中途半端だったが、抱き合うだけでも充分かも、とヒカルは本気で思っていた。
 アキラは次なる機会のため、本気で勉強することを誓った。一に努力、二に努力。これまでもそうして碁を高めてきた彼は、愛する人とのセックスも同じくらい重要なものだと判断したらしい。
 手を繋いで眠る二人は、片方は安らかに、片方は野望に燃え、それぞれの夜を過ごした。




 ***




 翌日、名残惜しげにアキラと別れて、浮かれ気分が冷めやらぬまま両親の帰宅を迎えたヒカルだったが。
「ヒカル、あんた料理したの?」
「え?」
 夕べは日が落ちて、すぐベッドに雪崩れ込むハメになったので何も食べていない。今朝はさすがに空腹だったためアキラと一緒にパンを焼いたが、キッチンに立った記憶はなかった。
 母親の声に導かれて台所を覗くと、そこにはどんとサラダ油が乗っていた。
「しまって出かけたはずなんだけど。あんた、油何かに使った?」
 ヒカルの頭が真っ白になる。
 まさか、……まさか――



 ――塔矢のアホーっ!!


 ヒカルの叫びは声にならず、自宅に戻ったアキラは早速勉学に励むべく本屋にいそいそ出かけて行った。






なんかもうひどすぎる。
ゴムにチン毛挟んだ某赤騎士よりある意味ひどい。
しかしこの状態から「HONKY〜」まで
あと1年ちょっとしかないので、
若には飛躍的にレベルアップしてもらわねば。
(BGM:21st Cherry Boy/BUCK-TICK)