21st Cherry Boy






 灯りの消えた部屋で、ヒカルはベッドに浅く腰掛け、じっとアキラが戻ってくるのを待っていた。
 まともに顔を合わせると恥ずかしくて仕方がないから、予め電気を消しておいた。どうせどれだけ知らない素振りを見せたって、これからやることはお互い分かりきっているのだ。変に気まずくなるよりもこのほうが潔いだろう。
 薄いカーテンは月明かりを透かし、部屋は僅かに家具の輪郭が分かる程度には明るい。至近距離で見つめ合えば、表情も分かってしまうに違いない。
 物音が外に漏れるのを怖れて、窓は完全に閉め切っている。蒸し暑い空気の中、先ほどシャワーを浴びたばかりの身体は僅かに汗ばんでいた。
 心臓は相変わらず落ち着かない。ついさっき、雑誌のことで動揺したせいもあるだろう。
 大丈夫、大丈夫。ヒカルは自分に言い聞かせる。
 女の子じゃないんだから、そんなに緊張する必要はない。自分は転がってればアキラが何とかしてくれる。そう、大丈夫。
 同じ頃アキラも、階段を見上げてじいっと二階を睨んでいた。
 部屋ではヒカルが待っている。どんな表情でアキラを待ってくれているのか、想像するとまた頭に血が昇りそうだったため、アキラはあえて心を無にしようと努めていた。
 階段を一段一段上がる足音が妙に静寂に響く。心臓はすでにはちきれんばかりに踊り、耳元の脈はどくどくと鼓膜を揺らす。
 ドアノブを握る手のひらはすっかり汗をかいている。アキラは慌てて手のひらをズボンに擦りつけた。
 ごくりと息を呑み、意を決してドアノブを捻る。開いたドアの隙間から飛び込んできた景色は、驚くことに真っ暗だった。
 ヒカルもまた、息を呑んだ。開いたドアの向こうで、階段を照らす灯りを背負ったアキラのシルエットが浮かんでいる。闇に差し込む光が眩しくて、ヒカルは顔を逸らした。
「塔矢、灯り、消せ」
 顔を見られるのが嫌で、ヒカルはそれだけ告げた。声が引っかかる。少し喉が渇いていた。
 少しの間の後、パチ、という音と共に再び闇が訪れた。アキラは暗闇で一瞬ヒカルの影を見失う。
 一歩部屋の中に踏み出して、そっとドアを閉めた。狭い空間に二人だけ、アキラは手探りでベッドに近づく。
 何度も瞬きを繰り返すうちに、やがて闇に慣れてきたアキラの目がヒカルの輪郭を捉える。アキラは乱れる呼吸を押し殺しながらヒカルの前に立ち、そっと身を屈めた。
 手を伸ばし、ヒカルの頬に触れる。暗闇でよかったとアキラは安堵した。震える指先を見られずに済む。
 ヒカルは、頬に触れる冷たい指先に目を閉じた。情けなくも身体はガチガチに固まっている。強張った肩から力を抜こうと、ふっと息をついて全身が緩んだ瞬間、口唇を柔らかい熱が包んだ。
 再びビクリと縮み上がった身体が、アキラに肩を押されて呆気なくベッドに転がった。ヒカルの身体を上から覆う気配にぎゅうっと目を瞑る。
 アキラは倒れたヒカルの上にずり上がり、ヒカルを挟んでベッドに膝をつく格好になった。自分の体重を支える腕がぶるぶる震えている。その震えをヒカルに気取られたくなくて、アキラは肘をつき、そのまま深く頭を下げてヒカルの口唇を捕らえる。
 啄ばむようなキス。ちゅっと漏れる音が妙に扇情的で、何度でもキスしたくなる。繰り返し繰り返し小さなキスを交わして、ヒカルの四肢から緊張が解れてきた頃、アキラは深く口唇を合わせてきた。
 口内に滑り込んできた舌を感じて、ヒカルの身体が再び強張っていく。暖かなそれは自身が意志を持っているように、ヒカルの上顎をくすぐるように撫でていく。
 ぞくっと背中を走る甘美な感触に、ヒカルは自然と顎を上げていた。目を閉じた真の闇の中、口の中を優しく蹂躙されて、このまま闇に溺れてしまいたくなる。
 ヒカルの腕がおずおずとアキラの二の腕を滑り、その背に触れた。弱々しい動きにアキラの身体にも力が入る。
 舌と口唇を絡ませたまま、アキラはヒカルのシャツのボタンに手を伸ばした。目を閉じた状態で指先で探るが、うまく外せない。仕方なくアキラはキスしたまま目を開き、薄闇でボタンを外そうと奮闘するが、口唇を動かしているとどうも集中できない。
 遂にとまってしまった口付けに、ヒカルは思わず状況確認のため目を開いた。
 必死の表情でボタンと格闘するアキラを見て、ヒカルは少し目を丸くした。アキラも一瞬視線をヒカルに移して、そうして二人は口唇を合わせたまましばし気まずく見つめ合った。
「……」
「……」
 アキラはそっと口唇を離した。
(マズイ……)
 ――やってしまった。手つきがあまりにたどたどしくてヒカルに不審がれらた――
 嫌な汗が額に浮かぶ。震える指は想像以上にうまく動いてくれない。その上慣れない他人の服を脱がすなんて、経験値の少ないアキラに簡単にできる芸当ではなかった。
 しかしそんなアキラの焦りをよそに、ヒカルは軽く上半身を起こすと、自らボタンを外し始めた。もぞもぞと動くヒカルの手に目を奪われていると、少し怒ったような声が飛んでくる。
「……お前も、脱げよ。俺ばっか、ハダカにする気かよ」
 小さな声は掠れていて、ヒカルもまた緊張していることがよく分かる。アキラは慌てて自らの服に手をかけた。
 しばし、ごそごそと衣擦れの音が響く。お互い無言だった。服を脱ぎきった後のことはなるべく考えないようにして、ヒカルはちらりとアキラを横目で盗み見る。
 ちょうど、アキラは脱いだシャツから腕を引き抜いたところだった。闇に浮かび上がる、ヒカルよりも少しだけ広い肩幅の輪郭に、ヒカルの喉がごくりと音を立てる。
 ――和谷とほとんど裸で寝っ転がっていたときは何にも感じなかったのに――
 暗闇の中でも分かる、アキラの引き締まった上半身。
(コイツ、着痩せすんのか……?)
 そういえば、これまで何度も抱き締められた時、思った以上にヒカルの身体はすっぽりアキラの腕の中にハマってしまっていた。見た目よりずっと広いアキラの胸が、今まさにヒカルの目の前で素肌を晒している。
 どうしようもなく全身が熱くなって、ヒカルは動きを止めてしまった。
 固まったヒカルに気づき、自身のベルトに手をかけようとしていたアキラも動きを止める。お互い上半身は脱ぎ終わったが、下はまだ穿いたままだ。
 一人だけ先走って脱ぐのも恥ずかしい。アキラはちらちらとヒカルの様子を伺う。その視線に気づいたヒカルも、気まずげにアキラをちらちら見返しながら、やがて二人は意を決したように頷き合い、えいっと一気に下半身を纏っていたものを脱ぎ去った。
 全裸になって間髪おかずに、アキラはヒカルを抱き竦めた。間が空けば空くほど羞恥が襲ってくる。もうこのまま一気に雪崩れ込んでしまいたい。余計なことなんか考えないように。
 何も身を包むものがなくなって、初めて抱き合った素肌の熱さにヒカルは眩暈を覚えた。脈打つ全身の震えがダイレクトにアキラに伝わっているだろう。酷く恥ずかしいのに、温かく滑らかな肌の中は心地良い。
 アキラもまた、くらくらする頭を支えながら、初めて触れるヒカルの肌に理性を失いかけていた。
 骨ばっていて、柔らかさなんて微塵もないのに、滑やかで艶かしい。耐え切れず、その首筋に口唇を当てる。
「あっ」
 思わず漏れた声に、ヒカルは慌てて口を塞ぐ。
(な、なんで声が!?)
 目がチカチカして息苦しい。聞いたことのない自分の声に、ヒカルは自分で自分が信じられなくなる。
 アキラの口唇が鎖骨を滑り、胸へと降りる。ぞくぞくと粟立つ背中や脇腹がくすぐったくて身を捩り、それでも心底嫌がってはいない自分の身体にヒカルは羞恥でいっぱいになった。
(ヤバイ、ヤバイってこれ)
 ひょっとしてこれは、「感じる」とかいうやつなのだろうか。他人と肌を合わせるのは初めてなのに、初めてでもこんなことあるのだろうか。
 それとも、アキラだから? アキラの手や口唇だから、自分の身体はこんなにおかしくなってしまうのだろうか――ヒカルの意識はゆらゆらと情欲に揺れ始めた。下肢に熱い昂ぶりが生まれてくる。
 アキラは必死だった。腰を浮かせているからヒカルにはバレていないだろうか、実は下半身のものはすでに尋常じゃないことになっている。
 しかし、ヒカルの身体に突然無茶なことをしてしまえば、相当な痛みが伴うことは分かっていた。元々男性を受け入れるようにできている女性でさえ、初めての時はかなりの激痛だというではないか。
 息を吹きかけただけで吹っ飛びそうな理性を必死で繋ぎとめ、なるべくヒカルを怖がらせないように身体のあちこちに触れてやる。上手いか下手かと聞かれたら正直ヘタの部類に入っただろうが、それでも愛情だけはたっぷりこめて、アキラは覚束ない手つきでヒカルの身体を愛撫した。
 そうしてそろそろと下ろしたアキラの指が、ヒカルの中心で頭を持ち上げているものに微かに触れると、お互いにビクリと身を竦めてしまう。
 ヒカルは、触れられるまで自分の下がそんなことになっているとは気づいていなかった。
 アキラもまた、ヒカルが自分の手でここまで興奮してくれているは思っていなかった。
 アキラは一度引っ込めた指を再び伸ばし、硬くなりかけたものをそっと包む。
「やめっ……」
 ぎょっとしたヒカルが身を起こしかけたのを、アキラはキスで押し留めた。
「んう……」
 口唇の隙間からヒカルの涙交じりの声が漏れる。アキラの胸が痛んだが、それでもキスをやめなかった。
 指で、ヒカルの分身をそろそろと撫でる。ヒカルの腰がびくびくとその都度反応する。初めて触れた他人の熱を、アキラは酷く愛しいと思った。
 アキラの指に力がこもる。
「ん、んん」
 ヒカルは首を弱く振り、アキラに何かを懇願しているようだった。アキラは構わずにヒカルのものに絡み付けた指の動きを早め、くっきりと浮かび上がる筋に中指を添わせて更に擦り上げる。
「んん、んー!」
 ヒカルの腕が強くアキラの肩を突っ張った瞬間、アキラの手の中で硬く反り上がっていたものがビク、ビクと震えた。同時に手のひらを温かいものが濡らし、しっとりと肌にへばりつく。
 ヒカルの身体からがくっと力が抜けた。離れた口唇の間に細い糸が引かれ、ようやく解放されたお互いの呼吸は荒かった。
 アキラはそっと手を離し、手の中に吐き出されたものをまじまじと見る。それに気づいたヒカルが慌ててアキラの手首を掴み、アキラの目につかないように引っ張った。
「み、見んなよ、拭け!」
 ヒカルが指差した先にあるティッシュペーパーらしき物体に、仕方なくアキラは手を伸ばす。拭き取ってしまうのはなんだかもったいない気がしたが、そんなことを言ったらヒカルはまた真っ赤になって怒るだろう。
 しかし、ヒカルが先に欲を開放したことは、少なからずアキラに自信を与えた。
 自分の働きでヒカルが気持ちよくなってくれることが純粋に嬉しい。もっともっと全身を愛してあげたいと思ったが、如何せんアキラの中央部分もそれなりの主張をし始めている。
 アキラは起き上がってしまったヒカルの肩にそっと手をかけ、耳元に口唇を寄せて囁いた。
「……しても、いい……?」
「……」
 ヒカルの喉が上下して、それでも僅かな躊躇いの後にヒカルは確かに頷く。
 ――アキラの言葉が「入れてもいいか」という意味だというのはヒカルにも分かっていた。
 肌を合わせた興奮に伴って、他人に触れられたことのない部分を擦り上げられ、なんだか分からないうちにイカされてしまって恥ずかしくないわけがない。
 その上これからアキラにひっくり返されて、足を開くなんてことを考えたら憤死してしまいそうなほど恥ずかしかったけれど、アキラがそれを望んでいるなら受け入れてあげようと思った。
 恐怖は相当だ。そのくせ覚えたばかりの快楽も胸の奥から沸き起こる。ヒカルは、もう何度目か分からない「大丈夫だ」という呟きを自分に囁き、そっとアキラの首に腕を回す。触れた首筋はほんのり汗ばんでいた。
 首にヒカルの腕を感じて、アキラは何かに攻め立てられるような衝動を胸の内に覚えた。ヒカルの細い身体をベッドに押し倒し、性急すぎる動きでヒカルの足の付け根の最奥、その入口に人差し指を添える。
「痛!」
 まだ頭を潜らせるかそうでないか、程度の動きで、ヒカルの全身が悲鳴と共に跳ね上がった。
 思わずアキラは指を引っ込める。
「い、痛い?」
「う、うん……、もうちょっと、ゆっくり……」
 ヒカルは目をきつく閉じ、苦しそうに口唇を引き締めている。
 そんなヒカルを見下ろして、アキラの背中に焦りが見え始めた。
 触れたヒカルのその部分はしっとりと膨らんではいるものの、指を潜らせるためには肉を押し割っていかなければならない。それが酷く苦痛らしく、ヒカルの表情は一向に和らがない。
 何か指を滑らせるようなものがあれば、とアキラはその事実に気づいた。女性と違って自ら濡れる訳ではないのだから、自分で濡らしてあげなければならないのだ。
 そうしてアキラの頭がパニックを迎える。こんなことなら、さっき拭けと言われたヒカルのものを拭かずにとっておけばよかった。ヒカルが聞いたらぶん殴られそうな考えは、アキラの頭の中だけで留まって幸いだった。
 何か滑るもの。滑るもの。ヒカルに負担を与えずに、すんなり指が入るようなもの……
(――そうだ、アレだ!)
 アキラはがばっと身体を起こし、その下で呆然とアキラを見上げるヒカルに「ちょっと待ってて」と低い声で告げると、素っ裸のまま暗闇の部屋を飛び出していった。






このひとつ前のお風呂くらいから、
一度書いたものをもっかい全部書き直しました。
書き直す前の若は、若というより
ただのちんこだった。