Come across you






 翌朝の朝刊には、時効寸前で逮捕された放火殺人犯の記事が一面に掲載されていた。
「全て認める供述を始めたそうだな。まるで取り憑かれたように口を開き始めたとか。当時の状況も細かく覚えているそうだ」
 右手に持ったパンをかじりながら、マイクロトフは左手で持った新聞に目を通していた。
「彼女の言った通りってわけか」
 湯気の立ち上るコーヒーをすすり、マイクロトフに向かい合うカミューも、テレビで流れるニュースの映像をぼんやり眺めていた。
 被害者の写真がテレビ画面に写される度、複雑な気持ちになる。
「無事にいけたかなあ」
「当たり前だ」
 昨日、強力な悪霊と一戦交え、初めての昇華を経験したマイクロトフは、疲労のためかカミューの家に着くなりぐっすり眠ってしまった。仕方なくカミューはマイクロトフを泊まらせたところ、翌朝逆に不思議な朝食の匂いで起こされたのである。
 テレビに現れる彼女と彼の幸せそうな写真。とうとう最後まで本当の彼の顔を見ることはできなかったが、写真の中の彼は穏やかで優しそうな男だ。この彼が、恨みの心からあそこまで巨大な怨霊になってしまうなんて、未だに信じられない。
「なあ……マイクロトフ、死んだら魂が浄められて新しく命をもらうって言ってたよな。それって生まれ変わりってこと?」
「そうともいうな」
「じゃあやっぱり前世ってあるんだ」
「長い生の営みの中で、一体どの命を自分の前世というのかは難しいところだが……土から産まれ、土に還る過程の中で、ほんの僅かな過去の記憶が残っていることもあるだろう。人とは限らない。獣や植物や、命あるもの全て土に還る。そしてまた土から産まれる。長い長い繰り返しだ。いつかどこかで、過去に出逢った命と再び出逢うこともあるかもしれないな」
 マイクロトフは新聞を閉じ、テーブル脇に置いた。
 正面のカミューを見つめ、どこか懐かし気に微笑む。
「ひょっとしたら、俺とカミューはその前世で一緒だったことがあるのかもしれないな。」
「え? な、なんで?」
「俺の霊力はお前がいないと発揮できなかった。前から思っていたんだ。お前は特別かもしれないって」
 カミューの胸の奥で、何かがどんと心を叩いた。
「初めて会った時から、なんとなくしっくり来るような気がしていた。間違っていなかった。」
「わ、私にはよく分からないけどさ……」
 マイクロトフは飽くまで無邪気にそんなことを言うのだが、それが余計にカミューを落ち着かなくさせる。
(これじゃまるで……)
 恥ずかしげもなく、自分のことを特別だと言って憚らないマイクロトフ。
(愛の告白みたいじゃないか!)
 カミューは汚れない目の前の男が恥ずかしく、羨ましくもあった。
「それにカミューは鍛えれば相当なものになると思うぞ。昨日は念写までできたんだからな」
 マイクロトフの目がきらきらと輝き、夢見がちに昨日のことを思い出しているようだった。
「本当にあれが私の力かどうか分からないよ」
 カミューはため息をつきながら、コーヒーをもう一口すする。
 あれからマイクロトフが眠った後、自分でも何度か試してみたのだ。紙を手に挟み、思い浮かんだ景色をひたすら念じる。念じる。念じるが……紙はただの紙だった。
(やっぱり彼女がどうにかしたとしか思えないじゃないか)
 少し前まで何の力もなかった自分が、突然特別な能力を手に入れるなんてちょっと現実離れしすぎている。
「そんなことはない、あれはお前の力だ。もっと修行を積めばきっとコントロールできるようになる!」
 カミューはがくっと頭を垂れた。
 マイクロトフがどことなくわくわくしているように見えるのは、一緒に修行することを期待しているからなのだろう。――内心勘弁してくれ、と思ったカミューは、しかしそれを口には出せなかった。
「これからもよろしくな、カミュー」
 マイクロトフはぐったりとコーヒーを置いたカミューの手をすかさず捕まえ、固く握手をする。思わずかあっと頬が熱くなるのが分かったカミューは、慌ててその手を引っ込めた。
「さ、さあ、私は会社に行くから、お前も出れるようにしておけ! 朝は忙しいんだぞ!」
「何で声が裏返ってるんだ?」
「どうでもいいだろ!」
「俺の作ったスープが残ってるぞ」
「〜〜〜、たまには料理の修行も積んでくれ!」

 廻り来る命の流れ、いつかどこかで出逢っていたかもしれない誰か。
 過去の記憶はなくても、受け継いだ生命の力強さはよく分かっている。
「遅刻するぞ、カミュー!」
「お前がスープを飲ませるからだろ!」
 新米僧侶マイクロトフと、その相棒になりつつあるカミュー。
 まだまだ二人の行く先には珍事件が待ち構えているのだが、それはまた別の機会に。






なんとか終了しました。
かなり駆け足で進めました〜……