「な……、何が起こったんだ……?」 カミューは自分の声が掠れていることに気づいた。すっかり喉がからからで、舌が口の中に張り付く。 「昇華させた。強制的に成仏させたんだ」 「それって、除霊ってこと?」 「意味合いは多少違うが、まあそんなようなもんだ」 「お前、除霊はできないって……!」 振り向いたマイクロトフは晴れ晴れしく笑い、カミューに合わせてしゃがみこんだ。 「お前のおかげだ」 「私の? なんで?」 「何故かは分からんが、お前がいると気のコントロールがうまくいく。初めて昇華を成功させることができた。ありがとう、カミュー」 さっぱり分からないが、マイクロトフがあんまりにも嬉しそうに手を差し出すものだから、カミューは複雑な思いでそれをそっと握った。 自分が関係あるとは到底思えないが、今まで苦労して修行してきたマイクロトフが初めて除霊に成功したというのだ。危険が迫ったことによって集中力が増したのだろうか? 恐らくこれまではうまく実力を発揮できていなかっただけで、要するにマイクロトフの努力の賜物なのだ――カミューはそう考え、彼の成功を称えた。 「あの人、いったの?」 背後にため息混じりの声がかかる。カミューが振り返ると、店から出てきたのであろう彼女がいた。一部始終を見ていたのだろう。どこか夢見心地な、焦点の定まらない目でカミューのほうをじっと見ていた。 「いったみたいだよ。彼が送ってくれた」 カミューが視線で示したマイクロトフに対して、彼女はゆっくりと頭を下げた。マイクロトフも穏やかに会釈を返す。昨日はマイクロトフを苦手と話していた彼女だが、それはマイクロトフに除霊の力があったからかもしれない。カミューは二人の無言の挨拶をそんな思いで見ていた。 それから彼女は転がっている男に目をやる。 「彼は公の場で裁かれる。俺たちが責任持って後を引き受けるから、安心していい」 マイクロトフがそう声をかけると、彼女は哀しそうに笑った。 「そうね……。では、私にできることはこれくらい……」 気づくと、いつ用意してきたのだろうか、彼女の手に紙切れのようなものが握られていた。 彼女はカミューに近くへ来るよう合図をする。カミューは少し躊躇いつつも彼女に近づいた。彼女は右手の平に紙切れを置き、カミューの右手をとってその上に重ね、更に上から自分の左手を重ねた。当たり前かもしれないが温もりがなかった。しかし恐れもまたなかった。 カミューは右手を彼女の手に挟まれた状態で、その後どうしたものかと様子を伺っている。 「私の手から私の記憶が見えるでしょう。それをここに焼き付けて。」 「焼き付けてって……」 「見える景色を手のひらから伝えるの。彼が火をつけるところ。念じて。あなたにならできるから」 「……???」 カミューは何がなんだか分からなかったが、とりあえず言われた通り念じてみた。何を念じているのか自分でも適当だったが、挟まれた右手にただ単純に力を込めてみた。 (力んでるだけでいいんだろうか) 足の爪先にまで力を入れ、それに疲れて一度体を弛めた時だった。 (あれ?) マイクロトフと彼女が見守る中、カミューはふと頭の中に以前のようなビジョンが流れてくるのを感じ始めた。 (これは……) 忌まわしい火事の映像。ビルが燃えている。少し映像が巻き戻る。あの男が彼と彼女を縛り、自分の机であろう引き出しからマッチの箱を取り出した。行きつけのの飲み屋のマッチ箱。 書類の山に火を落としていく。カミューはそれをどこか高いところから見下ろしているようだった。 『念じて』 カミューはその映像を記憶に留めようと目を見開いた。まるでカメラのシャッターを切るように、映像が停止する。この画面だ、と瞬きをした瞬間、……体は元の世界へ戻っていた。 彼女は挟んでいたカミューの右手をそっと解放する。そうして彼女の手の上に、一枚の写真が残った。 「えっ……?」 カミューはその写真を凝視した。間違いなく、先ほど自分が見た景色。彼が火をつけている現場を高いところから見下ろした、色のないモノクロ写真だった。 「ど、どうやって?」 「あなたが念じたのよ。できると思っていた。私の記憶をあんなに鮮明に読み取ってくれたあなただから」 彼女は微笑んで、その写真を倒れている彼の胸ポケットに差し込んだ。 「彼に暗示をかけていくわ。この写真をきっかけにして。写真を見たら、それを引き金に全てを話すように。これが先に逝ったあの人のために、私にできる最後の仕事だから」 彼女は静かに微笑んだ。そんなことができるのかどうか、カミューには分からなかったが、もう充分不思議なものをたくさん見てきたのだから、いちいち気にすることはないと自分に言い聞かせた。 「そのきっかけを作ることは私にはできないの。ありがとう、協力してくれて」 「い、いや……何も、大したことしてないよ」 改めて礼を言われると、何だか照れくさい。言われるがままにしていたらあんなことができただけで、それを見抜いたのは彼女なのだから。 ちらりとマイクロトフを横目で見ると、彼もまた妙に誇らしい顔でカミューを見ていた。やけに満足げなその顔に、なんだかまた照れくさくなってくる。 彼女は何かを決意したような、さっぱりした笑顔で空を見上げた。 「行くの?」 「ええ、逝くわ。あの人と同じところにいけるかどうか不安だけど」 呟きを拾ったマイクロトフは、彼女の前に歩み出て、彼女の額にそっと手をかざした。 「昇華した魂は時間をかけて浄められ、やがて新しく生を授かる。きっと同じ場所に行けるだろう」 そう告げてから、何かを小声で囁いた。彼女は一度目を閉じ、その瞳を開いた時、赤かったワンピースは純白に色を変えていた。彼女は目を少し大きく開いて、自分の姿を見下ろした。 「過去に捕われず、新しい命を目指すといい」 マイクロトフの言葉に彼女は嬉しそうに笑い、口唇で「ありがとう」の形を見せた。 そして彼女はちらりとカミューを見て、更に鮮やかな笑顔を残した。 カミューとマイクロトフが何か答える前に、彼女の姿は消えた。 「……」 「……」 「……逝ったの?」 「ああ」 「ワンピース、本当は白かったのか」 「火事の呪縛から逃れられずにいたんだ。これで安らかにいけるだろう」 二人は空を見上げ、何も変わらない景色に心から感謝した。 ふと遠くから、静かなこの通りに向かってくるパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。カミューとマイクロトフは顔を見合わせる。 「彼女が呼んだのかな」 「かもしれん」 「ここに来るのかな」 「だろうな」 二人は慌ててその場から駆け出した。恐らく目的は、そこに気絶して転がっている放火殺人犯人だろう。こんなところにいて、何か勘ぐられても何も答えられないし、話したところで信じてはくれないだろう。 カミューは走りながら空を見た。この手に未だ残る不思議な感触―― 『あなたにならできるから』 あれは本当に自分がやったことなんだろうか? (もう、どうだっていいや) 彼女は無事に、彼の元へと行けただろうか―― |
最初凡人だった人がどんどん能力をつけていくのは、
(学生当時の)ジャンプ的王道だと思っています。
あと死んでも生き返るとか。
主人公はとりあえず遅刻してくるとか。
今のジャンプはどうなんだろう。