Good morning,my darling









「ホウアン殿!」
 医務室に先頭きって飛び込んで来た青い服の男。
 その男に担がれてぐったりしている赤い服の男。
 そして後ろから血相を変えた同盟軍リーダー。
 久しぶりに穏やかな午後を過ごしていたホウアン医師は、ただごとならない雰囲気に椅子から立ち上がった。
 多少驚いた表情をしたものの、前線を承る医師だけあって慌てずに空いているベッドを指示する。
「どうしましたか? カミューさんに外傷は?」
「怪我はないと思うのですが……」
 息を切らせたマイクロトフはカミューを肩から下ろし、軍主も手を貸してベッドに横たわらせた。
 カミューは少し埃まみれの穏やかな表情で、目を閉じたままピクリとも動く気配がない。
「何があったんです?」
 ホウアンはカミューの瞼をめくって様子を確かめる。
 マイクロトフは、カミューのマントや肩当てを外しながら答えた。
「それが、モンスターの攻撃に気づくのが遅れて……俺を庇ったカミューが、何か胞子のようなものを浴びてしまったんです。そうしたら倒れたきり反応が……」
「胞子……」
 しばらくカミューの容態を診ていたホウアンは、聴診器を外した。
 その後の言葉をじっと待つマイクロトフと軍主に体して、ホウアンは一言
「カミューさんは眠っています。」
「……え?」
 思わずぽかんと口を開けたマイクロトフは、言われてみれば寝息をたてているカミューをまじまじと見つめた。
「眠っているとは……?」
「一種の催眠作用を持つ胞子だと思いますが、成分のバランスが大分眠りに傾いたもののようですね。それほど強力なモンスターではなかったかと思いますが?」
「は、はい……、確かにモンスター自体は一撃で」
「みたところ身体に異常はないようですし、しばらく眠るだけで後は心配ないでしょう。」
「そうですか……」
 マイクロトフがほっと息をつく。軍主も安心したようにマイクロトフを見上げた。
 ふと、
「う……」
 小さく呻き声を上げたカミューが数秒眉を寄せ、また普段通りの表情に戻る。
 マイクロトフが心配そうに駆け寄ると、
「大丈夫ですよ、催眠作用があると説明しましたね。恐らく夢を見ているのです。胞子のせいでいつもより鮮明で不可思議かもしれません」
「夢……」
 見下ろすカミューの睫毛が微かに震えている。
 彼はしばらく眠りの住人となるのだろう。
「本当に心配はないのですね?」
 念を押すマイクロトフに、ホウアンはにっこり微笑むことでそれに答えた。


「よかったね、マイクロトフさん。」
 医務室を出た軍主は、マイクロトフに笑顔で向かい合った。
「ええ、すいませんでした、遠征の途中にこのような……」
「用事は済んでたから気にしないで下さい。それより、カミューさんの傍にいてあげたほうが……シュウさんには僕から報告しておくから」
「有り難うございます。お言葉に甘えてそうさせていただきます。カミューが目覚めたら、改めて御礼にお伺いしましょう」
 マイクロトフが深々と頭を下げると、軍主は照れくさそうに笑った。
 元気よく駆け出して行く小さな頼もしい背中を見送って、マイクロトフは再び医務室の扉を開く。
「おや、マイクロトフさんまだ何かありましたか?」
「お邪魔でなければカミューの傍にいたいのですが……。御迷惑ですか」
 いいえ、と首を振ったホウアンは、立てかけられたパイプ椅子に手を伸ばした。それをマイクロトフが途中で引き受け、カミューのベッドの前で組み立てる。
「では、少しだけ御留守番をお願いしてもよろしいですか? 遅い昼食をとってきたいのです。」
「はい、任せて下さい。何かあったらレストランまで呼びにまいります」
「よろしくお願いします。それでは」
 静かにドアに手をかけたホウアンが廊下に消えてゆくと、医務室は急に静かになった。
 部屋の奥に仕切られたドアの向こうには、入院患者のベッドが並んでいる。様子がおかしいようならホウアンに知らせなければ。マイクロトフはそちらにも気を配りながら、眠っているカミューを見下ろした。
 気持ち良さそうな寝息は、どんな夢を見ているのか想像できない。
 催眠作用といっていたから、おかしな夢でも見ているのかもしれないな。
 午後になって陽が高くなってきた。マイクロトフは窓を開け、部屋の風通しをよくしてやる。
 風に揺られたカミューの前髪が、ふわふわと踊った。
 なんだか久しぶりに穏やかな気持ちになって、マイクロトフは目を細めた。