「やあ、おはよう」 会社に着いて一番の笑顔に正直げんなりした。 初めこそ良き上司であったが、今はこれ程タチの悪い笑顔はない。 「……おはようございます」 「元気ないね。カミューと喧嘩でもしたかな?」 にこにこと目を細くして笑いかける彼をじっと睨み付けてやる。 喧嘩……というわけでもないが、あれから完全に気まずくなったのは事実だ。 その元凶であるカミューと同系列の表情の男は、何もかも知っていて楽しんでいるように見えた。 まさかカミューの兄が自分と同じ会社――しかも専属上司になろうとは。 その上カミューはその兄が大嫌いで、昨日二人でいるところに不意打ちで現れた彼を物凄い目で見ていた――あのカミューが。 カミューに初めて逢った日のことを思い出したが、あの時ともまた少し様子が違っていたようだった。 自分に対して嫌悪感を剥き出しにされたものの、昨夜カミューが見せたような激しい拒絶はなかったはずだ……一応部屋に泊めてもらったくらいなのだから。 (あそこまであからさまに嫌がると却って気にかけているようにもとれるが) そう口に出したらすっかり機嫌を損ねられてしまった。 おかしなところで子供っぽい。そのくせ帰れとは言わないのだ。 結局ほとんど会話も交わさずろくに眠りもせず、朝を迎えてこうして会社にやって来た訳だが…… 『マイク、新しい職場探そう』 (馬鹿なことを言うなと嗜めたものの……) あいつ、本気かもしれん。目が冗談を言っているものじゃなかった。 それにしても何をそんなに嫌がっているのか。 その、彼におかしなことをされたとはいえ、あんなのを間に受けるほど俺だって単純ではない。 大体男同士だぞ。カミューと逢ったばかりの頃はこんなふうになるなんて考えてもいなかったじゃないか。 それに……。 ふう、とため息をついて辺りを見渡した。 女子社員がヒソヒソとデスクに腰を下ろした“彼”を見ている。 想像通り彼は女性にウケがいい。紛れもなくカミューと同じ血だ。 (俺をからかうより余程彼にとって有意義だと思うんだがな) 出逢った頃のカミューがそうだったように。 だからあんなに神経質になることはないのだ…… 普段通りにしていれば何も変わることはない……。 昼休みになると同時に携帯が鳴った。 着信履歴を見て少し複雑に気持ちになった。と同時に納得もした。 「……もしもし」 『もしもしマイク? 大丈夫?』 「何が大丈夫なんだ」 『何もされてない? あいつ何か言ってなかった?』 流石に四六時中これだとげんなりしてくる。 「何もない。お前は気にしすぎだ」 『だって……』 「だってじゃない。お前もいちいち電話してこないでちゃんと昼飯を食え。また適当なもので済ませるんじゃないぞ。肉と野菜をバランスよく……」 『そんなことはどうでもいいよ。じゃあもうひとつだけ……手は大丈夫か?』 「あ」 言われて右手を見た。 昨夜は落ち着きなく過ごしてしまったため、ろくに手当てもできなかったのだ。 まあ手当てするほど大した火傷ではないのだが、動かしたり物に触るとやはりヒリヒリする。 「大袈裟な火傷じゃないから何ともない。心配しなくても大丈夫だ」 『本当? ……また無理してないだろうな』 「俺を信用しないのか。大丈夫だと言ったら大丈夫だ。もう切るぞ」 『あ! マイク……』 「まだ何かあるのか?」 『今晩来てくれる?』 「今晩……」 今日のスケジュールをざっと確認してみる。 夕方までには充分間に合うな。 「分かった。終わったらまっすぐそっちへ向かう」 『本当だね? 約束だよ』 「ああ」 『……じゃあ後で……』 別れを告げた後でもカミューが名残惜しそうにしているので、仕方なく自分から電源を切った。 本当に子供っぽいやつだ。あんな情けない声を出して…… (……今日は久しぶりにプルミエルのケーキでも買っていってやるか……) まだ紅茶の買い置きがあったはずだし、今夜は昨日の分もゆっくり話をしよう。 まさか2日連続で“彼”がやってくるなんてことはないだろう…… 「マイクロトフ、今日これから空いてるかな」 その声に、すでに帰り支度を始めていた格好のままぱちぱちと瞬きをした。 上司は自分のそんな呆けた様子をちらりと一瞥して判断し、 「何か約束でも?」 「え……、あ、いやその……」 口調は柔らかに聞こえるが、そのずっしりとした視線は有無を言わせないものがある。 「これから取引先と個人的に会うんだが、ついてくる気はないか」 「これから……ですか」 「……嫌なら別に構わないが」 それは“断るな”と言っているのと同じに聞こえる。 目に凄みがあるのは兄弟そっくりだ……なんて不謹慎なことを考えながら、覚悟を決めて 「……分かりました」 ため息混じりに頭を下げた。 |
メイコさんのお誕生日プレゼントに差し上げたカミマイ+兄。
相変わらず兄には名前がないです。
やはり分かりにくいですかね……(汗)
ちなみにもともとひとつの文を無理矢理区切ったので、
一話一話の長さがとってもまちまちです。