HARD LUCK





「……ずっと苛々してたよ」
 ぼんやりと天井を見ながら、カミューが呟いた。
 風呂から上がった俺は髪を拭きながらカミューの傍らに腰を下ろす。
「もう不安で不安で仕方なかった。お前の近くにあいつがいると思うと……」
「……どうしてそんなに不安なんだ?」
 未だにベッドに裸で寝転がったままのカミューを振り返った。カミューは手を伸ばしてがさがさとタオル越しに俺の髪をかき混ぜた。
「昔から、大切なものはあいつに捕られてばかりだったから。俺が執着したものはみんな横取りされてしまうんだ……だからいつの間にか何も欲しくなくなった」
「……」
「欲しがったものは奪われるからね。ならいっそ何もいらないと思ったんだよ」
「……思い違いではないのか。そんな……」
 カミューが身体を起こして少し表情を厳しくする。
「マイク、少し言葉に気をつけて。私の今までを否定されているのと同じだ」
「……すまん」
 反論したかったが、問題が大きくなりそうなのでやめた。顔を隠すように、俯き加減で髪を拭き続けた。
「……そうやって何も執着しなくなっちゃったから、あいつが私の周りからいなくなってもその癖が抜けなかったんだ。私を変えてくれたのはマイクロトフだけど、でも……」
 それきり黙り込んだカミューに、顔を上げてもう一度振り返った。
 目が合って、カミューは眉を寄せたまま囁くように口を開いた。
「少し怖いよ、マイク」
「カミュー」
「また奪われるんじゃないかって、怖いよ」
「……馬鹿なことを……」
「あいつはもう、お前が私の一番大切なものだって気づいているかもしれない。そうしたらきっとまた取り上げようとする。それを楽しむような奴だから」
「そんなことは……」
 言いかけた俺にカミューは黙って手を伸ばした。俺もカミューにされるがまま抱き寄せられて、彼の肩に額を置く。
 水滴がカミューの背中を伝っていった。彼はまだ少し汗の匂いがした。
「渡したくないよ、お前だけは」
「……」
「他の何を奪われても、お前だけは嫌だよ。」
「……大丈夫だ」
 少し熱を持った自分の指先を見つめながら、カミューに言い聞かせるように。
「俺はお前の一番近くにいる。……大丈夫だ」
「……、……うん」
 頭に引っかかっていたタオルがずり落ちて、カミューは俺の濡れた髪を撫でた。
 俺は小さくカミューの頬に口唇を当て、風呂に入ってこいと促す。
 カミューは頷いて、俺の口唇を攫ってから裸のまま立ち上がった。
 風呂場に向かうカミューを見つめたまま、落ちたタオルを拾い上げる。



 そのうなじは見覚えがあった。
 やはり似ているな、と心の何処かでぼんやりと考えていた。






結局話の最初から最後までお約束でした。
そして嫌なラストでごめんなさい……。