「……似てるとは思ってた」 不機嫌そうに腕組みをして指先で二の腕をとんとんと叩いている恋人を、なるべく刺激しないように短い言葉で様子を伺う。 「隠しているわけではなかったのだ、でもまさか……」 「で? いつから?」 彼の声色は相変わらずだ。 マイクロトフは悪いことをしているわけでもないのに、申し訳ないような小さな塊になってしまっている。 「……先週……いや、先々週……」 「その間あいつとどんな会話をしてどんな行動をしたんだ?」 尋問のようなカミューの口調にマイクロトフも思わず拳を握る。 「そんな言い方ないだろう! 大体、たまたま上司になったというだけではないか! 俺の責任ではっ……」 「会話に一度も出て来なかっただろう!? 上司が替わったらそれくらい私に報告してくれよ! そうしたらもっと早く気づいたかもしれないのに!」 「なんでもお前に報告しなければならんのかっ!」 「恋人だろう!!」 「恋人だからといって何でも許されるものではない!」 「今回は別だ!」 「この自己中心男!」 きっかけは些細なことだった。 何気なくカミューが親指で自分の口唇に触れているポーズ、良く見る癖だが他にも何処かで見たような気がしたのだ。 それを口にしたのが間違いだった。 「明日から会社に行くなマイク!」 「馬鹿を言うな! 子供かお前は!」 「あんな奴のいる会社になんて行くな!」 端正な顔を情けなく歪ませて、マイクロトフはそんな恋人の状態にため息しか漏らすことが出来なかった。 その顔立ちの中に、確かに『あんな奴』との共通点をいくつも見つけてしまったマイクロトフは、明日からの出勤を憂鬱に思わずにはいられないのであった。 「やあ、おはようマイクロトフ。」 いつものオフィス、にっこりと笑顔で出迎えてくれるのはカミューの言う『あんな奴』である。 「おはようございます……」 彼はカミューのような色素の薄い髪と瞳を持ち、形のいい口唇を上品に釣り上げて微笑んでいる。 その表情は昔のカミューそっくりだった。 (……当たり前といえば当たり前だが……) 言われてよく見れば、ひとつひとつの仕草がよく似ている。声だって電話で受け取れば間違えてしまうかもしれない。カミューよりも更にトーンの低い年上の声だけれど。 どうしてすぐに気づかなかったのだろう……。 「私の顔に何か?」 「い、いえっ……なんでも」 先々週、ロンドンから帰国した新しい上司が若くして業績を重ねるエリートとして紹介された。 マイクロトフ直属の上司である彼は、佇まいも麗しく、あっというまに羨望と反感の眼差しを頂戴していた。 しかし2、3日で彼の実力は程なく発揮され、マイクロトフ自身も自分の上に立つ者として彼の存在を充分に認めていた矢先だった。 ふと、何か考え込むように彼が親指を口唇に置いた、その姿が恋人とダブった。 それを帰宅してから主人よりも先に家の中にいたカミューに告げたことで、今回の事実が発覚したのだった。 (まさか本当に兄弟だとは……) どうやら、彼はカミューの実の兄であるらしい。 本人に確かめたわけではないが、経歴、容貌、そして名前、カミューは実兄だと間違い無く断言した。 その兄に対して『あんな奴』呼ばわりをするのにも、理由があるらしい。 どうも、マイクロトフにしては誰よりも要領がいいと思っていたカミューだが、彼の兄は更に上を行くしたたかな男であるらしい。 小さい頃からいろんなものを奪われてきたのだと、カミューは恨みがましい目でそこにいるはずのない兄を睨んでいた。……その詳細については語りたくなかったようなので、聞くことはなかったが。 あまりに仲が悪く、特に連絡なども取り交わしていなかったため、兄が今何処にいるかなどカミューにとってはどうでもよかったようだ。 日本にいないことは知っていたらしいが、帰国のことは全く分かっていなかったらしい。 それがまさかマイクロトフ直属の上司として現れようとは。 (カミューがあんなことを言うから、仕事がやりにくいではないか……!) 『あいつに手を出される前に会社なんかやめてしまえ!』 どうも発想が極端な男だ。大体、男の自分にどうして彼が手を出すのだ。 その、自分とカミューは……そ、それなりに長い経路があったわけだし、初めはお互いそんなこと考えもしていなかったのだから。 「マイクロトフ、午後の予定。」 ちょいちょいと彼は指先でマイクロトフを呼ぶ。 一歩間違えば人を小馬鹿にしたようなポーズだが、彼がやると不思議と嫌味ではない。 そういえば、カミューもこんなふうに自分を呼ぶことがあったな…… 呼ばれるまま近付くと、ふいに彼はとん、とマイクロトフの肩に触れうなじの辺りに顔を寄せた。 「わっ」 思わず飛び退くとその様がおかしかったのか、彼はくっくっと声を殺して笑う。 「失礼。気になったものだから」 「き、気に……?」 「香り。昨日と違うね?」 初めは言葉の意味が判らず呆然としていたが、やがてカーッと耳まで赤くなる。 夕べはあのままカミューが泊まっていったので、きっと匂いが移ったのだ。 言葉がなくもじもじしていると、彼はまたさも可笑しそうに声を殺して、 「……どこかで覚えのある香りだ。」 ふいに真顔になった。 どきん、と心臓が跳ねる。 『いいかい、私とマイクの関係、絶っ対にあいつにだけは気づかれるなよ! そんなことになったら必ずマイクを狙うに決まってる!』 (あ、あいつは考えすぎだ……!) その、さり気ない真剣な表情が、カミューのそれとよく似ていた。 そうだ、どうして初めから気づかなかったんだろう……。 こんなにも似ている。 どこから、どこまで似ているのだろう……。 帰り時間を心配しながら時計に気を取られていた頃、合図のように彼が告げた。 「マイクロトフ、今日残業。いい?」 断れるはずもなく、仕方なく廊下で携帯を手にした。 「……もしもし?」 『もしもしマイク? まだ帰らないの? 今日は真っ直ぐ私のとこに来るって……』 「す、すまない、残業が入って……」 『……』 「……カミュー?」 『……あいつと?』 「……! し、仕方ないだろう、上司なのだから……!」 『……今から迎えに行く。』 「馬鹿言うなっ! だ、大体バラすなと言ったのはお前だろう!」 『だってお前に何かあったら!』 「何もあるわけないだろう! ……残業といってもそんなに多くない。すぐ帰るから……」 『でも……2人きり?』 瞬間詰まりそうになった言葉をぐっと堪える。 「……いや、まだ数人いる。だから余計な心配するな。お前が思っているようなことはない」 『マイク……』 「情けない声を出すな、カ……」 「恋人にラブコールかい?」 「!」 慌てて携帯を握りしめて、カミューに彼の声が聞こえなかったかどうか様子を探る。 「……では後で行くからな!」 小声でそう押し切ると、まだ何か言いたげだったカミューの言葉を聞くことなく携帯を切り、さっと背中に隠して上司と向き合った。 カミューの兄は、にこにこしながらも興味津々のようだ。 「香りの張本人かな?」 「い、いやその……」 このテの視線には弱い。突かれると余計なことまで喋ってしまう、カミューと同じだ。 (全く俺は朝から……! カミューと比べて何になると言うんだ……!) 「……すいません、仕事に戻ります」 「ああ、2人しかいないから悪いけどお茶入れてもらえるかな。それほど急ぎじゃないからのんびりしよう」 「……入れてきます」 なんだか、彼とはあまりじっくり話し合わないほうがいい気がする。 口調が同じせいだろうか、いや、比べるなと自分にも言い聞かせているというのに。 あの目でじっと見られると否応無しにカミューを思い出す。 さっさと残業を終わらせてカミューを安心させなければ。 なるべく目を合わせないように給湯室へ足を速めた。 後ろから奇妙な視線を感じながら。 |
王子さんの御本に恐れ多くもゲストさせていただいたカミ兄×マイク(?)。
チャットしながら書いたというとんでもないものにも拘わらず……
チャット話からカミ兄が浮上した時は冗談だと思っていたのに……(汗)
(王子さんの御本のカミ兄はとんでもなくいい男です。べた惚れです。騙されたいです。)
ついにやってしまいました。皆様がひかないことを祈ります……。
「WORKING MAN」と別次元と言ってましたが、
同次元でないともっと混乱することになりました。
あと、カミ兄は全くのオリジナルです。架空の存在です。
名前すらありません。なので後半は不自然です。