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「休日……か。」
 先ほどから一枚の書類を手に取り、難しい顔をしていたマイクロトフがぽつりと漏らした。
 傍に控えていた部下は現青騎士団長を気遣って黙っていたのだが、ある程度反応を求めたような上肢の呟きに答えるべく口を開く。
「対立が傾きつつあるようですね」
「ああ、反対派がだいぶん説得されつつあるな。しかし終戦記念日を新たな祝日として迎える案が通った後だから、もう暫く揉めることにはなりそうだ。」
「今までにない試みですから」
「……そうだな、今までにはなかった。それが問題だったのかもしれない。我ながら驚いた、騎士達に1日たりとも心と体を休める日がないとはな。」
 マイクロトフはもう一度書類に頭から目を通す。何度読み返したのか分からないその文は、読めば読むほど利点と落とし穴があるように感じられる。
 マチルダに休日を――
 思いがけない提案は、思いがけなく騎士団上層部の頭を悩ませる重案へと発展していた。


 ハイランドとの長い戦いも終局を迎え、暫く混乱が残ったそれぞれの都市も着々と再建を進めつつあった。
 新生マチルダはカミューとマイクロトフを中心に、新しい騎士団の構造を整えるため日夜話し合いを重ねて、旧体制では採用されることのなかった様々な試みについても議論が続けられていた。
 その中に、マチルダに“完全休日”を望む案が出されたのである。
 形式を重んじる儀式事が多い騎士団では、昔から由緒ある祝日も決して少なくはなかったのだが、それは飽くまで“祝い日”であり、城を上げての祭としての意味のほうが強かった。
 そのため祝日と言えども騎士達が休むことはなく、寧ろ普段の勤務よりも重労働になる場合が殆どだったのである。
 そこで出された今回の“休日制定”は、様々な波紋を呼んでいるのであった。
「私は悪くないと思うけどね」
 カミューは窓辺に寄り掛かるように立ち、夕陽を背中に受けている。
 マイクロトフはカミューを振り向きながら眩しそうに目を細めて、
「だが少し乱暴すぎないか。騎士団の機能を全部止めるわけにはいくまい。」
「それはそうさ。城を空っぽにするわけにはいかないからな。上役に多少負担がかかるのはこの際仕方がない」
「それに騎士達が皆休んでしまったら城の守りが手薄になるぞ」
「時代を反映した要望だからこそだろうな。この先戦いが再発しない保証はないが、ひとまずの平和である今がタイムリーだということだろう」
 カミューは窓枠に凭れていた身体を起こし、机上の書類とにらめっこを続けるマイクロトフに歩み寄った。 床に映る影がゆらりと揺れる。
「通るだろうか、これは」
「どうかな……、でも悪くないと思うよ、初めに言ったけど」
 カミューはマイクロトフから書類を取り上げ、自分も文字の列に目を走らせる。
「今までは月に何度かの休暇、それもいつ城から呼び出しがかかるか分からないから遠出もできない。寧ろ休暇というよりは自宅待機だな。きっとゆとりが欲しいのだろう。旧体制では考えることが許されなかったが、平和を実感して始めて休みが必要だと思い始めたのさ」
「だがやはり問題が……年内にどのくらい設けるべきか、全ての騎士がいなくなるわけにはいかないだろうから、交代制の内容も難しくなるだろうし……」
 夕陽の光を浴びて、赤く染まった顔を歪めながらぶつぶつと呟くマイクロトフに、カミューは楽しそうに微笑みかけた。
「だから、これから話し合うんだろう? まだ決まった訳じゃない」
「そうだが……」
「マイクロトフは反対派か?」
「そういうつもりではない。ただ……」
 まだ何か言おうとしているマイクロトフの顔を軽く書類で遮り、カミューは不満そうな男の腕に手をかけた。
「今日はもうやめにしよう。そろそろ夕食の時間だ。腹が減ってる時は議論しても成り立たないぞ」
 話を途中で切られたことに文句を言おうかとも思ったようだが、空腹には勝てずにマイクロトフも渋々立ち上がった。





「揉めつつもまずは一次通過……といったところか。」
 部下が持って来た先日の会議結果の要項を再び確認し、カミューは独り言のように口にした。
「定義が難しいのでもう暫くかかりそうですね。」
 部下の苦笑いに、カミューも微かに笑って書類を机に滑らせた。
「しかしあれだけ要望が高いと上層部で取り消す訳にはいかないな。とりわけ一般市民の期待がかかっている」
「どこから漏れたのでしょうね」
「大方騎士達が喜び過ぎたんだろう。……まあ、近い内に仮実施を行う方向でまず決定だろうな。その結果次第で……というところか。」
 “休日”についての書類をまとめて机の脇に置くと、カミューは今度はもうひとつの居類のまとまりを手にとった。
「そして新しい“祝日”の設定か。こちらは儀式のあり方で揉めそうだな」
「新生マチルダが正式にスタートする日となるのですから、無理もないでしょう」
 カミューは微笑みで応えた。

 新しいマチルダ、つまりはカミューとマイクロトフが団長の座を断った、新体制の始まりの日。
 その時自分はまだこの地にいるのだろうか……カミューは目を細めた。






 “休日”仮実施。
 まずは混乱に対応できるよう、赤・青の現両団長、つまりカミューとマイクロトフと、副長と数名の騎士隊長が城内警備、その他の騎士隊長達が城下町警護にあたり、以下騎士達は終日休暇という思いきった仮実施案であった。
 他都市との均衡が取れている今だからこそできる仮休日であり、この先情勢が悪くなれば仮のみで消えてしまう休日かもしれなかった。
 特にマイクロトフは城に残る騎士の少なさに不満を示した。
 何かが起こった時のための上役残留だが、本当に何かがあればこの人数では対応が難しいとの主張に、カミューは「何も起こらないと仮定した上での実施」が前提であることは間違いないと応戦し、城中の騎士が必要となる事態は現時点では予測不可能なこと、また起こりうる全てのアクシデントにはこの人数で十分応対できることを強調した。
 寧ろこれだけの試みはやってみなければ結果は想像の域を出ないのだから、紙の上での話し合いから脱出する意味でも施行価値は大きいとした。
 こうして難色を示しつつも、仮休日の日が決定されたのである。





リクは「休日」。
最初は遠乗りーとか考えていたのですが……
「それって休暇だよな……ん、休日……?」
休日なんてあるのかなあ、というところからスタートしたので
えらく前置きが長いのです。