We are the BOYS








 お前なんかいなければいい。




 お前なんか。







 ***



 くすんだ煉瓦の色で統一された城下町は、想像よりずっと大きく重厚で、また活気がある場所だった。
 紙切れ一枚握りしめた小さな拳、城下の門を見上げる背丈は街を闊歩する騎士達の腰ほどもあるだろうか。
 異国の色をした透き通る髪がふわふわと風に揺れた。少年は長旅で埃っぽい鼻の下を指先でこすって、いざ深呼吸をしてから門をくぐる。
 行き交う人の群れ。馬の蹄が地面を蹴る音。様々な形と音に翻弄され、少年はふらふらと城を目指した。
 途中長い坂道で遥か遠方にあるように見える城壁を見上げながら、街の随分高いところに来た、その時。
 何か固まりが彼の小さな身体にぶつかってきた。
 衝撃は咄嗟の事もあって想像以上、少年はあやうく倒れそうになる身体を堪えた。左足で踏ん張って、ところがぶつかってきた張本人の固まりが地面に転がっていることに気がつく。
「何処を見て歩いている!」
 その少年は手をついて、起き上がる前にこちらを睨み付けていた。変声期前の罵声に迫力はなかったが、彼の目にはどうしたことだろう、初めて会ったばかりと言うのに深い憎しみがこもっていた。
「あの、大丈夫?」
 異国の瞳を持つ少年は、尻もちをついている少年に手を伸ばした。
 少年は黒い瞳をぎらぎら光らせて、彼の細い指を振払う。
「大丈夫な訳ないだろう! 俺に触るな!」
 そう言い捨てて、少年はぱっと立ち上がる。短く切り揃えられた前髪がさらさらと揺れた。丁度風が吹いたのだ、呆然と立っている少年の亜麻色の髪も揺れている。
 彼らはしばらく見つめあっていた。片方は強烈な憎悪を、片方は飽くまで呆けた目をしているのだから、見つめあいという形容は少々おかしいかもしれない。
 しかし黒髪の少年はやがてこうしていることも馬鹿馬鹿しくなったのか、「今度会ったら覚えていろ!」と捨て台詞を残して通りを駆け抜けて行った。
 亜麻色の少年は唖然と彼の背中を見送って、差し出して拒否された自分の手のひらを眺めた。
 ――何が気に触ったのかな。
 ぼうっと歩いていたのは確かに悪かったけど、あんなふうに睨まれる理由が分からない。
「大丈夫かい? 災難だったねえ」
 ふと、洗濯物を取り込んでいた中年の女性が声をかけてきた。振り向く少年に女性は疲れた優しい目を向け、気にするんじゃないよと彼を宥める。
「育ちの悪い子でね、父親は立派な騎士だったが所詮は妾の子さ。街の子供たちとしょっちゅう喧嘩しては乱暴してねえ、あんた怪我はないかい?」
「いえ、私は大丈夫です」
「ロックアックスの子供じゃないね。騎士団のテストを受けに来たのかい?」
「はい。今夜泊まる宿を探しているのですが」
「どれどれ、ああここかい。ここはね……」




 宿で割り当てられた部屋、荷物を下ろしてベッドに腰掛けると、異国の少年カミューはふうとため息をついた。
 長い道のりだった、ここまでの旅。年に一度開催されるマチルダ騎士団の入団試験、10歳以上という年齢資格に達したカミューは、遥か西のグラスランドからたった一人でやって来た。今まで家庭でぬくぬくと育って来た身には随分辛い旅ではあった。しかしこれから騎士を目指す男として腰に下げた剣(勿論模造険ではあるが)を飾りにしないためにも、一人で何でもできなければならないのだ。カミューは幼い心に誓っていた。
 足の裏にできた豆は痛むが、明日に備えて体調を万全にしておきたい。カミューは夕食を取るとあまり夜更かしをせず眠ることにした。
 目を閉じると、昼間ぶつかってきた少年の強い目の光を思い出す。
 彼も明日の試験を受けるのだろうか。同じくらいの年頃に見えた。
 どうしてあんなに寂しい瞳をしていたんだろう。――憎しみよりもずっと奥に隠していた悲しい瞳の色。




 ***




 テストは単純な体力測定と筆記テスト、そして時間制限のある模擬試合だった。
 年端のいかない少年達が集まるため会場となるロックアックス城には殺気立った雰囲気もなく、緊張に包まれた初々しい空気が漂っている。
 このテストに合格するのは全体の約3分の1、集まった少年の数から予測が可能だった。テスト合格はすなわちマチルダ騎士団への入団を意味するが、すぐに騎士として待遇されるわけではない。従騎士よりも更に下、騎士を目指す少年達への教育を施す養成学校への入学のようなものだった。
 当然途中で体力の追い付かない者、集団生活に難があると判断された者は退団を余儀無くされることもあった。またそうして教育を受けた少年が確実に騎士になれるということもなく、いくつのも関門をクリアした青年だけがトリコロールの騎士服を身に纏うことができるのであった。
 カミューは故郷からずっと腰に下げていた愛剣の柄を握りしめ、少々堅い表情で城門をくぐった。中にはすでに今日の試験を目当てに少年達が集まっていて、受付には列ができていた。
 周りを見渡すと、ロックアックス特有の色素の濃い髪の色が目立つ。異国の自分は浮いた存在になるかもしれないと、出発前に母親から聞かされていた。覚悟しなければ、と思っていたが、カミューには自分に向けられていたかもしれない何らかの試練が別の方向を指していることに気がついた。
「……やっぱり来たぜ、あいつ」
「やだな、あいつと当たりたくないよ」
 カミューはひそひそと声を押さえて話す少年達の視線の先を追った。そこに立っていたのは昨日カミューに小さな身体を激突させた、あの黒髪の少年だった。
 彼は少年達が集まっている広場の中央で、険しい表情のまま独りきり背筋を伸ばしていた。その目は誰かを見ているという訳ではなかったが、どこか一点に定められた意志の強い目だった。
「どうせ試合じゃマイクロトフが全勝するに決まってるんだ」
 彼はマイクロトフと言うのか、カミューは改めて少年を見た。
 周りに人を寄せつけないような、触れると切れてしまいそうな雰囲気を纏っている。そう、集まっている少年達がどこか子供の発表会の延長のような顔をしているのに対し、マイクロトフが発しているのは仄かな殺気にも感じられた。
 カミューは不思議でならなかった。彼が受けている待遇も含めてだが、何故あんなに人を拒むような態度をとっているのか。
 妾の子、昨日の女性が言っていた。実はカミューの母親も父の後妻であった。しかし父は他の兄弟と分け隔てなく自分を育ててくれたし、周囲の人々もカミューに対して差別的な言葉を投げかける者なんていなかった。
 彼はどうしてこんなに酷いことを言われているのだろう。
 カミューの疑問に答えが出ないまま、受験者の集合を意味する笛の音が響いた。
 カミューはマイクロトフの刃物のようなシルエットを気にしつつ、笛に導かれた。







パラレルです……。
同じ騎士世界だけどちょっと違う……
ということにして下さいお願いだから……(笑)