Beauty & Stupid






「塔矢、おかえり〜!」
 駅に現れた黒髪の美青年に、ヒカルは飛びつかんばかりの勢いで駆け寄った。
 ヒカルを見つけたアキラはにっこりと優しく微笑み返し、ヒカルに「これ、おみやげ」と大阪空港から抱えてきた袋を手渡す。
「おっ、これ大阪限定のプチバナナじゃん! まじ? サンキュー!」
 嬉しさを隠さず、見えない尻尾をぶんぶん振りながらヒカルはアキラと並んで歩く。
 アキラと会うのは実はたかが一週間ぶりだが、たったそれだけの時間すら今の二人には長すぎる。ヒカルは久々のアキラの笑顔にうっとり見惚れ、幸せいっぱいで塔矢邸への道程を跳ねるように進んでいた。
 到着した塔矢邸は、相変わらず両親不在の静かな家だった。おじゃましま〜すと形だけ告げて、ヒカルはいそいそ玄関の引き戸を閉める。
「大阪どうだった? 社、元気だった?」
「ああ、元気だったよ。あっちは暑かった」
「だよな〜。なあなあ、大阪の棋院って……」
 はしゃぐヒカルに、アキラは優しい微笑みのまま、黙って顔を近づけてくる。
 ヒカルがあっと思った瞬間、口唇は柔らかいアキラのそれで包まれていた。
 目を開けたままぽーっとアキラを見つめるヒカルに、アキラが艶を帯びた瞳でしっとりと囁く。
「進藤、今日……泊まっていくだろう?」
 ヒカルは、魂の抜かれたような顔のまま、黙ってこくりと頷いた。
「お風呂、用意するよ。」
 そう言って立ち上がったアキラの後姿すら、妙に凛々しくて頭がくらくらする。
 ヒカルは促されるまま風呂に入り、続いて風呂から上がったアキラに、あっという間に布団へ引っ張り込まれてしまった。





「……アッ……ん……」
 アキラの指の動きに、ヒカルの顎が自然と上がる。
 全身を満遍なく撫で回され、荒くなる呼吸と漏れるおかしな声をどうにもできない。
 指の腹で胸の突起を転がされると、触覚というよりも視覚的に翻弄されてしまう。
(な、なんか……いつもと、違う……?)
 普段なら、もっと余裕のない表情でアキラは体重を預けてくるはずなのだ。それなのに今夜は、どこか遠い目をしながら時折何か小さな声で呟いている。それが「なすび……トマト……ブドウ……」とか聞こえるのは気のせいだろうか。
 散々に身体を弄くられ、初めてヒカルはもっと奥を触って欲しいと自分が思っていることに気づいた。何度か身体を重ねたが、異物が押し入ってくる感覚は少なからず痛みも伴い、決して慣れた行為ではない。アキラが早かったから助かっていたが、それを自分からして欲しくなるなんて。
 恥ずかしかったが、欲望に勝てずに僅かに腰を揺らした。アキラが深いキスをくれる。舌を激しく絡め合って、羞恥をどろどろに溶かされながら、もぞもぞと探られた最奥の入口に指がすんなり出入りできるようになった時、いざアキラの腹の下で勃ち上がっているものが頭を潜らせてきた。
 最初こそ変化に気づかなかったヒカルも、ものの数分で以前とは明らかに違う事実に仰天する。
(エッ……? ま、まだイかないのか……?)
 それどころか、これまでもたもたと腰を動かしてるんだかなんだかよく分からなかった動きが、実にスムーズなスライドを繰り返している。
(な、なんか違う!)
 今まで届いたことのなかった奥の壁を突かれて、ヒカルの全身がびくりと跳ね上がった。
「ああっ!」
 思わず、出したことのない大声を上げてしまう。恥ずかしさに口を覆う余裕もない。こんなふうに揺さぶられたことがないのだ。
 ヒカルはシーツを必死で握りしめ、微妙な一点を突いてくるアキラの動きから逃れようと仰け反る。しかし追い縋るアキラに腰を捕まれ、強く突き上げられて、痛みと同時にこれまで感じたことのなかった奇妙な感覚がヒカルの身体を支配しつつあった。
「とう、や、あっ……! ヤだ、ああ、はっ……!」
 アキラも眉間に深い皺を寄せ、苦しそうな表情で必死に腰を動かしている。その悩ましげな顔が酷くセクシーで、低い声でしんどう、と吐息混じりに囁かれ、ヒカルは更に心と身体を煽られた。
(イヤだ、なんかヘンだ、俺!)
「ああ――!」
 腰から競りあがってくる波に遂に耐え切れず、ヒカルは熱い迸りを解放した。
 アキラもまた、その直後に低く呻き、ヒカルと繋がったまま一週間ぶりの精を吐き出した。




 アキラは満足げにため息をついた。
 やり遂げた男の顔だった。
(社の言う通りだ……十分の壁を越えることができた……)
 即席だったにも関わらず、講師の教え通りに目的を達成したアキラの胸の中には充実感がひたひたと満たされていた。
 やっとヒカルを挿入でイかせてあげられた。初めて聞いた切羽詰った声と、涙と快感に濡れた顔を思い出すと、アキラの元気な下半身は再び熱を感じてしまう。
 だが。
「……し、進藤……?」
 情事が終わった後、アキラから背を向けてヒカルは布団に座り込んでいる。その背中には愛を確かめ合った後の甘い余韻は見られず、寧ろ沸々とした怒りが沸いているように感じるのは気のせいだろうか……
「進藤、ボク……何かヘン、だった?」
 思わず無言の背中に恐る恐る声をかける。
 もしやよくなかったのだろうか。社の教えが悪かったのだろうか?
 だとしたら社を大阪湾に沈めてこなければ――アキラの物騒な考えはヒカルの低い声に打ち消される。
「お前……、浮気しただろ」
「へっ?」
「とぼけんな! 浮気しただろ、浮気!」
 振り向いたヒカルの、涙の浮かんだ鋭い目つきにアキラははっと息を呑んだ。
 その様子を肯定を受け取ったのか、ヒカルは枕を掴んで力いっぱいアキラに投げつけてくる。顔面で枕を受け止めたアキラは、慌ててヒカルに弁解しようと手を伸ばすが、その手は呆気なく払われた。
「違う、進藤、違うんだ!」
「何が違うんだよっ! あんなへったくそに腰へこへこ動かしてたお前が、なんで一週間やそこらでこんなにうまくなってんだ、このエロガッパ! おまけに超早漏のくせに何で今日はこんなに長持ちすんだよ、どっかでスッキリさせてきたからじゃねぇのか!?」
「し、進藤……ボク、なんか不整脈が」
「俺ら付き合ってまだ三ヶ月なのに! 大阪でどこのお姉ちゃんに手ほどきしてもらったんだよ、この浮気者ー!」
 いや、手ほどきしてもらったのは事実だが、お姉ちゃんといっても映像の中だけで、後はヤンキー上がりみたいな関西棋士にセックスにおける心得のようなものを一晩みっちり伝授してもらったわけで――アキラの頭でぐるぐると言い訳が巡る。
 その後アキラは必死でヒカルを宥め、誤解だとヒカルに理解してもらうためには、大阪での社とのやりとりを寸分違わず話さなければならない羽目になった。
 ヒカルは最初こそ半信半疑で聞いていたものの、話が佳境を迎えるにつれ、その表情がげんなりと崩れ、やがてその身体も力なく布団に崩れ落ちた。





 ***





 翌日、社の元に一通のメールが入る。
 ヒカルから送られたそれには、ただ一行

『マジで、すまなかった』

 と書かれていた。
 ああ、やっぱバレたんだ。社は遠い目をしながら、真夏の悪夢を早いとこ忘れようと気持ちを奮い立たせるのだった。






アキラ飛行機で帰ってきたのかよとかの
矛盾にはさりげなくスルーを適用してください……
何気にヒカルが一番酷い気もしてきた。
皆様お疲れ様でした……。
次シリアスですから<説得力なさすぎ
(BGM:Beauty & Stupid/hide)