CHANGE YOURSELF !






 お互いの仕事を終えた後にいつものように帰宅して、いつものように夕食をとり、いつものように検討を始めてちょっとだけ喧嘩した。
 それでもいつものようにどちらからともなく手を伸ばし、いつものようにキスをして、いつものようにベッドに転がったら後は深い夢の中。
 肌の温もりにゆったりと意識を任せて、眠る直前にもしつこくキスを繰り返していたことくらいは覚えている。
 その夜は酷く疲れてしまって、シャワーも浴びずにどろどろと眠りに落ちていった。
 いつもと違った部分はそれくらいだろうか。あとはいたって普段と変わらない夜だった。


 それなのに、どうしてこんなことになっているんだろう。


 珍しくアキラより早く目を覚ましたヒカルは、たまには恋人の綺麗な寝顔でも眺めてやろうなんてちょっとウキウキしながら腕の中の顔を覗き込んだ。
 思えばこの時点でおかしかったのだ。大抵アキラの腕に潜りこむのは自分のほうで、それこそアキラの腕が痺れようが痛もうが腕枕を強要するのが常だったのだから。
 胸に顔を貼り付けるようにして眠っている恋人を覗き込み、違和感に気づく。
 絹みたいな艶やかな黒髪のはずが、太陽のように明るい金髪が目に飛び込んでくるのは何故だろう。
 おまけにあどけない表情ですうすうと寝息を立てているその顔は、いつもキリッとした印象の強い恋人のものではなくて……


「うぎゃ〜〜〜!!」


 寝室に、首を絞められたガチョウみたいな声が響いた。
 腕の中のヒカルが目を覚ます。――そう、ヒカルの腕の中にいたのは「ヒカル」だった。何処からどう見ても、自分と瓜二つの進藤ヒカルがそこにいた。
 醜い悲鳴でぱっちり目を覚ましたヒカルは、何事かと身体を起こして辺りを見渡し、そして目の前にいた恋人を見つけて……呆然と口を開け、瞼をごしごしと擦った。
 その仕草でヒカルはまさかと直感し、自分の顔や頭に思わず触れてみた。
 高い鼻に、顎まで伸びた髪の感触。まさかと震えだしたヒカルを指差し、「ヒカル」がとどめの言葉を発した。
「何故「ボク」がそこにいるんだ!?」


 お互い並んで鏡を見るまで、にわかには信じがたかった。
 信じられなかったけど、夢でもなんでもなかった。
 ヒカルの身体はアキラになっていて、アキラの身体はヒカルになっていた。




 それぞれ状況整理が終わった後、やはり二人は頭を抱えた。
「なんでこんなことになっちまったんだよ……俺ら変なモンでも食ったっけ?」
「落ち着け、仮にボクらがおかしなものを食べたとしても、それで身体が入れ替わるなんてありえることじゃない」
「じゃあお前の夕べのエッチがしつこかったからだっ!」
「キミだってその気だったじゃないかっ!」
 自分を相手に怒鳴るというのは想像以上に脱力するものらしく、二人の言い争いはすぐに大人しくなった。
 どれだけ責任を押し付けあっても、何が真実かなんて分かりっこないのだ。なんと言っても症状が未知の領域なのだから。
 原因が分からないとなると、今度は二人は「どうやったら治るか」について話し合い始めた。
 しかしそれも長くは続かなかった。こうなった理由が分からないのに、解決法など浮かぶはずがない。
 二人の話はだんだん間近に迫っている現実問題に直面していった。ある意味それも逃避行為だったのかもしれない。
「どーすんだよ、仕事。俺、今日はイベントで指導碁なんだぜ……」
「それを言うならボクだって……。ボクは今日から大阪に行く予定だったんだ。明日関西棋院で手合いがあるから……」
「俺なんか、明日は取材三本入ってんだぞ。棋院の出版部のやつはともかく、他のはドタキャンできねえよ」
「そんなのまだいい、こっちは明日両親が帰国するんだ。久しぶりに三人で夕食をとる予定で、ボクも実家に帰るつもりだったのに……」
 ため息どころの話ではない。
 二人は顔を見合わせ、紛れもない自分の顔をそこに見て、思わず瞼や頬に触れてみたりなんかしながら、着実に過ぎていく時間を思って焦りを募らせる。
「な、なあ、いっぺん寝てみねえ?」
「寝てみる?」
「だって寝て起きたらこうなってただろ。もっぺん寝たら、元に戻らないかな……」
「……やってみる価値はあるか……」
 二人は頷き合い、再びまだ温もりの残るベッドに潜り込んだ。
 並んで仰向けに横たわり、眉間に皺を刻んだまま目を閉じる。
「……」
「……」
 堪えること三分程、二人にしてはもったほうだろう。
「……寝られるかー!」
 先にヒカル、もといアキラの姿をしたヒカルが布団を蹴っ飛ばしてがばりと身体を起こした。
 アキラは髪を振り乱して大声で喚く自分を見て顔を顰める。どうやら本人は、自分がいつもあの様相でヒカルを追い掛け回していた自覚などないらしい。
「あー無理! 絶対寝れねえ! 第一寝たって元に戻れる気がしねえ!」
「……その点はボクも同感だ。それに、キミはこんなことしている時間があるのか?」
「ねえよ! そろそろ支度しねえと間に合わねえよ! でも「俺」が支度したってどうしようもねえだろ!」
 ヒカルはまず自分を指差し、それから「ヒカル」の姿をしたアキラを交互に指差した。
 指を指されたアキラは渋い表情を作り、何事か考えるように腕を組んだ。
「仕方ない。元に戻るまでお互い病気ということにしないか?」
「病気……? 二人揃って仕事サボるってのか?」
「だってどうしようもないだろう。入れ替わったまま仕事がうまくいくと思うのか?」
「そ、そりゃ相当無理あるだろうけどさ! でも、お前は明日先生とおばさん帰ってくんだろ!? 病気ですなんつったらおばさんここまで様子見に来ちゃうんじゃないか?」
「う……た、確かに」
 アキラは指先を顎に当て、真剣な顔で黙り込んだ。
 傍から見るとヒカルが神妙な顔つきで悩んでいるようで、我ながら気味が悪いと本当のヒカルは身震いする。
 そんな不毛な時間を過ごしていると、ふいに居間のほうからけたたましい音楽が鳴り響いた。びくりと二人は身体を竦め、ヒカルは耳に覚えのある音楽にはっとする。
「やべ、俺の携帯だ!」
 慌ててベッドを飛び降りて駆け出していく。
「進藤、そんな格好で飛び出すなっ!」
 アキラはすっぽんぽんで走り去る自分の背中に赤面した。
 それから、はたと自分の格好にも気づき、ちらっとだけ布団をめくって本来ヒカルのものである裸体を確認した後、何ともいえない気分になってそっと顔を逸らした。明るいところでまじまじと見たことはほとんどなかったので、少々刺激が強かったようだ。
 居間ではヒカルがアキラの声のままで大声を出していた。
「もしもし!? 本田さん?」
『進藤か? ゲホッ、出るの遅かったな……って、お前、何か声変じゃないか? ゴホッ、まさか、風邪か?』
 ぎくりと身を竦ませながらも、ヒカルは誰も見ていないというのに作り笑いを浮かべてごまかし始めた。
「そ、そうそう! ちょこっと風邪引いちゃって……アハハ」
『大丈夫か? ゲホゲホ、まいったな……ゴホッ!』
 何やら様子のおかしい本田に気づき、ヒカルは怪訝な顔になる。
「本田さん……? そういう本田さんこそ声変じゃない……?」
『ああ、実は……ゴホン、俺もちょっと風邪を、ゲホゲホ、引いちまって……ゲホッゲホッ! 熱が39度あるんだ、ゴホゴホ!』
「ほ、本田さん大丈夫!? すげえ苦しそうだけど……」
『これから病院に行く予定なんだけど、ゲッホゲッホ! 今日のイベント、出られないからゴホン、よろしく頼むって言おうと思ってたんだ、ゴホゴホン! でもお前も風邪なのか、まいったな……ゲホッ!』
 尋常じゃない本田の風邪の引きっぷりに、ヒカルは焦って首をぶんぶん横に振った。
「お、俺大丈夫だよ! そ、そのちょっと喉痛めただけだから! 全然大丈夫! 俺イベントちゃんといけるから任せて!」
『そ、そうか? それなら助かるけど……ゲホゲホ!』
「ほんっと大丈夫だから、心配しないで! 本田さん病院行って安静にしててよ! バイバイ!」
 乱暴に電話を切り、そしてごくりと唾を飲み込んだヒカルは、何かを決意したように鋭い目つきで空を睨んだ。






今までで一番タイトルの解釈間違ってますね……(笑)
雰囲気重視でお願いします!
もうヤマもオチもイミもかなぐり捨てた
やおいの王道(←この解釈も間違ってます)を激走です。
本田さんが死にそうです……