Days






 ああ、久しぶり。先月の研究会以来かな。今日はよろしくな。
 先週か? 先週は伊豆のほうに行ってたんだ。いいところだったよ。
 お前もそろそろ泊まりの仕事が増えてくる頃か? 学校もあるだろうから大変なのは分かるけど、最初が肝心だからな。頑張れよ。
 うん、俺は高校出てからプロになったから。本番で何度もヘマしてね。プロになるのが遅かったんだよ。
 気にするな。時間はかかったけど、今は結果に満足してるよ。
 そう、門脇さんは同期だよ。よく知ってるな。あの人は実力があったのにプロ試験を受けてなかっただけだから、一概に俺とは比べられないけど。
 ちょうど俺たちの一年前にプロになった三人がちびっ子三人組なんて呼ばれててさ。じゃあ俺たちはアダルトか、なんて話してたなあ。
 俺の一年前? 和谷、進藤、越智の三人だよ。和谷と越智はよく知ってるだろうけど、進藤とはまだ顔合わせてなかったか?
 ああ、そうか。そうだよな、進藤は今結構忙しいから……今度会ったら話しておいてやるよ。うん、憧れる気持ちは分かるよ。あいつは何だか華があるからな。
 え、塔矢? 塔矢は進藤たちより更に一年前だ。
 当時、俺も本戦で当たったけど……強かったな。隙がないし、場慣れしてる。アマチュアの大会にもろくに出ていなかったらしいけど、そんなふうには見えなかった。
 子供の頃から貫禄のあるやつだったよ。プロになるのは当たり前で、受験の時からその先を見ていた感じだった。
 進藤か? 進藤は……うん、びっくりするくらい普通の子供だったよ。まあ、あいつは今もあまり変わらないかな。だた、負けん気だけは強かった。院生の頃から塔矢のライバルだ!って張り切ってたからな。
 はは、あの頃はなあ。冗談かハッタリだと思ってたから……今二人が肩を並べてるのを見ると何となく複雑だな。
 うん、でもいい関係だよあの二人は。喧嘩? ああ、しょっちゅうやってるみたいだな。でも相手が嫌いで喧嘩してるんじゃないから。それどころか、あの二人はそれぞれ無二の理解者なんだよ。俺にはそう見える。
 進藤はどうしても悪目立ちするだろう。服装や髪型……あれは生まれつきらしいからどうにもならないそうだよ。わざわざ黒く染めるのも変だろう? でも、そういうのが気になる年配の人も確かにいるんだ。
 特に進藤は、プロになってすぐの時期にちょっと問題を起こして……あまり人には言うなよ。しばらく対局を休んでたことがあったんだ。
 理由は未だに分からないけど、事情があったのは間違いない。ただ、それがいわゆる無断欠勤ってやつで、このまま休み続けたら除籍もあるんじゃないかって噂されたぐらいだったんだよ。そうなる前に対局に出てくるようになって、本人に厳重注意だけで事は収まったんだけどな。
 その頃の悪いイメージがまだ少しだけ残っていて、いつまでも進藤のことを悪く言う人もいる。それは仕方ないことかもしれないけど、進藤は結果を示すことでそういう声を跳ね返してたんだ。
 だけどな、前にこんなことがあったんだ。
 事務局に用事があって向かう途中、進藤と一緒になって二人で事務局に行ったんだ。中に入ったら塔矢がいてさ。少し離れたところで何か簡単な打ち合わせをしていたみたいだった。
 その隣に……名前は伏せとこう。まあ、あまり進藤のことをよく思っていない古株の人がいてさ。
 どうやら次のイベントで進藤と塔矢が公開対局する予定だったみたいなんだけど、それについてぶつぶつ文句言ってるのがこっちまで聞こえてきたんだ。
 世界でも名高い塔矢行洋の一人息子と、進藤なんかじゃ格が違うってね。ライバルだなんておこがましい、公開対局させるだけ無駄だし、棋院の恥だって大声で喚いていたよ。
 仕方ない。頭の固い人はどこにでもいるし、進藤が過去に褒められないことをしたのは事実だ。進藤もそれが分かってるから、何も言わないで静かにその場をやり過ごそうとしていた。ああいうところは、本当に大人になったなって思うよ。昔だったら噛み付いてただろうな。
 そうしたら、塔矢が言ったんだ。
 「碁盤の前に座る時、対峙すべきは相手の過去や経歴ではありません。一流の棋士ほど、無心で対局に集中するでしょう。」ってね。
 その人が黙ったのを見て、続けてこう言った。
 「彼はいつも真摯に碁を見つめています。ボクは彼のライバルであると呼ばれることを誇りに思っています」――きっぱりした口調だったよ。
 決して大声を張り上げたわけじゃないのに、よく通る静かな声だった。スカッとしたな。
 隣の進藤をチラッと見たら、今のやりとりが聞こえてないような素っ気無い顔して、でもほんの少しだけ口元が笑ってた。
 照れ臭かったのかな。後で出直すって事務局を出て行った進藤の耳がうっすら赤くなってたよ。……嬉しかったんだろうな。
 格好いいだろ? 塔矢を見直したか?
 ああいうことを怯まずに言えるのは塔矢らしいなって思ったよ。相手はね、塔矢におべんちゃらを使ったつもりだったんだよ。塔矢はそういうのを誰より嫌うタイプだから。
 力に媚びるようなヤツじゃないよ、アイツは。うん、確かに塔矢のスタートラインは人とは違う位置にあったかもしれない。でもな、塔矢だって決して誰からも持てはやされてあそこまで上り詰めた訳じゃない。
 塔矢は塔矢で、偉大な父親の影に一生縛られなければならないんだ。やっかみを受けることも多かっただろう。
 あらゆる声に力で応えてきたんだ。並の精神力じゃ潰れてるよ。それを進藤はよく分かってる。
 そうだ、そういえばこんなこともあったな。
 進藤がね。あれは何の予選だったかな……たまたま俺が近くの席に座っていたから聞こえてきたんだけど。どうも、対局前に相手が進藤に向かって塔矢をからかうような発言をしたらしい。
 あの二人、しょっちゅうつるんでるだろ。仲の良い相手を罵って、動揺を誘う程度の低い盤外戦だよ。俺もやられたことがあるが、自分のことを言われる以上にカッとなるもんだな。
 多分、塔矢が二世棋士だとかそういったことを言ったんだと思う。進藤が低い声で「うるせえ」って相手を黙らせた。
 ちょうど進藤と背中合わせの場所だったから、進藤の声しか聞こえなかったけど……
 「アイツは血で碁を打ってんじゃない。アイツの強さは、アイツ自身の努力の結果だ」――そんなことを言ってた。
 結果? 進藤が勝ってたよ。堂々としてた……子供の頃から見てるせいかもしれないけど、本当に大きく見えた。いい棋士になったなって感慨深かったよ。
 そして羨ましかったな。あの二人が胸を張って勝ち続けられるのは、きっとライバルに恥じないよう引っ張り合ってるからだ。
 見えないところでも、ちゃんと相手の姿を捉えてる。認め合って、喧嘩もしながら一緒に成長できるんだ。そんな相手に、俺はこの先巡り合えるかどうか……。
 お前もプロになったばかりだよな。これから上だけじゃなくて下からも続々手強いヤツらがやって来る……。その中で、一緒に飛躍できると思った相手を見つけられたら、大事にするといい。
 きっと生涯の相手になるから。
 あの二人みたいに。





 ***





 何? 僕に何か用?
 来週の研究会の時間が変わったことなら知ってるけど?
 ……え? 進藤と塔矢?
 ……、そんなこと聞いてどうするの?
 くだらない……そんなの直接本人に聞けばいいだろ。なんでわざわざ僕に聞く訳?
 ほら、ちょうど良くあいつらが来たよ。聞きなよ。自分で。
 何尻込みしてるんだよ。いいよ、僕が呼んでやるから。
 進藤! 塔矢! 聞きたいことがあるんだってさ!
 あ……逃げちゃった。




「なんだよ越智、急に呼び止めて」
「ボクらに用事って?」
 ジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま呑気な口調で尋ねながら近付いて来たヒカルと、ノータイながらもやや固めのスーツ姿でしゃきしゃき歩いてきたアキラに、越智はフンと鼻を鳴らしてやった。
「僕は聞きたいことも知りたいことも何にもないよ。馬に蹴られたくないからね」
「はあ? なんだよそれ。呼びつけておいて」
「言っている意味がよく分からないんだが……」
 憤慨するヒカルと首を傾げるアキラに、もう一度フンと鼻を鳴らした越智は刺々しい口調で続けた。
「いろいろ勘ぐられたくないなら少しは目立つ行動を慎んだら? お前らのせいで社みたいに胃を痛めるなんて僕はごめんだからな」
 そう吐き捨てるとくるりと二人に背を向け、何故だか肩を怒らせて去って行く越智を呆然と見送って、ヒカルとアキラは顔を見合わせる。
「……社、胃悪いんだっけ?」
「そういや会う時はいつも胃薬を大量に飲んでいたな。しかし、それと越智くんの言葉がどう繋がるかは分からないが」
 二人は肩を竦め、まあいいかと踵を返していつものコースを楽しむべく棋院を連れ立って出て行く。
 アキラの部屋で今日の対局の検討をして、それから一局打って、それから……
 楽し気に笑顔を交わす二人の姿を、今日も何処かの誰かがそっと見守っている。






30万HIT感謝祭リクエスト内容(原文のまま):
「第三者視点で・・。お互いがお互いをこんなに大事に
想ってるんだなってことが伝わるようなお話。
あまりのラブラブぶりに周囲があきれるでもいいし、
第三者を巻き込みカップル成立になるまでの
お話でも・・。両方プラスでもいいです。」

またリクエスト通りじゃないー!すいません!
多分リクエストくださった方はLEMONed〜みたいなのを
イメージしてくださってたのでは、と思ったのです。
激しく外してしまった……。第三者視点じゃなくて
第三者が延々語る二人になってる時点でああもう。
かなりの脳内補完を強要してしまっているし……
そして人数を欲張りすぎた。反省点多し!すいませんでした!
そしてリクエスト有難うございました!
(BGM:Days/河村隆一)