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あら、あんた……この前和谷の研究会に来てた子ね。 私のこと覚えてる？ ……もー、ホントのこと言わないでよ。今度一局打ってあげてもいいわよ。 和谷から聞いたけど、名人戦の一次予選通過したんだって？ 結構やるじゃない。今度の研究会、きっとしごかれるわよ〜。また来るんでしょ？ うん、私も行く予定だけど。伊角さんも来ると思うわよ。後は越智もかな？ 本田くんも来れるんじゃないかな。 え？ ああ、進藤……アイツ、最近忙しそうだからあんまり顔出さないわね。今度も厳しいんじゃないかなあ。 塔矢ぁ？ 塔矢はさすがに来ないわよ。和谷のとこでやってるのは仲間内の研究会って感じだし。 仲がいいのは進藤と塔矢だけよ。そうよ、仲いいわよあの二人。べったりなんだから……って、ああ、ひょっとして見たの？ あの大人気ない大喧嘩？ 一般対局室で大騒ぎしてたの？ もー、あいつらもちょっとは人目考えなさいよね。自分たちがどれだけ目立つか全っ然分かってないんだから。 凄いでしょ〜、いい年してどっちも譲らないの。昔っからああなのよ。一度火がついちゃうと周りが見えなくなるみたい。 ああなったら誰も止められないのよね〜。無理無理、進藤はともかく塔矢までおんなじ調子でやり合ってるんだもん。びっくりしたでしょ？ あの塔矢が怒鳴り声上げる相手なんて進藤くらいなもんよ。 まあ、あれも仲がいいからできるんでしょうけどね。じゃれあってんのよ。そう言ったら進藤は怒るけどさ。 だって本気で喧嘩してる訳じゃないんだもん。そうよ、売り言葉に買い言葉ってヤツで、引っ込みつかなくなってエスカレートしてるだけよ。子供なのよ、コドモ。 前なんかね、いつもの調子でやり合って、またくだらな〜い方向に話が逸れていったのよね。 でね、珍しく塔矢が失言して、進藤がすっかりヘソ曲げちゃってさ〜。まあ確かにそりゃないわって台詞だったけど、進藤だって散々酷いこと言ってた後だからね。自業自得ではあるんだけど。 塔矢も言った後でマズイ！ って顔したのよ。でもまあ、すぐに謝るのは癪だったんじゃない？ 開き直っちゃって、進藤がますますブチ切れて…… それで何て言ったと思う？ ちょっとやそっとじゃ許さない、プリン一個で済むと思うな！ ――よ。 ハタチもとっくに越えた男の台詞だと思う？ どうもね、前にもこじれた時、プリンで釣られたっぽいのよね、進藤。 塔矢もすっかり呆れちゃってさ、キミは馬鹿か！ なんて怒鳴り返してねえ。あ、似てる？ あの目つきの悪さがポイントよね。 まあどうせいつものことだから、しばらく経ったら元に戻るでしょなんて思ってたんだけどね。その後、たまたま塔矢とほとんど同じタイミングで棋院出ることになったのよ、私。 別に知り合いって訳じゃないから声はかけなかったわよ。塔矢のちょっと後ろで同じ方向に歩いてたんだけどね、塔矢がコンビニの前で急に立ち止まって、なんか考え込むような素振りで中に入っていったわけ。 それが割と真剣な顔だったのよ。あの、対局前みたいなキリッとした顔でコンビニ入ってくもんだから、何事かなって思うじゃない。 ちょっと気になっちゃって、私もついコンビニに入って……やーね、別に後つけた訳じゃないわよ。塔矢とコンビニってあんまり似合わないじゃない？ それでちょっとだけ興味が沸いたのよ。 塔矢、何見てたと思う？ ……気になる？ ほら、やっぱり気になるでしょ？ 難しい顔してプリンの棚睨んでんの！ あの塔矢アキラがよ。そこに詰め碁の問題でも書いてありますか〜？ ってくらいに怖い顔してプリンをじーっと端から端まで…… 嘘じゃないわよ！ 本当なんだってば！ 確かに見たんだから！ それだけじゃないのよ。何買うのかな〜って横で様子伺ってたら……塔矢、おもむろに高い順から五つくらい、プリンがしっと掴んでレジに持ってったのよ！ ……だから嘘じゃないってば！ あんた私の言うことが信じられないっての！？ そうよ。分かればいいのよ。あたしだってこんな話ダラダラしてるほど暇じゃないんですからね。 まあ、でもその時はホントにびっくりしたわよ。あの塔矢アキラがプリン大人買いする姿も微妙だったけど、それが進藤のためってのがねえ。そりゃそうでしょ。進藤のご機嫌取りに決まってるじゃない。進藤がガキっぽくて我が儘だからかもしれないけど、意外に塔矢のほうが頭上がらないみたいよ。 もー、目に浮かぶわ。プリン目の前に並べられて今回だけは許してやる、とか言っちゃってる進藤の顔。 アイツも単純だからねー。よくあれでタイトル保持者だわよ。あれで碁石持ったらがらっと変わるんだから、分かんないもんよね。 進藤って普段はほんっとガキっぽいからさあ。アイツ、未だに御馳走って言ったらラーメンなのよ。ラーメン。あ、和谷からも聞いた？ たま〜に会った時に奢ってやるよって言われても大抵ラーメンだから断ってんのよ。アイツの行くラーメン屋って美味しくても小汚いとこばっかなんだもん。髪に餃子のニオイつけて午後の対局出ろっての？ デリカシーなさすぎじゃない。あんなんだからいい年して彼女も出来ないのよ。 ま、塔矢引っ張ってラーメン屋に向かう姿はちょっと可笑しいんだけどね。塔矢とラーメンって面白いくらい合わないじゃない？ でもねえ、進藤が誘ったら行くのよこれが！ 渋〜い顔しながらラーメンすすってあの鬱陶しい髪掻き上げてんのかと思うと笑えるわよね！ え？ ああ、いいのよ、どうせ塔矢は横で私が覗き込んでたことなんか気づいちゃいないんだから。あの目にはプリンと進藤しか映ってなかったわよ。そもそも私の顔だって覚えちゃいないだろうし。 そうよ、悔しいけどね。公式戦で当たったこともあるし、進藤が傍にいる時に二言三言会話したことだってあるわよ。それでも多分名前だって頭から抜けてると思うわ。 あの人、そういうとこクールよ〜。興味引かない人間はさっぱり記憶に残んないみたい。進藤以外の人間にはとことん淡白な人なの。 外面はいいけどね。私なら友達になるのは勘弁って感じ。進藤はさ、見た目そんまんまの性格だから付き合いやすいけどさ。逆に言えば、なんであいつらが何年もつるんでるのか不思議よね。 進藤はああいうタイプだから、逆に固そうな塔矢には合ってるのかもねえ。ライバルってだけならまだ分かるけど、プライベートでも遊んでるって言うから最初は驚いたわ。どうせ遊ぶって言っても碁ばっかなんだろうけど。進藤はともかく、塔矢のプライベートってあんまり想像できないわよね。 あんたも上目指すつもりなら、まずは塔矢の頭の片隅にでも存在を置いてもらうことね。和谷なんか未だに名前間違われてんのよ。そこそこ顔合わせてるはずなのにねぇ。 あの二人が遠慮ないのも、お互いの力を認めてるからよ。悔しいけど、同年代であいつらを凹ませられるヤツは少ないからね。他には眼中なしって態度とられても仕方ないところもあんのよ。 ぼやぼやしてらんないわ。私だってプロになった以上は目標は高く持ちたいもの。早く帰って勉強しないと！ 今度の研究会も気合い入れて行くわよ。 あんたも気ぃ抜かないで、二次予選も頑張りなさいよね！ |
今回はちょっと長めなので一人分。
絶対聞かれてないことも喋ってると思いますよ。