LEMONed I Scream






 よく晴れた昼下がり。
 青年はぼんやりとレジの中から外の景色を見ていた。
 住宅街にぽつんと佇むこのコンビニエンスストアは、今頃の時間になるといつもぐっと人の入りが少なくなる。
 家族で昼食を楽しんでいる幸せな家庭が多いのだろうか。暇な時間にバイトのシフトを組まれた青年は、大きなあくびをしながら退屈な時間を過ごしていた。
 まあ、ろくな仕事もしないでバイト代をもらえるのはいいことだ。青年はこの仕事が気に入っていた。繁華街のコンビニと比べればずっと給料も安いが、店長は口うるさくないし、あまった弁当をこっそりもらえたりするし、一人暮らしの貧乏学生にとっては有難いことこの上ない。
 それに、今のような暇な時間でもやろうと思えば仕事はあるものだ。煙草の在庫でも確認しようかと青年が景色から目を逸らそうとした時、遠くから人影がふたつ、このコンビニに向かって歩いてくるのが見えた。
 どうやらお客が来たらしい。だらけていた背中をぴんと伸ばし、開く自動ドアに合わせて「いらっしゃいませ」と声を出す。
 入ってきた二人組を見て、おや、と青年は目を留めた。
 ――今日はこの時間に来たのか。
 思わずそんなことを考える。
 彼らはこのコンビニの常連客だった。
 常連客というだけでは案外記憶にも残らないことが多い。バイトのシフト時間はまちまちで、コンビニに訪れる客というのは大抵同じ時間にやってくるため、毎回顔を合わせることは少ないからだ。
 しかし今やってきたこの二人は、青年のとりとめのないシフトに負けじとあらゆる時間にやってくる。
 見たところ、青年よりも年下の高校生くらいだろう。その割に学校へ行っている様子がない。青年がそう思うのにはいくつか理由があった。
 第一に、朝も昼も夜も関係なしにコンビニにやってくる。勿論毎日というわけではないが、青年が顔を覚えるほどにはこのコンビニを利用しているのは間違いない。
 第二に、普段はごく普通の服装をしているが、時折スーツを着込んでいることがある。二人のうちどちらかがスーツだったり、二人ともスーツだったりということはあるが、制服を着ているということは一切ない。
 最初、私服の高校に通う学生が夜に如何わしいバイトでもしているのかと思ったが、その割に彼らは幼すぎた。あれでは何処でも雇ってはもらえまい。
 故に、青年は彼らを学生ではないと判断していた。恐らく特殊な仕事をしているのだろう。そう思う理由もいくつかあるのだが、まだ確証はない。
 仕事が暇な時、青年はこの二人の観察を楽しむことが常になっていた。

 青年が彼らをしっかり記憶しているのには、更に理由がある。
 この二人、異様に目立つのだ。
 一人は服装も言葉遣いも今風の青年。金色の前髪が眩しい、大きな目のちょっと可愛らしい顔をした彼が、恐らくこのコンビニの近くに住んでいるのだろうと思われる。
 彼らは大抵二人セットでコンビニにやってくるが、この前髪が金髪の青年一人で訪れることも少なくない。そんな時、彼はほぼ間違いなく一人分の食事を購入して帰っていく。二人の時はそれなりの量の惣菜や菓子類を買っていくことから、二人は仲の良い友人同士で、一人暮らしの金髪青年の家にもう一人がしょっちゅう入り浸っていると見るのが正しいだろう。
 そのもう一人がまた一風変わっていた。
 烏の濡れ羽色なんて古風な表現が似合いそうな黒髪を、顎の辺りで切り揃えている――いわゆるおかっぱだ。しかしそんな髪型をしていても女性ではない。顔は何処から見ても男で、それも相当いい男だった。
 切れ長の瞳は常に強い視線を辺りに撒き散らし、ぴしっとした佇まいには生来の生真面目さが見て取れる。時折発しているピリピリしたオーラは少々神経質そうにも見え、正直あまり親しく付き合いたくないタイプだと青年は思っていた。
 ここまで見た目が正反対な二人が頻繁に連れ立ってやってくるものだから、いやでも目につく。
 その上この二人、傍目には気が合いそうもないのだ。
 見た目だけでなく性格も正反対のようで、くだらない言い争いがよく聞こえてくる。今日もどうやら何事かで揉め始めたようだ。
「またその炭酸飲料を買うのか? 先週からずっと、何本買ったと思ってるんだ。家にもまだ残ってるだろう」
「だってシークレットのフィギュア欲しいんだもん。この前三本買って全部ダブったんだぜ、サイアク」
「あんなごちゃごちゃしたおもちゃを集めて何が楽しいんだ。きちんとしまう場所もないくせに。大体このペットボトルだって飲み終わったら部屋にごろごろ転がして、ゴミの分別もろくにやらないでだな……」
「あーもう、今度の休みにまとめてバラすんだよ! うっせえなあ、いちいち」
 ……常にこんな調子である。
 仲が良いのか悪いのか、しょっちゅうつるんでるということはやはり仲が良いのだろうが、喧嘩ばかりで疲れないだろうかと青年は思う。
 金髪のほうが炭酸飲料を小脇に抱えながら、雑誌のコーナーへと移動した。その間におかっぱのほうが弁当や惣菜のコーナーへと足を向け、何やらサラダを物色しているようだ。
 金髪がぱらぱらと雑誌をめくっている間におかっぱはサラダとヨーグルトをふたつずつ選んでレジへ持ってきた。青年は品物のバーコードにリーダーを当てながら、やっぱりこのパターンか、と内心苦笑いする。
 大抵、金髪が選ぶ食材はボリューム重視で内容が偏っている。おかずが揃った弁当よりも、一品もののパスタや丼系、そしてカップラーメンを好むようで、選ぶたびにおかっぱに栄養バランスがどうのと怒られているのだ。
 最初こそそんなやりとりを何度か交わしていた二人だったが、そのうちおかっぱのほうが勝手に野菜を選んで買うようになった。とりあえず栄養の最低ノルマをクリアすれば、後は金髪が何を選んでも自由ということにしたらしい。
 変な友人同士だとつくづく思う。
 おかっぱが無類の世話好きなのか、思わず世話したくなるほど金髪がだらしないのか、もしくはその両方なのかはよく分からないが、二人はいつもこんな感じのやりとりをしているような気がする。
 よくこれで長く一緒にいられるものだとある意味感心するが、赤の他人である青年に彼らもどうこう言われたくはないだろう。
「931円です」
 おかっぱは黒い皮財布から千円札を一枚取り出した。
 青年はちらりと覗いた財布の中身に肩を竦める。
 初めて見た時は仰天したものだ。何しろ、明らかに自分より年下と思われるおかっぱの財布に万札がそれなりの厚さで押し込まれていたのだから。
 もしやどこかの金持ちの道楽息子かと見当をつけたこともあったが、彼らの言葉の端々を拾うとそうとも決め難い。
 金髪が雑誌の立ち読みを終え、ぐるりと店内を回ってレジまでやってきた。手には先ほど話題になっていた新製品のフィギュアつき炭酸飲料と、スナック菓子とチョコレート。それから、これまた新製品のカップラーメン二つ。
 レジで支払いを終えたおかっぱが、呆れたような顔をしてみせた。
「またラーメンか。キミに任せるとこの世の食べ物はラーメンしかないんじゃないかって錯覚するよ」
「いいじゃん、これまだ食ってなかったんだよ。超うまいって倉田さんも言ってたもん」
「たまには食べ物の話だけじゃなくてリーグ戦の話でもしたらどうだ。地方イベントの仕事が重なるたびにキミたちはその土地で何が美味しいかの話ばかりしてるって、緒方さんが呆れていたぞ」
「なんだよ、せっかく全国回るんならうまいもん食ったほうが得じゃん」
 青年は彼らの言い合いを聞きながら、ラーメンのバーコードを読み取った。
 ひとつ298円……カップラーメンにしては決して安いものじゃない。寧ろ高い。そこらの学生がなけなしのバイト代でカップラーメンにここまで金をかけるとは思えない。
 この金髪も、見た目はそれほど派手ではないがどうやらそこそこ金回りの良い少年らしかった。よく見れば確かにさりげなくブランド物を身につけていたりして、嫌味でない程度にトータルコーディネイトにそれなりに金がかかっていることが分かる。
 今の会話といい、彼らの仕事はやはり謎だらけだ。時間帯がまちまちで、全国を飛び回り、時々スーツを着て、しかしこんなに年若い二人が結構な額を稼げる仕事……
 青年はいつものように言い争いをしながらコンビニを出る二人の背中を見送り、首を傾げるのだった。






初のオリキャラ(と言っていいのかどうか)視点で。
いつも前置き長くてすいません……