LEMONed I Scream






 それから後も、青年は不思議な二人の姿を何度もコンビニで見かけていたのだが。
 ある日を境に、金髪が一人でコンビニにやってくるようになった。
 最初はたまたまかとも思ったが、金髪が単体でコンビニに訪れる日が数日、一週間、二週間と続いていったことから、青年はどうやら彼らは仲違いをしたらしい、と結論付けた。
 何か喧嘩でもしたのだろうか、いや喧嘩は普段からしょっちゅうしていたようだが、よっぽどこじらせてしまったのだろうか。
 金髪は一人でやって来始めた数日、咎める人間が傍にいないせいか、好きな炭酸飲料とお菓子、そして栄養バランスを気にしない一人分の食事を購入して帰って行った。時折それに漫画雑誌が加わったりもしたが、偏った食事の内容はそのままである。
 サラダはいいのだろうか、せめて野菜ジュースだけでも……思わずそんな声をかけたくなるが、ただのバイトである青年がおかっぱの代わりをする必要はない。
 おかっぱと一緒に現れなくなって随分経つ。青年は少しだけ心配になった。
 随分、と言ってもまだ一ヶ月も経過していない。普通の友人同士なら慌てる期間でもないだろう。
 しかしあれだけ常に一緒にいた二人が、ここまで長く離れているのを青年は見たことがなかった。一体何があったのだろう。
 ズボラな金髪に、おかっぱが匙を投げたのだろうか。
 おせっかいなおかっぱに、金髪が鬱陶しさを感じたのだろうか。
 確かにちぐはぐな二人ではあったが、それでも不思議としっくりしていた彼らでもあった。
 あのくだらないやりとりがしばらく見られなくなって、青年はひっそり寂しさを感じていた。
 平日の午後九時、金髪は今日も一人でコンビニに訪れた。
 どことなく寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
 いつものように店内をうろうろと回り、雑誌のコーナーで何かを手にとろうとした時――どこからか軽快なメロディが響いて来た。
 金髪が慌ててポケットを探っているのが見えた。どうやら金髪の携帯電話が鳴ったらしい。
 他に客はいないのだからそれほど慌てなくてもよいのだが、金髪は急いで携帯電話を取り出した。ポケットから解放され、音が更に大きく聞こえてくる。
 すぐに電話に出るかと思われたが、しかし金髪は鳴り続ける携帯電話を手にして固まっていた。
 さすがに青年も店内に響くメロディが気になって、思わずレジから身を乗り出して金髪の様子を伺ってしまう。
 金髪は手にした携帯をじっと見つめていたが、やがて何かを決意したようにボタンを押して耳に当てた。メロディが途切れ、店内はにわかに静かになった。
「……もしもし……」
 金髪が低い声で電話の相手に答えた。
 青年は聞いてはいけないと思いつつも、様子のおかしい金髪につい目をやってしまう。青年と金髪しかいないこのコンビニで、たった一人の客の動向が気にならないなんて嘘だ。
 金髪はぼそぼそと電話に向かって相槌を打っているが、その声の調子からして明らかに不機嫌そうである。青年がこっそり伸び上がって金髪を観察してみると、雑誌に向かったままの金髪の横顔が酷く険しいものになっていた。
 もしや、と青年はある人の顔を思い浮かべていた。
 電話の相手はおかっぱではないだろうか……。
 金髪は相変わらず厳しい表情で、短く相槌のみを打ち続けている。
 その声があまりに小さいので、思わず青年が耳を澄ませて更に身を乗り出そうとした時、
「……うるせえっ!」
 突然怒鳴り出した金髪の声に青年の身体がびくりと竦む。
「お前はいっつもそうだ! どうせ俺は何も考えちゃいねえよ! お前に言われなくたって自分のことはよく分かってる!」
 こんなに大声を出す金髪を始めて見た。コンビニの中でしか彼を見たことがないのだから当たり前かも知れないが、それにしても酷い剣幕だった。
 金髪は普段から口は悪いがあっけらかんとして、明るくて朗らかな印象が強かった。その彼が、顔を苦痛に歪めて電話の相手に悲痛な声をあげている。青年ははらはらと金髪を見守った。
「もういい! お前なんか知らねえ! 二度と電話してくんな、馬鹿野郎!」
 金髪は電話を切った。ボタンを長く押しているところを見ると、どうやら電源そのものを切ってしまったらしい。
 再び音が鳴ることのない携帯電話をポケットに突っ込んだ金髪は、当初手にとろうとしていた雑誌にあっさり背を向け、苛立ちの表れる肩を怒らせてずんずん飲み物のコーナーへ向かって行く。
 青年はレジから金髪の動向を伺った。またいつもの炭酸飲料でも買うのかと思ったが、金髪は酒のコーナーで立ち止まって動かなくなってしまった。
 まずいな、と青年は眉を寄せる。
 金髪はどう見ても未成年だった。近頃は未成年の飲酒について何かとうるさく、売る側としても注意を払わなければならない。もしも金髪が何らかの酒を持ってレジにやってきたら、青年はそれを止めなければならないのだ。
 これまでもやんわりと「身分を証明するものを見せていただけますか」と告げて、逆ギレされたことは一度や二度ではない。正直、あんな怒鳴り声を上げていた金髪に決まり文句を尋ねるのは気が重かった。
 しかし青年の心配をよそに、金髪は遠目からでも分かるほどの大きなため息をついて、すごすごとその場から足を遠ざけた。
 青年がほっとする中、金髪はのろのろと重い足取りで惣菜コーナーに向かう。また何か一人分の食事を買うのだろうか。青年は金髪の食事メニューをあれこれと予想したが、その全てを裏切って、金髪は小さなサラダをひとつ手にしてレジまでやってきた。
 意外な選択に青年は驚いてしまった。心成しか辿々しい手付きでサラダのバーコードを読み取る。
 金髪は今にも泣き出しそうな、酷く哀しい顔をしていた。レジで支払いをする間、ぼんやりした目であらぬ方向を見つめ、機械的に百円玉を三枚、ちゃりんと落とす。
 青年はお釣を手渡し、小さなビニール袋にサラダを入れて箸を一膳添えてあげた。金髪は黙ってそれを受け取り、背中を丸めてレジに背を向ける。
「……ありがとうございましたー……」
 とぼとぼとコンビニを後にする金髪の後ろ姿は、重苦しい哀しみに支配されていた。
 やはりあの電話の相手はおかっぱだったのではないだろうか……青年はぼんやりそんなことを考えた。



 それから二時間後。
 そろそろ青年のバイト時間も終了が近くなり、次のバイトにレジを引き継ぐ準備をしようとした時、物凄い勢いでコンビニに飛び込んできた男に青年はびくりと振り返った。
 その姿を認めて青年は目を丸くする。……おかっぱだ。
 おかっぱが初めて一人でこのコンビニにやってきたのだ。
 おかっぱは息を切らせて、その黒い髪を乱れさせ、店の入り口できょろきょろと首を回し、それから一ケ所に向かって駆け出して行く。
 どうやらここに来るまでずっと走って来たようだ。いつも涼し気なイメージの強かったおかっぱが、ここまで余裕のない様子を見るのもまた初めてだった。
 あまりの勢いに「いらっしゃいませ」の定型文さえ口にできなかった青年は、呆然とおかっぱの行動を見つめた。
 おかっぱはある一角をじっと睨み、何かを掴んでずんずんレジに向かって来る。その全身から迸る怒気とも殺気ともつかないオーラに青年は気圧された。
「……これください」
 おかっぱがどんとレジに置いた小さな箱。
 青年は口をかぱっと開きそうになるのを強い意志で押しとどめなくてはならなかった。
 ……コンドームだった。
「……1200円になります……」
 青年の消え入りそうな声に全く気遣いを見せず、おかっぱは乱暴に一万円札を叩き付けて来る。
 恐怖に怯えながらもお釣を差し出す青年の手から札と小銭を奪い取ったおかっぱは、青年がコンドームをビニール袋に入れるのも待たずに箱を引っ掴み、そのまま脱兎の勢いでコンビニから飛び出して行った。
 凄まじい形相で走り去るおかっぱの背中を、青年は呆然と眺めていた。
 ……今のは何だったのだろう……。
 レジを挟んで見てしまったおかっぱの血走った目を思い出し、ぞくりと背筋に走る寒いものを感じた青年は、深く考えるまいと首をぶんぶん振った。
 何だか見てはいけないものを見てしまったような気がした。





 ***





 その夜以降、再び二人は一緒にコンビニに訪れるようになった。
「見ろよこれ、新製品のアイス! やっと一個だけ残ってた〜! ずっと品切れでさあ」
「またアイスか。この前も食べ過ぎでお腹を壊しただろう。ただでさえキミは最近冷たいものばかり食べたり飲んだりしているのに……」
「あちーんだもん、当たり前だろ。ホントお前ってうるさいヤツ!」
 不毛な会話も相変わらずである。
 あの晩二人に何があったのか気にならないことはないが、考えてはいけないと青年の中の天使が思考に優しくフタをする。
 青年にとっても、二人にとっても、変わらない日常が戻って来たようだった。






6周年記念リクエスト内容(原文のまま):
「アキラとヒカルがよく立ち寄るコンビニ。
店員さんの目に映る正体不明の若造の生態をギャグタッチで。」

なんて酷いオチだ……!
CIRCUSの時と同じ過ちを犯した気がします……
アキラが一人でコンビニにやってきた辺りの前後は
皆様の御想像にお任せを……<逃げた
ああ、今回もすいませんでした。
リクエストありがとうございました!
(BGM:LEMONed I Scream/hide)