「なあ、どう思う?」 「どう思うって、どうもこうもないだろう?」 正座して碁盤に向かうアキラの背中にしなだれかかりながら、ヒカルは先日からずっと頭を悩ませている「奈瀬に見られた疑惑」について相談を続けていた。 ここは慣れ親しんだ塔矢邸、おまけにアキラの両親は先月中国へ行ったきり。誰の目にも怯えることなくべたべたできる貴重な場だ。 先ほどから棋譜並べに没頭しているつれない恋人に、腕を絡ませたり太股に頭を乗せてみたり、いろいろ試しているのにアキラは平然と碁盤に向かっている。 反応の乏しい恋人に焦れて、ヒカルはおんぶおばけさながらアキラの背中にずっしり体重をかけてやった。 「お前、冷たい。俺がこんなに悩んでるのに」 「ちゃんと聞いてるよ。だから、悩んだってどうしようもないって言ってるだろ?」 「その言い方が冷たいんだよ〜!」 アキラに圧し掛かったままじたばたと暴れるヒカルに、アキラはわざと聞こえるように大きなため息をついたようだった。 そうして見上げるように負ぶさっているヒカルを振り返る。 「あのねえ、キミの友達はそんなに心が狭い人ばかりなのか? 大丈夫だよ。たとえバレても、彼らなら分かってくれるだろう?」 「お前なんだってそんなにポジティブシンキングなの? そんなのわかんないじゃん! そりゃ、みんなイイヤツラだけどさ、俺らのこと良く思ってくれるかわかんないじゃん……」 力なく頭を垂れるヒカルを見て、アキラも少し目元を緩め、おいでとヒカルに腕を伸ばした。 ヒカルはアキラの胸の中に飛び込んで、その首筋に鼻面をこすり付ける。 アキラはヒカルを抱き締めながら、優しく囁いた。 「心配しなくていい。きっとみんな分かってくれるよ。それに、まだ何か言われたわけじゃないんだろう?」 「うん……でも……」 「大丈夫だ。キミがそこまで気にすることはない。キミは普段どおりに彼らと接していればいい。それでもし何か言われるようなことがあったら、またボクに相談してくれればいいから」 「……うん……」 アキラに髪を梳かれて、思わず気持ちよくなったヒカルはうっとり目を閉じる。 アキラの低い声には不思議な響きがあって、ああ、大丈夫かもしれないなんて根拠もなく納得してしまいそうになる。アキラが言うならなんでもないことなのかもしれない…… そのまま顎を掬われ、しっとりと口づけられた。こうなるともう頭はマトモに働かない。 アキラの首に腕を伸ばして、倒されるまま床に転がって、身体にかかる重みを受け止める。 キスの嵐の中、ヒカルはそれまで頭を占めていた悩み事を吹っ飛ばして、一時の快楽へと身も心も委ねていった。 *** 未だ正月気分の抜けない賑やかな通りは、日が暮れてから随分時間がたったというのに、週末ということもあってか人でごった返していた。 千鳥足の中年男性二人組みが肩を組んで通り過ぎる。華やかなOLらしき女性たちも一様に頬を紅潮させ、寒さをものともせず街を闊歩している。 そんな新年会シーズン真っ只中の街中を、アキラは時計を確認しながら急ぎ足ですり抜けていく。 先ほどまで自身も新年会の席で酒を振舞われていたというのに、酔った様子は微塵も感じられない。まあ、二次会への誘いを断って早々に切り上げてきたのだからそれほどアルコールの摂取量は多くないのだろう。 アキラは一軒の居酒屋の前で立ち止まり、迷いなく中へと入って行った。出迎えた店員を、連れが中にいるからとやんわり押し留め、アキラは店内を突き進む。 店の奥のテーブル席に、見知った面々が集まっていた。 アキラが彼らに声をかけるより早くその中の一人が顔を上げ、アキラがやって来たことに気がついたようだった。 まずい、とアキラは慌てて座席に駆け寄る。――彼が飛び出してきて大騒ぎをしてはいけない…… 「とうやぁ〜!」 大声でアキラの名前を叫んだヒカルは、隣にいた和谷を押しのけ、更に隣の本田の足を乗り越えて、彼らの座席までやってきたアキラにがっしりしがみついた。 「遅い遅い遅い〜! 俺ずーっと待ってたのに〜!」 「ごめん、一次会で出てこようとしたから緒方さんがうるさくて」 「俺だって塔矢門下の新年会行きたかった行きたかった行きたかった〜! 塔矢と一緒にいたかったいたかった〜〜!」 アキラの腹に顔を押し付けて、半泣きで喚くヒカルを見下ろしたアキラは苦笑する。 まるで人目を気にせずアキラにかじりついているヒカルを見て、仲間たちも呆れたような顔をしている。 「いつもすいません」 アキラは彼らに頭を下げた。和谷が肩を竦めて「いんや」、と首を横に振る。 「お前も大変だな。もうこうなったらコイツきかねーからさ。悪かったな、新年会途中で抜けてきたんだろ?」 「ええ、でも元々早めに帰るつもりだったから。進藤がすねると困るし」 「甲斐甲斐しいねえ。その酔っ払い、どうせ覚えちゃいないんだろ?」 和谷が顎でヒカルをしゃくる。 ヒカルはアキラの胸に頬をぐりぐり摺り寄せて、待ち望んでいた温もりを堪能しているらしい。 奈瀬が呆れたように短くため息をついた。 「最初見たときはドン引きだったけどねー。もう慣れちゃった。塔矢、あんたいい加減にこのこと進藤に教えたら?」 越智も眼鏡をずり上げながら、眉間に皺を寄せて面倒くさそうに言う。 「見てるこっちが恥ずかしくなるから、早く持って帰ってくれない? さっきから喚いてうるさいんだよね」 本田も微かに引き攣った笑みを浮かべながら、越智の言葉に頷いた。 「今日はまた一段と凄かったな。何喋っても塔矢塔矢って、そればっかりだったからな」 小宮もまたからかうように肩を竦める。 「ふざけて「塔矢のどこがそんなにいいよ?」って聞いたら「全部!」だとさ。ごちそーさん。」 最後に伊角が目を細めて苦笑いを見せた。 「ずっと塔矢がいなくて淋しいってすねてたよ。悪いけど後は任せていいか?」 順番にヒカルの心の広い友人たちを眺めたアキラは、しっかりと頷いて再び頭を下げた。 「ご迷惑おかけしました。連れて帰ります」 「気ぃつけてな〜」 「イチャつくんなら人のいないとこでしなさいよ〜」 背中に声援を受けつつ、アキラはしっかり背中に腕を回して離れないヒカルを引き摺って歩く。これでは歩きにくいだけではなく目立って仕方がない。嫌がるヒカルの腕を外して、介抱するように肩にかけた。 「進藤、しっかりして。ほら、頑張って店を出るんだ」 「うう〜、塔矢抱っこしてえ……」 「家に着いたらいくらでもしてあげるから。さ、歩いて」 駄々をこねるヒカルを担ぎつつなんとか店を出て、冷たい外気にアキラは身を震わせた。 この様態ではとても公共機関での移動は無理だろう。アキラはポケットから取り出した携帯電話でタクシー会社をコールした。 もう何度こんなことがあっただろうか。初めて和谷に「ヒカルが逢いたがっている」と居酒屋へ呼び出されてから随分経った気がする。あの時はアキラもすっかり冷や汗を掻いたものだったが。 人の邪魔にならないところにヒカルを引っ張って移動させ、寒さのせいか単に甘えているだけか身を擦り寄せて来るヒカルの背をぽんぽんと叩き、アキラは微笑してみせた。 「ねえ、とっくにみんなにはバレてるんだよ? 気付いてないのはキミだけだ」 「んん〜……? 何らって……?」 ヒカルは眠そうに目を瞬かせ、アキラの肩にこつんと頭を乗せて満足げに笑った。 泥酔したヒカルは酔っていた時の記憶をさっぱりなくしてしまうようで、これまでの数ある目も当てられないようなエピソードを覚えていないのは幸せなことだとアキラはため息をついた。 ヒカルの心優しい友人達はあのように自分たちのことを受け入れてくれているが、さすがにこの様を自分の兄弟子たちの前に晒す訳にはいかない。 「緒方さんのいいおもちゃだ」 「おもちゃぁ……?」 なんでもないよとヒカルに微笑み、近付いて来るヘッドライトに目を細めた。どうやら予約したタクシーが来たらしい。 「さあ進藤、帰ろう。ボクの家でいいかい?」 「うん、塔矢んちでえっちなことする!」 「……、もう少し声は小さくね……」 眉を垂らして笑ったアキラは、絡み付くヒカルを抱えるようにタクシーへと乗り込んだ。 さあ、明日はこの経緯をなんとヒカルに説明すべきか。 本当のことを言ったら、素面のヒカルはきっと卒倒してしまうだろうから、今回もうまくごまかしてあげなくては。 肩を竦めながら、アキラは後部座席のシートに体重を預ける。そんなアキラの胸に、ヒカルの頭がことんと置かれた。 「塔矢ぁ、大好き!」 「……ボクもキミが大好きだよ」 天真爛漫な可愛い恋人。 まだまだ危なっかしくて目が離せない。 ふと、フロントガラスを見上げると、鏡越しに唖然とした表情の運転手と目が合ってしまってアキラはひっそり苦笑いした。 |
6周年記念リクエスト内容(原文のまま):
「二人の関係がばれそうでパニクッているヒカルと
妙に平然としている若のお話が読みたいです。
ばれる相手はこういうことに鋭そうな奈瀬ちゃんでも
息子の恋人探しにやっきになる美津子さんでもいいです。
基本的にはギャグってことで。」
ほのぼの路線にしようかと思ったので、
あまり緊迫感出さないようにしたらグダグダになりました……
「宝石」と軽く対に、くらいの気持ちで書きましたが、
宝石の後に配付させて頂いたお年始SSで酔っ払いネタが
被ってしまい、酔っ払い三連発になっちゃいました。
リクエストありがとうございました!
(BGM:ラビュー・ラビュー/ポルノグラフィティ)