Lady xxx Pop !






「お母さん! なんで春兄ぃに余計なこと言うたん!」
 可愛らしい声をキンキンと尖らせて、板が抜けそうな派手な音を立てながらどたどたと階段を下りてくる少女の騒々しさに、今晩の食事は面倒だから麺でええわ、なんて考えていた母親が何事かと台所から顔を出した。
「なんやの美冬。うちもう古いんやから壊さんでよ」
「なんで春兄ぃに東京行きのこと喋ったん!? 内緒にしといてってあんなに言うたやん!」
 母の言葉などまるで聞いていないふうで、美冬は甲高い声で怒鳴り続ける。
 母は呆れたようにため息をついて、腰に手を当てた。
「ええやないの、清春のほうが東京詳しいやろ」
「オヤジみたいに鬱陶しい心配ばっかすんやもん! 最悪や!」
 目を吊り上げる娘をどうしたものかと困ったように眺めていると、美冬に負けず劣らず騒々しい音を立てて階段を駆け下りてくる兄の声がした。
「美冬、待ちぃ! まだ話終わっとらんで!」
 美冬の兄である社清春は、何故か腹を押さえて若干呻きながらの登場になった。どうやら二階で口論になった際、妹に一発お見舞いされたらしい。
「もう、しつこい! 行くったら行くんやから、春兄ぃには関係ないやろ!」
「阿呆! お前みたいなションベン臭いガキがのこのこ東京なんか行ったら、変な男にだまくらかされて売り飛ばされるのがオチや!」
「ショッ……!? げ、下品なこと言わんといて! 阿呆はどっちや! 何今時頭悪いこと言うとんの!?」
「兄貴に向かって頭悪いとは何や! 第一、一緒に行くハナエちゃんてアレやろ、あのぽーっとした子やろ? あかんあかん、お前らまとめて売られるわ!」
 ぎゃあぎゃあ煩いことこの上ない。
 全く誰に似たのかしらと、騒がしい息子と娘の言い争いを間で見守った母は、後は勝手にやりなさいと二人に背中を向けた。
 もう、今日はインスタントラーメンでええわ。母の呟きが子供たちに聞こえなかったのは幸か不幸か。
 ひとしきり大騒ぎした後、食卓に出てきたラーメン一杯の虚しい光景は、まだ興奮冷めやらない二人を脱力させるに充分だった。



 騒ぎの発端は、そもそも美冬が友達と二人で渋谷に遊びに行くという兄に内緒の計画を立てたことに始まる。
 なんでも渋谷店でしか買えない限定のスニーカーがお目当てのようで、そのために夏頃からせっせとお小遣いを貯金していたらしい。新幹線で約三時間。日帰り移動は体力がいるが、まだ中学生の美冬たちには何てことないだろう。
 しかし兄である社がその計画を聞き咎めた。
 母親が「美冬が東京行く言うとるんやけど、あんたついてってあげてくれへん?」と持ちかけたのが事の発覚だった。
 社にとって中学三年生の妹など危なっかしいガキに過ぎない。おまけに兄の欲目かもしれないが、この生意気な妹は見た目が悪くない。変な男がフラフラ寄ってくるとも限らない。
 それだけならまだしも、もっと悪い大人に目をつけられて、煽てられて騙されて援助交際やらいかがわしい事務所に連れ込まれるやら、東京には危険がいっぱいだ。
 ついて行ってやりたいのはやまやまだが、生憎その日は対局がある。見張りが不可能なのだから行くな、と説教しても、妹は冗談じゃないと聞く耳を持たない。
「ほんま煩いんやから。みんな東京なんてしょっちゅう遊びに行っとんのに。せやから春兄ぃに話したくなかったんや」
 申し訳程度に野菜が乗ったインスタントラーメンを啜りながら、美冬が尚もぶつぶつと文句を言う。
 社も二人前を茹でてもらってボリュームだけは満点のラーメンを勢いよく啜り、美冬に応戦した。
「あかんて、お前みたいな田舎もんがぼけっと歩いとったらすぐにカモられるわ」
「ちょっと、汚い! 食べながら口開けんで!」
「ほんま生意気になりくさって。あ〜もう、せやからせめて次の週にしい! そしたら俺がついてったるから!」
「嫌や、こんなガラの悪い兄貴連れなんてみっともなくて花恵に申し訳ないわ!」
「なんやと!」
「あんたたち、喧嘩するなら食べてからにしい! 明日はカップ麺にするで!」
 母の一喝で兄と妹はぐっと押し黙る。
 最低限の食事レベルを死守したい一心でひとまず休戦となった不毛な言い争いだが、ずるずると延びたラーメンを啜りながら社はどうすべきか思案し続けていた。
 解決方法は三つ。ひとつは美冬が東京行きを取りやめる。これはこの剣幕ではまず無理な相談だろう。誰に似たのか頑固で言うことを聞かない。
 もうひとつは社が対局を休んでついていく。しかしこれも社にとっては無理な話だった。その日の相手は半年前に屈辱の中押し負けを喫した石田五段。不戦勝をくれてやるだなんて冗談じゃない。
 となると最後のひとつ――誰か代わりの見張り役を見つけ、妹の世話を頼めば良いのだ。これはなかなか悪くない案だろう。兄の友人となれば断りにくさも伴って美冬も渋々受け入れるかもしれない。
 しかしこれには人選という重大な問題がある。これを誤ると事態がより悪くなる可能性もあるのだ。
 社には東京に何人かの友人がいる。皆、妹が上京するから軽く案内がてら見張ってくれと頼めば快く引き受けてくれそうな連中ではあるが……
 和谷はいい男だがダメだ。彼女いない歴を着々と更新しつつあるあの男は通年彼女募集中である。美冬は見た目も悪くないし、万が一の過ちが起こっても困る。本田や門脇も同じ理由で却下だ。
 伊角は優しくて気配りのできる男だが、彼にその気がなくとも美冬がころっと行く可能性がある。あの優しさに勘違いしないとも限らない。強引な妹に強気に出られたら、伊角がそのまま流されてしまわないだろうか……やはりダメだ。
 冴木はああ見えて彼女に誠実な男のようだから、こうした頼みを引き受けてはくれない気がする。越智も冗談じゃないと断わるだろう。
 ……となると、残った二枠。
 消去法を使わずとも、実はこの選択が一番安全ではないかと思われる顔が二人、社の頭に浮かんでいた。安全も安全、太鼓判を押せるくらいの特殊な理由があの二人にはあるのだから。
 よっしゃ、あいつらに連絡してみよ――過剰すぎるシスコンぶりに本人は気付かず、いつも面倒を見ているのだからたまには役立てとばかりに頷いた社は、一気に丼に残っていたラーメンを吸い上げた。






社家族ネタは2種類戴いていて、今回は美冬メインのM・A様のリクです。
というわけでオリキャラばっかりです……
ダメな方は完全スルーで!すいません!
社、シスコンにも程があります……設定苦しいなあ〜。
ところで、あの、若者の集う街って渋谷でOKですか……?(汗)
全然分からなかったので適当にやっちまいました。
もし他のところのほうがいいよ〜と思われたらこっそりアドバイスを……!
あとすでに決まり文句みたくなってますが変な大阪弁すいませんです……!