HORNY




 マッシュとの間に隙間を空けようと、エドガーは握った拳を対面の鎖骨の下に押し付ける。しかし押し返す力を込める前に、拳は互いの汗でぬるりと滑った。
 うまく力が入らないまま、逃がさないとでも言うようにマッシュが角度を変えて深く口付けながらエドガーの手首を取る。
 その手を背中に誘導され、突き上げられる衝撃を堪えようと思わず縋ってしまったせいで、ぴったりと密着した胸と腹の下で硬くなったものがぬるぬると先走りの液を肌に擦り付けた。
 身体の奥だけでなく前にも強い刺激を与えられ、エドガーが思わず漏らした啜り泣きのような喘ぎはマッシュの口内に吸い込まれた。
 息継ぎでようやく唇が離れるや否や、エドガーはマッシュの太い首に顔を埋めて回した腕に力を込める。下唇を噛んでなお漏れる自分の声が、徐々に甲高くなっていくのをエドガーは止めることができずにいた。
 吐精で余裕が生まれたのか、ただ欲のままに突かれていたそれまでとは違って弱い部分を的確に攻められ、二度も精液を注ぎ込まれたために充分過ぎるほど潤ったそこはマッシュのものを根元まで難なく咥え込み、揺さぶられる度にヒクヒクと悦びの収縮を繰り返す。
「くっ……、んんっ……」
 気付けばエドガーは自ら身をくねらせ、欲しい場所にそれが当たるように悩ましく腰を揺らしていた。
 マッシュに抱かれたのは数える程度。身体の相性は良いと感じていたが、快感に溺れるほど行為に慣れる前にマッシュが手を出して来なくなった。
 だから、快楽を求めて身体が勝手に動くだなんてエドガーにとっては初めての経験だった。
 エドガーは自分の意思とは関係なくヒクつく秘所に戸惑い、微かな恐れを感じてマッシュにしがみつく。
 そんなエドガーの反応を確かめるように下から緩く突き上げていたマッシュは、おもむろにエドガーの身体を抱き潰すように倒した。
 咄嗟の動きに受け身も取れなかったエドガーは呆気なく転がり、仰向けに横たわったと同時に開いたままだった脚の付け根で震えながら勃起しているものをマッシュに握り込まれ、ビクリと全身を竦ませる。
「あっ……!」
 マッシュの手が素早くエドガーのものを扱き出した。
 すでに刺激を与えられて充分に硬くなっていたそれは、数回擦られただけであっという間に根元から脈打ち始める。
「マッシュ……ッ、やめ、そんな、したらっ……」
 制止の言葉を言い終わる前に、先端からびゅるびゅると白い液体が噴き出してきた。
 思わずマッシュと繋がっている部分をきつく締めながら、欲を吐き出すことに意識を持って行かれたエドガーは、マッシュが改めてエドガーの両脚を開かせて抱え直していることにまで気が回らなかった。
 荒い呼吸を整えながら、自然ときつく瞑っていた瞼をエドガーがゆっくり開くと、灯りを背負って影を落としたマッシュの顔がじいっとエドガーを見下ろしていた。
 その読めない表情を探りあぐねてエドガーが身を強張らせた途端、挿入されたままだったマッシュのものがエドガーの中の一点を意図的に狙って突いてきた。
「ひあっ……!」
 何の気構えもなかったエドガーの身体は大きくシーツに皺を寄せてずり上がり、口から漏れた声は自身が自分の声だと信じられないほどに裏返っていた。
 マッシュは反射的にエドガーが引こうとした腰を大きな両手でがっしりと掴み、強い力で引き戻す。同時に再度奥を突かれてエドガーの背が海老反りに跳ねた。
「うあっ……、あっ、あっ」
 閉じるタイミングを逃した口から鼻にかかった嬌声が堰を切ったように溢れ出す。
「あっ、待っ、もっと、ゆっ……くりっ……」
 エドガーの嘆願が耳に届いていないのか、マッシュはエドガーを捕らえる手の力を緩めずに変わらぬ強さで腰を打ち付けてくる。
「あっ、あん、あん、あ、んっ!」
 濡れた皮膚がぶつかり合う音を恥ずかしいと思う反面、このはしたない声を隠してくれるのならもっと激しくされたいという矛盾した願いを頭に浮かべるほど、エドガーは混乱して冷静さを失っていた。
 たった今達したはずの身体についた火が消えない。
 それまで息を潜めていたものが、内側の肉を食い破って這いずり出ようとしている、そんな悍ましい錯覚がエドガーを身慄いさせた。
「ま、しゅ、すこ、し、休、ませ、」
 まだまともに物事が考えられるうちにと息も絶え絶えに懇願するが、マッシュは一瞬ピクリと動きを止めた後に更にエドガーを揺さぶり出す。
「ひっ……ん」
「……悪い」
 それは耳の穴に直接注ぎ込まれたようによく響く、ゾッとするほど低く熱っぽいマッシュの囁きだった。
「止まんねぇ」
 言うなりエドガーの臀部を抱えて浮かせたマッシュは、上から貫くように腰を深く沈める。エドガーは目を見開き、奥歯が擦れ合う音が聞こえる強さで歯を食い縛った。
「ッ……!」
 目の前で灯りが点滅する。実際にランプの灯に変化がある訳ではない。
 視界の先にあるマッシュの瞳が闇の切れ間にギラギラと獣じみた光を見せるたび、エドガーの見ている景色ごと揺さぶるような目眩を起こさせるのだ。
 『それ』は的確にエドガーを追い詰めた。
 いつしか口はだらしなく開き、下顎を小刻みに震わせて喘ぎながら唾液をたらたらと零していた。
「あ、あ、あ」
 少なからず感じていた、無理な体勢による圧迫感が意識から消えて行く。
 代わりに腹の奥から蕩けて行くような、諍い難い快楽が呆気なく理性を呑み込んでいった。
「あっ、あっ、あ……!」
 マッシュの熱が一番深い場所に流れ込んで来る。
 その熱が与えてくれる刺激を僅かでも逃がさず、双丘の谷底で内壁がキュウキュウと窄み、中を満たすものを愛おしげに締め付けて、昇りつめる身体を導くように。
 足先がピンと伸びた瞬間、ぱちんと弾けた目の前は真っ白に染まって、足も腰も背も不規則にビクビクと跳ねるのをコントロールできないまま、開きっぱなしの瞳からはいつしか涙が溢れているのも気付かずに。
 きもちいい、と唇が小さく音を形取った直後、全身からドッと汗が噴き出してきた。
 声も出せず吐精すらなく、迎えた絶頂のあまりに大きな波に呆然と天を見つめ、マッシュに縋りついていた腕や脚がはたりとシーツに沈んだ後は、思い出したように身体をビクンと大きく震わせる快楽の余韻に何度となく襲われた。
 マッシュは大きく肩を揺らして息を吐き、虚ろな目で全身を小刻みに痙攣させるエドガーからずるりと自身のものを引き抜いた。エドガーの顎が仰け反り、腰が艶かしく波打つ。
 そんなエドガーをじっと見下ろしていたマッシュは、荒い呼吸で胸を上下させながら、口の中で「足りねえ」と呟いた。そして、放心状態で横たわるエドガーの片足首をおもむろに掴んで高く掲げた。
 ジンジンと痺れた足の付け根に再び当てがわれた熱の感触が、半ば意識を飛ばしかけていたエドガーを覚醒させる。
「待っ……、今、イッて、るッ……!」
 制止を皆まで聞かず、グズグズに解れた肉を挿し貫かれて、エドガーはほとんど悲鳴じみた叫び声を上げた。
「あ──!!」
 喚き散らし暴れる身体を抑えつけられ、奥の奥まで突き挿された場所から脳天まで抜ける強烈な快感に絶叫し、涙と涎でぐしゃぐしゃになった顔を左右に振りながらも、強引に開かされたそこはいつしか悦びに震え、一度覚えた刺激を離すまいと潜り込んだものを貪欲に呑み込もうとする。
 切れ切れの理性を取り戻すことを諦めたエドガーは、諍えない気持ち良さに啜り泣いて嗚咽を漏らし、何度目かの絶頂でそのまま気絶するように眠りに落ちた。




 ***




「ダンカン、殿、が……?」
 掠れ切ったガサガサの声が自分の声であることに驚きながら、エドガーは横たわったまま首だけを動かし、マッシュを見上げて弱々しく尋ねた。
 マッシュはベッド脇に用意した洗面器の湯にタオルを浸して絞り、冷めないように手早く広げたものをエドガーの身体に当てながら答える。
「うん……。言われたんだ、おっしょうさまに」
 エドガーの首から胸の汚れを優しく拭き取り、湿った肌が冷える前に毛布をかけたマッシュは、再びタオルを湯につけた。
 先ほどと同じくタオルを絞ったマッシュは、毛布をめくって今度は腹から足の付け根辺りを拭き、エドガーが腿を動かした時に微かに眉を顰めたのを見咎めて申し訳なさそうに目を伏せる。
「……ごめん……、痛むよな」
 手早く腿周りを拭いたマッシュはそこに優しく毛布を被せ、もう一度濡らしたタオルを手にやや躊躇いながらエドガーを見た。
 エドガーは羞恥に頬を赤らめながらも、小さく頷いて毛布の下で膝を立てる。マッシュは毛布の中にタオルを持った手を潜り込ませ、そっとエドガーの局所を拭った。
 いつもならシャワーを浴びてさっぱりするのだが、くたくたに疲れ切ったエドガーの手脚にはまるで力が入らなかった。
 加えて無理な体勢を取り続けたせいで身体のあちこちが痛み、マッシュに抱えられて浴室へ行くのも考えるだけで辛く、ベッドから動きたがらないエドガーのためにマッシュが寝たままでの後始末を申し出たのだった。
 正直なところ何回交わったのか、そもそも回数を数えられるような状態であったのかもよく分からない。途中から意識を飛ばしたエドガーが目を覚まして最初に見たのは、心配そうに顔を覗き込んでいるマッシュの綺麗な青い瞳だった。
 その顔色を見て薬の効果が切れていることを察したエドガーは、思わず安堵で肩の力を抜いた。あの状態でもしも更に求められていたら、本当に壊れてしまっただろう。
 マッシュはせっせとエドガーの介護を始めたが、その最中にやたらと水を飲んでいた。相当に汗を掻いていたために喉が異常に渇くのかもしれない。
 たっぷり水分を放出したせいか、心成しかマッシュの頬が削げて見えた。身体に負担がかかったのはマッシュも同じだと、エドガーは自分の浅慮を後悔していた。
 マッシュはタオルを洗面器に落とし、皺が寄ったエドガーの足元の毛布を綺麗に伸ばして、その上から労わるようにエドガーの身体を撫でた。先程までとは違う、他意のない優しい触れ方だった。
 マッシュはエドガーを撫でながら、言いにくそうに続きを話し始める。
「この前、久し振りにおっしょうさまに会った時にさ……」
 ──お前、何やら浮ついとるな。
 マッシュ曰く、エドガーと気持ちを通じ合わせて間もない頃にダンカンに釘を刺されたらしい。
 相手について詮索されることはなかったものの、ダンカンの口ぶりからして色恋に惚けているのは見抜かれていたようだと。
 弛んどるぞ、と睨みを効かせた師匠と目を合わせることができず、これではいけないと気を引き締めた結果が夜の営みを避ける行動だったという訳だ。
「俺、修行時代はずっと禁欲生活だったからさ。あのままだとずるずる兄貴に溺れちまうかも、って……。兄貴を守るために強くなったのに、また弱い男に逆戻りしたらどうしようって、怖くなったんだ」
「……それで俺に何も言わずに触れなくなったのか」
 我ながら酷い声だと驚き自嘲したエドガーが呟くと、マッシュはバツが悪そうに自身の後頭部をがりがりと掻いた。
「なんか、理由言うのも変かなって思ってさ……」
「俺はてっきり、お前が俺に興味を無くしたのかと、……思った」
 口にすると情けなさで視界が僅かに潤む。
 マッシュが慌てて身を乗り出し、毛布に隠れていたエドガーの腕を引っ張り出して、その手を繋ぐように握り締めた。
「そんなことある訳ない……! 俺はずっと、ガキの頃から兄貴だけだったんだから……!」
 必死なマッシュの目が真っ直ぐ見つめてくるのが眩しく感じたエドガーは、自分の薄っすら濡れた瞳に気づかれないよう視線を逸らす。
 それがマッシュを信じていない態度だと取られないよう、エドガーもマッシュの手を強めに握り返した。
「……俺のこと、嫌いになった訳じゃないんだな?」
「大好きだよ」
 間髪入れずに答えたマッシュの真剣な口調が、エドガーの胸を暖めて頬に赤みを帯びさせた。
 やはり薬など盛らず、きちんと話して尋ねるべきだったのだ──マッシュを信用しなかったが故の代償がこれだと、エドガーは身体中の至る所で鈍痛が走るのは致し方ないと腹を括る。
 ひとつ大きな溜息をつき、エドガーは独り言のようにぽつりと呟いた。
「……お前に酒の混ぜ物を勘付かれた時は肝が冷えた」
 マッシュは軽く小首を傾げ、苦い微笑みを見せる。
「俺もビックリしたよ。兄貴がまさか毒なんて入れるはずがないだろうし、じゃあ一体何が入ってるんだって」
「まさか催淫剤とは予想できなかったか」
「考えもしなかった」
 小さく笑ってからしかし、と眉を顰めたエドガーは、マッシュの手を握ったままで問いかけた。
「お前、何故催淫剤が入っていると分かって口にした? まさか一気飲みするとは思わなかったぞ」
 その質問にぱっと顔を赤くしたマッシュは、軽く背中を丸めて照れ臭そうに目を逸らしながら答えた。
「薬のせいにしちまえば、兄貴を抱く口実になるかなって……」
 その小さな呟きが、エドガーの目を一回り大きく広げさせた。
「それって、禁欲中も俺を抱きたいって思ってくれてたってことか?」
 ストレートに尋ねるエドガーに対してますます顔を赤くしたマッシュが、小さく首を縦に振る。
「ホントは、もう限界だった……」
 下げた目線を泳がせながら小声で囁いたマッシュの言葉を受け取って、エドガーが丸くした目を何度も瞬かせる。
 求められていない訳ではなかった──エドガーの胸にあった疑惑の塊は安堵の溜息と共に解けていった。
 しかしマッシュが今後も禁欲生活を続けるのなら、相変わらず夜はお預けに逆戻りなのだろうか?
 エドガーの不安を眼差しから読み取ったのか、マッシュは握っていたエドガーの手を引き寄せ指に小さなキスをした。
「いつだって抱きたいって思ってたよ。そう思うこともダメなんだって自分に言い聞かせてた。でも、……もうやめる。兄貴を悲しませる方法で強くなったって意味がない」
「マッシュ」
 マッシュはしっかり顔を上げ、エドガーの目を真っ直ぐに見つめてきっぱりと答えた。
「禁欲、やめる。兄貴を抱いても心がブレないように、もっともっと修行すればいいんだ。俺、強くなるから、今よりもっと強くなってずっと兄貴の傍にいるから……!」
「マッシュ……」
 目を輝かせたエドガーが上半身を起こそうと腰に力を入れかけて、主に下半身から感じるあまりの重怠さに顔を歪めた。
 苦笑しながら握ったマッシュの手を引くと、照れ臭そうに微笑んだマッシュが隣へと潜り込んでくる。エドガーを包むように抱き締めるマッシュの体重を受け止め、エドガーは静かに目を閉じた。
 マッシュの太い腕に捕らえられる息苦しさに心地良く浸りながら、エドガーの胸の中では消えたわだかまりの代わりに産まれた探究心が頭を擡げていた。
 ──薬はまだ残っている。
 あんなにも凶暴で強引な快感がこの世にあるとは知らなかった。
 使い方によっては、更に新しい扉を開くことができるのだろうか? 貪欲な好奇心は一度痛い目を見たくらいでは懲りるものではない。
 マッシュの腕の中で何にも代え難い安心感を得ながらも、エドガーの頭は『次』への期待でいっぱいになっていた。
「もう、あんな酷いことしないからな……」
 望みに反してマッシュが小さく優しく零した言葉にエドガーは軽く眉を持ち上げ、返事の代わりに頬を胸に擦り付けて誤魔化した。

 ──まあ、しばらくは大人しくすることにしよう。とりあえずは、この身体が癒えるまで。