HORNY




 マッシュは未だ持ったままのグラスをじいっと見下ろしていた。
 微かに狭まった眉間に一瞬深い皺が刻まれたと思った次の瞬間、マッシュはグラスを口につけて底を天に掲げ、一気に中身を飲み干さんと反った喉を鳴らし始めた。
 ギョッとしたのはエドガーだった。
 酒に何を混ぜたかは伝えた通りだ。何も混ざっていなくとも度数の高い酒を、息継ぎもなくごくごくと飲むだなんてと思わず身を乗り出したが、すでにマッシュは空になったグラスを唇から離して大きな溜息のような吐息を漏らし、やや乱暴にグラスをローテーブルへと叩きつけた。ガチャンと耳障りな音が再びエドガーの肩を揺らす。
 グラスから離した手の甲でぞんざいに口を拭ったマッシュは、大きく広げた両脚の膝の上に手をついて険しい顔を作る。
 そのまま押し黙った対面のマッシュにエドガーはどう反応すべきか戸惑い、らしくなく狼狽えた。
「……、マッシュ、お前……、なんで……」
 ようやくエドガーが震える唇を開いて尋ねかけた時だった。
 マッシュの眉がピクリと振れたと思った瞬間、逞しい上半身が跳ねるように揺れ、みるみるその表情が歪んで肌の色が紅潮していく。
 マッシュは大きな手のひらで口を覆い、何かを堪えるように息を詰まらせた。
 顕著な変化に驚いたエドガーが思わず立ち上がる。
 あの男は危険はないと言ったが、この世に絶対などない。二人の間を隔てる邪魔なローテーブルを足で乱雑に避け、マッシュ、と掠れた声で呼びながら駆け寄ると、マッシュは困惑混じりの顰めっ面で小さく舌打ちをした。
「……ッ、何が、軽い興奮状態だよ……っ」
 言葉の意図を探るように眉を寄せたエドガーは、俯きがちに座っているマッシュを下から見上げようと腰を屈めて、マッシュの腹の下の衣服が大きく盛り上がっていることに気付いた。
 思わず目を見開いたエドガーが顔を上げると、口を手で覆ったままのマッシュと視線がぶつかった。
 手で隠れていない肌の赤み、それと同時に眉を苦しそうに下げたマッシュの薄っすら潤んだ瞳の奥にはっきりとした情欲の炎を見つけ、反射的に逃げ腰になったエドガーのその手首を、マッシュが口から離した手できつく掴んだ。
「……こんなの、無茶苦茶にしちまうぞ。いいのかよ……」
 荒い呼吸と押し殺した声で、エドガーを睨むように見据えながら吐き出したマッシュの切羽詰まった気配がエドガーに息を呑ませる。
 背中が竦むような迫力に怖気付きつつ、腹の下で疼くものが物欲しげにエドガーの腰を揺らした。
 掴まれた手首の鈍い痛みすら、ゾクゾクと胸を震わせてマッシュの言葉通りのことを期待してしまっている。

 無茶苦茶にされたい──

 捉えられた手首の自由を放棄し、眉を垂らしてマッシュを見上げたエドガーの請うような眼差しが合図だった。
 マッシュは握り締めた手首を強く引き、まるで浮いたようになったエドガーの身体を胸に抱き留めて、顎を掬い上げ深い口づけで唇の全てを覆った。
 一瞬息が止まったエドガーは何とか瞼を下ろし、縋るように腕を伸ばしてマッシュの背中の布地を握り締める。
 鼻から呼吸を確保する動きに釣られて緩んだ口内に、ぬるりと舌が差し込まれた。
 やや乱暴にエドガーの舌を絡め取ろうとするそれに応えながら、エドガーも必死でマッシュの腕がもどかしく衣類を剥がそうとするのを手伝う。
 我ながら情け無い浅ましさだとエドガーは自嘲した。薬の力を借りてまでマッシュに求められたかった自分の欲深さに呆れながら、それでも抱いて欲しいと望んでいる本心にいっそ清々しい憐れみさえ覚える。
 恥を捨ててでもマッシュが欲しい──服を裂く勢いで自ら胸を晒したエドガーは、ずり下ろされた下衣が完全に脚から抜けないまま、太腿に手を伸ばしてきたマッシュの辿々しい愛撫に顎を仰け反らせた。
 足の付け根に向かって指を滑らせながら、もう片方の手でぎこちなく腹や胸を撫でる動きは決してスムーズではない。
 未だマッシュは肌を出してはいないが、衣類越しでも腹の下のものがはち切れそうになっているのがよく分かる。触れてもいないのにああまで怒張していては、相手を慣らす余裕など本当は無いに違いない。
 それでも律儀にエドガーの身体を、段階を踏んで解そうとしているマッシュの優しさといじらしさに胸の奥が痛くなり、エドガーは軽く下唇を噛んだ。──無理矢理に興奮させて誘い込んだのは自分だと言うのに。
 エドガーはもどかしく肌に触れるマッシュの手の上に自分の手を重ね、その動きをやんわり止めた。
 驚いて顔を上げたマッシュの首へ、もう片方の腕を回して甘えるように顔を寄せる。
「……ベッドへ……、用意、してある……」
 耳元でそっと囁き、エドガーは両腕でマッシュの首にしがみついた。マッシュがチラリとベッドに顔を向ける動作が伝わってくる。
 エドガーの提案を理解したのか、マッシュはそのままエドガーの身体を荒っぽく胸に寄せて抱き上げた。
 ベッドサイドには潤滑剤の瓶が準備してある。ランプの隣で鈍い光に照らされた桃色の怪しい液体は、手っ取り早く交わるためにあえて分かりやすく置いたものだ。
 案の定、ベッド脇まで来たマッシュはすぐにその存在に気づいたようだった。エドガーをベッドに下ろし、自身も膝を乗り上げながら、マッシュの手が瓶を握る。
 それを見定めたエドガーは足首に絡みついている下衣から片脚を抜き、もう片方の足をしならせて衣服を振り落とした。そして仰向けに横たわった格好で、肩に頬を寄せてマッシュから目を逸らしながら、両膝を立ててゆっくりと脚を開いた。
 マッシュの動きが一瞬止まったことがスプリングの揺れで分かる。
 無理もない、これまでと比べて性急過ぎる。共に過ごした数度の夜では交わることよりもスキンシップを重視していたため、お互い前戯にもそれなりに時間をかけていた。
 しかし今、マッシュにその時間を忍ばせるのは酷だろう。何よりも、エドガー自身の気が酷く急いてしまっている。
 早く身体の奥までマッシュで満たされたい──持て余していた欲求がエドガーに恥を捨てさせ、はしたなく脚を開かせていた。
 マッシュはそんなエドガーのあられもない姿に戸惑っているのか、すぐに動こうとはしなかった。
 躊躇を見せるその間にも、マッシュの浅く短い呼吸の間隔はどんどん短くなり、意思に関係なく硬度を増したものが辛くなっているだろうことが良く分かる。
 エドガーは肘を立てて軽く上半身を起こし、マッシュが緩く握っていた潤滑剤を奪い取った。あ、とマッシュの口が開いたのも構わず、蓋を取って中身を自分の右手に落とす。
 粘度のある液体がとろりと指先から付け根に向かって流れ落ちて行く。甲を辿って手首まで滴ろうとしているそれを指に満遍なく絡めて、一度だけちらりとマッシュの表情を確認し、困惑が色濃く出たその様子に唇を噛みながら、エドガーは自ら指を足の付け根に挿し入れた。
 開いた脚の一番奥へ、潜らせた指は潤滑剤の助けでするりと中に入っていくものの、しばらく触れてもらうことのなかったその場所は二本の指でも酷く狭い。
 それを自分の身体だからと、遠慮もなく無理矢理に抉じ開けてすぐにでもマッシュを受け入れようと拡げる浅ましい姿を、マッシュはどんな目で見つめているのか。
 何て惨めで恥知らずなのだろう。──自覚は痛いほどにあっても、上回る欲望が理性を抑え込んだ。
 ぐちぐちと卑猥な音を立てて指を突き立てながら、マッシュの瞳に侮蔑の色が混じる瞬間を恐れてエドガーは顔を背けた。
 途端、強い力で手首を掴まれ、孔を解していた指を引き抜かれた。
 ギクリと胸が竦む。あまりの痴態に制止されたか──青ざめた顔を怖々マッシュに向けると、しかしマッシュの表情はエドガーが予想したものとは違っていた。
 血走って見開かれた青い目と半開きの唇から絶えず吐き出される短い呼気が、これまで見たことがないような荒々しさを備えてエドガーに声を失わせた。
「……ッ……、も、我慢できねっ……」
 吐き捨てるように呟いたマッシュは、エドガーの手首を掴んでいた手を離し、その手でエドガーの両腿の裏を掬い上げて大きく開脚させた。
 ベッドに背中が深く沈み、そのまま膝が顔の横まで届きそうな勢いで脚を開かされたエドガーが羞恥で怯む間も無く、マッシュは腰を突き出して半端に解れた足の付け根に猛ったものを捩じ込んだ。
 普段ならば少しずつ段階を踏んで潜り込んでくるはずの亀頭が、最奥目指して一直線にエドガーの腹の中を貫く。声どころか息も止まったエドガーは、強い衝撃に顎を上げて口と目を大きく開くことしかできなかった。
 身体の中を炎で焼かれた錯覚だった。
 久しぶりに受け入れたマッシュのものはエドガーの内臓を遠慮なく押し上げ、おざなりに拡げた双丘の奥にある蕾には数秒遅れて痛みが降ってくる。
 無理に開かされた腿の付け根もジンジンと痛み、エドガーの形の良い眉が苦痛で歪みかけた。
 その時、奥まで自身のものを挿し込んで腰をぴたりとエドガーの肌に合わせたマッシュが、はー……、と切なげに長く深い息をついた。
 下がり気味の眉に細められた目、紅潮した頬を伝う汗の玉がぎらりと光った蕩けそうなマッシュの表情を仰いだエドガーは、身体の辛さを押し退けて甘い痛みが胸を満たしていくことに目を潤ませた。
 マッシュと深く繋がっている。この瞬間をどれほど待ち侘びたことか。
 身体に深く捻じ込まれたそれが脈打つように中で蠢いているのが分かる。思わず後孔をキュウッと窄ませた時、貫いたまま眉間を狭めて荒い呼吸を整えようとしていたマッシュが顔を顰めた。
「兄貴っ……、締め、んなっ……」
 掠れた声がそう言い終わらないうちに、マッシュがエドガーと繋げた腰を緩く屈めて歯を食い縛ったのが分かった。そして間も無く、エドガーの中でびくびくと収縮したものが熱い液体を吐き出した。
 挿入前から限界が見えていたとはいえ、あまりの呆気なさについ滲み出てしまう落胆を、エドガーは表情に出さないように努める。
 ほんの一瞬でも求められたのだからと自分を納得させようとしていた時、一度は精を吐き出して萎れたかと思ったものが、エドガーの中で再びじわじわ形を変え始めた。
「……あっ……」
 エドガーの薄く開いた唇から思わず声が漏れた。
 消えた圧迫感が徐々に戻ってくる。
 自分の中で何か違う生き物が成長していくような、身体を侵食されていく初めての感触に孔に力が入りかけた。
 狭まろうとした箇所を抉じ開けるように、大きくなりつつあるものが萎える前の位置に戻らんと深く奥へ挿し込まれる。ぐん、と突き上げられてエドガーは小さな悲鳴を漏らした。
 マッシュは浅い呼吸を繰り返し、改めてエドガーの脚を抱え直す。エドガーを見下ろす細めた目が余裕なくギラつき、すっかり乾いたマッシュの唇が音もなく「ごめん」と動いた直後、深く腰を突き出されてエドガーの身体が枕に押し上げられた。
「っ……!」
 奥を目掛けて肉を抉られ、ベッドの脚がギシッと軋む音を立てる。エドガーは思わず弄ったシーツに指を立てて握り締めた。
 慣れ切っていない部分を容赦なく押し拡げられるだけではなく、身体全体を揺さぶられる力強さで貫かれて何度も息が詰まる。
 奥歯を噛み締めて耐えるエドガーが声を殺している間、マッシュの獣じみた息遣いとベッドの軋む音、一度放たれた精で満たされた場所をマッシュのものが出入りするぐちゅぐちゅとした水音だけがしばし部屋に響いていた。
 脳天まで貫かれているような刺激に眩暈を感じているうちに、真上からマッシュの小さな呻き声が聞こえて来たタイミングで再び身体の中に熱いものが放たれる。
 腹の奥で体内に広がっていく温かくも奇妙な感触にエドガーは切なげな吐息を漏らしつつ、繋がっている部分がジンジンと痺れたように疼いている他は甘い余韻が何も残っていないことを淋しくも感じていた。
 しかしそれでも身体を結んだことは確かだ──自嘲気味に口角を緩く持ち上げた時。
 二度の吐精と共に萎えたはずのものが、エドガーの中に押し込められたまま再びその形をじわじわと変えていく。
 はっきりと中で大きくなっていくそれの感触に驚き、エドガーが向けた視線の先ではマッシュが未だ眉を歪めて目を据わらせていた。
 ハッと大きく息を吐き出して、マッシュが睨むようにエドガーを見る。そのギラついた目に思わず身を竦ませたエドガーに対し、マッシュは何かを小声で尋ねた。
 うまく聞き取れず、僅かに首を曲げたエドガーに向かってマッシュがぐいっと顔を近づける。繋がっている場所から水音が立ち、今までと違う体勢で更に奥に届いたことでエドガーの腰がビクリと震えた。
「……まだ身体、平気か」
 眼前でランプの影を背負い、陰影がくっきりとついたマッシュの赤く縁取られた青い瞳と、余裕なく掠れた低い囁き声にゾクッと鳥肌を立てたエドガーは、魅入られたように小さく頷いた。
 途端、マッシュが噛み付くようにエドガーの唇を奪った。
 予期していなかった動きに硬直したエドガーの背中の下へ、唇を合わせながらマッシュが腕を差し込む。その腕がぐいっとエドガーを引き寄せて半身を起こし、繋がったまま強く抱き締めると同時にエドガーの口内へ舌が捻じ込まれた。
 初めのキスよりも柔らかい動きで、擽るように上顎を撫でられた瞬間にエドガーの背が軽く反った。それを引き戻すように、強い力でマッシュの腕がエドガーを胸に閉じ込め、緩く腰を動かし始める。
「……、ンッ……」
 それまでの性急さとは違う意味深な揺さぶりが、エドガーの中にある敏感な箇所のギリギリ傍を何度も掠る。
 膝を折り曲げた格好で脛をシーツにつけているエドガーは、下から突き上げられるだけでなく自分とマッシュの腹に挟まれた自身のものが、肌と肌の間で擦れて扱かれている状態であることに耐えられなくなってきていた。