POSE






『このサイトはパスワード請求制です。ピカルくんへの想いのたけを込めて下のフォームからレッツカモン★』


「な、なんだと!」
 予期していなかった門前払いにアキラはどんと机に拳を叩きつけた。
 パスワードだと!? 極限まで目を吊り上げたアキラは、片っ端から思いついた言葉を入力して入室を試みたが、やはりというか弾かれてしまって肩を落とす。
 このページの向こうに何があるというのだろう。
 なんだか、知ってはいけないような、しかし知らなければならないような、恐ろしいまでの葛藤が胸の中で渦巻いている。
 自力で入り込むことは不可能で、いくら多少パソコンの扱いに慣れているとは言っても当然パスワードを解析するなんて技量はアキラは持ち合わせておらず、そうなると残された入口はたったひとつしかなかった。


『ピカルくんへの想いのたけを込めて下のフォームからレッツカモン★』


「想いのたけ……」
 フォームに名前を「AKI」と打ち込み、念のためメールアドレスも普段ほとんど使用せず表に出ていないものを入力して、大きく口を開けたご意見欄をアキラは鋭く睨みつける。



 進藤は行動も言葉遣いも乱暴で落ち着きがないけれど、誰より碁に一生懸命で常に精進を怠らず、年々棋士としての自覚を身につけて成長している立派な棋士です。
 先日行われた北斗杯では見事な展開で強敵高永夏を破り、一皮剥けて更なる飛躍が期待されます。
 忙しく過ごしている日々ですが、恋人への思いやりを忘れず、毎日メールや電話で欠かさず連絡をとってくれます。
 少し照れくさそうだったり、淋しそうだったり、甘えた声を出されるともう今すぐに傍に駆けつけたくなりますが、仕事を持つ身としてお互いぐっと我慢しています。
 最近では電話の終わりに受話器越しのキスが日課になっていて、小さく聴こえる「チュッ」という音だけで良からぬ妄想をしてしまいそうになります。たまに携帯電話の電波が悪くてその音がよく聴こえなかったりすると、思わず電話を叩き壊したくなる衝動にかられます。
 しばらく直接触れ合う機会がなく、淋しい毎日ですが、ネット碁越しでも伝わる愛情を糧にお互い頑張って過ごしています。
 早く逢って抱きしめてこの腕の中に閉じ込めてしまいたいです。



 送信ボタンを押す。


『コメントが長すぎます』


「想いのたけを込めろと言ったじゃないか!」
 およそ正当とは言えない文句をモニタに吐き捨て、アキラはぎりぎりと歯軋りしながら「中のコンテンツを楽しみにしています」とだけ記入してフォームを送信した。
 その後何度かメーラーに新着メールが届かないか、神経質に受信ボタンをクリックしたりしてみたが、とうとう諦めて明日のために眠らなければと布団を敷いた。血走った目はチカチカと乾いていて、とても寝つけそうにはなかったのだが。
 時刻は午前三時を回っていた。






 翌日の手合いに酷いクマを作って現れたアキラは、それでも一方的な展開で中押し勝ちを手にし、出版部で取材を受けた後、飛ぶように帰宅した。
 自室に駆け込んで、荷物を置く間も惜しんでパソコンの電源を入れる。
 ウィーンと低い音を立てて起動画面が表示される中、アキラはイライラと落ち着かない様子で画面が立ち上がるのを今か今かと待ちかねていた。
 ようやくデスクトップが現れると、何はさておきメーラーを立ち上げる。立ち上げと同時にメールを取得し始めたメーラーが、新着メールの知らせを告げた途端にアキラは飛びつくようにメールを開封し、その中身に目を走らせた。
 昨日請求したパスワードが届いていた。その英数字の羅列を素早くコピーしたアキラは、早速昨日入口で弾かれた例のサイトを表示させ、パスワード入力欄にぺたっと貼り付ける。
 「GO!」と書かれたアイコンをクリックしようとして―― 一瞬指が躊躇った。
 本当に見てしまっても良いのだろうか?
 後悔はしないだろうか?
 この先に広がる世界がどんなものか、どんなものでも受け止める覚悟は果たして出来ているか?
 僅かな理性の最後の警告を振り切って、アキラは力強くクリックした。

「……!」



 二次元で表されためくるめく愛欲の世界へようこそ――






 ***






「!?」
 突如感じた悪寒に和谷はぶるりと首を竦ませた。
 思わずその場に立ち止まり、今まさに入らんとしていた日本棋院の自動ドアを睨んで眉を顰める。
 なんだか酷く嫌な予感がした。
 この先良くないことがあるような気がする。
 そんなことを考えて、いやいや、と和谷は首を振った。
 今から気後れしてどうする。相手だって人間だ。最後まで食らいつけば勝つチャンスだってあるかもしれない――
 どうやら和谷は先ほどの悪寒を、本日の対局相手に対して自分が怖気づいているためだと受け取ったらしい。
 実に前向きな判断だが、よしと込めた気合はこの後見事に空振りすることになる。
 和谷の対局者・塔矢アキラはすでに碁盤の前に背筋を伸ばして正座しており、顔つきからして並々ならぬ集中力が感じられた。
 今月の頭に行われた北斗杯では貫禄の二勝を挙げ、各棋戦でもすっかりお馴染みとなり、あらゆるレコードの最年少記録を次々塗り替えて行く囲碁界のサラブレッド。
 この男が和谷より一つ年下だという現実が歯がゆくなる。
 特に北斗杯では予選で破れ、代表にもなれなかった身として、若手で先陣を切るアキラやヒカルたちになんとか追い付きたいという気持ちは強い。
 今日の一局、何としても勝ちを奪いたい。
 息を呑んで対面に座った和谷は、躊躇いがちに「おはよう」と声をかけた。
 垂れ下がった髪の間からじろりと覗いた鋭い黒目が、和谷を容赦なく突き刺した。
「……!?」
 先ほど感じたものより数段強い悪寒が背中を駆け抜け、和谷は声を詰まらせてその場に硬直する。
 ――なんだ!? 今のは一体なんだ!?
 あまりに恐ろしい気迫をぶつけられ、その威力たるや和谷の腰をすっかり抜かし、何か悪いことをしただろうかとつい記憶を巡らせてしまうほど。
 しかしアキラは口を開かず、全身からにじみ出る禍々しいオーラを惜しみなく和谷にぶつけながら、対局の合図をじっと待っていた。
 理不尽な憎悪を感じながらも臨んだ対局は、凄まじい勢いで終始攻められ、堪え切れずに投了を呟こうと
「負けま」
 ……まで告げたところで強烈な視線を浴び、皆まで言わせてもらえず投了さえ許されないままに最後まで打ち切るハメになってしまった。

 二十目負けという例を見ない大敗を記した和谷は、対塔矢戦では棋力よりも精神力だと後に語ったという。






30万HIT感謝祭リクエスト内容(原文のまま):
「以前、ヒカルがアキラをネットで検索してドキドキ、
というくだりがあったので、逆にアキラさんが
ヒカルを検索して焦るというお話。」

いくつかリクエスト書いて下さったので
こちらでひとつだけ選ばせて頂きましたスイマセン!
逃げたな、という感じですね……
どこにこの話を入れるかで迷って、結局無難な場所に突っ込んだので
17〜18歳のコンテンツから見るとあほ話3連発で酷いことに。
こんな感じで許して下さい……!リクエスト有難うございました!
(BGM:POSE/hide)