Stop the time forever







 佐為。
 俺、お前に懺悔しないといけないかも。
 何から話したらいいんだろう?
 いろんなことがあったんだ。
 今日一日だけじゃなくて、今まで。そうだな……、去年お前に報告してから一年、すっげぇいろんなことがあったんだよ。
 俺もまだアタマ落ち着いてないからさ、あんまりうまく話せないかもしれないけど。
 時間かかっても全部話すから、一晩俺につきあってくれよ。
 なあ、佐為。
 二年前の今日にお前が消えてから。
 俺、結構遠回りしてたみたいだよ……





 ***





 激しいノックとチャイムの音に、社は眉間にくっきり寄せた皺を隠すことなくドアを開けた。
 立っていたのは滑らかな黒髪を乱し、極限まで目尻を吊り上げた塔矢アキラだった。怒らせた肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返す。真っ赤な顔は走り回っていたからなのだろうか、まるで鬼のようだと社は顔を顰めた。
「なんやこんな時間に。隣近所に迷惑やろが」
 しかし怯まず、社も正面からアキラと対峙する。
 アキラもまた引くことなく、今にも室内に入らんばかりの勢いで社に詰め寄った。
「……進藤は来ていないか」
「進藤お?」
「キミの部屋に。……進藤は、来ていないか」
 例えるならマグマか。ゆっくりとした響きであるが、沸々と熱を帯びた声色には相手を思いやる余裕の欠片も見られない。うかつに触れたら骨まで溶けるような凄みがあった。
 それでも社は怯まなかった。目の前の妖怪に対して怖れる様子を見せず、実に真顔で首を横に振ったのである。
「いや? 来てないで」
「……」
 アキラはその言葉の真偽のほどを確かめているようだった。
 社のやや下からねめつけてくる視線は決して心地よいものではない。それでも社は幾分不思議そうに口唇を尖らせて、それからああ、と手のひらを叩いた。
「せや、さっき会った」
「会った!? どこでっ!」
 アキラは我を忘れたように社の襟首に手をかけた。首をしめられる寸前で社はアキラの腕を振り払い、何すんねん、と一発怒鳴る。
「廊下んとこの自動販売機の前や。えらい服着込んでたから、そのまま外にでも行ったんちゃうか」
「外……」
「なんやあんまり話しかけられたくない感じやったで」
「……キミの言うことを信用していいのか?」
「なんで俺がお前にウソつかなあかんねん」
 アキラはじいっと社の目を観察した。揺らぐものはないか、ごまかしの色は見られないか。社もそんなアキラをふてくされた表情で見返し、そうしてようやくふうっと諦めのため息をつき、頭を落とす。
「……邪魔してすまなかった」
 突然押しかけて一方的に詰問するなんて邪魔どころの騒ぎではない。それでも社は「はよ寝ろ」とアキラにねぎらい(?)の言葉をかけ、アキラが廊下を立ち去るのを見送った。
 ドアを閉め、少しの間息を殺す。
 ……戻ってくる様子はない。
 念のため、ドアについている覗き穴からしばらく外の様子を伺った。アキラの影はない。恐らく社の言葉を信用して外にでも出て行ったか。
 社は深い深いため息をついた。
「……行ったで」
 トイレとつながっているバスルームに声をかけると、閉められていたドアが遠慮がちにキイと音を立てる。
 申し訳なさそうな顔でそこから恐々現れたのは、たった今アキラが探していた進藤ヒカルその人だった。
「まったく。俺に危ない橋渡らせよって。生きた心地せんかったわ」
「ごめん、社」
 上目遣いで社を見るヒカルは、すっかり疲れきった顔をしていた。
 そんな表情を見ると、社も何も言えなくなる。
「……まあ、もうええわ。ほとぼり冷めたら部屋に戻り。また塔矢が来たらうまいこと言っといたる」
「うん……」
 社に促され、ヒカルは部屋の端に置かれたシングルベッドに腰を下ろした。社も人一人分空けて、その隣に腰掛ける。

 ここは列記とした社清春に割り当てられた部屋だった。その隣に進藤ヒカルに割り当てられた部屋があり、更に隣に塔矢アキラの部屋がある。
 第二回北斗杯の会場となったこのホテル、戦い終わって静かなはずの夜が訪れていた。
 去年は体よく断った翌日のパーティーだが、今年は事前に倉田ががっしり安太善につかまってしまい、参加を承諾させられてしまっていた。当然その子分たち日本代表の三名も道連れとなり、去年とは違って全員ホテルに三泊するハメになったのである。
 最後の三泊目の今夜は、二日間に渡る対局に疲れた身体をゆっく休める、貴重な時間となるはずだった。
 しかしヒカルもアキラも休むどころではなかった。
 ホテルにチェックインしてから全対局が終わるまで、アキラは相当我満していた。なにしろヒカルが口を聞かなくなってかなりの時間が経過している。その間何度も話し合いの場を設けようとアキラは奮闘したが、どれもヒカルは拒否していた。顔さえ合わせない様にしていたのである。
 それがこの北斗杯のおかげで、チームメイトという大義名分の元、同じ空間に立つことができた。すぐにでもヒカルと向き合って、これまでのヒカルの行動を問い詰めたかったに違いない。
 それでもアキラは我満し続けた。自分が喚いて対局に影響が出ないようアキラなりの気遣いだったのだろう。隣に、目の前にいるヒカルに声をかけるのをどれだけ耐えていたか、アキラの努力は計り知れなかった。ヒカルもそんなアキラの分かりやすい視線に気づいていた。
 そうして北斗杯が終了し、それぞれホテルの部屋に戻る段階になって、待ちかねたようにアキラは行動を開始したのである。
 その雰囲気をいち早く察知していたヒカルは、すぐに自室に立てこもった。少し遅れてやってきたらしいアキラがドアをガンガン叩いても、息を殺して居留守を使った。去年のようにドアを開けるわけにはいかなかった。
 やがてアキラが倉田に怒られている声が聞こえ、一旦廊下が静かになったその隙に、ヒカルは社の部屋に逃げ込んだのである。
 社は驚いていたが、彼もまた何か感づいていたらしく、渋々ヒカルを匿ってくれた。その時の社の複雑な表情にヒカルは少しばかり不安になったものの、社はヒカルをアキラに突き出す気はないということが分かったので、今は幾分安心している。






北斗杯があっという間に終了してました。
若はヒカルを捜索中です。
しばらくヒカルと便利屋社の語りが続きます。