深月に恋文したためて












 ざざざざざざ ざざざざざざ








「……はっ……ん」
 荒ぶ風が煽る木々の枝の先、一斉に揺れてその身を擦り合わせる葉の音がひゅるひゅると入り込む隙間風に混じる。
 音に合わせて濃淡を変える帳の内。燈台の上で揺れる小さな炎は今にも掻き消えてしまいそうに弱々しい。
   炎の揺らめきに合わせて色を変える肌に、余すところなく口付けが落として行く儚い花弁。
 時が経てば消えてしまうことを惜しむように、ひとつひとつ、緩くきつく吸い上げて赤紫の花を咲かせていく。
 薄い皮膚を甘噛みすれば敏感な身体は実に律儀で好ましい反応を返してくれる。
 日頃厚い衣に覆われている、太陽の下では暴かれない肌は本当は目に痛いほどの白さなのだろう。しかし風に遊ばれる頼り無い炎に照らされて、闇に浮かぶ身体は赤い。
 その赤に敵対するかのごとく口唇を這わせていると、嬌声に微かな笑いが混じった。
 肌にへばりつくように黒髪を垂らしていた明は、むっとして顔を上げる。
「余裕じゃないか」
 だらりと四肢の力を抜いていた光は、明の言葉によりはっきりと喉を震わせた。
 だって、くすぐったい。吐息混じりに聞こえて来た掠れ声は、普段の快活な彼の印象に比べて酷く艶かしく感じられる。
 刀を生業としている割に細い腕が伸びて来て、自分の腹に蹲る黒髪をひょいと掬った。光は指先にくるくると絹糸に弾力を加えたような髪束を巻き付け、笑いながら囁く。
「集中させろよ」
 明は美しい眉を顰めて、抗議するように僅かに骨の浮き出た胸の下に噛み付く。
 あ、と光が顎を仰け反らせた隙を見逃さず、明は手早く指を口に含むと唾液を滴らせた指先で光の足の付け根を探った。
 遊ばれていた髪がきつく握りしめられた。引っ張られて痛みを感じるが、その苦痛もまた興奮を際立たせるものだと言うのは光との交わりで知ったことだった。
 やや乱雑気味ではあるが差し入れた指を掻き回すと、快楽を覚えてそれほど年月の経っていない身体であるにも関わらず、肌をひたすら愛撫している時とは違った反応が表れて来る。
 指に絡みつくような内壁を広げるように、もう一本増やした指で本来出口である場所に侵入するための空間を作る。一通り解した内部を最後にするりと指の腹で撫でながら、抜いた指を今度は微かに震える太股に添えた。
 ぐいと開かせた脚の間に、早急とも言える動きで腰を押し付けた。
「……ァッ!」
 息を詰まらせながら喘ぐ光の表情が強張る。
 それまで笑っていた口元が引き攣れたが、決して苦悶ばかりがそうさせているのではないことを明は理解していた。
 明が腰を揺らすと、その動きに合わせて抱えた光の脚先がびくびくと跳ね上がる。
 集中させろとの言葉通り、互いの一番敏感な部分を繋ぎ合わせてしまえば後はもう考えることなど何もない。
 一瞬で弾ける快感の際を求めて、明は腰を打ち付ける。悲鳴じみた声の合間に光が漏らした「賀茂」、という己の名の呼び掛けに、一点に集まっていた血がどっと身体の四方に散らばった、そんな感覚を覚えた。
 このえ。呻きに混じって呟いた明の肩ががくりと下がる。
 明の下で体重を受け止めた光は、その頼り無い背に浮かぶ汗を撫で付けるように手のひらを滑らせて、大きく息をついた。
















 ざざざざざざ ざざざざざざ
















「また帰んの?」
 褥に転がって、乱れた衣服もそのままに明を見上げる光は、慣れた口調で尋ねて来た。
 明は素早く単衣を羽織り、手際良く身支度を整えている。返事をしなくとも、光は答えが分かっているようで特にむっとした素振りは見せない。
「泊まってきゃいいのに。朝飯食って一局打とうぜ」
「夢見を頼まれているんでね。夜明け前には出なければならない」
「ここから行けばいいじゃん」
「清めが必要だ」
 言外に明に残ることをほのめかす光だが、その口調からして強要している訳ではない。
 明が必ず帰ることを理解していて、無意味な言葉のやりとりを楽しんでいるだけのように見えた。
「ちえ、独り寝淋しいなあ」
 淋しさとは掛け離れた明るい調子でそんなことを呟く光を、帰り支度を終えた明は静かに振り向いた。
「だったら、そろそろ通う姫でも見つけたらどうだ」
 僅かに音の下がった明の声に気付いているのかいないのか、光はゆらゆら揺れる燈台の炎をぼんやり見上げながらやる気なく答える。
「ん〜、なんか、まだそういうのもなあ」
「君は文を贈るのが面倒なだけだろう。少しは歌の勉強をしたほうがいいんじゃないか」
「どうせ俺は歌詠むの下手ですよ」
 不貞腐れたように口唇を尖らせる様は、つい先ほど腰をくねらせて痴態を晒していた人間と同一とは思えない。
 幼さの際立つ薄明かりの元の不機嫌な表情は、それまでの淫らな行為ですら遊びの延長でしかないことをはっきり明に示していた。
 明は目を細め、他の顔の部位をぴくりとも動かさずに光を見下ろした。
「……幼馴染みのあの姫は? 彼女も満更ではないだろう」
 明の言葉に、ごろりと寝返りを打つように身体を明に向けた光は、あかりぃ? と嫌そうな声を出してみせた。
「あいつにせっせと文贈るなんて柄じゃねえなあ」
 そのくせ丸きり気がないでもない様子に、明の目がいっそう細くなる。やがてそのまま軽く目を閉じた明は、くるりと光に背を向けた。
「後朝の歌でも練習しておくんだな。届くのが遅くて恥をかくのは女性だ」
「へいへい、そのうちな」
「習字もだ」
「……ったく、うるせえなあ」
 その不躾な返事を受けた明は目を開き、そのまま部屋を出るため歩き出す。燈台に触れないよう鮮やかに袖を捌いた明に、寝転んだまま見送りもしない光がおもむろに声をかける。
「賀茂」
 明は振り返らずに立ち止まった。
「またな」
 明は僅かに顔を後方へ向けたが、振り返るまでに至らない小さな動作を見せただけで、すぐに前方を向き直り再び歩き出す。
 夜の闇は未だ濃く、新月に近い月が高い位置にのさばっていた。
















 ざざざざざざ ざざざざざざ
















 小さな燭台の灯りの元で文台に向かう。
 手にした筆を静かに滑らせ、上質の色紙に歌を詠む。
 焚きしめた香は荷葉。紅梅の枝を添えた文は、しかし文箱に入れて誰かに届けられることはない。
 筆を置いた明は、燭台の炎よりも余程煌々と手元を照らす月を見上げて一度静かに瞬きをした。
 今宵は風が強い――庭の柳がざわざわと引っ切り無しに揺れ騒ぎ、春の嵐にも似た荒ぶ風音がやけにごうごうひゅるひゅると路上の落ち葉をまき散らす。
 明はおもむろに文を手に、足駄を突っかけ庭に下りた。

 髪はすぐに巻き上げられて乱れた。
 解した綿のように頼り無い雲が恐るべき速度で闇空を走る。
 月の上辺を擦り、時にど真ん中を横切り、生み出される影は風に煽られながら空を見上げる明の顔にも無遠慮に落とされた。
 明は風の動きに目を細め、星の位置を確かめる。
 自然の変化は明に漠然とした未来をもたらす。恐らくはこの先何事か良くないことが起こるだろうことを、もう随分と前から感じ取っていながら無垢な彼には伝えることができていない。
 幼い好奇心からこの身を受け入れた彼に恋情などという煩わしい想いは理解し得るまい。彼はひたすら身体に感じる悦楽を純粋に楽しんでいるに過ぎないのだ。
 夜の閨であんなにも淫らに乱れるたおやかな肢体は、陽の下でその面影をちらとも見せずに光を弾いて明るく輝く。
 笑顔はまさしく太陽のごとく。汚れを知らないその澄んだ瞳は、何一つ悪いことなどしていないと言いたげに、真直ぐに腐心を射抜く。
 その目で彼は近しい人に笑いかける。友人たち。幼馴染みの可愛い姫。誰より慕う美しい囲碁の聖人。
 だからこそ自分は、決して目が眩む光の下では彼と向き合うまいと胸に誓った。
 宵闇に紛れて彼の元を訪れ、じゃれあいを経てまた闇に消える。月の位置が下がらないうちに。夜明けを独りで迎えるために。
 いずれ彼にも愛しい人が生まれよう。その時少しばかりは同じことを想って胸を痛めるだろうか、優し気な朝焼けの紫を共に眺めていたいなどと。

 風は雲を流し続ける。
 明は手の中の文を伏せた目で見下ろし、静かに裂いた。








 ざざざざざざ ざざざざざざ








 紙片が舞う。
 淡い古染の紙切れは風に呑まれ、ぐるぐると不規則な円を描いて闇に散った。
 届かない恋文。独りよがりの後朝の文。風に紛れて行き場を見失う、千々に千切れたこの心と同じ。
 間もなく彼には深い慟哭が訪れるだろう。それが何かは分からない。ただ怖れるのは、その時にこの身が何の役にも立たないと言う現実。
 彼の心を揺らすのは、いつだって自分以外の近しい誰かなのだ。

 ――風よ。
 もっと強く吹くがいい。
 冷気を吹き付け、愚かなこの身を嘲笑うといい。
 願わくばその強さで、胸に宿るおぞましき恋の炎を掻き消してはくれないか。
 身体を蝕む永遠の孤独を、吹き消してはくれないか……


 何故出逢ってしまったのだろう。
 届かない想いを風に散らし、乾いた口唇が紡ぐ愛しい名前。――このえ、と。
 目尻に滲む涼やかな滴が月の光を受け、刹那の煌めきを見せる。直後、風が無情に攫っていった。
















 ざざざざざざ ざざざざざざ
















30万HIT感謝祭リクエスト内容(原文のまま):
「カモコノ物・・エロいのなんかいいですねぇ」

今回のリクエストで難しさの上位3位くらいに入るものでした。
(ちなみに残り2つはまだ書いていません……)
何故かって、私平安ゲームクリアしてないんです……。
すっごい冒頭で止まっているためにどういうストーリーなのかも分からず、
こりゃ下手にゲームに絡んだ話は書けない……!と思って。
なのでなるべくボロが出ないように、ストーリー無視してしまいました。
あと、この時代は男色は結構当たり前だったらしい説を踏まえてます。
エロも中途半端だし、おまけに賀茂さん報われてないですね……
なんか賀茂さんのイメージが幸薄くて……す、すいません。
ホント難しかった!精進します……。
リクエスト有難うございました!
(BGM:深月に恋文したためて/河村隆一)