TELEPHONE CALL






 ――ちゃらら〜ん。

 アキラの携帯電話が機械的なベルを鳴らす。
 携帯電話に飛びついたアキラが画面を開くと、「受信メール 1件」の文字。嬉々として中身を開く。
「……? なんだこれは」
 メールの差出人は「進藤ヒカル」。メールの本文には、

『夕方了解 今ケータイで遊んでた』

 とある。
 そして、「添付画像」という見慣れない文字があり、アキラの「なんだこれ」はこの文字を指していた。
 どうやら何か画像を添付させて寄越したらしい。一体何を送ってきたのだろう? アキラはぱちぱちと瞬きをする。
 カーソルを移動させると反転表示するその文字の上で、思いきって「展開」ボタンを押してみた。
「……」
 展開された肌色の物体に、最初は何が表示されたのか分からず首を傾げる。やがて、顔をしわくちゃに顰めたヒカルの超アップ画像だと気付くと、嬉しいような哀しいような何とも言えない気持ちに襲われた。
 本当は、「今何してる?」だけを聞きたかったのだ。
 しかし、まるで本当の恋人同士みたいな気軽なメールをヒカルが受け取って、コイツ勘違いバカだと思われるのも哀しいので、もっともらしい「明日の碁会所での待ち合わせ」についての一文を追加したのだ。それが余計に不自然な結果になったとも気づかずに。
 おまけに、いきなり本題で始まるのも失礼かと思い、ご丁寧に「こんばんは」なんて挨拶を入れたぐらいである。
 ヒカルの返事を見て、それがいかに無駄な心遣いであったかを思い知らされた。
 その上ヒカルは画像つき――ちょっと自分より機械慣れしてるからといって生意気な!
「……どうせならもっとカワイイのがよかったな……」
 ぽつりと呟き、それでもアキラは送られてきた画像を保存した。
 惚れた弱みである。
 そしてぎこちない手つきで返事を打った。



「あ、返事きた」
 音がうるさいのでマナーモードに切り替えたヒカルの携帯が、再び着信を知らせてブルブル震える。
 開いたメールはやはりアキラからで、今度はいささかくだけた内容だった。

『もっとマシな写真はないのか?』

「お、メールっぽくなった」
 ヒカルはアキラの短時間での成長ぶりに微笑み、仕方ねぇなあとカメラを起動させた。
 ギリギリまで手を伸ばし、ファインダーを自分に向けて、あまった左手で小さくピースする。
 パシャ、という小気味良い音が響き、ヒカルが確認した画像には、笑顔全開の進藤ヒカルがしっかり写っていた。




 ちゃらら〜ん。
 二度目の着信音に、やっぱりアキラは飛びついた。
 開いたメール、短く書かれた一言は、

『大サービス!』

 添付されている画像を開く。
「う……!」
 アキラは悶死、という言葉を身をもって知ることとなった。
 元気いっぱいのヒカルの笑顔、アキラの愛してやまない太陽みたいな眩しい笑顔だ。
 ――神様、ありがとう。
 都合の良い時だけ神に祈る辺り、塔矢アキラもそこらの凡人と変わりないようだった。
 乱れた心臓を落ち着けようと胸に手を当て、荒い呼吸を整える。
 画像を保存。ていうか保護。
 一気に携帯スキルの上がったアキラだった。



 ***



 ぱぱぱぱっぱっぱっぱー!
「……進藤、レベル上がったぞ」
 棋院からの帰り道、途中マックで寄り道していたヒカルと和谷と伊角。ヒカルの携帯から軽快なファンファーレが鳴り響いた。
「メールだ」
 ヒカルはズボンのポケットから携帯を取り出し、画面を見る。
 そして苦虫を噛み潰したような、複雑な表情になった。
「誰から?」
 和谷の問いに、
「……友達」
 とだけ答えた。
 間違ってはいない。しかし大正解でもない。
 塔矢アキラからのメールの文章は、『今どこで何してる?』だった。
 ――和谷と伊角さんとマックにいるよ。今日何か約束してたっけ?
 ヒカルは素早く返信した。程なくして、再びファンファーレが響く。
『別に約束はないけど』
(……これにどう返事しろってんだよ)
 ヒカルはアキラを無視することに決めた。
 メールの仕方をすっかり覚えたアキラから、頻繁にメールが届くようになった。
 それは構わないのだが、妙にいつも詰問口調なのである。
 どこにいる、とか、今は忙しいのか、とか、尋ねるだけ尋ねておいて別に用はないらしい。
 夜なんて二日に一度のペースでこんなメールが来ている。さすがにうんざりしてきた。
「進藤、携帯すっかり慣れたみたいだな。」
 伊角がにこにことヒカルの携帯を指差した。
「一回持っちゃうと、も〜携帯のない生活って考えられないだろ?」
 和谷の言葉にヒカルは強く頷いた。
「やっぱ便利だよな。遅くなるとき家にいつでも連絡入れられるし。でもさあ、最近ずっと同じ番号から電話かかってきてさあ」
「「同じ番号?」」
 和谷と伊角の声がハモる。
「うん、知らない番号」
 ヒカルは着信履歴画面を呼び出し、二人に向けた。
 一画面に表示される五件の着信履歴。そのうちひとつは自宅からとなっているが、残りは全て同じ番号。画面を下に送っても、その番号がまだまだ出てくる。
「さっきもかかってきたんだぜ。ちょうどマック入る前くらい」
「そういやなんか音楽鳴ってたな」
「そー。気持ち悪くてさー。」
 ヒカルと和谷の会話を少しの間黙って聞いていた伊角が、ふいに口を開く。
「……進藤、その番号からの電話ってワン切り?」
「ワン切りって?」
「ワンコール鳴らしてすぐ切れるやつこと。」
 和谷の解説に、ヒカルは首を横に振った。
「いや、ずーっと鳴ってるよ。ずーっと鳴って、留守電が応答したら切れる」
 伊角は顎に手を当ててしばらく考え、「進藤」、と慎重な声でヒカルに告げた。
「お前さ……それ、誰か知り合いの番号なんじゃないか?」
「え? そんなことないよ。だって登録してる人なら名前出るじゃん」
「普通はそうなんだけどさ、お前……誰かの番号を間違って登録していないか?」
「へ?」
 ヒカルは改めて謎の電話番号を見る。しかし見たって分かるはずがない。電話帳に登録されている全ての番号を覚えているわけではないからだ。
「お前、ちょっと他の人の番号と検証してみろよ」
 伊角の言うことがもっともだと思ったのか、和谷もヒカルをせっつきだした。
 ヒカルは渋々、しかし恐る恐る、謎の電話番号を記憶する。それから電話帳に登録されている人々の電話番号を一件一件呼び出し、番号を照合する……
 次々送られていく画面、「た」行まで来て、ヒカルは顔色を変えた。
「あったのか!?」
 和谷が身を乗り出した。ヒカルは咄嗟に画面を見られないよう自分の手元に引き寄せる。
「……あった……。最後の4と5が入れ替わってる……。」
「やっぱりか。で、誰だよ?」
「……友達……」
 ヒカルは祈るように天を見上げた。
 道理で変なメールが頻繁に来るはずだ。そういえば、いつも謎の電話番号からのコールの後にメールが来ていたような気がする……
 ヒカルは震える指でメールを打った。

『お前、この後時間ある?』







「キミには呆れた……!」
 和谷と伊角に別れを告げて、次に向かった先はロッテリア。
 目の前に座っている人物はアキラに変わっていた。
「……ゴメンナサイ」
 ヒカルはひたすら同じ言葉を繰り返した。
 よりによって、一番怒らせると厄介な相手にポカをやらかしてしまった。
「道理で何度かけてもつながらないと思ったよ……! 忙しいのかと思ってメールに変えたら別にヒマそうな返事が来るし、あんまり電話に出ないから何かあったのかと思えばまあ呑気そうなメールが来るし……!」
「一言、『なんで電話に出ないんだ』ってメールくれたらよかったのに……」
「ボクだって何度も打とうと思ったよ! でもキミが意図的にボクを着信拒否してたらどうしようって思うじゃないか! もしもキミからそんな返事が着たらと思うとボクは……!」
 ああ、周りの視線が痛い。ヒカルは耐えた。元はと言えば、アキラの電話番号を打ち間違えた自分が悪いのだ。悪いのだが、これだけのギャラリーを背負ってこんな仕打ちを受けなければならないほどの罪だろうか?
 ヒカルは無言で、目の前の怒れるアキラに携帯を向けた。目の釣りあがった表情にピントを合わせてボタンを押す。
 カシャ。
「え……?」
 アキラの怒鳴り声が止まる。
 ヒカルは画面いっぱいに映った「私、怒ってます」という表情の塔矢アキラを確認し、満足げに保存した。
「キミ……今何撮った?」
「うわー、お前すげー顔。この顔塔矢先生に見せたい」
「よこせ! 進藤、消せ!」
「やだ! 保存!」
 ぎゃあぎゃあと喚く二人の周りから、やがて客は恐れるように消えていった。この五分後、ついに店員から注意を受けた二人は真っ赤になってロッテリアを後にすることになる。




 ***




 ちゃららん ちゃららん ちゃららららららららん

「進藤……東京湾に何か上陸してるぞ」
 森下九段の研究会、帰り支度をしていたヒカルのポケットから、ゴジラのテーマが流れている。
 ヒカルは渋い表情で、ああ、とため息混じりに頷いた。どうやら音楽だけで誰からの電話か分かっているらしい。
「誰にそんな着メロ設定してるんだよ? 東京タワーでも破壊しそうなヤツか?」
「……そうかも」
 ヒカルが取り出した携帯画面には、キレイな顔を思いっきり釣りあがらせた般若バージョンの塔矢アキラの画像が表示されていた。
 ――この画像、目覚まし時計のアラームの時に表示させたら一発で起きるかも。
 ヒカルは覚悟を決めて、少し和谷から離れると通話ボタンを押した。
「もしもし? ……塔矢?」
 ダースベイダーのテーマと迷ったことは、アキラには秘密だ。






昔プログラマーだった時に携帯作ってて、
微妙に携帯絡みの文章を書くと試験項目作ってる気になります。
ヒカルは着メロたくさん落としたようですが、
アキラさんは元々入ってるもので満足しているようです。
しかし凄いオチだな。
(BGM:TELEPHONE CALL/布袋寅泰)