「……何も言わずにこれを受け取れ」 苦虫を噛み潰したような不機嫌そうなしかめっ面で、ずいと突き出した手の先にはよれよれの紙袋、アキラに有無を言わせない迫力がヒカルにはあった。 胸に押し付けられたその紙袋を恐々受け取ると、ヒカルは「確かに渡したからな!」と捨て台詞のようなものを吐いて脱兎のごとく駆け出していく。 紙袋を手に、アキラは呆然とその後姿を見送った。 ―― 一体コレは何なのだろう…… アキラはかさばる割にあまり重さのないその紙袋を抱えたまま帰宅し、まじまじと外観を観察する。 ピンクと白の細かいストライプ模様の紙袋に、シールで貼り付けるタイプのリボンが右上で「これはプレゼントですよ」と存在を主張している。 何故か何度か開封されたような痕跡が残る、指紋のついたセロテープで止められている紙袋の中身を開けてよいものかしばし迷う。 アキラはヒカルの言葉をもう一度頭の中で繰り返した。 『何も言わずにこれを受け取れ』 「……受け取れ、ということはすでに所有権はボクにあるということだろうか?」 意図は掴めないが、ヒカルが何かをアキラに渡したという事実は間違いない。それも、このラッピングを見たところ、プレゼントの類である。 再びアキラは考え込んだ。――何故、ヒカルが自分にプレゼントなど渡すのだろう。 自慢ではないが、ヒカルとはそれほど親しくもない。 生涯のライバルだと認めてはいるが、プライベートで遊ぶことはおろか、普段仲良く話すこともほとんどない。 仕事が一緒になったりすれば言葉を交わす程度のことはするとはいえ、アキラとは性格も行動範囲も違うヒカルはいつも親しい友人たちと楽しそうにしている。 唯一、父親経営下の碁会所で時折打ち合うことがプライベートでの付き合いといえばそうかもしれないが、大抵は検討中に喧嘩になってそのままヒカルが帰ってしまうパターンが多い。要するに気が合わないのだ。 そのヒカルが、対局が終わって帰宅しようとしていたアキラの目の前に唐突に現れ、棋院の廊下でこの紙袋を押し付けてきた。もとい、プレゼントしてくれた。 やはり理由が分からない。 時は十二月、確かにもうすぐアキラの誕生日ではある。しかしヒカルがそんなことを知っているとは考えにくい。 もう少し先を見ればクリスマスもあるが、クリスマスプレゼントにしては気が早すぎるし、誕生日以上に意図が不明だ。何しろ、今までヒカルに何かのイベントでプレゼントなどもらったことは一切ないのだから。 ではやはり誕生日だろうか。しかしまた何故突然? アキラは散々迷った結果、紙袋を開いてみることにした。そこから出てきたものを見て、ヒカルの狙いを判断しようというのである。 何度か剥がされた形跡のあるセロテープは、指をかけると呆気なくぺろんと丸まった。よれた紙袋の口を開いて中を覗きこむ。暖かそうな深草色が目に映った。 「……セーター……?」 ずるずると引っ張り出したそれは明らかに編み目が甘かったりほつれていたりするものの、形としては一応セーターだった。このもったりした崩れっぷりからして、手編みなのは間違いない。 アキラは驚きを顔いっぱいに表しながらセーターを広げ、そして驚愕で固まった。 「こ……これは……」 セーターの表部分に赤い毛糸で大きく編まれた「LOVE」の文字……ご丁寧に「O」はハートマークを象られている。 「な、何故進藤がこれをボクに……!?」 思わず疑問を口に出してしまう。 ただのセーターならまだ何とでも理由を考えられる。しかしこのセーターは手編みで、おまけにこんなに分かりやすい意思表示が文字として記されているではないか。 まさか……と不吉な考えが頭に浮かびかけて、アキラはぶんぶんと首を横に振った。 あるはずがない。――これがヒカルの手編みで、自分のために編んだだなんて。 そう、きっと何かの間違いでこれを自分に手渡したのだ。何の間違いかと問われても、うまく答えることはできないけれど…… ――いや、しかし。これをボクに渡す時、進藤はやけに赤い顔をしていなかったか? 息を切らせて頬を赤く染めて、ぶっきらぼうに紙袋を突き出してきたのだ。もしもそれが照れ隠しゆえの所作だったとしたら? ――そんなはずがない! 大体、彼は今までそんな素振りも見せなかったじゃないか…… 頭の中で馬鹿げた考えを否定しかけたところで、しかしアキラは再びまてよと動きを止める。 そういえば、ヒカルは以前雑誌のインタビューでこんなことを答えていた。 ――恋人なんかはいないんですか? ――いないです。今は碁ばっかりで…… ――では、好きなタイプなんかは? ――うーん、やっぱり一緒に碁を打てる相手だといいかなあ。あと、思ったことはっきり言ってくれる人のほうがいいです。碁で負けた後怒ってくれるくらい気ぃ強い人のほうが俺に合ってるかも(笑) 甘ったれていると思っていた彼が意外なことを言うものだと、やけに印象に残っていた記事だったので記憶していたが、まさかあれは…… 「……ボクか?」 口にしてからはっとアキラは顔を赤らめ、慌てて首を振る。 違う、たまたまだ。たまたま、ヒカルが気の強い女性を好むというだけで、自分のことを暗に指しているわけではない。 何と言っても、――自分は男なのだから。 そうなのだ、アキラがこんなに動揺している一番大きな理由は、アキラとヒカルは男同士であるということだ。 もちろん、どちらもおかしな趣味はないはずだし、女性めいた部分もない。だから何かの間違いだと思い込みたいのだが、ヒカルがこのセーターをアキラに渡した理由が分からずにいまいち心から否定しきれない。 にわかには考え難い。第一、あの落ち着きのないヒカルがこんなセーターを編むことができるだろうか? それに、誕生日当日に渡すなら分かるが、数日前の今日渡すことに何らかの意味があるとでも言うのだろうか? ――いや、意味などないはずだ。 恐らく何かの間違いだ。アキラは無理にでもそう思い込み、セーターを丁寧に畳んで紙袋に戻した。 とりあえず、次にヒカルに会った時に理由を尋ねてみよう。全てはそこからだ…… そんな結論を出したものの、その夜アキラは無性に悶々として眠れなかった。 おまけに夢の中にせっせと編み物をしているヒカルが出てきて、目覚めは恐ろしく悪かった。 翌日、出版部で取材を受けるために棋院を訪れたアキラは、遠くからでも目立つ金色と黒のツートーンカラーの頭を見つけてはっとした。 ヒカルも何か用事があったのだろうか、小瀬村と何事か話している。 アキラは思わず身を竦め、見つからないよう気配を潜めている自分に気がついた。 ――な、何をしてるんだボクは。丁度いいじゃないか、昨日のセーターのことを聞かなくては…… 意を決してヒカルに近寄ろうと一歩踏み出した時、ヒカルと小瀬村の会話が耳に入ってきた。 「へ〜、じゃあ初めてだったんだ?」 「うん、俺手先器用じゃないからさあ、すげえ大変だった。おかげでここんとこずっと徹夜しちゃって、おまけに出来もあんまり良くないし」 「対局に響かせないでよ〜。でも出来はともかく、仕上がった時は感動だったでしょ?」 「まあね。ホントに上手に出来なかったけど、愛情だけはたっぷり注いだから満足してるんだ」 アキラの全身が硬直した。 手先が器用じゃない。 徹夜。 上手に出来なかった。 愛情たっぷり…… ――まさか! いかにもなキーワードが飛び交う会話に完全に動揺したアキラは、声もかけられずヒカルの後ろにぼーっと突っ立っていた。 やがて何かの気配を察したのか、ヒカルが何の気なしに背後を振り返り、放心しているアキラを見て「わあ!」と声をあげる。 「あ、えっと、じゃ、小瀬村さんまたね!」 慌しく小瀬村に頭を下げ、ヒカルはアキラの横をすり抜けてばたばたと出版部を出て行った。 アキラはその後姿を、昨日同様呆然と見つめる。 「進藤くん慌ててどうしたんだろ。何か急いでたのかな?」 後に残された小瀬村が首を傾げるが、アキラはそれに反応すらできなかった。 頭の中でぐわんぐわんと銅鑼を打ち鳴らしたような音が反響している。 ――まさか、まさか、まさか……! あまりに符合する言葉の数々を何度も口の中で反芻し、アキラはふらりと出版部を抜け出した。 その後、なかなか訪れないアキラを心配して探しにきた出版部の記者が、ロビーでぼーっと空を見つめて腰掛けているアキラを発見することとなった。 |
ホントうちのアキラってなんでこう……
今回もギャグです。