アキラは考えていた。心底真剣に考えていた。 自分の推測が間違っているという可能性についてと、万が一当たっていた場合どうすればよいかということについて。 今でもまさかそんなはずは、という思いが強い。だが、それではあの時出版部で聞いたヒカルの言葉をどう解釈すれば良いのだろう。 おまけにあの時ヒカルは、アキラを見て逃げ出したのだ。何か特別な感情がなければあんな態度をとったりするだろうか? セーターを渡したことによって顔を合わせるのも恥ずかしいとヒカルが思っていたのだとしたら? ――いや、まだ結論を出すには早い。 偶然が重なっただけかもしれない。そう、別の話をしていたのを悪いタイミングで聞いてしまっただけかも…… ――しかしセーターをもらったのは事実だ! アキラは深いため息をついた。 ……もしも「そう」だったとしたら、自分はどうすればいいんだろう…… 当たり前だが、ヒカルをそんなふうに見たことはない。 ヒカルだってそうだと思っていた。 まあ、小さい頃は髪型のせいかよく女の子に間違えられたアキラだが、中学生の後半にもなるとそんなことは一切なくなった。父親譲りの長身に加え、切れ長の鋭い眼力をしっかり受け継いだためだ。 したがって、ヒカルはアキラを女性のように想っているわけではないだろう。見た目も中身も女性めいた柔らかさは、少なくともヒカルに対して見せた覚えがないからだ。 寧ろセーターを編むというヒカルの行動のほうが女性らしい。そんな素振りが全く見られなかっただけに、意外性にまた驚かされる。 もしやヒカルは、自分の男性的な部分に魅かれて女性的なアタックを試みたのだろうか……? ――いや、しかし! 女性めいた部分がないのは、進藤も同じだ! アキラは普段のヒカルを思い起こした。 乱暴な言葉遣いに落ち着きのない行動、身なりもきちんとしているとは言い難く、北斗杯の時は三日間同じハンカチがスーツのジャケットに入りっぱなしだった。 そんなヒカルが、健気にも慣れないセーターを徹夜して編んでくれた…… ――と、まだ決まったわけでは……! アキラはぶんぶん首を振って、一旦休戦しようと頭の中からヒカルの存在を追い出した。 ……つもりだったが、気づけばヒカルのことばかり考えている自分がいて、アキラは再び眠れぬ夜を過ごすことになった。 今日の対局は相手が格下だったこともあり、何とか勝ちを手にしたが、出来が良かったとは言い難い。アキラは自室のど真ん中で正座し、厳しい表情であるものを睨んでいた。 目の前にあるのは碁盤ではない。例のセーターである。 あれからこのセーターのことが気になってばかりで、塔矢アキラともあろうものが対局に集中できないほど混乱してしまっている。 数日経ったが、ヒカルからは何の反応もない。 『何も言わずにこれを受け取れ』 あの言葉から察するに、アキラに何らかの返事を期待しているわけではないのかもしれない。 しかしそろそろ決着をつけなければ、とアキラは決心し始めていた。このままでは、自分のほうがどうにかなってしまう。 ヒカルのことが気になって気になって仕方ない。 今まで意識したことがなかったというのに、いざ考え始めるとどうにもヒカルのことばかり頭に浮かんでしまう。 それこそ寝ても覚めても。対局前にも対局後にも、ひどい時には対局中も。 このセーター一着が、完全にアキラの心を狂わせてしまった。 こんな状況を打開したくて、何度かヒカルに声をかけようと試みてはいるのだが、ヒカルはアキラの姿を見ると一目散に逃げ隠れてしまう。最初は気のせいかとも思ったが、偶然が二度三度と続くとそれは最早必然である。 ヒカルが意図的にアキラを避けている――アキラの頭の中で、照れ隠しという図式が繋がっていた。 ヒカルはやはり、そういうつもりで自分にセーターを渡したのだろうか。 だとしたら、自分は何かヒカルに応えなければならないのではないだろうか。 アキラはセーターを睨みながら、悶々と考えていた。 改めてヒカルのことをどう思うかを考えてみる。 元気で明るくて、誰からも好かれる少年だと思う。 行動に粗野な部分が多く、それに顔を顰める大人がいることも事実だが、あの屈託のなさがマイナス面を帳消しにしてしまうくらい魅力的だということもアキラはよく分かっていた。 囲碁の実力だけではない。そんな不思議な魅力があったからこそ、アキラはヒカルを追い続けたのかもしれない。 よく見れば、アキラよりずっと幼い顔立ちは可愛らしささえ漂う。大きな瞳ときめ細やかな肌、興奮すると桜色に紅潮する頬、快活に笑うあどけない口唇。 金色の前髪は知らず人目を惹き、太陽を背に浴びて立つ彼によく似合っている。 しなやかな細い手足。無駄な肉のない、バネのような身体。 怒りっぽくて、負けず嫌いで、でも笑うと無邪気で愛らしくて。 アキラははっとした。 ――ボクは…… どきどきと鼓動が速まっていく。 ――ボクは、ボクは…… おまけに胸がぎゅうぎゅうと締め付けられるように苦しい。 ――ボクは―― あの笑顔が自分の傍にあることを想像し、 アキラはそれが嫌じゃないことを認めなければならなかった。 ――こんな気持ちは初めてだ…… これを、「愛しい」と呼ぶのだろうか……。 *** アキラは腹を括った。 ――ヒカルの想いを受け入れよう。 そう、いつまでもこうして悩んでいたって何も始まらない。 ヒカルが恥ずかしいというのなら、自分が動くしかないだろう。決意したアキラの目には最早迷いの色は見られない。 いつの間にか、ヒカルのことが愛しくて仕方なくなってしまった。プレゼントをもらった途端に現金だと思われるかもしれないが、正直な気持ちなのだから仕方ない。 あれをきっかけに、自分を見つめ直すことができたのだ。そう、もしかしたら自分はずっと前からヒカルのことが好きだったのかもしれない。 心を決めたら行動あるのみ。アキラはどうすれば恥ずかしがりやのヒカルに率直に想いを伝えられるか、しばし思案した結果、あるひとつの方法しかないと確信した。 |
今回も何のひねりもなくオチまで向かいます……
最近みんな同じパターンになってきたなあ。