思いがけない告白を受けて、声が出ないまま呆然とヒカルを見つめていると、ヒカルは身体ごとアキラに向かって一歩だけ後ろに下がった。 「……いろいろ、思い出してた。昔……一緒に来た時のこと。俺さ、無駄に一生懸命で……とにかくお前を喜ばせようって必死だったよ」 距離を取られたことを不思議に思いながらも、懐かしそうに目を細めて語るヒカルに合わせてアキラも無理に微笑んだ。 「知ってたよ」 「うん。いつも必死で……お前が俺の行動に反応見せるたびに、嬉しくて浮かれてた。……だからな、あの時、お前がどんな気持ちでいたかなんて全然考える余裕がなかったんだ」 アキラの微笑が凍る。 相槌を返せなくなったアキラを優しく見つめたまま、ヒカルは低く囁く。風に攫われそうな声なのに、しっかりとアキラの耳に言葉は流れてきた。 「あの頃の俺と、今の俺。お前のこと大事に想う気持ちは同じだけど、形が違う。でもな、あの時だって……俺なりに、本当にお前のことが大事だったんだよ。今みたいな強さはないけど、……凄く、大切だった」 「……進藤」 「お前さ、俺に聞いたじゃん。俺が凹んで行き詰って資料室にいた時。『なんでキスしたんだ』って」 ヒカルの言うシチュエーションをすぐに呼び起こせずに困惑したアキラは、かつてヒカルが何かに囚われて出鱈目な碁を打っていた時期を思い出してはっとする。そして、あのやり取りをヒカルが今でも覚えていたことに少なからず驚いた。 「俺、あれ言われて初めて気づいたんだ。知らないうちに、お前のことすげえ傷つけてたんだって」 「進藤」 「お前が真剣に俺のこと見てた時に、気づかないで地雷ばっか踏んでたんだ。今なら分かるんだよ。お前がどれだけキツイ思いしてたか。俺がどれだけ無神経だったか。だから」 大きく息を吸い込んだヒカルは、アキラが口を挟む間もなくきっぱりと告げた。 「やり直したいなって。前に、俺が何も考えないで中途半端にやったこと。お前、渋ったじゃん、一緒にここ来ようって言った時。それって、お前がぶつぶつ言ってたあの理由が全てじゃないんだろ?」 「それは」 「俺、ちゃんとお前に楽しんでもらいたかったんだよ。やり直して、塗り潰したかった。今なら俺、お前とおんなじだけお前のこと好きだって胸張れるから。あの頃のお前には悪かったけど、今のお前とこれからもずっと一緒にいたいから……」 その瞬間、アキラの目に飛び込んできたのはヒカルのつむじだった。 一歩下がった距離の間、腰をぽきんと折ったように直角に曲げたヒカルが深々と頭を垂れている。 突然頭を下げたヒカルをアキラが止める暇もなく、ヒカルはその格好のままで大きく続けた。 「俺、バカだから。これからも無茶やると思うし、お前に迷惑かけるかもしんない。でも、ずっと一緒にいたいから」 しんどう、と呼びかけた吐息は呆気なく風に消える。 「これからも、よろしくお願いします」 真摯な声を耳に、アキラは静かに目を閉じた。 彼のこんな潔さには、いつだって敵わない。 ――過去に引きずられるだなんて馬鹿なことを。 あの時、自分ばかりが苦しかったと錯覚したせいで、独りよがりに浸り続けてしまった。 思い出を昇華させられなかったのは、自分のことしか考えていなかったせいだ。 あの場所には確かにヒカルが、そして今この時間も、自分のために一緒にいてくれたというのに―― アキラもまた姿勢を正し、ヒカルに向かって頭を下げた。 「こちらこそ、これからも……よろしくお願いします」 二人は同時に頭を上げる。そして、見詰め合って破顔した。 キミが好きだ、と胸の奥からヒカルへの想いが溢れてくる。 告げられなかった大切な想い。口にしなくとも伝えられると分かっている今だからこそ、空に向かって思い切り叫びだしたくなる。 キミが好きだ。 キミが好きだ。 キミが好きだ。 「キミが好きだ」 押さえ切れない想いを漏らせば、何より優しい微笑みが目の前にひとつ。 「……さっきの続き。お前、『なんでボクにキスしたんだ』って聞いただろ。……理由なんかなかった。ただ、お前にキスしたかっただけ」 微笑んだままおもむろに続けたヒカルの目がいっそう細くなった。ふんわり和らいだ表情が暗がりでも赤らんで見えるのは、ヒカルのこんな表情が昔からちっとも変わっていないためだろう。 ぐんと子供っぽくなった笑顔にアキラが見とれている前で、はにかんだヒカルが気恥ずかしそうに歯を見せる。 「今も同じだ。理由なんかない。……お前にすげえキスしたい。でもここじゃできないから。……だから、早く帰ろう……?」 照れ臭そうな提案に、アキラは目を丸くしたまま口元を緩める。 そして鮮やかに笑い返し、大きく頷いた。 「うん。……帰ろう。早く」 頷き合い、手と手はもう取り合わないけれど、目配せして出口を目指す。 人の波も夜が深まると共に引いていったようだ。同じ方角に向かう人々にも笑顔を見て、彼らもまた幸せな場所に帰るのだろうと心を弾ませる。 胸の中で花火が咲く。切なさに喉を詰まらせながら並んで眺めた空の華は、目を閉じればこんなにも鮮やかに甦る――ただの映像だった記憶に加えられたほろ苦いスパイスと、今も隣にいる愛しい人の優しさ。 ――なんて素敵な思い出だろう! パークを出る寸前、思い出したように立ち止まったヒカルが、おもむろにアキラの肩を抱いた。 まだ人目も多い場所で何事かと目を剥いたアキラをよそに、ヒカルが取り出したデジカメを構える。 「最後に一枚! もうちょいくっつけ!」 右手をうんと伸ばした先にあるカメラが二人を見下ろしている。うまく写っているかなんてさっぱり分からないまま、ヒカルもアキラも小さなデジカメに向かって笑いかけた。 ヒカルがシャッターを押さえる指に力を込めた瞬間、背後で大きな音が広がる。どうやら花火が始まったらしい――驚いたのとシャッターを切ったのはほぼ同時だったのだろう。 液晶画面の二人はどこかきょとんと目を丸くして、二つの顔の周りの狭い背景には乱れて人魂のように尾を引くパークのライトがほんの少し入り込んでいた。 思わず噴き出したアキラに、ヒカルが白い息と共に闇を突き破るような笑顔で告げた。 「ハッピーバースデイ、アキラ!」 車に乗り込んだ後、マンションまで待てなかったアキラは素早くヒカルにキスをした。 |
30万HIT感謝祭リクエスト内容(原文のまま):
「ラブラブになる前に行ったねずみでーとに、
元さやにおさまった今の状態のラブラブさ加減で
再びでかける…なんてどうですか?
前回との対比も出来ておもろいと思います。」
このリクエストを戴いた時、なるほど……と。
自分では考えもしなかったので面白そう!と思いました。
後半ちょっとヒカルが不思議青年みたくなっていたら
今までの話が書き足りなかったんだろうなあ。
そして18〜19歳本編ラストということで、
それとなくまとめに持って行ったつもり……?
いよいよ二人の話もあと一年です。うひょ。
リクエスト有難うございました!
(BGM:時の色/INORAN)