日曜、村の者たちは大抵ミサに出掛ける。 村の片隅にある小さな教会だったが、この鄙びた田舎では一番美しい建築物だろう。その他は質素な農家か、畑か、牧草地が広がっているくらいだ。 何の娯楽もない、静かな村。 「ねぇ、カミュー…ぁん…そろそろ…ミサの時間…あぁんっ」 村人たちが教会に出払っている時間、納屋の奥からあられもない淫靡な声が漏れてくる。 立ったまま繋がっているふたりは、激しく腰をぶつけ合った。 日曜のミサは村人が顔を揃えるので、出席しなければ異教徒ではないかと怪しまれる。だから女は早く行為を終わらせるようにと喘いだが、後から攻めてくる男はまだイク気配はない。 「まだだ、まだ…」 「やん…だめっ…ミサに遅刻するのは…」 「セックスしたばかりの汚い体で、神の前に行こうっていうのかい?」 それはちょっとムシが良過ぎるんじゃないかと、カミューは女の長い髪の毛を引っ張った。 閉め切ってある納屋だったが、隙間からは外の眩しい光が差し込んでいる。その薄ぼんやりとした視界の中でも、カミューはとびきり良い男だった。農夫とは思えないような鍛え上げられた筋肉で構成された体には無駄なところがない。片田舎出身者と言わなければ、端正な顔立ちは貴族のよう。 汗ばんだ前髪を掻き揚げて、カミューは一気に欲を吐き出した。 「あ、悪いね。避妊せずに中出ししちゃったよ…でもいっか…ねぇ?もしデキた時は、ダンナの子供だって言っちゃえよ」 ずるりと女の中から雄を引き抜くと、汚れを拭き取ろうとして辺りを見渡した。手頃な所に女のドレスが落ちているのを拾い、自分の前を綺麗に始末してから、女に投げつけた。 恋人ではない、不倫だ。 ていうか、ただの性の捌け口? 「私はミサに行ってくるよ。遅れて村八分にはされたくないものね」 カミューというこの男、顔は良いが性格は最悪だ。一六歳以上の村娘で、きっとこの男に食われたことのない者はいないだろう。それでも誰一人として固く口を閉ざすのは、カミューが類まれな容姿を持っていたからだ。どんなに手酷い扱いを受けようが、色男カミューに抱かれるだけで女たちは幸せだった。 気絶している女をそのままに、カミューは服の乱れだけを直してから納屋を後する。 ミサの時間ギリギリに教会に辿りついたが、そこには神父の姿は見当たらなかった。適当に空いている席を見つけて腰掛ける。 「どうしたのでしょうね。神父は風邪でも引いたのですか?」 優雅な笑みを浮かべながらカミューが尋ねると、横に座っていた男――先程逢引をしてきた女の夫は、何も知らない顔で返事をする。 「今日から新しい神父様がいらっしゃるそうだ。道に迷われたのだろうかね」 それにしても妻が来ないと首を傾げる男のマヌケぶりに心の中で笑った。 あんたの奥さんは納屋で精液まみれになって気絶しているよ。大声で叫びたいのを我慢するこの瞬間、それも教会という聖なる場所だ、えも言われぬ背徳感にゾクゾクしてくる。 やはりセックスはミサの朝に限る。 それから何分かして、やっと教会に新任の神父が到着した。どうせ村人たちは用事という用事もないので、律義に誰一人として帰らずにその神父を迎え入れる。 「どうも、遅くなってすみませんでした」 凛と張り詰めた声にカミューは入口を振り返った。逆光と天井からステンドグラスを通して降り注ぐ光の中、真っ直ぐと前を向いて黒装束の男が入ってくる。 なんてことだ。 カミューは思わすその青年に見とれる。そのカミューの顔を見咎めた者が居れば、なんてだらしない顔であったことか告白したことだろう。 神父の登場だというのに、村の女たちは既婚、未婚、子供を問わずに浮き足立った。 カミューが貴族の貴公子のようならば、この青年はまるで軍人のような隙のない身のこなしだ。一文字の凛々しい眉毛に、聖人君子のような澄みきった瞳。体はだらりと長い装束に纏われているので不確かだけれど、神父にしてはがっしりとした体躯だ。 一見すると少し恐そうな印象もあるが、ぷっくりとした厚めの唇が女性たちの母性本能を掻き立てた。 「初めまして、皆さん。俺は今日からこの教会の神父を勤めさせていただくマイクロトフです。どうぞよろしく」 教壇に立ったマイクロトフはゆっくりと一同を見渡した。と、カミューと視線が合うなりその角度で制止する。 相手は男だというのに、カミューは今し方処理してきたばかりの雄が疼いた。見られていると思うだけで鼓動が早くなる。 犯したい。 あの聖人を、この教会で、恥ずかしい格好をさせて犯したい! ざわざわと血が昇って来るのを感じた。 一瞬、にやりとマイクロトフ神父の口端が歪んだような気がしたが、すぐに彼は真面目な顔に戻り、説法を始めた。 ミサが終わっても村人たちはなかなか教会から立ち去ろうとはしなかった。特に女性たちはマイクロトフ神父を囲んで世間話に花を咲かせている。 これでは、あと一、二時間はこのままだろう。 カミューもマイクロトフと話をしたかったけれど出直すことする。どうせなら二人っきりで会って、そのまま犯したい。 神父の喘ぎ声はどんなものか。 やはり俗人同様に、泣いてイきたいと叫ぶのか。 見ものだな。 「ねぇ、カミュー。今夜からダンナは留守にするの。だから…」 教会を出てすぐ、待ち構えていた女に捕まった。 他の女たちがマイクロトフにかまけている間に、カミューを一人占めにしたい魂胆は見え見えだ。 そこそこ美人で、そこそこ胸も大きな、そこそこの女。 「悪いけれど、今夜は先約があるんだよ。また今度ね」 ちらりと教会の中を見、カミューは獲物を見定める。村娘たちに横取りにされる前に、まず一番に手を付けて汚したいものだ。 カミューの視線に気付いたのか、またマイクロトフと目が合った。女たちに囲まれていささか困り果てた顔をしていたが、視線がぶつかるなりマイクロトフの目の色が変る。 絡み付くような、ねっとりとした視線だ。 カミューは笑顔を返すと、マイクロトフは視線を娘たちに戻した。 一体、今のは何だったのだろう。 「ねぇ、だったら明日は?」 「私はしつこい女は嫌いなんだ。私と話しているとダンナに怪しまれるよ?さぁ、行った、行った」 家畜でも追い払うように女を追い立て、カミューも教会から離れた。 「全能なる我等が父よ…どうぞお導きください…」 人気のなくなった午後、マイクロトフは静かな教会で祈りを捧げていた。 清らかな時が流れていく。 「…」 ギィと重く大きな扉を開ける音がし、マイクロトフはゆっくりと洗練された動作で祈りを終わらせ、立ち上がった。 絨毯を敷き詰めた講堂内にすらりと長身の男が現れる。それは真っ直ぐとマイクロトフの元に向かってやって来た。 「来ると思っていた」 言うと、へぇと男は意外そうな声を上げた。 「それは光栄です、神父様。私の名前はカミューと言います」 「あぁ、それも知っている」 またしても驚いた声をカミューが上げるので、含み笑いを浮かべて見せた。 この村で一番の美男子カミュー。 容姿についてただそれだけしか聞いていなかったが、カミューを判別するのはたやすいことであった。それだけカミューの容姿は別格だ。 「迷える子羊に必要なのは懺悔か?説法か?」 「そうですね…では懺悔を聞いてください」 「いいだろう。こっちだ」 マイクロトフは別室になっている懺悔室にカミューを案内した。案内と言っても小さな教会であるし、マイクロトフよりもずっと前からここに住んでいるカミューの方が勝手を知っているだろうが。 懺悔室は告白側と、神父側とは対面に板で仕切られた部屋になっている。扉を完全に閉めてしまうと真っ暗だ。常備してあるランプを灯し椅子に腰掛けると、金網で仕切られた窓からカミュー側を覗き込んだ。 「今から汝の告白すること、一切他言しないと神に誓おう。さあ、迷える胸の内を告白するんだ」 ゆらゆらと揺れる明かりの中、見えるのはお互いの顔くらいだ。 ずいと金網ぎりぎりに顔を寄せて、カミューは極上の笑みを浮かべて見せた。 さて、何を告白したものか。カミューは考えを巡らせていた。 ただの告白ではつまらない。この神父を真っ赤にさせて、うろたえさせるような、とんでもない内容がいいな。 「実は…今、好きな人が居るのです」 「そう…それは素敵なことだ」 「その人のことを考えると、無理やり押し倒して、服を切り裂いて、めちゃめちゃに犯してしまいたくなるんです」 「ふぅん…それで?」 マイクロトフの素っ気無い反応にカミューは肩透かしだった。あまり視界の利かない部屋の中、ランプの明かりを頼りにマイクロトフをじっくり観察しても、動揺の色は覗えない。 「その人の性器を触って、しゃぶって、私の精液で汚したいのです」 「ではお前は、その人物を強姦したいのだな?」 ハッキリと言い切られてしまう。 見かけに寄らず、アバズレた神父なのだろうか。 それともまさしく神になったつもりで、こんな馬鹿野郎の告白を聞いているのだろうか。 「神父さま…いえ、マイクロトフと呼んでもいいですか?」 「結構だ。好きに呼ぶがいい」 「ではマイクロトフ…あなたはそんな愛しい人のことを思いながら、自慰したことありますか?」 「あなたはしているのか、カミュー?」 巧くかわされたな。 だが逃しはしない。 「そう…今も自慰をしたくて…私は変ですか?」 「自然の摂理だ。何も恥じることはない…さ、そこで好きなだけ自慰をするといい。俺が見届けよう」 え… この切り返しには流石のカミューも戸惑った。 どこの世界に、目の前で自慰をしてみろという神父がいる! あぁ、きっとからかわれているのを悟って、こちらが自慰なんてするもんかと思っているのだな。いいだろう、やってやろうじゃないか。 「マイクロトフ、しっかり見ていてよ」 ズボンの前を寛げると、まだ成長していない自身を両手で包んだ。相変わらずマイクロトフの表情は変ることはなく、少し目を細めただけだ。その表情からは彼の思考を感じ取ることはできない。 まるで人形のような顔で、じっと見つめてくる。 人に見られて、しかも男の前で自慰をするなんてことは、流石のカミューも初めての体験だった。ともすれば逆に自分の方が恥ずかしくなるようなシチエーション。すぐに感じて、先からは白い液体が溢れ出してきた。 「ねぇ、ちゃんと見ているかい?」 「ああ、見ているさ。カミューの淫らでいやらしい姿をね」 ふふっと、仕切りの向こうから笑い声が聞こえてきた。 「遠慮することはない。もっと激しく手を動かしていいんだぞ?」 「うっ…くっ…」 限界を感じてカミューは立ち上がると、座っていた椅子に片足を乗せ、金網越しにマイクロトフの顔面めがけて射精した。 流石にやり過ぎたかと思ったが、精液で顔を汚したマイクロトフは、それを指ですくってにんまりほくそえむ。天使の微笑みではなく、淫魔のそれだ。 「すっきりしたか?」 「あ…ああ」 「それは良かった。では、それをしまって帰るんだ。神は汝をいつでも見守っている」 それだけ? 何事もなかったかのようにハンカチで飛び散った精液を拭い、マイクロトフは懺悔室から出ていった。慌ててカミューも自身をしまって後を追う。 少し日が傾きかけて、教会に差し込む光は茜色。そんな中にマイクロトフが佇んでいる。何も言わず、出口を指し示していた。 「また迷いがあれば、いつでも教会を訪ねることだ」 「は、はい…」 完敗だ。 今日のところは引き下がってやる。 けれどもカミューは諦めた訳ではなかった。 これでなくちゃ、落としがいがあるというもの。逆に今まで以上にマイクロトフに対する熱い想いが込み上げていた。 |