カミューの朝は大抵遅い。 これでも一応農夫であるから、乳牛の世話や畑に水やりをしなければならなかったが、その仕事はカミューを慕って集まってくる女たちが我先にと片付けてくれる。だから日が高くなるまで眠っていても生活に困ることはなかったが、今日のカミューは違っていた。 ニワトリが鳴くよりも早く目覚めると、女と逢引する時よりも気合を入れて身支度を整え家を出る。まだ朝早いので自宅の周りには女たちの姿もなく、とっ捕まる前にとカミューは村を横切るデコボコ道を急いだ。その先には教会がある。 予想していた通りだ。 誰でも自由に出入りできるよう開け放された教会の扉を開けると、朝のお勤めをしているマイクロトフ神父の姿を見つけた。 今朝の彼もまた、なんて清廉な空気を身に纏っているのだろうか。ただの朝の祈りをしているだけなのに、教会の中へは踏み込み難い雰囲気である。 「おはよう。また来たのだな」 ビクリと首を竦める。 そっと覗いていただけなのに、背中に目でもついているような反応だ。 「おはようございます、マイクロトフ神父」 見付かったのならばと、カミューは昨日自分が仕出かしたことを少しも反省する素振りもなく教会の中に滑り込んだ。もちろん、いつ行為に及んでもいいように扉は閉めておく。 マイクロトフも昨日のことでカミューを憎んだり、恨んだりしている様子もなくて、出会った時のままの整った表情だ。 タフなのか無神経なのか。 「お早いですね。いつもこんなに早朝から?」 「日課だからな。お前も祈っていくか?」 「そうさせてもらうよ」 果たして神は願いを聞き入れてくれるだろうか。祈りを見守っている、この清らかな男を犯したいというささやかな願いを。 まぁ、ハナっから神頼みなんて信用しちゃいないけれど。 膝を折った祈りの体勢から顔を上げると、丁度傍に立っているマイクロトフの腰の高さと視線が同じだ。 昨日は完敗したが、今日は絶対に落としてやる。 「昨日、好きな人がいると言ったよね?」 「告白ならば別室で聞くが…」 「いや、ここで聞いて欲しい。私が好きなのはマイクロトフ、あなただよ」 「ほぉ」 興味もないといった返事。 マイクロトフの顔を見上げたが、照れでも怒りでもなく、まるで人を下げずむような、哀れむような、値踏みするような視線だ。 「ではカミューは、俺の性器をしゃぶりたいと?」 なんて下品な言葉を神父が口にするのだろう。 思わずカミューは、柄にもなく顔が火照るのを感じた。 あの色艶の良い唇から、そんな卑猥な言葉が発せられたと思うだけで、感じたことのない快楽が体を駆け巡った。 もっと言わせたい! その反面、純心無垢そうなマイクロトフが汚れるようで躊躇う気持ちもあった。 「えぇ、今もマイクロトフの×××のことで頭が一杯です」 「安心しろ、カミュー。神はきっとお前を赦すだろう、好きにするがいい」 今、何と? 好きにしろと言ったか? カミューは信じられず、マイクロトフの前に膝を折ったまま動くことができなかった。 願ってもない許しであるけれど、どうしても体が動かない。 「どうした?」 見下ろすマイクロトフが妖しい笑みを浮かべている。 胸の鼓動が早くなった。 ドキドキするのは自分ではなく、彼に与えるはずであったのに。 「…すみません、もう帰ります」 「そうか。気をつけて帰れ」 マイクロトフはあっさりと身を翻して控え室の方に立ち去ろうとする。こちらはこんなにも余裕がなくなって、心臓かドキドキしているというのにだ、その足取りに乱れが感じられないなんて。 神父にはどんな言葉も色目も通じないらしい。迷える子羊がいれば、分け隔てなく救いの手を差し伸べる気だ。 だとすれば、もし村の誰かが同じように体を要求しても、あの神父は応えるのだろうか。女に好き勝手に体を触られるのだろうか。 「くそっ!」 想像しただけで胸糞悪くなってくる。 あの男が誰かの手に落ちることだけは絶対に嫌だ。 哀れんで体を提供されるのも御免だ。 「私になびかせてみせる…絶対…!」 そして自分なしでは生きていけない体にしてやる、絶対に! カミューは二敗を認めると、おとなしく自宅へと引き返した。次なる作戦を練る為に。 春ののどかな昼下がり、村の娘たちが楽しそうにピクニックをしている。その中で黒い装束に身を包んだマイクロトフはやけに目立っていた。 そう、遠く離れてるカミューの目にも明らかだ。 一行は楽しそうに午後のティータイムを楽しんでいる様子。マイクロトフは若い娘たちに囲まれているというのに、でれでれとした様子もなければ楽しそうに笑うでもない。 そんな媚びないマイクロトフの性格にすら、カミューは惹かれていた。 「いやぁね、あの子たちったら。今までカミュー、カミューってうるさく付きまとってきたくせに、若い男が村に来たとたんにこれだもの」 午後のデートには、村で一番のナイスバディの彼女。尻軽な娘たちの態度というより、若さ自体を妬んでいるのではないだろうか。 カミューは二人乗りした馬の背中からもう一度その集団を見、馬の脇腹を軽く蹴った。 これから近くの森までデートの予定。断ってもよかったが、彼女は付き合っている女たちの中でも多額の資金援助をしてくれる数少ない金づるだ。たまのご機嫌取りをしておいて損はない。 「ねぇ、カミュー?あの神父どう思う?」 後に乗せた女が、背中にしなだれかかってきた。 心地良い風だ。連れているのがこんな女ではなく、マイクロトフだったらどんなに楽しいデートになっただろう。 「マイクロトフ神父は不思議な人だ」 「無表情の変った人よ。それとも、若い神父っていったらみんなああなのかしら?私の魅力に顔色一つ変えないで…」 「何か言ったかい?」 「ううん、何でもないわ」 牧草地を越えて、森の入口までやって来る。何もない村だが、この森の美しさといったら絶品だ。村の者でこの森にデートに来ないなんて馬鹿者はいないだろう。 広葉樹の緑々とした新鮮な空気の中、ゆったりと馬を進める。その森の奥、少し開けた場所は恋人たちの憩いの場。つまり野外セックス場。誰が言い出したか知らないが、この場所でカップル同士がカチ合わないように予約制になっている。 「もう待ちきれないわ」 甘えるように女がシャツの中に手を入れてくる。 「わかっている。腰が立たなくなるまでしてやろう」 女を軽々馬から降ろすなり、柔らかい草の絨毯の上に押し倒した。青臭い匂いは、きっとこの草たちの匂いだけではないが、女たちは知らぬが仏だろう。 さっさと済ませてしまおうとズボンの前を寛げて、カミューは固まった。 なんで… 「カミュー?」 嘘だろう!? 勃ってない! こんなことは初めてだ。いつだって、ヤるって時は相手が誰であろうと勃っていたはずだ。なのにこの様は一体! ちらりと脳裏をマイクロトフの顔が横切った。 「嘘だろ…」 マイクロトフのことはちょっとした火遊びのつもりだった。元々、同性愛主義はなかったし、もちろん女の体が好きだ。それなのに、マイクロトフの前でならばいくらでも抜けそうな気がするというのに、目の前の女を見てもちっとも欲情してこなかった。 「悪い…今日はセックスできない」 「うふふ、いいのよ。私が慰めてあげるわよ?」 女が股間に手を伸ばそうとして、カミューは無意識のうちにその手を払い除けていた。 汚らわしい生き物でも見るかのように女を見下すと、カミューはズボンを直して馬に飛び乗った。 「もう君とは会えない。サヨナラだ」 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 女を置き去りに、カミューは逃げるようにして森を抜けて村に戻ってきた。 あの女が怒り狂うのは目に見えていたが、今はもうどうでも良い。 ピクニックで若い娘たちに囲まれていたが、マイクロトフは変な頼みをされていないだろうか。押し倒されていないだろうか。この村の娘たちを仕込んだのはカミューだ、その妖艶なテクニックでマイクロトフを誘惑していたらどうしよう。 何故に、こんなにもマイクロトフのことばかりが頭から離れないのかわからない。これが恋なのだろうか。 相手は男だぞ? 遊びならともかく、本気になっている自分がまだ信じられなかった。 |