マイクロトフは教会の講堂から続きの間になっている部屋に住んでいた。前任の神父が孫娘の誕生で急遽里帰りすることになったので、ろくに村人たちにも挨拶をせずに飛んで帰ったらしい。その慌しさが覗えるように部屋にはまだ本や家具など、置かれているままだった。 その一冊の文芸小説を物珍しげに眺めていると、講堂の方でギィと音がした。 来訪者のようだ。 「こんな夜分、どうされた」 出てみると、うら若き娘たちが四人。 私が先よと言わんばかりに狭い通路を押し合いへし合いやって来て、マイクロトフにバスケットを突き出した。中からは香ばしい匂いが立ち込めてくる。 「あの、神父様に夕食をお持ちしました」 「気を使ってもらってすまない」 受け取ると、娘たちに神の加護があますようにと決り文句。 「今日のピクニック、とても楽しかったです」 「また、明日も来ていいですか?」 「神父様、こんな村外れに一人で寂しくないですか?」 「ねぇ、この中で一番綺麗なのって、誰だと思う?」 矢継ぎ早に質問責めに合う。 それでもマイクロトフは顔色一つ悪くせずに、頷いて聞くだけだった。 ギィ… 再び訪問者が現れる。 今度は男だ。それもとびきりの美形。夜の影が更に彼、カミューの魅力を引き立てているようだ。 「マイクロトフ神父、入ってもよろしいですか」 「入れ。教会は何人も拒みはしない」 娘たちはきゃあきゃあと騒ぐのをやめて、少しバツ悪そうにカミューから視線を逸らした。 売女たちめ。 カミューは心の中で彼女らを罵ったが、それをおくびにも出さない爽やかな笑みで通路を進んでくる。 今、彼女らは死刑宣告を待つ罪人のような顔であった。この神父の前で、カミューとの淫らな行為を少しでもちらつかせられたくはない。カミューはそういう男なのだ。一度寝ると、そのことをネタに脅すような口ぶりだってするし、聞いていてひやひやする危うい発言も。 ビクビクしている顔を見て楽しんでいるのだ、カミューは。 それでもどうしてどうして、この男の不思議な魅力には逆らえないのである。今、万が一にでもこの場で、神父の前でセックスしようと迫られればそうしてしまうかもしれない。 「迷える子羊に必要なのは祈りか、懺悔か?」 「少し待たせていただきますよ。彼女たちの方が先客だ」 カミューは四人の娘たちを見渡し、服の上から犯すような視線を投げつけた。 「そ、そろそろ帰らなくちゃ」 「えぇ、私も」 「父さんと母さんが心配するといけないわ」 「それでは神父、ごきげんよう」 来た時よりも一層騒がしく、娘たちは逃げ帰っていった。そのうちの一人は足元がおぼつかない様子であったので、きっといやらしいことでも考えていたのだろう。 神の前だというのに。 嘲るようにカミューは目の前の聖人像を見上げた。 「今日は何を迷っている?」 「いやだな、マイクロトフ。私の迷いは今朝、聞いただろう」 夕食の入ったバスケットを大事そうに抱え、ありがたやと神の前で祈ってからカミューに向き直る。 こちらが純心な子羊ではないことを知っているはずなのに、マイクロトフはやはり顔色を変えない。 せめて拒絶する反応があれば、無理やりにでも犯すところなのに。こうも無反応だと逆に征服する意欲が沸かないな。 「マイクロトフ、私の気持ちはわかっているんだろう?君の答えを聞かせてくれないか。はいか、いいえで」 「もちろん受け入れよう。俺はどんな子羊だろうが、拒みはしない」 いいお答えだ。 カミューは傍の長椅子に腰を降ろすと、すぐに次の言葉を考えついた。 「だったら、さっきの女たちが抱いてくれと言っても、君は受け入れるつもりかい?」 「…ふっ」 わ、笑った!? 鼻で笑われた! マイクロトフは手にしていたバスケットを台に預け、カミューの傍に歩み寄ってきた。どうぞと長椅子の横にずれて席を空けると、並んで座った。 「口先だけの騙し合いはやめにしないかい?私は拒まれても落ち込まないから、正直に言ってくれ」 女にするように、そっと膝に置かれた手に自分の指を伸ばした。拒まれないので、そのまま手を撫で回す。マイクロトフはただ前を、聖人像を見つめていた。 「カミュー、お前は何を望んでいる」 「もちろん…あなたと関係を持ちたいのさ」 「なるほど、よくわかった。」 マイクロトフはカミューの手を振り解き、胸の前で十字架を切って祈りを捧げ、上半身だけこちらに捻った。 あの目だ。 顔の肉は動かしていないというのに、目の色を変えただけで、それは妖しく艶かしい表情へと変貌していた。マイクロトフが時折ちらつかせていた、淫魔の瞳。 「今、汝に必要なのは…」 むんずと遠慮もなく股間にマイクロトフの手が伸びて、ズボンの上からそこを鷲掴みにされる。 そんな行為をされるとも思っていなかったので、カミューは驚いて横に座っている聖職者を見つめ返した。 「汝に必要なのは解放だ」 「神父自ら、手淫してくれるんだ?とんだサービス万点だね…うっ…」 やわやわと揉みしだかれて、カミューは体を二つに折ると前の長椅子背凭れを両手でしっかり掴んだ。 雄はズボンを押し上げ、窮屈だと言わんばかりに自己主張している。早く外に出して欲しくて自分ズボンの前に手を伸ばすと、ピシャリと払われた。 「説法中だ、手出しするな」 「そんな…ひぁっ…マイクロトフ…神父…君って…こんな大胆な…」 先走りが下着を濡らし始めている。愛撫される刺激と、抑え付けられている圧迫感に、カミューは身を捩った。 もう我慢できないとマイクロトフの肩に手をかけたが、さらりとかわされて立ち上がられた。 「すまないが、夕食がまだだった。折角いただいたものが冷めてしまうともったいない」 「え…」 これからだというのに、マイクロトフは素っ気無くそう言うと、台の上からバスケットを取って講堂を後にしようとする。カミューが居る事なんて忘れている様子で、食事に誘ってくれる気配もない。 「マイクロトフ神父!」 呼び止めると、やっと思い出したように振り向いた。 「好きなだけ性を解放していくがいい。神はいつでも見守っている」 バタン。 無常にも扉は閉ざされて、中から鍵も掛けられる音がした。 一人興奮させられたままで、カミューは呆然とする。まだ股間の疼きは止まりそうもなく、暴走寸前だ。 また負けた。 軽くあしらわれたというのに、カミューの内にある種の恍惚とした感情が芽生え始めていた。 カミューのことはこの村に来る前から知っていた。 マイクロトフは暖かい紅茶を飲みながら、就寝までの時間をゆったりと寛いでいた。講堂に残してきた男がどうなったか少しは気になっていたが、自業自得だと鼻で笑う。 「あのくらい、彼には良いクスリだろう」 あれは初めて村に来た時のことだ。道中で、行き倒れている女を助けた。カミューの不倫相手だった。涙ながらに救いを求めてきた女のことを考えると、これくらいの罰は妥当だろう。 「いいや、もっとだ…婦人たちが味わった苦しみを、カミューにも味合わせてやるのだ」 紅茶の中にポタポタとブランデーを流し込み、マイクロトフは一気にそれを咽に流し込んだ。ほんのり鼻腔に残るブランデーの匂いが心地良い。 さて明日はどういった罰をカミューに与えようか。 あれは薔薇に似ている。 娘たちの誰かかそう、カミューのことを例えて言っていた。 美しいけれど、棘のある薔薇はカミューの体質そのものだと。美しさに騙されて近づくと、処女を奪われ血を流す。それはもっと年のいった婦人が言った言葉。 「薔薇か…」 カミューの顔を思い出す。 女たちが手酷く扱われていようと逆らえないあの美貌は、少なからずマイクロトフの心すらも揺さぶりかけていた。 そんな時、神の存在を思い出す。 「まるで魔物だ、あれは」 その魔物を虜にしているマイクロトフはなんて魔性なことだろう。彼にその自覚はなかった。 |